しあわせをつくる方程式

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しあわせをつくる方程式

                                   作:海部守

時:現代

所:日本、どこかアフリカみたいなところ。

登場人物

・A

・B

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   正方形のブロックがいくつか置かれている。

   ブロックは椅子だったり、机になったり乗り物になったりする。

   それ以外のものは全部パントマイムで。

   そこは教室。Aが席に座っている。Bが入ってくる。

B ようマミヤ。

A あ、おはよう。ジュンヤ君。

B 何してたんだ?

A え? ぼうっとしてた。

B なんで?

A わかんない。

B ふうん。

   B、席に着く。

B なあ、お前って変わってるよな。

A え? そうなの? 僕変わってるの?

B うん。だってさ、お前マミヤじゃないじゃん。

A うん。僕はマミヤじゃないね。

B そうじゃなくて、何でマミヤって言われて返事をするのかってことだよ。

A だって僕を呼んだんだろ?

B 確かにそうだけど、でも俺はお前をマミヤって呼んだんだぞ?

A そうだよ。僕はマミヤじゃないけどマミヤって呼ばれたから返事をしたんだ。

B ん?

   B考え込む。

B お前、名前なんだっけ?

A アルト。歩く人って書いてアルト。

B キラキラネームか。

A キラキラネームって何だっけ?

B キラキラしてる名前のことだよ。

A そうか。

B お前、バカだな。

A うん。僕はバカなんだ。

B いいよなぁ。お前はしあわせそうで。受験しないんだろ?

A うん。卒業したら働くんだ。おじさんの工場で。

B 何を作ってる工場なんだ?

A わかんない。

B わかんないのか?

A 聞いたけど忘れちゃった。

B そうか。スイドウバシの記憶力は鳩並みだもんな。

A 僕、鳩じゃないよ。

B 知ってる。ちなみにスイドウバシでもないよな。

A うん。違う。

B あーあ、俺もう嫌になっちまったよ。だけどさ、大学くらい行っておかないとその後

 の人生が大変だろ? いい暮らしをするためには我慢するしかないのかなぁ。あ、悪い。

 別にお前を馬鹿にしたんじゃないからな。

A わかってるよ。僕は勉強も出来ないバカだから、大学にはいけないんだ。でも、工場

 で働けるから。

B だから、工場で働くのがバカだって言ってるわけじゃないんだぜ?

A うん。知ってる。

B ごめんな。俺、そう言うつもりじゃなくて。お前を傷つけるつもりなんか無かったん

 だよ。

A わかってるよ。

   暗転。

   明かりがつくと、ブブベン族の集落。

   Aが原住民になり何かを作っている。探険家Bがやってくる。

B ここがブブベン族の村か。うわさではかなり数が減ってると聞いていましたが、本当

 に少ないですね。

A ズンバボンディア!

B あぁ、僕らには馴染み深い言葉ですね。これは現地の言葉でおはようとか、こんにち

 はという意味なんですね。ズンバボンディア!

A ズンバボンディア!

B お前たちはどこから来たのかと。日本です。

A ズンバボンディア!

B それはどこにあるのか、どんな村なのかと。日本は村ではなくて国です。沢山の人が

 住んでいます。

A ズンバボンディア!

B いいえ、ここよりももっと沢山の人が住んでいます。一億人もいます。

A ズンバボンディア!

B ははは、驚いてる驚いてる。日本には何でもあるんですよ。車も飛行機も、ビルも世

 界中の食べ物も集まっています。すごい国なんですよ。

A ズンバボンディア!

B は? ここには何も無いじゃないですか。こんな貧しい生活なんか日本でしてたら笑

 われますよ。

A ズンバボンディア!

B 嫌ですよ。携帯もつながらないんだから、すぐに帰りますよ。ここに泊まったってこ

 この良さなんかわかりません。やっぱり文明社会って幸せだよなぁ。

A ズンバボンディア!

B 言ってくれるなぁ。(見えないテレビクルーに)大丈夫だよ。ケンカ売ってきてるのは

 あっちなんだから、文明人らしく論破してやるって。

A ズンバボンディア!

B 俺たちのどこが貧しいんだって? 着てるものも持ってるものもあんた達とは大違い

 なんだけど? そんな布切れと比べんなよ。ブランド品だぞ。

A ズンバボンディア!

B じゃあ、これ食べてみてよ。(ポケットからいたチョコのようなものを出す)

A ズンバボンディア? (手に取って眺める)

B 食べてみろよ。

A (かじる。すぐに吐き出す)ズンバボンディア!

B ははは、包装紙。包装紙をはがさないとダメだ。

A (包装紙を剥く。食べる。驚く)ズンバボンディア!

B うまいだろ? それがチョコレートだ。

   A、チョコレートを懐にしまい、地面を見て歩き回り突然穴を掘る。

   穴の中にいた芋虫を捕まえる。

A ズンバボンディア! (差し出す)

B 芋虫? 食えって? ふざけんなよ。何の罰ゲームだよ。(払いのける)

A ズンバボンディア!

B じゃあ、どっちがおいしかったんだよ。

   A,チョコと芋虫を見比べる。チョコレートを頭上に上げる。

A ズンバボンディア!

B だろ! 文明社会の勝利だな。大塚ちゃん、勝利の瞬間ちゃんと取っておいた?

A ズンバボンディア!

B チョコレート。

A ホゴレインボー。

B チョコレイト。

A チョモランマ。

B チョコ。

A チヨコ。

B チョコ。

A チヨコ、チョコチョコ。

B まぁ、それいいや。

A チヨコ、チョコチョコ! ちょっとチヨコそこでチョコチョコしないで!

B ん?

A ズンバボンディア!

B だから、俺たちのどこが貧しいんだよ!

   暗転。

   明かりがつくとそこは大自然。大富豪Bがやってくる。その後ろから使用人A。

B まぁずばらしい。本当に自然って美しいわ。お前もそう思うでしょ?

A はい、奥様。

B ここをもう少しいじったらもっと素敵になると思わない?

A はい、奥様。

B あの木が邪魔ね。切り倒しましょう。それからあそこの汚い小屋は全部撤去してね。

A 奥様、あそこには原住民が暮らしております。

B それがどうしたのよ。どっか別のところに移せばいいでしょ? そんなこともわから

 ないの? このバカが。暇を出すわよ。

A 申し訳ございません。すぐに手配をいたします。

B ここに大きなホテルを建てましょう。プールがあって、大自然を見ながらリゾート気

 分を満喫するのよ。お客様はとても喜んでくださるでしょうね。これこそ大自然と融合

 した人間世界の楽園だわ。

A 奥様。

B 何?

A そろそろ日も暮れますのでホテルに戻りましょう。夜行性の猛獣もやってくるとガイ

 ドが申しております。

B そんなの撃ち殺せばいいでしょ。

A はい、奥様。

   暗転。

   明かりがつくとそこはお店。世界各地の雑貨を扱うお店。

B へー、こんな店があったんだぁ。

A いらっしゃいませ。お客様は始めてのお客様ですか?

B ええ。アジア雑貨が好きで旅行にも行くんですけど、なんだかすごい沢山ありますね。

A はい。世界中のフェアトレード商品を扱っております。

B フェアトレード商品?

A はい。フェアトレード商品です。

   沈黙。

B うん。普通はここでフェアトレード商品がどんなものか説明してくれるよね。

A あ、申し訳ございません。

   沈黙。

B だからぁ。

A あ、そうですね。すみません。ぼうっとしてました。

B それで?

A お昼ご飯に何を食べようかなって。

B 説明。

A はい。フェアトレード商品というのは生産者と対等な取引を行うということです。

  沈黙。

B え? 終わり?

A はい。

B ん? それは、途上国から雑貨などを先進国で販売する場合に従来は中間業者が高い

  利益を上げるために生産者にわずかな賃金しか与えなかったりして、生産者の暮らし

  がちっとも向上しなかったことを問題として、生産者と販売人が直接取引をして生産   

  者の生活を向上させようというそう言う試みってことじゃないんですか?

A 良くご存知ですね。そんな感じです。

B そう言う説明はあなたがしないといけないんじゃないんですか?

A そうでもないです。そこに書いてありますから。

B そうですか。

   B、そこにあった商品を手に取る。

B あ、これすごい。

A それはブブベン族のズンバボンディアですね。

B へーこれがズンバボンディアかぁ。って、なんですか? ズンバボンディアって。

A さあ。懐かしいでしょ?

B はい。昔は良くこれに乗って小学校に行ったもんだなぁ。

A そうでしょう。日本の小学生の九割がこれを持ってましたからね。

B 最近は見かけなくなったなぁ、ズンバボンディア。

A ブブベン族は今その数を急激に減らしていますからね。絶滅危惧種です。

B 少数民族ですよね?

A そうとも言います。

B ブブベン族ってどこに住んでいるんですか?

A ブブベン共和国です。

B ブブベン共和国って言うのはどこに? アフリカですか?

A アフリカじゃないと何か困ることでも?

B いいえ。

A ブブベン族がどこに住んでいるかは絶対にしゃべってはいけないんです。

B なぜですか?

A 密猟者が彼らを狙うからです。

B 少数民族なんですよね?

A ブブベン族の血液には成人病を治す効果があるんです。そのせいで多くのブブベン族

 が狩られました。ほら、ズンバボンディアが日本の小学生の手から離れたときがあった

 でしょう?

B ああ、ズンバボンディアショックですね! 知ってます。弟がまだ小学生だったから。

 お兄ちゃんのズンバボンディア貸してくれってよく言われたなぁ。

A あの時、ブブベン共和国内では八割くらいのブブベン族が冷凍保存されて世界各国に

 輸出されたとか。残りのブブベン族は奥地に逃げてひっそりと暮らしています。

B そうですか。このズンバボンディアにはそんな血なまぐさい過去が。

A あ、それは所沢の工場で作ってます。

B ん?

A 何か?

B 今までの話を全部台無しにするような感じの話をいきなり投げ込んできましたね。

A お気に召しましたか?

B そうですね。

A 八万九千円になります。

B はい?

A 八万九千円です。

B 何が?

A ズンバボンディアです。いまお包みしますね。

B ちょっと。

A え? 何か?

B 買うなんて言ってませんよ。

A 言いましたよ。

B いつ?

A さあ?

B 買いませんよ。

A 九万五千円です。

B は?

A え?

B 何で六千円増えたんですか?

A 時価です。

B 何だよ時価って。

A 九万二千円です。

B お、下がった。じゃあ買おうかなって、オーイ。

A お買い上げありがとうございます。この売り上げの2%がブブベン族の支援金として

 ブブベン共和国に送られます。

B 残りは?

A はい。8%が所沢の工場に。残りは私の懐に入ります。

B うーん暴利。

   暗転。

   明かりがつくと教室。

   Aが席で勉強をしている。

A あ。

   Bがやってくる。席について勉強を始める。

A あ、そうか。

B どうしたジングウジ。

A うん。あ。

B 何?

A 世界を救う方法を思いついたんだけど、忘れちゃった。

B お前バカか?

A ごめん。もう少しで世界が救えたのに。

B お前なんかに世界を救えるわけが無いだろ。くだらないことを考えてないで、テスト

 勉強しろよ。留年したら、卒業できないんだからな。

A そうだね。だけどね、今の方法だったら、みんなが幸せになって誰も苦しまなくて済

 んだんだ。

B まだ言ってんのか? お前みたいなバカが世界を救えるなら、もうとっくの昔に世界

 は救われてるよ。

   B、勉強を再開。

A ごめん。僕みたいなバカには世界は救えないよね。

B そう言うのはさ、俺たちなんかよりももっと頭がいい奴に任せておけばいいんだよ。

 今にさ、そう言うすごい奴が現れてあっという間に何もかも解決してくれるさ。

A すごいな。スーパーマンみたいだ。

B そ、何でも出来て何でも知っている奴が、俺たちを救ってくれるんだ。

A 何でも出来て、何でも知ってる奴が僕たちを救ってくれるかな?

B 当たり前だろ?

A なんで? 何でも知っているんなら、僕たちが絶対に救われないことも知ってるんじ

 ゃないかな? だからほったらかしにされてるんじゃないかな?

B なんだよ。

A だって、僕が何でも知っていてなんでも出来たら、誰も助けようなんて思わない。自

 分の楽しみだけを追求してしまう気がするんだ。

B そんなのお前の考え方だろ。お前はスーパーマンでも救世主でもない。もちろん俺も

 違うからスーパーマンの考え方なんてわからない。それこそ誰もわかんないよ。

A そうなんだよ。わからないんだよ。スーパーマンの考え方はわからない。だから、彼

 が僕たちを救ってくれるかなんかもわからない。

B まあそうだな。

A 必要なのかな。

B え?

A 特別な人間って必要なのかな。スーパーマンだけじゃなくてさ。

B 当たり前だろ。エリートが世の中を引っ張っていかないと世の中がめちゃめちゃにな

 るじゃないか。

A でも、エリートが自分の幸せだけを追求していたら、この世の中は救われないんじゃ

 ないかな?

B わかったからもういいだろ。テスト勉強しろよ。

A だけどさ、みんなが自分の幸せをつかもうとしたら、衝突が起こるんじゃないかな。

B うるせえな! じゃあ、勉強しろよ。それで一流大学に入ってみろよ。それで自分の

 力で世の中を変えてみろよ! 何も覚えられない何も出来ないくせに偉そうな事言うな

 よ。お前みたいな奴が一番うざいんだよ。自分じゃ何も出来なくて他人の世話になるし

 か脳が無いくせに説教臭いこと言いやがって、お前なんだよ。

A ごめん。

   B、無言。

A ごめん。

   暗転。

   明かりがつくと、ブブベン族の集落。

   原住民Aが開発者Bに追われてくる。

A ズンバボンディア!

B 観念しろ! お前で最後だ。

A ズンバボンディア!

B 悪いな。俺もこれが仕事なんだよ。ここにはホテルが建つ。そうしたらここは一大観

 光地だ。どこか別の場所を用意しろだなんて言うけどよ。あいつらその分の金もよこし

 ゃあしない。汚い連中だぜ。どれだけ儲けようって腹なんだか。

A ズンバボンディア!

B お前で最後って言っただろ。みんなあっちに行ったよ。幸せな国にな。

A ズンバボンディア?

B 日本? なんだそりゃ?

A チヨコ、チョコチョコ。

B 意味のわかんないことを言いやがって。

A ちょっとチヨコそこでチョコチョコしないで!

   B、Aを撃つ。A、倒れる。

   暗転。

   学校。

   下手、床にAが倒れている。

   Bが上手で電話を取る。

B え? アルト君が? そうですか。いえ、僕らいじめなんかしてません。からかうく

 らいのことはしましたけど。最近、なんかおかしかったんです。世界を救う方法を思い

 ついたとかそんな変ことを言ったりしてました。たぶん、留年が決まったのがショック

 だったんじゃないでしょうか。親戚の工場で働くことをすごく楽しみにしていましたか

 ら。はい。わかりました。失礼します。

   B、去る。

   A、起き上がる。

A 世界を救う方法を思いついたんだ。それはね、自分よりも人の幸せを願い喜んであげ

 ること。みんながそうやって自分よりも他人のことを考えて優しくしてあげたら、世界

 は救われるんじゃないかな。特別な人間なんか本当は要らないんだ。それが世界を救う

 方法なんだ。これが僕のしあわせをつくる方程式。

   A、後ろを振り返る。

A 呼ばれてる。もう行かないと。じゃあね。ズンバボンディア! ちょっとチヨコそこ

 でチョコチョコしないで!

   A、走り去る。

                                       幕

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