ありできりぎりす

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ありできりぎりす

                                   作:海部守

時:現代

所:その辺

登場人物

・有田

・桐谷

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有田 おう、桐谷。

桐谷 おう、有田。

有田 来週、スキーに行くんだけど、お前も来るか?

桐谷 あぁ、ごめん。金ないんだ。

有田 なんだそうか。

桐谷 珍しいな。

有田 別に。仕事の休みがたまたま3日取れただけだよ。帰ったらまた地獄の日々さ。

桐谷 忙しいのか?

有田 まぁな。金を使う暇もなくてたまる一方だ。

桐谷 俺はたまる気配もないよ。

有田 いい加減に働けよ。いつまで夢を見てるんだよ。

桐谷 いいだろ。ミュージシャンとして成功すれば、俺もスターになれるんだから。

有田 その前に餓死するな。

桐谷 そうなったらそうなっただよ。

有田 なあ、飯食いにいくか?

桐谷 だから、金がないんだって。

有田 そのくらい出すよ。

桐谷 そうか? 悪いなぁ。

有田 気にすんなって。

桐谷 あ、そうだ。こうしようぜ。いいこと思いついちゃったな!

   間。

有田 ん?

桐谷 え?

有田 何、いいことって?

桐谷 あれ? 言わなかったっけ?

有田 うん。聞いてない。

桐谷 そうか。残念だな。ナイスアイデアだったのに。

有田 だから何が?

桐谷 いや、いいよ。物事には勢いって言うものがあるし。

有田 言えよ。

桐谷 いいよぉ。言って否定されたらへこむもん。

有田 へこまないよ。俺は。

桐谷 俺がへこむの!

有田 あぁ、そうか。

桐谷 否定しないなら教えてもいいけど。

有田 どうせくだらないことなんだろ?

桐谷 あ、否定された。もう言わない。

有田 わかったよ。言えよ。

桐谷 否定しないか?

有田 しないよ。

桐谷 あのなぁ。

   桐谷、もったいぶる。

桐谷 あのなぁ。宝くじを買うんだよ! すぐに換金できるスクラッチって言う奴!

有田 聞いた俺が馬鹿だったよ。

桐谷 あー! 否定した! うそつき! うそつき! このキツツキが! (手でキツツ

  キのマネ)

有田 意味がわかんないよ。何だよキツツキって。

桐谷 キツツキは鳥です。

有田 知ってるよ。キツツキが鳥なことくらい。何でうそつきがキツツキになるんだよ。

桐谷 うそつきはキツツキの始まりってよく言うだろ。

有田 言わないよ。

桐谷 うそ? どこで?

有田 そっちこそどこで言うんだよ。

桐谷 俺の田舎。

有田 どこだよ田舎。

桐谷 この辺。

有田 俺はここに(実年齢)くらいいるけど今はじめて聞いたな。

桐谷 俺んちらへん。半径十メートル。

有田 あっそ、もういいよ。行くぞ。

桐谷 スクラッチ当たったらステーキ食おうぜ。

有田 馬鹿言ってろ。

桐谷 馬鹿。

有田 もういっぺん言ってみろ。

桐谷 馬鹿。

有田 お前、俺を馬鹿にしてるのか?

桐谷 馬鹿言ってろって言ったじゃん。

有田 言った。いくぞ。

桐谷 うん。

   二人歩いていく。

   暗転。

   明かりがつく。

   二人かけて戻ってくる。

桐谷 どどどどどどうしよう!

有田 落ち着け! 落ち着け! とりあえず落ち着け!

桐谷 うんうんうんうんうんうんうん。

有田 で、いくら当たったんだ?

桐谷 5万円!

有田 おおおおおおお!

桐谷 ステーキ食おうぜ!

有田 その5万円があれば、二人でも結構贅沢できるな!

桐谷 え? 何で?

有田 は?

桐谷 ご飯おごってくれるんだろ?

有田 その代わりにスクラッチ買ったんだろ。

桐谷 これは俺が運を使って当てたんだから、これは俺のだよ。

有田 小さい奴だな。じゃあ、半分返せ。

桐谷 なんで?

有田 元は俺の金だろ? 全部俺に返すのが普通だけど、お前の運に敬意を払って俺は半

  分でいいって言ってるんだよ。

桐谷 なるほど。

有田 いやなら奢らない。

桐谷 わかった。

有田 よし、ガストに行こう。

桐谷 うん。あ、でもその前にスクラッチ買わして。

有田 あのなぁ、二匹目のドジョウはいないんだぞ?

桐谷 ドジョウなんて買わないよ。

有田 違うよ。買ったからってまた当たるなんて事はないって言うことだよ。

桐谷 そうか。じゃあ、別の宝くじを買うよ。

有田 おまえなぁ。もう少し真面目になれよ。

桐谷 わかった。真面目になる。

有田 素直だな。

桐谷 宝くじに真面目に取り組むよ。2万5千円全部使う。

有田 は?

桐谷 これは僕のお金だから、当たっても全部僕のだよ。

有田 当たるわけないだろ。

桐谷 いい?

有田 わかったよ。それより飯に行くぞ。

   二人去る。

   暗転。

   明るくなる。桐谷が喜喜として走りこんできて不思議な踊りを踊り続ける。

桐谷 神様にささげる不思議な踊り。

   そこに有田がやってくる。

有田 本当なのか? 2億円が当たったって。

桐谷 本当さ。

有田 やったな! 俺たちお金持ちだ!

桐谷 は?

有田 は?

桐谷 今、俺たちって言ったか?

有田 今、俺たちって言った。

桐谷 最初に言ったよなぁ。この金は俺のだって。

有田 聞いた。

桐谷 じゃあ、そういうこと。

有田 まぁ待て。確かに宝くじの金は全部お前お金だ。

桐谷 当然だよ。

有田 落ち着け。だが桐谷よ。お前さん肝心なことを忘れていないか?

桐谷 何だよ肝心なことって?

有田 お前には恩人がいただろう? いつもお前の食事や水道光熱費、携帯電話の利用料

  金や交通費その他、等々を面倒見ていたすばらしい恩人がいただろう?

桐谷 いないよ。

有田 てめえ、ふざけんなこの野郎!

桐谷 嘘だよ。忘れてないよ。僕には恩人がいる。

有田 桐谷。

桐谷 その人には半分渡しても惜しくなんてない。

有田 きりやぁ~。

桐谷 小学5年のときの担任のマリ子先生。

有田 は?

桐谷 え?

有田 オレオレ。

桐谷 ん?

有田 お前の恩人。

桐谷 君は友達だ。

有田 友達で恩人。

桐谷 お前、貯金あんだろ。

有田 あるよ。

桐谷 じゃあ、いいじゃん。

有田 よくないよ。それとこれとは話は別なんだから。

桐谷 じゃあ、こうしろよ。

有田 やだよ。

桐谷 まだ言ってないだろ。

有田 どうせろくでもないことだろ。

桐谷 貯金全額使って宝くじを買えよ。

有田 ほらろくでもない。当たるわけがないだろうが。

桐谷 いや、当たるね。だって俺が2万5千円で2億円を手に入れたんだぞ? お前の貯

  金は2万5千円以下か?

有田 2千万くらいあるけどさ。

桐谷 だとすると2千億円行くな! お前富豪じゃん!

有田 富豪?

桐谷 フゴー。

有田 富豪! 富豪! 富豪!

桐谷 フゴー! フゴー! フゴー!

有田 よし、全額下ろして買うぜ。

桐谷 俺も2億円使って買う!

有田 おう! いくぜ!

   二人走り去る。

   暗転。

   明かりがつくと、有田が横になって寝ている。

   そこへ桐谷がやってくる。

桐谷 なんだ、また寝てるのか。いい加減、きちんと働けよ。

有田 いいんだよ。俺は運を待ってるの。

桐谷 お前らしいっちゃお前らしいけど、そんなことしてても何も変わらないんだぞ。少

  し金出してやるから、職安にでも行けよ。

有田 ん、わかった。3万くれ。

桐谷 職安行くだけなら5千円もあれば足りるだろ?

有田 うるせーな。3万必要なんだよ。俺は。

桐谷 パチンコなんか行くなよ。

有田 いいだろ。

桐谷 どうするつもりだよ。ずっとこのままか?

有田 横領の前科のある俺なんか雇う会社なんかどこにもねーよ。お前、俺を雇うか? ど

  うだ?

桐谷 今のお前は雇う気はない。

有田 だろ?

桐谷 以前の真面目なお前に戻ってくれたなら考えてもいい。

有田 いい気になってんじゃねえよ。お前の会社の金だって、元は俺の金だろうが! お

  前だけ当たり続けてよぉ! ふざけんなよ!

桐谷 だからこうやって住む家を提供してるじゃないか。君がきちんと立ち直れるように

  さ。

有田 俺が道を踏み外したのはお前のせいだ!

桐谷 そうじゃない。僕は大金を手にしても自分を見失わなかった。君はどうだ。大金を

  失って自分を見失ったじゃないか。

有田 お説教ですか。はいはいはい。悪いのは私ですよ。

桐谷 有田。

有田 出て行くよ。お前の世話になるのはこれで最後にする。

桐谷 お前。

有田 もう、お前と会うこともないだろう。

桐谷 俺そんなつもりで言ったんじゃないんだ。

有田 いや、いいんだよ。おかげで目が覚めた。だけどさ、お前の世話になりっぱなしじ

  ゃあ、俺はいつまでたっても独り立ちできないんじゃないかって思うんだよ。

桐谷 そうか。

有田 今までありがとう。

   有田、桐谷に向かって手を伸ばす。

桐谷 ……ありがとう。

   二人は握手をする。

桐谷 元気でな。

有田 お前もな。

   手を離す。

有田 最後にひとつお願いがあるんだ。いいかな?

桐谷 ああ。

   間。

有田 お前と過ごした思い出に何か記念になるものがほしいと思ったんだ。だからさ、1

  億円くれ。

   間。

桐谷 断る!

   暗転。幕。

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