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7℃
作:海部守
時: 現代
所:日本
登場人物
・A
・B
・C
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A 僕らの町の平均気温が7℃上がった。僕らの町だけに起こった異常気象だった。
B 冬がこんなにあったかいなんてな。とても嬉しいなぁ。
A よう。お前、寒いの苦手だもんな。
B うん。俺、寒いの苦手だからすごい助かった。
A でもまぁ、着る物1枚の差だけどね。
B それでも7℃はでかいよ。2桁行くんだぜ。
A そうか、2桁か。そう考えるとすごいな。
B コートとか要らなくなるかもな。
A いるだろ。
B いらないだろ。春先にコート着てる人なんて見たことないよ。
A レインコート。
B あ、いた。でも、それは夏だって着るだろ。
A スプリングコート。
B おお、なるほど。あ、はい! 俺も。
A お、何?
B テニスコート。
A それは着る物じゃない。
B コートダジュール。
A フランス南部の海岸。
B ジュール・ヴェルヌ。
A 海底二万マイルの作者。コートなくなっちゃったね。
B とにかくコートはもう要らないの。
A 雨の日は?
B かさ。
A 突然の強風でかさは吹き飛ばされてぐちゃぐちゃ。
B カッパ。
A それ、レインコート。
B 違う。頭に皿がある奴。
A 雨、関係ないじゃん。
B むしろ嬉しい。カッパの三太。
A 誰だよ。
B 村に現れてはいたずらをするカッパ。お前のシリコダマを抜いてやる!
A シリコダマが何なのか知ってるのか?
B シリコンの玉だろ。わるいごはいねがー!
A それはナマハゲ。
B いいじゃん。カッパだって頭は禿げてるようなもんじゃん。
A ナマハゲは禿げてるわけじゃないからな。秋田の人びっくりするよ。
B え? じゃあ何でナマハゲなの?
A マルハゲじゃないから。
B ああ、なるほど。
A わかったつもりになってるけど、嘘だよ。
B 騙された。信じてたのに。
A 普通、わかるだろ。
B いいよ、もうお前の言うことなんか信じない。
A なまって言うのは、低音やけどのこと。「なもみ」って言う言葉から来てるのさ。で、
それが出来るのは冬の間手伝いもしないでずっと囲炉裏に当たってる怠け者の証拠だ
から「なもみ」をはぎに鬼がやってくるわけ。で、「なもみ」はぎだから、ナマハゲ。
B もう騙されないからな!
A はいはい。
B それにしても冬があったかいっていいなぁ。
Cが出てくる。
C ホーホケキョ!
Cが去る。
A 春が来た。夏が近づくにつれ、僕らはちょっと大変だなと思った。
B 俺、暑いの苦手なんだ。
A 俺も苦手だなぁ。寒いのも嫌だけど。
B なあ、どっちが嫌だ?
A え? イカダ? つくんの?
B 違うよ。夏と冬どっちが嫌か聞いたんだよ。何だよイカダって。
A イカダ知らないの? 丸太をこう沢山並べて、それをロープできつく締めて川を渡
ったり海に出たりする昔の船みたいな乗り物。
B イカダは知ってるよ。何でイカダの話なんかになってるんだよ。
A ごめん。イクラの話だったね。僕は人工のイクラはイクラとは認めてないね。確か
にメーカーの人は頑張ってるけど。
B だから~。
A カラスミは何の卵だか知ってる?
B え? 何?
A トドだよ。
B トドって、あの?
A トドってあの。
B シーワールドにいる奴?
A シーワードにいるかなぁ。そんなに珍しくもないし。でも、水族館に入るかもしれ
ないな。
B いや、シーワールドにいるよ。俺、子供の頃にトドのする芸を見たもん。
A え? トドって芸をするの? イルカみたいに?
B 似てるけどちょっと違うかな。鼻先でボールを受け止めたり、拍手したり。
A それじゃあ、まるでアシカだよ。
B 似たようなもんだろ。
A 似てないよ。トドは魚類だかんね。
B え? トドって魚類なの?
A 知らなかったの? 何だと思ってたんだよ。
B アザラシのでかいの。
A アザラシのでかいのはでかいアザラシだよ。
B でも、似てるぜ。
A 似てないよ。見たことないの? 近所の川にもよく泳いでるじゃん。
B ないよ。近所にトドが来るの?
A トドじゃなくて、出世する前の奴。
B は? 俺はお前が何を言っているのかわからない。
A お前、ボラ知らないの?
B ボラは知ってるよ。魚だろ。近所の川に良く泳いでる奴。
A トドってアレが成長した奴のことを言うんだぜ。
B 嘘! ボラって大きくなるとトドになっちゃうの?
A うん。
B 形、全然違うじゃん! 魚じゃなくなってるよ。ボラすげえ!
A あ、ちなみにオットセイの種類のトドじゃないからね。
B (無言)
A なに?
B 騙された。
A 騙してないよ。
B ボラだけにほら話だ。
A 全然上手くないよ。それにボラがトドになるのは本当だからね。
B もういいよ。余計に暑さが増した気がする。
A だなぁ、そろそろ夏だもんな。今までの最高気温が36℃だったから7℃足して4
3℃か。ちょっと熱めの風呂だな。
B 温泉気分か。
A 入りっぱなしだけどな。
B 突然だけど、俺引っ越すことになったんだ。
A 突然だな。どうして? どこに? いつ? どうやって?
B そんなにいっぺんに聞くなよ。
A わかった。聞かない。
無言。
B なぁ、
A 何?
B 俺、引っ越すんだ。
A へー。
無言。
B え、聞かないの?
A だって、聞くなって言っただろ。
B いっぺんに聞くなっていったんだよ。
A なんだそうか。どうして?
B 知らない。親が決めたんだ。
A どこに行くんだ?
B ここよりも涼しい町。
A 暑さに弱いもんな、お前。
B うん。
A それで、いつ?
B 夏が来る前。親の仕事の都合がついたらすぐ。
A そうか。
B 悪いな。
A 何で謝るんだよ。
B だって、お前、友達いないだろ?
A いるよ。友達くらい。お前の他にたくさんいるよ。石ころのジョージに、サッカー
ボールのジョナサン。あと、あとは、
B 人間の友達だよ。
A ……うん。僕の友達は君だけだ。
B 俺、忘れないからな。
A 僕は忘れる。
B え?
A じゃないとツライじゃないか。ツライ、じゃないか。
B おい。
A なんか、雨が目に入った。
B お前が忘れても、俺は忘れない。それに決めたよ。
A え? 何を?
B 俺は、お前の他に友達は作らない。
A ダメだよ! 新しい町で、君は新しい友達を作るんだ。それで、僕のことなんか忘
れて幸せに暮らすんだ。
B 決めた。男は一度心を決めたら曲げないんだ。
A ありがとう。僕も忘れないよ。僕の友達は君だけだ。
Cが出てくる。B退場。
C ミーンミンミンミン! ミーンミンミンミンミン!
C、退場。
A 夏が来た。あいつはまだ引っ越していなかった。そして、奴が新しくこの町に引っ
越してきた。
C出てくる。
C 俺、この町初めて。お前、俺、案内しろ。
A えー、嫌だよ。ただでさえ暑いんだから外を案内なんかしたくないよ。
C 俺、暑いの平気。お前、俺、案内する。
A いやだ!
A、逃げる。
B、フラフラしながら出てくる。
B 町を案内して欲しいんだって?
C 俺、お前、家来にする。
B 俺はもうじきこの町を出て行くんだ。それに、君の家来になんかならない。俺はも
う知ってるんだ。この町が何で7℃も温度が上がったのかを。ここを出たら、それを
世界中に知らせてやるんだ。
C 早く来い。案内しろ。
C、退場。
B お前たちが威張ってられるのも今のうちだぞ。
B足元が定まらない感じで去る。
A、出てくる。
A 引っ越してきたのは奴だけじゃなかった。気が付けば、町には奴と同じような暑さ
に強い外国人が沢山引っ越してきていたのだ。
B、出てきて倒れる。
B 父さん、母さん。俺も新しい町に行きたかった。ごめんね。
A おい、どうしたんだよ。
B ああ、君か。俺はもうどこにも行けそうに無いんだ。ごめんよ。
A なんで? こんなにボロボロになるまで。
B 家来になるのを断ったら、連中、俺のことをよってたかって殴ったり蹴ったりした
んだ。でも、俺は家来にも友達にもならなかったよ。俺、折れなかったぜ。
A あいつはそう言って死んでしまった。僕らの町は暑さに強い連中のモノになった。
せめてもの救いは、冬になると連中は集団で暖かい故郷へ里帰りをすることだった。
でも、この町が春になるとまた戻ってきて、好き勝手に暴れていくのだった。
Cが出てくる。
C おい家来!
A 何ですか?
C お前、友達、してやる。
A え?
C お前、よく働く。ほめる。俺、お前、友達、してやる。
A ……。
C 喜ぶ、ない?
A ……ありがとうございます。
C 友達、トイレ、掃除。俺、昼寝。
A はい。
A、上手に移動。C退場。
A 僕は、折れてしまった。心を折ってしまった。
B、やってくる。
B おい、お前。
A はい! え? 生きていたのかい?
B お前、俺、家来、してやる。
A あぁ、似ているだけか。そうだよな。ははは。
B お前、返事しない。悪い家来。悪い家来、躾、する。
B、Aをぶつ。舞台中央で倒れるA、BはAをなおも執拗にぶつ。
A なります。家来になります!
やがて暗くなり、Aだけに明かり。地面にうずくまるA。
A 罰が当たったんだ。僕が君との約束を守らなかったから、罰が当たったんだ。あん
な奴らの家来になったから。
明かりがつく。上手にB、下手にCがそれぞれ立っている。
B 家来。
A はい!
呼ばれてBの元に駆けて行くA。
C 家来!
A はい、ただいま。
呼ばれてCの元に駆けて行くA。繰り返し。
B 家来。
A はい!
C 家来!
B 家来。
A はい!
C 家来!
B 家来。
A はい!
C 家来!
徐々にBとCは強くなり、Aは弱っていく。
ついにAは倒れる。C退場。Bだけが残る。
Aに明かり。
A この町の7℃気温が上がっただけで僕の世界は変わってしまった。地球温暖化のせ
いだと大人たちは言った。テレビもそう言っていた。僕もそう思った。憎かった。僕
の町をこんな風にした地球温暖化が憎かった。
A懐から手紙を取り出す。
A でも、ある日、あいつから手紙が届いた。差出人はあいつの両親だったけど、手紙
の中はあいつの字だった。
Bに明かり。
B 俺は真実を知った。これを知った日、俺は怒りで眠れなかった。同時に自分の無力
を知った。
A それは僕に充てた手紙ではなかった。それは、この町の秘密が書いてあるノートの
切れ端だった。
B 地球温暖化なんて嘘っぱちだった。それをテレビは言わないし、大人たちも騙され
ている。俺はそれに気が付いた。新しい町に行って体の調子が戻ったら俺はこれを世
界に広めようと思う。7℃、この町だけ7℃気温が上がるなんておかしくないか?
A おかしいと思う。でも、大人たちは何も言わない。テレビだって、地球温暖化のせ
いだって言っている。
B ここから少し離れたところに真新しい工場がある。都会にいろんな製品を送って、
都会の生活を豊かにしている工場だ。
A 知ってる。その工場があるおかげで僕らはこの町で幸せに暮らすことが出来るんだ。
B ある日、父さんが俺に言った。この工場が出来てから町は暖かくなったなって。
A そうか、その頃7℃上がったんだね。
B 気になって調べてみたんだ。工場のことを。図書館でいろんな本を見たり、古い新
聞を見たりした。こんな田舎だから、そんなに量は無かったけど、わかったことがい
くつかあるんだ。
A どんなこと?
B 工場でいろんな製品を作るとゴミが出るんだ。とっても有害な毒を持っているゴミ
がね。
A 毒?
B それを処理するためには高い熱で燃やさなければならないんだけど、ずっと燃やし
ていると熱が上がりすぎちゃうから、熱を捨てなきゃいけないんだ。
A 熱を捨てる。
B 工場はね、この町に沢山のお金を渡して、この町に熱を捨てているのさ。だからこ
の町は7℃気温が高いんだ。
A そんなのテレビは言わないよ。大人もみんな言わないよ。みんなに教えないと。
B ダメなんだ。
A どうしてさ。みんなこんなに苦しんでいるのに。
B 大人たちは知っているんだ。知っているのに考えるのをやめて、ただ豊かで幸せだ
と思って生きているんだ。誰かが本当のことを言ってそれに気が付いてしまったら、
この生活を捨てなくちゃいけないから、それが怖くて、誰も真実と向き合えないんだ。
A そんな。
B そのうち、ここだけじゃなくていろんなところに工場が建つんだ。そうして手遅れ
になってから、やっぱりやめれば良かったって言うんだ。
A 言おうよ。
B 言いたかった。
A 僕が言うよ。
B こんな奴らに負けてる君に言えるのかい?
A 男は、いや、人間は一度心を決めたら曲げないんだ。
B そうか。
B退場。
舞台全体が明るくなる。
A、立ち上がる。
Cがやってくる。
C おい、家来。肩もめ。
A、無視。
C おい、家来。
A 僕は家来じゃない。
C ああ、そうか。友達、だったな。友達、肩もめ。
A 僕は君の友達じゃない。
Bがやってくる。
B おい、家来。
A 僕は家来じゃない。
B 躾、する。
BとCがAに迫っていく。しかし、Aにたどり着く前に倒れる。
A 昨日、工場の配管に穴を開けたんだ。猛毒。危険。そんな文字が書いてあった。
A、ひざを突く。
A これで、世界中が気が付くだろう。なんたって、町中の人間が毒で死んじゃうんだ
からね。これがニュースにならないわけが無い。この町の事故の話は世界を駆け巡る
だろう。そして、この手紙を見つけて、みんなが考え直すんだ。本当の幸せが何か、
みんなが気が付くんだ。君と僕の死は決して無駄ではなかったんだ。
A、地面に倒れる。
CとB、ゆっくりと起き上がる。
C 俺たち、冬に故郷、帰る。冬、毒、強い。
B お前たち、いつも毒、吸ってる。すぐ、死ぬ。
C 俺たち、すぐ、死なない。
C、手紙を拾う。破り捨てる。
C これで、誰も、読まない。
B 俺たち、逃げる。
C 次の町、行く。
暗転。
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