こんたくと~魔法の指揮棒~

こんたくと 魔法の指揮棒

                                   作:海部守

 

時:現代

 

所:日本

 

 

登場人物

・望月タクト :クラスメイトのマコトに告白したい高校生男子

・大野カイト :ホームレス

・浦木マコト :高校生女子。タクトのクラスメイト

・真木ケイト :高校生女子。ハーフなのでイジメに合い友達がいない

・シンジ   :マコトの彼氏。

・サキ    :ケイトをイジメているグループの中心人物。

・アナウンサー:声だけも可能。

・リポーター :災害現場のリポーター。

・その他   :ダンサー兼イジメっ子グループ構成員。

 

   ※中学生くらいのほうが良いかもしれんけど。

   なお、指揮棒は大変危ないという話なので十分ケガに注意すること。

 

 

   開聞橋の橋の下、願いを叶える人があるという。

   タクトはある日そんな噂を耳にした。果たして橋の下についてみると

   ホームレスの老人大野が一人寝転がっているだけである。

 

タクト  あなたが願いを叶えてくれる人ですか?

大 野  願いが叶えられるんだったらこんなところで寝てねえだろ。

タクト  たしかにそうだよね。

大 野  誰が言い出したか知らんが、くだらない噂に騙されてとにかく大勢きやがる。

    どうせやってくるなら酒の一本でも持って来いっていうんだ。

タクト  お酒を持ってくれば願いを叶えてくれるんですか?

大 野  そんなのくだらねえ噂だよ。

タクト  わかりました。

 

   タクトがコンビニで買物をして戻ってくると大野はまた寝ていた。

 

タクト  おじさん、これあげるから俺の頼みを聞いてよ。

大 野  お、お前。戻ってきたのか。

 

   ビニール袋を受け取りご満悦の大野。中身を取り出してオコ。

 

大 野  お前これ、甘酒じゃねえか!

タクト  だって、未成年にはお酒は買えないでしょ。

大 野  まぁ、そうだけどよ。まぁ、いいや。ありがとよ。それで、頼みって?

タクト  同じクラスの浦木さんと付き合いたいんだ。

大 野  ほーん。

 

   タクトは大野をじっと見つめる。大野困惑。

 

大 野  え? ワシにどうしろって?

タクト  願いを叶えてくれるんだろ。お酒も上げたじゃん! 浦木さんを俺の彼女にし

    て! 

大 野  あー、お前何か勘違いをしているようだけどワシにそんな力はないよ。何度も

    言っただろ? お前は変な噂に騙されたんだよ。

タクト  えー、嘘だぁ。

大 野  残念だったな。

 

   手を出して大野に請求する。なんだったらレシートを見せても良い。

 

タクト  1,054円。

大 野  ん?

タクト  1,054円。

大 野  何が?

タクト  お酒と食べ物、あとビニール袋代。

大 野  え? 金取るの?

タクト  当たり前だろ。願いを叶えてくれるっていうから酒を持ってきたのに。

大 野  甘酒は酒じゃねえよ。

タクト  名前に酒ってついてたらお酒だよ。金を出さないなら警察を呼ぶ。

大 野  警察だぁ? 何ていうんだ? お前が勝手に勘違いして甘酒をワシに押し付け

    て金を取ろうとしましたっていうのか? どう考えてもお前の方が分が悪いだ

    ろ? それにこれだけの量で1,054円だとか高すぎるだろ? ぼったくりか。

タクト  高いけど仕方ないだろ。物価も消費税も上がっていくんだから。

大 野  文句は政治家に言えってか? 

タクト  そういうこと。ああ、でも、その政治家がカルト宗教とくっついて裏でこの国

    をぶっ壊してたんだからどうしようもないか。

大 野  何だそりゃ?

タクト  なんか選挙のときにただで人を使えるからってカルト宗教の信者を使ってたん

    だってさ。なんかカルト信者ってすごく真面目に働くんだって。で、個人として

    手伝いに来たことにすれば政治家への寄付にならないんだって話。

大 野  あぁ、選挙ね。ワシも選挙のとき食べ物をもらいにいろんな事務所に顔を出し

    てたけどやけに熱心なやつがいたな。そういうやつか。え? カルト宗教と政治 

    家が一緒になったの? まずくないかそれ?

タクト  だから物価だって上がるんだろ。おじさんにも家がないし。

大 野  世も末だなぁ。

タクト  でね、元総理大臣がさ、そいつらと一番仲良くやってたんだぜ。

大 野  嘘だぁ。そんなの絶対ないわ。そんな事現実で起こり得ないだろ。そんな設定

    は小説にもならないね。まず編集者からボツを食らうわ。

タクト  さらにその元総理大臣が教団を憎む宗教二世の男に殺されるわけさ。

大 野  ないない。あり得ない。そんなのマンガにもならない。

タクト  事実は小説よりもなんとかって言うじゃん。

大 野  おいおい、それは本当の話なのか?

タクト  嘘だと思うならここから出て街の中を歩きなよ。電気屋でニュースを見て来れ

    ばいいし、カルトと関わってた議員連中が今、火消しに躍起なんだぜ。

大 野  そうだとすると面白いことになりそうだな。

タクト  そう? どうせみんなすぐ忘れちゃうよ。大人なんていい加減だもん。

大 野  そうかもしれんが、やって見る価値はあるかもしれん。

タクト  あ、早くしてよ。この後、大事な人と会うんだから。

大 野  ん?

タクト  1,054円。

大 野  しつこいな。

タクト  お小遣い多くないんで。

 

   大野、少し思案する。

 

大 野  よし、お前に少し貸してやるか。

 

   大野は積んである荷物の中から一本の指揮棒を取り出してくる。

 

大 野  よく見ろ。

 

   大野が指揮棒を振るとタクトの顔がその方向へつられて動く。

 

大 野  少しの間だが、これをお前に貸してやろう。

タクト  なにこれ?

大 野  指揮棒だ。

タクト  知ってるよ。合唱コンクールで前に立つやつが使うやつでしょ。そんなものが

    1,054円もするのかって聞いてるの。

大 野  くれてやるんじゃない。少しの間、お前に貸すだけだ。一回使うだけでも1,054

    円以上の価値はあるんだぞ。

タクト  無いだろこんなもの。

大 野  よく見ろ。

 

   大野が指揮棒を振るとタクトの顔がその方向へつられて動く。

 

タクト  だからなんだよ。

大 野  この指揮棒は任意の相手を思い通りに動かすことが出来る。つまり、選挙に行

    かない大人たちを選挙に行かせることも可能だ。まぁ、動かすだけだから……。

タクト  うっそだぁ! そんなのマンガにもならないよ。

大 野  あのなぁ、今さっきお前がそんな話をしてたじゃないか。政治家とカルトがく

    っついてこの国をぶっ壊していたって。

タクト  あぁ、まぁ、そうだけど、それはそれでこれはこれじゃね? ないわ。

大 野  よく見ろ。

 

   大野が指揮棒を振るとタクトの顔がその方向へつられて動く。

 

タクト  だからなんだよ。

大 野  動いただろ?

タクト  そんなの当たり前じゃん。目の前に出されたら見るでしょ。

大 野  そうかもしれんが、そうじゃないかもしれん。お前名前は?

タクト  望月タクト。

大 野  たくとか。いい名前だな。

タクト  おじさんは?

大 野  おーぬだ。(のが少しぬに聞こえるように)

タクト  ん?

大 野  おーぬ。

タクト  おうむ?

大 野  おーぬだ。

タクト  だからおおむでしょ?

大 野  おおぬです。(ホームレスと聞こえるように)

タクト  それは知ってるよ。ホームレスだろ。名前を聞いてるの。

大 野  お、お、の、で、す!

タクト  あ、大野! 大野ね! ホームレスに聞こえたわ。おじさん滑舌を練習したほ

    うが良いよ。

大 野  お前は耳掃除でもしてろ。

 

   大野、タクトに指揮棒を渡す。

 

大 野  使いすぎると良くないことが起きる。その前に返しに来い。いいな。

タクト  わかったわかった。俺急ぐから。

大 野  待て待て、この指揮棒は任意の相手を思い通りに動かすことが出来る。

 

   タクト、説明に夢中な大野を放っておいて足早に立ち去る。

 

大 野  しかし、心を操ることは出来ない。それと生き物にしか効果がない。さらに人

    の心を自分勝手に動かそうとすると天候が荒れたりする。ひどいときには大地震

    が来る。あとは調子に乗って短時間にこの力を使いすぎると命を落とす。だから、

    気をつけて使えよ。

 

   大野が振り返るとタクトの姿はもうない。

 

大 野  やれやれだな。

 

   暗転。

 

 

   山の上の公園。

   少々自然豊かな公園。街の景色が一望できる。人通りは少ない。

   上にも広場があるがそちらはやや自然が濃い。

   下側の公園の中にタクトとマコトが立っている。

 

タクト  浦木さん! 俺と付き合ってください。

マコト  ヤダ。望月さぁ、くだらないことでこんなところに呼び出さないでくれる? あ

    とアタシ彼氏いるから。

 

   背を向けて去っていくマコトにタクトは指揮棒を取り出す。

 

タクト  浦木さん! こっちに戻ってきて!

 

   マコト、振り返り指揮棒を見て戻ってくる。

 

タクト  浦木さん! ボクと付き合ってください!

 

   なにか可愛い曲に乗せて。

 

マコト  おーこーとわーりー!

 

   マコト、タクトのスネを蹴り上げる。

 

マコト  しつこい。彼氏いるって言ったじゃん。

 

   うずくまるタクトを見下ろす。

 

マコト  あんたキモイ。助けてやったからって調子に乗るなよ。

 

   マコト走り去る。起き上がれないタクト。

 

タクト  ……キモい。きもい。きもいだってさ。

 

   木々が揺れ、鳥のさえずりが聞こえる。しばらく時間が経つ。

 

タクト  なんだよ。なんなんだよ!

 

   指揮棒を振り上げると、音が一斉に止む。

 

タクト  なん、だ、これ?

 

   緩やかに指揮棒を振り始めると木々や小鳥のさえずりが曲を奏で始める。

   聞いているととても心地よくなりタクトは指揮棒を振りながら、

   踊るようにステップを踏み始める。(私はシャッフルが好き)

   それを物陰からケイト見ている。

   曲が終わると、タクトは指揮棒を見つめる。

 

タクト  確かに1,054円くらいの価値しか無いわ。

 

   タクトが立ち去るとケイトがゆっくりと出てきて、

 

ケイト  グレイト! (ファンタスティック! でもいい)

 

   暗転。

 

 

   学校内。

 

   ケイトがイジメにあっている。参加できる人数によっては声だけ。

   マコトがイジメを止める。

 

マコト  あんたたちいい加減にしなよ! 寄ってたかってさぁ! 情けないと思わない

    の! あんたたちのほうがビョーキだよビョーキ!

 

   マコト、手を引いてケイトを引っ張ってくる。

 

ケイト  アリゴトサンキューマコトさん。

 

   マコト、手を離して窓枠に腰掛け外を見る。それだけで何も言わない。

   ケイト、ソワソワしながらマコトに近づいていく。

   その視線が窓の外に向くとケイトは校舎の影にいるタクトの存在に気がつく。

 

ケイト  あ、ミラクルボーイ。

マコト  ん?

 

   マコトもタクトを見つけるが興味なさげに空を見上げる。

   しかし、ふとケイトの言葉が気になったのかケイトを見る。

 

マコト  ミルクボーイ?

ケイト  のー。みらくる。

マコト  誰が?

ケイト  かれ。

マコト  どこが?

ケイト  ダンスがステキ。

マコト  あぁ、好きなんだ?

ケイト  すき? ああすき。とても、あー、とてもすてき。

マコト  へー。でも、あいつと付き合うともっとイジメられるよ。

ケイト  つきあう? なんで?

マコト  あいつ変わってるから。

ケイト  日本人、変わってる人嫌い?

マコト  嫌いっていうか怖いんじゃないの。 

ケイト  こわい。

 

   突然驚くマコト。

 

マコト  あいつダンスするの? 何系? ヲタ芸

ケイト  わかりません。

 

   マコト、窓枠から離れて歩き始める。

   ケイトは後を追えずその背中を見るだけ。

   マコト振り返り、ケイトに手を伸ばす。

 

マコト  行こ。

 

   ケイト首を傾げる。

 

ケイト  どこに?

マコト  ミルクボーイのところ。

 

   暗転。

 

 

   校舎の影。

   蟻などの虫を相手に指揮をしているタクト。

 

タクト  蟻の行列は思い通りになるのになぁ。何がいけなかったんだろう。もう少し練

    習してからにすればよかったかなぁ。いや、まさかこんなことが出来るとは思わ

    ないしな。

マコト  望月!

 

   マコトに急に声をかけられて飛び上がるタクト。

 

タクト  まさか、まさかの展開!?

 

   マコトがゆっくりと近づいてくる。つばを飲む。

 

マコト  お願いがあるんだけど。

タクト  キタコレ! 神展開。

マコト  踊ってくんない。

タクト  は?

マコト  踊れって言ってんの。

ケイト  ダメ 

マコト  アタシが見たいの。

ケイト  ムリヤリ、よくないよ。

マコト  まぁ、確かに。じゃ、いいや。

 

   マコト、立ち去ろうとする。ケイト、身動きできずにいる。

 

タクト  浦木さん、待って。

マコト  なに? 踊ってくれるの?

タクト  あの、踊りってなんのことですか?

マコト  はぁ? そんなのこっちが聞きたいんだけど? どういうこと?

ケイト  あの、山の公園で、踊ってました。私、それ見て、ステキって思った。

 

   タクト、あっと声を上げる。

 

タクト  あぁ、あれはこれを振っていただけで……。

 

   タクト、指揮棒を見せるがマコトとケイトには手にしか見えない。

 

マコト  手を振るダンス? 何それ?

 

   タクト、不思議がる。

 

タクト  これが見えてない? どういうことだ?

マコト  まぁいいけど、それで見せてよ。そのダンス。

タクト  そう言われてもなぁ。

マコト  あっそう。行こ。時間の無駄だ。

 

   マコト、ケイトを引っ張って行こうとする。

   タクト、とっさに指揮棒を上げる。

 

タクト  待って!

 

   マコトとケイトが止まる。

   タクトが指揮棒を振るい出すとマコトとケイトがダンスを始める。

   なぜか社交ダンス。

   マコト、ダンスが終わると両手を開いて見る。

 

マコト  なんじゃこりゃああああ!

ケイト  すごい! 楽しい!

マコト  なんでアタシが踊ってんのよ!

ケイト  私、ケイト。あなたは?

タクト  タクト。望月タクト。

ケイト  タクト。

 

   ケイト、マコトを見る。

 

ケイト  マコト、タクト、ケイト。みんなさいごがト。

マコト  そうだね。

ケイト  すごいね。

マコト  そうでもないよ。よくある名前。

タクト  なんかよくわからないけどいい雰囲気だ。これならうまくいくかもしれない。

 

   タクト、指揮棒を振り上げる。

 

タクト  浦木さん、ボクと付き合ってください!

 

   少し怒りの調子で怖い曲が流れる。

 

マコト  おーこーとーわーりーだと言ってんだろー!

 

   マコト、ケイトの手を引いて去っていく。

 

ケイト  公園で見せて、また今度。

 

   タクトが二人を見送りながら暗転。

 

 

   学校内

   タクト、ケイトがいじめられているのに遭遇。

   さっと手を振り上げると、イジメが止まり、

   指揮棒を振り出すと曲が流れはじめてケイトを中心に踊り始める。

   踊りが終わるとイジメをしていた者たちが逃げ散っていく。

 

ケイト  タクトさんアリゴトサンキュー、助かりました。

タクト  大丈夫?

ケイト  はい。でもちょっと疲れました。

タクト  今度から連中が飽きるまで踊らせようか。

ケイト  でも、いつも真ん中は嫌です。

タクト  そっか。うまく分けられたら良いんだけど。

ケイト  タクトさんマジシャンです。

タクト  手品なんかじゃないよ。

ケイト  でもすごい。

タクト  俺がすごいんじゃないんだけどね。

ケイト  見せて欲しいです。また。

タクト  イジメを止めるのなら任せて。

ケイト  違う。公園でやってたやつ。

 

   タクト、振られた案件を見られていたのかと恥ずかしくなる。

 

タクト  ボクなにかしてましたっけ?

ケイト  一人で踊ってました。違う。一人じゃなくて、世界と一緒になってた

タクト  あぁ、なんかあれってば鳥とか木とかが音楽を奏でているように聞こえてさ。

    それが楽しくなってたら体が勝手に動いたんだ。

ケイト  嘘、練習してた。でしょ? 

タクト  まぁ、少しはね。

ケイト  最近雨多い。風も強い。

タクト  気候変動の影響だろうね。

ケイト  きこうへんどこわいね。

タクト  うん。緑を削ってアスファルトで埋めてりゃこうなるよな。

ケイト  日本だけじゃない。色んなところで緑壊してるよ。

タクト  うん。

ケイト  タクトさんみたいに世界と一緒になれる人必要。

タクト  世界と一緒になる?

ケイト  世界と一緒になって、世界を治す。

タクト  だから俺の力じゃないんだ。

ケイト  タクトさんなら世界を治す。

タクト  どうやって? 踊るの?

ケイト  うん。世界に音楽をやってもらって、治す。

タクト  それはすごいな。出来るかな?

ケイト  できる。タクトさんマジシャン。

タクト  手品じゃないって。

ケイト  きこうへんどなくなればみんな優しい。

タクト  気候変動をどうにかするよりイジメをなくすほうが簡単そうだけど。

ケイト  イジメなくなれば戦争もない。ね?

タクト  どうかな。少なくなるかもしれないけど。

 

   ケイト、廊下を通るマコトを見つける。

 

ケイト マコトさんだ。マコトさん!

 

   ケイトが手を振るがマコトは近づいてこない。

   それどころかタクトとケイトを避けるように何処かへ行ってしまう。

 

ケイト  タクトさん、なにかした?

タクト  聞かないでー。

ケイト  今度晴れたら公園行こう、マコトさんにも言う。

 

 

   マコトとシンジのやり取り。

   LINEみたいな感じでやり取りが流れる。

   もちろんそれをせずにセリフでやり取りをしても良い。

 

シンジ  お前のカンチガイだよ。

マコト  カンチガイじゃない。もうウソはやめて。

シンジ  俺はお前にウソなんかつかない。

マコト  証拠もある。別れないんだったらみんなに見せる。

シンジ  証拠って?

マコト  サキとお酒飲んでる動画。

シンジ  隠し撮りとかサイテーだな。

マコト  あんたがやってることのほうがサイテーでしょ。

シンジ  みんなも知ってるんだから良いじゃん。サキのことなんて。お前も知ってると

    思ってた。

マコト  じゃあ、警察に見せる。

シンジ  やめろ! お前そんな事したら俺がやられるじゃん。わかってんの? お前も

    無事じゃないよ?

マコト  だから、サキと別れたら誰にも見せないって言ってるじゃん。

シンジ  ちょっと待って。

マコト  誰かと一緒なの? またサキ?

シンジ  一人。じゃあ、分かったから直接説明させて。

マコト  そっちに行けば良い?

シンジ  いま親が仕事で家使ってるから来られると困る。明日、山の上の公園は?

マコト  わかった。サキにも言っておく。

シンジ  なんで?

マコト  眼の前で別れればいいじゃん。そしたらそこで動画消す。

シンジ  ……。……。……。わかった。

 

   暗転。

 

 

   山の上の公園の上にある広場。

   タクトが指揮をしている側にケイトが座り。鳥や木々が歌う。

   途中からケイトが歌ってもいいし、歌っても良い。

 

ケイト  すごい。みんな違ってるね。やること。

タクト  近所の野良猫で練習したからね。パート分けは完璧さ。

ケイト  おぅ、猫ちゃんのオーケストラ見たいです。私猫ちゃん好き。

タクト  終わったらちゅ~るする約束だからけっこう大変なんだよ。

 

   タクトとケイト笑い合うが不意に寂しそうな顔になる。

 

ケイト  マコトさん来ればよかった。

タクト  しょうがないよ。俺、嫌われてるもん。

ケイト  嫌わられてる?

タクト  嫌われてる。だってしつこく何度も告白したんだぜ。

ケイト  あぁ、タクトさんラブなのね。

タクト  どうかなぁ。力にはなりたいけどね。必要ないって言われたらそこまでかな。

ケイト  優しい。

タクト  臆病なだけさ。

ケイト  マコトさんラブ、どこが好き?

タクト  えー、なんかカッコいいじゃん。

ケイト  かっこいい、だけ?

タクト  だけっていうか、うーん。あと強い!

ケイト  振られる、わかる。

タクト  えー、なんで?

ケイト  教えない。考える。自分で。

タクト  考えたってわかんないよ。さて、どうする? 解散する?

ケイト  猫ちゃん見たいです。

タクト  お財布が厳しい……。

ケイト  お財布がどうしたんですか?

タクト  えっと、

ケイト  タクトさん、あれ。見て。

 

   ケイトが指差す方向にはマコトがいて、その周りを何人もの男女が取り囲んでいる。

   マコトの肩を突き飛ばしたり、腕をつかんで無理やり引っ張ったりしている。

 

   マコトはシンジの仲間のグループから暴行を受けていた。

   さらにサキが自分の仲間も呼んでマコトをリンチしようというところだった。

 

ケイト  タクトさん。

タクト  俺に任せて。ケイトは隠れてて。

ケイト  タクトさんも隠れて。

タクト  は?

ケイト  見られたら、仕返し怖い。見えない指揮する。

タクト  そっか、だったら猫の喧嘩を止めるつもりで逆をやってやるさ。

 

   タクト、木と木の間から指揮を始める。

   指揮棒を振り上げるとグループの動きが止まる。

   右手で指揮をして左手でグループのそれぞれに指示を出していく。

   するとグループはそれぞれマコトを放ったらかして喧嘩を始める。

   一段と激しい曲のようでもある。

 

ケイト  タクトさん。

 

   ケイトがタクトの顔を見上げると、タクトは人を動かすことに熱中しており、

   その耳から血が出ていることにも気が付かない。

 

ケイト  タクトさん!

 

   ドン。

 

   下から突き上げるような大きめな地震が起こり、みんなその場に倒れ込む。

 

ケイト タクトさん!

 

   ケイトが起き上がり、タクトを起こす。

   ハンカチで耳の血を拭ってやるとタクトはケイトにぼんやりとした表情をみせる。

   マコトたちは起き上がらない。

 

ケイト  マコトさん見てきます。

タクト  え? なに? なんて言ったの?

 

   ケイトはタクトをその場に残してマコトを見に行く。

   シンジやサキたちの仲間はそれぞれケガをかばいながらその場を離れていく。

   ケイトがマコトを揺するとマコトは目を開ける。

 

マコト  ケイト? 何してるの?

ケイト  帰ろう。雨が降る。から。

 

   空は薄暗く、ゴロゴロと雷がなりかけていた。

   程なくして雨が降ってくる。

   マコトはケイトに支えられながらタクトの側までやってくる。

 

ケイト  タクトさん大丈夫?

タクト  え? うん。なんか聞こえづらいけど。雨降ってきたね。

マコト  変なとこ見られちゃったね。

ケイト  すごかった。ドンって。

タクト  早く帰らないと強くなったらまずい。

 

   暗転。

 

 

   暗闇の中でニュースの音だけが流れる。

 

アナ   現在チバラギ県アネガウラ市周辺には、断続的に線状降水帯が発生し現在土砂

    災害大雨特別警報が出ております。また昨日の地震の影響で土砂崩れの危険性も

    ましており、現在緊急安全確保が出されております。体育館などお近くの避難所

    に避難してください。繰り返します。現在チバラギ県アネガウラ市周辺には……。

 

 

   体育館。

   沢山の人が非難をしている。ケイトがマコトを見つける。

 

ケイト  マコトさん。

マコト  ケイト。

ケイト  ケガないです?

マコト  うん。ありがとう。あいつは?

ケイト  タクトさん?

マコト  うん。謝らないと。

ケイト  あやまる? 間違い?

マコト  ごめんって。

ケイト  ありがとう。でしょ?

マコト  んー、あぁ。そうね。ありがとうって言わないとね。

ケイト  タクトさんラブですから大丈夫。

マコト  あいつも学校が近いからここのはずだけど。

ケイト  まだおうち?

マコト  まさか、間に合わなかった?

ケイト  あ、

マコト  何?

ケイト  タクトさん、嵐と戦うのかも。

マコト  ケイト、何言ってんの? 落ち着いて。

ケイト  私、見る。

マコト  ちょ、ちょっと! 危ないって!

 

   ケイトが走り出すとマコトもそれを追いかける。

 

   暗転。

 

10

 

   高台の上。

   嵐の中でタクトが立っている。

   防風の中でタクトは何度も指揮棒を片手に手を挙げるが風は止まらない。

 

タクト  なんだよ! 止まれよ! 止まれってば! 静かになれよ!

 

  タクトがふと眼下の道路を見れば車が渋滞しており、

  多くの人が避難所にたどり着けないでいる。

   道路の先では事故が起きてもう車は動きそうにない。

 

レポータ アネガウラ市の現在の状況です。避難所に通じる道路では避難所を目指す車が

    混雑して渋滞を引き起こしており、この先の交差点で事故が発生しているとの情

    報も出ております。皆さん不安そうな表情で車の中で待っています。

 

タクト  今、土砂崩れでも起こったらみんなさらわれちゃうんじゃないか?

 

   タクトは、指揮棒でガードレールを叩く。音が聞こえなくなる。指揮棒を上げると、

   みんなが車の中から顔を出してタクトの方を見る。

 

レポータ 御覧ください。高台の方で少年が両手を上げて身振り手振りで何かを伝えよう

    としています。あ、あちらをご覧ください。車で避難しようとしていた人たちが

    車を捨てて避難を開始しました。男性が足の不自由なお年寄りを背負っている姿

    がいくつも見られます。あそこでは赤ちゃんを抱いた女性を助ける姿も見られま

    す。すごい光景です。みんなが助け合いながら避難所を目指して進んでいきます。

 

タクト  よし、みんな登った。

 

   タクトはその場に座り込む。

 

レポータ 私たちも高いところに避難をしてきました。見てください! 先程まで車があ

    った場所に大量の土砂が流れ込んで車を押し流していきます! あと数分避難が

    遅れていたら大惨事になるところでした!

 

   地面に座り込んでいるタクトの前に大野が現れる。

 

大 野  まったく人の話を聞かないからだぞ。

タクト  こんなに大変な目にあったのにいきなりそんな事言う?

大 野  1,054円分は楽しんだか?

タクト  もうお腹いっぱい。

 

   大野が手を出すと、タクトは大野に指揮棒を渡す。

 

大 野  さて、ワシはワシの役目に戻ることにしよう。

 

   大野が指揮棒を振るう。

   大野は暴風雨をクラッシックの壮大なやつに変えてしまう。

 

タクト  こんなのありえないでしょ。

大 野  この国で起きていることよりはだいぶマシな話だろう? 大人になったらちゃ

    んと選挙に行けよ。世界には問題が溢れとるからな。

タクト  はー。あ、猫。

大 野  ん? 猫がどうした?

タクト  猫にオーケストラをして貰う約束があったのを忘れてた。

大 野  なんじゃ、それなら猫たちにきちんと代償を払うが良いさ。

タクト  1,054円より高くつくなぁ。

大 野  さて、ワシの寝床が流されてしまったからな。次の寝蔵を探すとしようか。ほ

    ら見てみろタクト、迎えが来たぞ。

 

   大野の左手が示す先からマコトとケイトがやってくる。

   タクトが大野を振り返ると、大野はそこにはいなかった。

   風が収まり街は静かになっていく。

 

マコト  望月、ありがとう。

タクト  た、タクトでいいよ。

マコト  ありがとね、タクト。

タクト  ま、マコト、よかったら俺と付き合ってくれない?

マコト  ヤダよ。それからマコトなんて気安く呼ぶな。

ケイト  タクトさんまた振られちゃいましたね。

マコト  なんだったらケイトが付き合ってやんなよ。 

ケイト  えー、イヤです。

マコト  なんでよ。好きなんでしょ?

ケイト  好きですけどラブじゃないです。

タクト  それ俺がいないところでやってくんない?

ケイト  陰口は良くないです。

マコト  そんな言葉よく知ってるね。

タクト  どこで覚えてくるんだよ。

ケイト  猫ちゃんたち避難できたかな。

タクト  あいつら人間より賢いから大丈夫だよ。

ケイト  じゃあ、オーケストラ出来る。嬉しい。

タクト  えーっと。

マコト  なにそれ?

ケイト  猫ちゃんのオーケストラ、見せてくれます。タクトさん。

マコト  へー。そーなんだー。

タクト  え、いやそれは。

ケイト  ダメですか?

タクト  ダメっていうか、その……。

マコト  しっかりしろよ! ケイトを泣かせたらしょーちしないんだからね!

タクト  がんばりまっす!

ケイト  はい!

 

   夕焼けの中に三人の影が伸びて終わり。