まくらことば

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まくらことば

                                   作:海部守

時:今頃

所:日本

登場人物

・良一

・枕子

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第一場

   上手隅にあるベッドで枕子が横になっている。

   部屋の中央では良一がテレビを見て笑っている。

枕子 ねえ。

良一 ん?

枕子 ねえ。

良一 ん?

枕子 ねえ!

良一 なんだよ。今面白いところなんだから、後にしてくれよ。

枕子 ねえ!

良一 なんだよ。

枕子 今日で最後なのに、私よりテレビの方がいいんだ。

良一 なんだよ。テレビにやきもちなんか妬くなよ。

枕子 いいのよどうせ私なんか。

良一 すねるなよ。

枕子 じゃあ、抱きしめて。

良一 テレビが見にくくなるからヤダ。

枕子 ひどい!

良一 泣くなよ。

枕子 泣くわよ! 存在が否定されたんだもん。

良一 否定してないよ。

枕子 じゃあ、抱きしめて。

良一 断る。

枕子 どうしてよ!

   良一、枕子に向き直る。

良一 昨日の夜、もうこれで最後にしようって言ったじゃないか。君だってそれで納得し

  てくれたはずだろう?

枕子 昨日は昨日。今日が最後なのに。

良一 今日でお別れなんだ。

枕子 あの子のこと、好きなの?

良一 好きって言うか、親が決めたもんだしな。

枕子 親になんて逆らっちゃえばいいのよ! 本当の愛を貫きなさいよ!

良一 本当の愛、か。

枕子 何よ? 私のこと愛してなかったの? アレは嘘だったの?

良一 嘘じゃないよ。嘘じゃない。でも、

枕子 じゃあ何よ!

良一 それは……

枕子 止めて言わないで!

良一 わかった。

枕子 やっぱり聞かせて、最後なんだし。

良一 そうだな。

枕子 待って!

良一 どっちなんだよ。

枕子 どんな子なの?

良一 少し太めで君より背が低いかな。

枕子 性格は?

良一 まだわかんないよ。おととい会ったばっかりだし。

枕子 そっか。なんだろうなぁ。あたしっておととい会ったような子に負けちゃうんだ。

良一 いや、君は最高だった。君がいればどんな辛い時でも幸せな夢が見られた。

枕子 幸せな夢か。そうよね。夢は現実にはならない。残酷な話よね。

良一 枕子。

枕子 今度こそ現実で幸せになってね。私も幸せをつかんでみせる。

良一 元気でな。

   良一、テレビに向き直る。

良一 あー、CMに入っちゃった。

枕子 ねえ、会わせてよ。その子に。

良一 え?

枕子 私が点数つけてあげる。それで、合格点だったら、私があなたを振ってあげるわ。

良一 枕子。

枕子 それくらい格好付けさせてくれたっていいじゃない。最後なんだし。

良一 会ったって何も変わらないよ。

枕子 私は変わるの。変わりたいの。

   良一が何か言いかけると、良一の携帯電話が鳴る。良一、携帯電話を取る。

良一 もしもし? あぁ、母さん。分かってるよ。うん。家具やなんかは全部置いていく。

  大家さんが処分してくれるって。

枕子 ちょっと、

良一 (枕子に)今、電話してるんだから後にしろよ。(電話)ごめん。こっちの話。うん、

  その方が引越し費用も少ないだろうからって。おまけに次に入ってくる学生が相当な

  貧乏らしくって、家具があると助かるんだってさ。

枕子 ちょっと!

良一 (枕子に)待ってろって。(電話)まぁ、抱き枕はさすがに気持ち悪いだろうから捨

  てるけどね。

枕子 電話を切りなさいよ!

良一 (電話に)ちょっとごめん。後でかけなおすわ。(枕子に)何だよ。

枕子 どういうことよ。

良一 聞いたとおりだよ。

枕子 私を捨てるの?

良一 他にどうしろっていうんだよ。家には新しい抱き枕がある。君を持って帰れって言

  うのか? 何時間もバスや電車を乗り継いで君を持って帰れって言うのか?

枕子 私を愛してたんじゃないの? そんなに新しい枕がいいの?

良一 君は最高の抱き枕だった。君以上の枕にはもう合えないと思う。でも、仕方がない

  んだ。

枕子 意気地なし!

良一 枕子。

枕子 電車が何よ! バスが何よ! 愛しているならそれくらい我慢しなさいよ!

良一 でも、

枕子 本当はここの暮らしを捨てて新しくやり直したいから、古臭い枕のことなんか忘れ

  て、全部やり直したいから私のことを捨てていくんでしょ!

良一 枕子!

   良一、枕子を抱きしめる。枕子離れる。

枕子 やめて、離してよ! 同情なんてしないで!

良一 ごめん。僕が素直じゃなかった。僕に勇気が足りなかった。

枕子 良一。

良一 枕子。

枕子 涙で汚さないでよ。新しい枕カバーが汚れるじゃない。

良一 本当は迷ってたんだ。

枕子 知ってる。

良一 え?

枕子 だって、そうじゃなかったら新しい枕カバーなんかにするわけないじゃない。始め

  は置いていこうと思ってんでしょ?

良一 それは……。

枕子 でも、捨てるなんてひどいな。

良一 君を他の男に渡したくなかったんだ。そんなことになるなら一思いにって。

枕子 良一。

良一 でも、出来ないよ! 僕には君だけなんだ。

枕子 分かってる。連れて行って。私は平気だから。恥ずかしくなったら私で顔を隠せば

  いいじゃない!

良一 うん。母さんに電話する。

枕子 必要ない。びっくりさせてやりましょうよ! その新しい枕も。

良一 そうだね。

枕子 ところで、その枕どこのメーカー?

良一 わかんない。でも、なんかフランスの奴らしいよ。ちょっと寝てみた感じすごいの。

枕子 寝たんだ。

良一 あ、

枕子 浮気者! もう知らない! 私もここで学生と暮らすわ!

良一 枕子~。

   チャイムが鳴る。

良一 はーい。

   良一、玄関に向かう。横になる枕子。玄関先で大家と話をする良一。

良一 あ、大家さん。はい。家具は置いていきます。いえ、枕が替わると眠れないんで、

  アレだけは持って行きます。僕の大事なヒトなんです。はい。今までどうもお世話に

  なりました。後で、ご挨拶に伺います。あ、そうですか。はい。ありがとうございま

  した。はい、それじゃあ。

   良一、戻ってくる。

枕子 しょうがないな。許してあげる。

良一 ありがと。あ、ちょっと電話するね。

枕子 うん。

良一 (電話をかける)もしもし、すみません。荷物をお願いしたいんですけど。

   暗転。幕。

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