恋する戦乙女

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恋する戦乙女

                                   作:海部守

時:現代

所:ごく普通の都市

登場人物

・シノブ

・カズキ

・エリ

・カオリ

・生徒A

・強面A

・強面B

・現場監督

・カズキの母

・シノブの父

・シノブの母

・労働者A

・労働者B

・仲間A

・仲間B

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○校舎の屋上

   春日シノブと生徒Aが向かい合っている。

   深刻な表情の二人。

生徒A 春日、お前重いんだよ!

シノブ じゃあ、ダイエットする!

生徒A そういう意味じゃないよ。…何で、インターハイで優勝してる俺より足が速いん

   だよ!

シノブ それは、先輩のことがもっと知りたくて、一生懸命だったから……。

生徒A 一生懸命だったからって俺の足の速さを越えちゃうなんておかしいんだよ! そ

   うだよ。お前、やること成すこといちいちうざいんだよ。付き合っても無いのに、

   出過ぎたマネするなよな!

   うざいという言葉に潰されるシノブ。プルプルと震えている。走り去る生徒A。

○校舎の屋上

   女子生徒エリとカオリがやってくる。

エリ  シノブ、大丈夫?

カオリ シノブ、シノブ?

   友達が慰めるが、シノブは真っ白に燃え尽きている。

   ふらふらと立ち上がるシノブ。

シノブ あたしは大丈夫。

エリ  魂が抜けてるわね。

カオリ そうね。30連敗だもんね。

○公園の前

   下校しているシノブ、落ち込みながら歩いている。

   誰かが暴行されている。

○公園

   男子学生カズキが、強面の男たちに暴行されている。

強面A 来月までに50万用意しておけ!

強面B でないとお前ら一家が海に浮かぶことになるぜ!

強面A 恨むなら、父親を恨みな!

   立ち去る強面の男たち。

   シノブがカズキに近づいてくる。

シノブ 大丈夫?

   ハンカチを差し出すシノブ。それを払いのけるカズキ。

カズキ ほっといてくれ。

   立ち上がるカズキ。ふらふらと歩き出す。

   キュンとするシノブ。カズキを支えてやる。

シノブ しっかり。

カズキ 俺にかまうな。

シノブ 何言ってるの。こんな怪我して……。

○カズキの家

   想像以上にぼろい家。

カズキ ありがとよ。

シノブ 気にしないで。

   シノブから離れて家に入ろうとするカズキ。するとカズキの母が出てくる。

カズキの母 カズキ、あいつらが……。

   カズキの姿を見て駆け寄ってくる。

カズキの母 カズキのところにも来たのね。ごめんなさいね、あんな人と結婚しなかった

     ら……。

カズキ こんなのなんでもないよ。それより、俺バイト行くから。

   家の中に入るカズキ。シノブを見るカズキの母親。

カズキの母 すみませんねぇ。ありがとうございます。

シノブ いえ、たまたま帰り道が近かったので。

カズキの母 ありがとねぇ。

   家の中から出て来るカズキ。

カズキ じゃ、行ってくるから。

   去っていくカズキをぼーっと見つめるシノブ。

カズキの母 借金なんかなければ、もっと楽しい高校生活だったのに……。

シノブ カズキくんって言うのかぁ……。

○道路工事現場 夜

   どやどや働いている労働者。その中にシノブの姿がある。

労働者A ねーちゃんよく働くなぁ。

シノブ いえいえ。

労働者A 何かわけありか?

シノブ ウフフフ。

○回想 

   シノブとカズキがいる。封筒を差し出すシノブ。

カズキ こ、こんなの受け取れないよ。

シノブ いいの。あたしにはこんなことしか出来ないから。

カズキ ありがとう。シノブ。

シノブ いいのよ。だってあたしあなたのお嫁さんになるんだもん。気にしないで。ウフ

   フフ。

○道路工事現場 夜

   地面を掘りまくるシノブ。

シノブ ウフフフフ。

労働者A 掘りすぎ掘りすぎ!

労働者B まったく重機みたいな女だなぁ。

労働者A ねーちゃんのおかげで今日は仕事が早く終わりそうだ。

シノブ 頑張ります!

労働者たち だから、掘りすぎだって!

○学校の屋上

   カズキがフェンス越しに外を見ている。

   シノブが近づいてくるのに気が付いて振り返る。

カズキ 用って何?

   お金の入った封筒を差し出すシノブ。中を見るカズキ。

カズキ 何これ?

シノブ 使って。

カズキ お、ああ。どうもな。

   封筒を無造作にポケットにしまうカズキ。そのまま去っていく。

シノブ 想像とは違う反応だったけど、かっこいい~

○道路工事現場 夜

   働くシノブ。

労働者A 今日もアンドロイドねーちゃん来てるのか!

労働者B 毎日いてくれたら、楽でいいなぁ。

○学校の屋上

   シノブがカズキを待っている。カズキがやってくる。

カズキ わりぃな。

   シノブの手から封筒を受け取る。

シノブ あ、あの、お弁当でも一緒にゴニョゴニョ……。

カズキ んじゃ、俺行くわ。

   走り去るカズキ。見送るシノブ。

シノブ なんてクールなの。素敵……。

○工事現場 夜

   作業するシノブ。

○学校の屋上

   お金を渡すシノブ。

○カズキの家

   相変わらずぼろい。カズキの母が強面二人組に暴行されている。

強面A いつまで待たせる気なんだよ!

強面B とっとと50万持って来い。

カズキの母 いくら返しても50万のままじゃないですか。

強面A んなもん利子に決まってんだろうが。

強面B 口答えしてないで、金作って来い!

   強面の男Bは、カズキの母を殴りつけようとする。そこにシノブが滑り込んでくる。

シノブ 待って!

強面B あん?

強面A 誰だオメエ?

シノブ 誰でもいいでしょ。ねぇ、50万きっちり払えばそれでいいのね?

強面B なんだぁ? ねーちゃんが肩代わりしてくれんのか?

   強面の男Bににじり寄るシノブ。

シノブ そうよ。一週間後、きっちりと用意しておくからそれまでおとなしく待ってなさ

   い。

強面A おいおい利子の分忘れるなよ。一週間後なら60万だ。

カズキの母 そんな。

シノブ 分かったわ。

   去っていく強面の男たち。

カズキの母 なんて約束してくれたの! 一週間で60万なんて無理よ。

シノブ 大丈夫です。あたしが何とかしますから。

○春日家 夜

   平屋のお家。

○春日家 シノブの部屋 夜

   椅子に座って天井を見ているシノブ。手元には通帳。

シノブ お年玉定期解約しても、あと30万足りないよぉ。

   ドアがノックされる。通帳をしまうシノブ。

シノブの母 しのちゃん。ご飯よ。

シノブ あ、はい。

   シノブ、立ち上がり部屋を出る。

○春日家 夜

   シノブ、父母の3人の食卓。

シノブ ママは何でパパと結婚したの?

シノブの母 え?

   シノブをじっと見るシノブの母。

シノブの母 何でそんなこと聞くの?

シノブ いいから。何で?

シノブの母 そうねぇ。普通だったからかな。

シノブ えぇ、それだけ? パパ何か特技無いの?

シノブの父 無いよ。

シノブの母 そこがパパのいいところなの。ね。

シノブ わけわかんない。

シノブの母 ママの家系は特殊なのよ。

シノブ ふうん。

シノブの母 あ、言い忘れてたけど、明日からパパとママ旅行に行くから。

シノブ ちょ、ちょっと、急に何言い出すのよ。

シノブの母 いつものことじゃない。

シノブの父 お土産何がいい?

シノブ どこ行くの?

シノブの母 東ティモールに一週間くらい。

シノブ どこそれ?

シノブの父 パパもあんまり知らないんだ。ママが行こうって言うからついていくだけさ。

シノブ はいはい。気をつけてね。

   シノブ、ため息をつきながら、食器を片付ける。

○春日家 シノブの部屋 夜

   シノブ、戻ってきてドアを閉める。ガッツポーズ。

シノブ よっしゃ。監督に連絡しよっと。

○校舎

   シノブを捜しているカズキ。エリを捕まえる。

カズキ なぁ、シノブは?

エリ  シノブならインフルエンザで一週間くらいお休みするって。

カズキ なんだよ。

   舌打ちして帰っていくカズキ。

カオリ シノブにも、いよいよ春が来たねぇ。

エリ  でも、何かおかしくなかった? 機嫌が悪いって言うか。

カオリ そりゃあ、休んでるの教えてもらえなかったら、普通怒るよぉ。

エリ  そっかぁ。

○工事現場

   労働者が働いている。

   そこに近づいてくる一人の作業員。

労働者A アンドロイドねーちゃんがきたぞー!

   労働者の歓喜の声。

労働者B ねーちゃん昼間も来たのか。

シノブ はい。よろしくお願いします。

労働者A おう。こっちもたのむぞ。

労働者B こっちの仕事場が先だ。

労働者A 冗談じゃねえ。俺たちのほうだ。

シノブ 任せてください! 両方行きますから。

○街中

   エリ、下校途中に仲間を大勢引き連れて遊び歩くカズキを見つける。

   エリは物陰に隠れて、こっそりと様子を伺う。

カズキ 今日も俺がおごってやるよ。

仲間A 金は?

カズキ まだあるから心配するなって。

   大声で笑うカズキとその仲間たち。

○春日家

   エリ、呼び鈴を押すが誰も出てこない。

エリ 寝てるのかなぁ。大丈夫かなぁ。

   トボトボと帰っていく。

○工事現場 夕方

   働く労働者。

労働者A ねーちゃん、休んでもいいんだぞ。

   笑顔を返すシノブ。

シノブ 大丈夫です。まだまだいけますよ!

労働者B これだけの仕事、普通は3日はかかるんだけどなぁ。

   そこに通りかかるエリ。驚きながら、シノブに声をかける。

エリ  シノブ! 何してるの、こんなところで。

シノブ あ、みつかっちゃった。

エリ  見つかっちゃったじゃないよ。インフルエンザだったんでしょ?

シノブ あはは。実は嘘だったんだ。

エリ  え? 何してるのよ?

シノブ 実はね……。

エリ  えええ、60万?

シノブ うん。あたしが支えてあげるんだ。

エリ  ……そんなの間違ってるよ。

シノブ え?

エリ  シノブは間違ってる。そんなの優しさでも愛情でもなんでもない。

シノブ そんなことないよ。

エリ  そんなことあるよ! あの男、シノブにもらったお金で遊び歩いているんだか

   ら!

シノブ そんなことあるわけ無いでしょ

エリ  じゃあ、どうして利子の分しか返せてないのよ。今までだって結構渡してるんで

   しょ? シノブはだまされてるのよ!

シノブ そんなこと無いもん。彼のこと何も知らないのに、悪く言わないでよ!

エリ  彼氏でもないのに何を知ったかぶりしてるのよ! もっと冷静になりなさいよ!

シノブ あたしは冷静よ!

エリ  じゃあ、勝手にすれば!

   走り去るエリ。

シノブ 優しさでもない? 愛情でもない? そんなこと無いもん……。

○工事現場事務所

   一週間後。工事現場の事務所の中。

現場監督 これ今までの分だ30万いれといたぞ。

シノブ ありがとうございます。

現場監督 アンドロイド、いやねーちゃんのおかげで工期が大幅に短縮できたからなそれ

    でも少ないくらいだよ。

シノブ お世話になりました。

現場監督 で、あと30万必要なんだろう? どうするんだい? なんなら貸しといても

    いいぞ。

シノブ 一応、貯金があるんで大丈夫です。

現場監督 そうか。大事に使いなよ。

シノブ はい。

○街の中

   街の中の車道を走るシノブ。車より速い。

○街の中

   カズキが仲間十数人と談笑している。

仲間A カズ、貢ぎ女どうなったの? 逃げられちゃった?

カズキ あいつ、インフルエンザだってよ。マジふざけんなって思うよな。大事な収入源

   なのによ。

仲間B かー、俺もそんな女欲しいなぁ。

カズキ あの女は、俺のために金を稼いでくれるからなぁ。ほんっと、いい拾い物だよ。

   早く治って金届けに来ないかなぁ。

   シノブ、お金を届けに来て、偶然その言葉を聞いてしまう。

   カズキたちの前に立ちはだかるシノブ。

シノブ 今の話、本当なの?

   悪びれた様子もなくせせら笑うカズキ。

   シノブの手にはお金の入った封筒が握り締められている。

カズキ なんだよ。聞いてたのかよ。もう少し金もらってからポイしようと思ってたのに

仲間A まあまあ落ち着いてこっちで話そうぜ

シノブ いいわ、あたしも言いたいことがあるから

   仲間Aが路地裏に誘導する。

○路地裏の空き地

   建物の裏に出来た空き地。出口を数人が固める。

   壁を背にするシノブ。

カズキ その金渡すんだったら、怪我はさせないけど。どうする?

仲間A 返事しだいじゃ、大変なことになるよ。

   ニヤニヤ笑うカズキとその仲間たち。

シノブ あたしが悪いんだ……。

カズキ ん?

シノブ あたしが人の心をお金で引きつけようとしたから、バチが当たったんだ。

カズキ おーい。聞いてんのか?

   シノブの頭を軽く叩くカズキ。

シノブ でも、借金返そうとしてるお母さんの気持ちまで、裏切ってどうするのよ。

カズキ あのなぁ、アレは親父の借金で、俺には関係ないの。分かるか?

シノブ カズキ君……。

カズキ 金持ってくるから優しくしてやれば付け上がりやがって、お前、うざいんだよ。

   シノブ、止まる。そして体が小刻みに震えだす。

   仲間たちがそれを見て嘲笑する。

仲間B おい、泣かせるなよ。可愛そうに。

シノブ ……うざい?

カズキ そうだよ。うざいの。わかんないんだったら、何度でも言ってやるよ。お前、う

   ざったいんだよ!

シノブ うざいですってぇ!

   シノブ、壁に向かうと壁を拳で殴りつける。

   拳が壁にめり込み、男たちが一瞬ひるむ。

   シノブはかまわず壁を殴り続ける。そこに現れる拳で書かれた変という文字。

   呆然と見ているカズキとその仲間たち。

   シノブ、振り返ってカズキをにらみつける。

シノブ 恋って言う字はなぁ、心が惹かれるって言う意味があるんだ!

全員 それ変だから……。

シノブ ゴチャゴチャ言い訳をするなぁ!!!

   壁を手のひらで叩くシノブ。クモの巣状にひびが入る。

シノブ お前は、乙女の純情を踏みにじったんだ! 生きて帰れると思うなよぉ!

カズキ 女の癖に、この人数に勝てると思ってるのか?

   シノブの目が光り輝く。それはもう獣の目である。

   襲い掛かる数人の男。手には角材やナイフ、鉄パイプが握られている。

シノブ 空手家のおじさんは、あたしよりも男を選んだ!

   鉄パイプの攻撃を相手の腕を取って、身体に正拳付きをする。

   シノブはそのまま鉄パイプを奪い取る。

シノブ 剣道家のお兄さんは、かわいい彼女がいた!

   鉄パイプで2人切り倒す。鉄パイプが曲がったので捨てる。

シノブ 柔道家の椎君は、私に負けてブラジルに行ってしまった!

   3人ほど投げ飛ばす。バラバラと逃げ出すカズキの仲間たち。

シノブ 砲丸投げの松下先輩はマネージャーとくっつくし……。

   仲間に混ざって逃げようとするカズキに向かって、倒れている男を投げつける。

   地面に倒れるカズキ。

   カズキに近づくシノブ。震えるカズキ。

カズキ ゆ、ゆるしてください。

シノブ プロレス好きも、格闘技好きもサッカー好きも、どいつもこいつも最後の最後に

   はうざいで片付けやがって!

   腰が抜けて立ち上がれないカズキ。

シノブ あたしは命がけで好きな人のことを知ろうって思って一生懸命だったのに……。

   シノブの目が悲しみに変わる。

シノブ どうして誰も認めてくれないのよ。

カズキ た、助けて……。

   シノブの目が再び光る。

シノブ 断る!

   カズキの叫び声がこだまする。

○カズキの家 夕方

   変わらずぼろい。

   シノブが立っている。手にはボロボロになった封筒とお金。

   玄関口に置くとさびしそうな背中のまま立ち去っていく。

○シノブの家の前 夕方

   トボトボと帰ってくるシノブ。家の前にエリが立っている。

エリ  やっぱり振られたんだ?

シノブ ううん。振ってきた。

エリ  そっか。

シノブ ごめんね。あたしダメだなぁ。

エリ  そんなことないよ。

シノブ そうかな?

エリ  うん。

シノブ ありがと。

エリ  気にするな。

シノブ エリが彼だったらよかったのにね。

エリ  あんたの彼氏だけは絶対に嫌。

シノブ あはは。

エリ  あはは。

シノブ あのさぁ。

エリ  なに?

シノブ ずっと、あたしの友達でいてくれないかな?

   シノブ、うつむく。エリ、シノブを見つめる。

エリ  なに言ってんの。当たり前でしょ。

シノブ ありがと。

   シノブ、涙で顔をグシャグシャにする。涙を拭う右手をみてエリが騒ぐ。

エリ  なにその手! 痛くないの?

シノブ え? あぁ、久しぶりに殴ったもんだから……。

   笑うシノブ。

エリ  わ、笑ってないで手当てするよ。

   バタバタと家の中に入っていくシノブとエリ。

ナレ  失恋記録31連敗。依然記録更新中……。恋をした相手に興味を持つと驚異的な

   能力を発揮する特異体質のシノブに果たして春はやってくるのだろうか?

                                       了

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