世界どんぞこ物語

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世界どんぞこ物語

                                   作:海部守

時:いまどき

所:日本

登場人物

・馬来田

・亀山

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馬来田  日本どんぞこ物語。

亀山   日本どんぞこ物語。

馬来田  ある所にお爺さんがおりました。

亀山   お爺さんには名前がまだ無い。

馬来田  我輩は爺である。

亀山   ある日お爺さんは山へ芝刈り機を取りに行きました。

馬来田  でも、その時代には芝刈り機なんて物は無かったので、お爺さんは夢を見てい

    たんだと思い家に帰ることにしました。

亀山   帰り道の途中で、お爺さんは家の場所を忘れてしまいました。

馬来田  困ったお爺さんはお腹がすいたのでとりあえず持っていたおにぎりを食べるこ

    とにしました。

亀山   お爺さんがおにぎりを思いきりかんだ瞬間、おにぎりの中からかわいい女の子

    が出てきました。

馬来田  ちょっと待った。

亀山   何だよ。

馬来田  おにぎりの中からかわいい女の子は無理が無いか?

亀山   竹の中から出てくるのだって無理があるだろ。いいの。

馬来田  そうじゃねえよ。おにぎりは誰が作ったんだよ。

亀山   お婆さん。

馬来田  お婆さんか。

亀山   そう、お婆さんだよ。

馬来田  じゃあ、お爺さんが知らなくても仕方が無いな。

亀山   せっかく乗ってきたのに止めんなよ。

馬来田  ごめん。

亀山   お前の番。

馬来田  お爺さんはおにぎりの中から出てきたかわいい女の子に連れられて横浜の港か

    ら船に乗って外国に行っちゃいました。めでたしめでたし。

亀山   あー、終わらせるなよ。これからもっとすごい展開にする気だったのに。

馬来田  どんな展開だよ。

亀山   言わない。

馬来田  なんだよ。俺たち二人で一人だろ。

亀山   なあ、もうやめないか。

馬来田  だけど新作を書いて出版社に送らないと。締め切りもあるんだし。

亀山   締め切り締め切り締め切り。お前は締め切り虫か。

馬来田  無視はしてない。どっちかって言うとお前の方が逃げようとしてないか?

亀山   俺はもう嫌なんだよ。こんな偽物の話を書いているのはさ。

馬来田  なんだよ偽物って。真面目にやってるだろ。

亀山   俺たちが書きたいのはなんだった? どんな話だった?

馬来田  人生のどん底話を面白おかしくする。

亀山   それは今だろ! 何で作家を目指したのかって聞いてるんだよ。

馬来田  そりゃあ、初代アンパンマンに感動して本当の話を書こうって。

亀山   俺たちが今書いてるのは?

馬来田  人生のどん底話を面白おかしくしてる。

亀山   それが本当の話か?

馬来田  本当の話が売れるかよ。前にも言われただろ。本当の話は面白くないから売れ

    ない。売れないものは雑誌には載らない。

亀山   初代アンパンマンは、冴えない太ったおっさんで助けた子供にもダサいってバ

    カにされてた。それでも貧困や戦争で飢餓に苦しんでいる子供たちにアンパンを

    配って世界を平和にしようとしていた。

馬来田  そう。紛争地域でも独裁国家でも彼はどこにでも行った。だけど誰も彼を尊敬

    しなかった。それでもアンパンを配り続けた。

亀山   最後は軍隊に敵だと間違われて撃ち殺されたんだよな。そうして誰も知らずに

    死んだんだ。

馬来田  震えたよな。心が。こんなヒーローいなかったもんな。

亀山   震えた。だから、俺たちも本当のヒーローを描こうと思った。

馬来田  俺たちが考えたのは、オセロマン!

亀山   本当の正義を愛する本物のヒーロー!

馬来田  決め台詞は、

二人   白黒はっきりつけてやる!

馬来田  町に現れたのはリストラされた会社員が怪人になった怪人リストランテ

亀山   手当たり次第に暴れる怪人リストランテの前に立ちはだかるオセロマン!

   馬来田が怪人役。亀山がオセロマン役になる。

馬来田  邪魔をするなぁ! 俺は、俺をクビにした会社に、この社会に復讐をしてやる

    んだぁ! 後ろにいるガキをよこせぇ! そいつらにだけ輝かしい未来があるな

    んて不公平だ!

亀山   止めるんだ! そんなことをしても何にもならない! 子供たちには罪はない

    じゃないか!

馬来田  お前のかばっているガキのせいで俺は会社をクビになったんだ!

亀山   何?

馬来田  こいつが俺にいたずらをしたと嘘をついて俺を陥れたんだ。警察は俺を騙し、

    自白をすればすぐに釈放されると言った。マスコミはいたずらに騒ぎ立て自宅に

    押しかけ、妻はノイローゼで自殺。娘はいじめを受けて不登校になった。俺たち

    の家庭はめちゃくちゃになった! それもこれも全部、そのガキのせいだ!

亀山   そんなバカな!

馬来田  俺だってこんなことがあるなんて思わなかった。俺はそのガキに電車の入り口

    に座るなと注意をしただけなんだぞ? それで全てを失ったんだ。そんな奴を守

    るのがお前の使命なのか! だったら、お前は悪だ! オセロマン、お前は悪だ!

亀山   その時どこかからか銃声。

馬来田  (胸に銃弾を受ける)う。これは、俺の体の細胞を破壊する特殊兵器。まさか、

    完成していたのか……。

亀山   怪人リストランテ

馬来田  真面目に生きている人間が幸せに暮らせない世の中なんて、滅びてしまえば良

    い……。そのために俺は戦おうとしたのに。

   怪人リストランテ倒れる。それを抱き抱える。

亀山   怪人リストランテ! 俺にはわかる。お前は嘘をついていなかった。お前の言

    葉には真実があった。お前の意思は俺が受け継ごう! 俺は人類を滅亡させる! 

    こんな腐っている世の中に正義なんて無かった!

   持込作家馬来田と編集者亀山。向かい合う。

馬来田  どうでしょうか?

亀山   君たち、バカにしてんの?

馬来田  え?

亀山   え? じゃねえよ! こんなもの売れるわけがねえだろうが! ヒーローが人

    類を滅亡させてどうするんだよ。ヒーローじゃなくなっちまうだろうが。帰れ、

    帰れ。

   亀山、すぐに馬来田の隣に並ぶ。

亀山   お願いします。何でもやりますから! 書かせてください!

馬来田  お願いします! 俺たちこれが最後のチャンスだと持ってやってきたんです!

   馬来田、すぐにその場を通りかかった編集長になる。

馬来田  なに、伊藤ちゃん。新人いじめ?

   亀山、編集者の位置に戻り、

亀山   こいつらつまんねえ話書くんですよ。正義のヒーローが人類を滅亡させようと

    するんですよ。バカでしょ? どうにもなんなくて。才能なし! もうどん底

    辞めたほうがいいよ。あきらめな。

馬来田  いいねぇ! 伊藤ちゃん。

亀山   ええ?

馬来田  どん底! どん底って言う響き。君らどう? 悲惨な話をさドドーンと集めて

    それを笑いに変えちゃうって言うのは? 世の中、明るくなるよ。

   馬来田と亀山それぞれ本当の自分に戻り、

馬来田  やります。俺らそういうの得意ですから。な!

亀山   え? あ、うん。

   現在の定位置に戻っていく。

亀山   読みきりで話題を掻っ攫った。

馬来田  最初の話はなんだっけ?

亀山   マッチ売りの少女からマッチョ売りの少女へ。

馬来田  あー、あれか。プロテインはいりませんか? プロテインはいりませんか? っ

    て奴か。

亀山   その後すぐに連載が決まって、俺たちはどん底の話を面白おかしく書き換えた

    な。どれもこれもパッとしない話だった。

馬来田  いいじゃねえか。俺たちにはそれが合ってたんだよ。

亀山   良くないさ。

馬来田  なんで?

亀山   お前、熱はあるか?

馬来田  あるよ。平熱。

亀山   情熱だよ。

馬来田  まあまあかな。

亀山   なんだよまあまあって。

馬来田  お前は無いのか?

亀山   無い。冷めた。

馬来田  じゃあ、辞めるのか?

亀山   辞めない。でも辞める。

馬来田  どっちなんだよ。

亀山   本当のどん底の話を書く。読んだ人間がこの世界の抱えている問題に気がつい

    て一歩も歩き出せなくなるようなくらいの真っ黒いどん底の話を書く。

馬来田  誰が喜ぶんだよ。そんなどん底の話。人間は他人の不幸を笑って自分の不幸を

    軽くするんだろ。

亀山   だから世界はどんどんおかしくなるんだよ。不幸を誰かに押し付けて自分だけ

    楽しいことをして過ごす。それってさあ、悪の組織の理念と何も変わらないじゃ

    ないか。

馬来田  現実の話をしてるんだろ。なんだよ悪の組織って。

亀山   小さい頃は誰でもヒーローになりたがったよな。でも、大人になるとほとんど

    全員が悪の思想を学んでさ正義の思想を実行できないんだよ。これっておかしく

    ないか?

馬来田  なんだよ悪の思想って。大げさだよ。

亀山   大抵の奴がお金儲けのためなら何でもするだろ。ツライツライって言いながら、

    毎日会社のために働いてるだろ。それが世の中のためにならなくても、害になっ

    ても、自分の生活のために少しくらいなら良いか、どうせやってるのは俺だけじ

    ゃないしなって。

馬来田  そりゃあ、世の中そういう風に綺麗には出来てないからな。第一、大人になる

    と生活があるし。お前だってそうだろ? 生きていくためにどん底の話を笑い話

    にしてただろ。

亀山   うん。だけど、そういうことをやっているうちに、心の中から熱がどんどんと

    無くなっていったんだよ。

馬来田  お前のたとえは本当にわかりづらい。

亀山   面白さってなんだと思う?

馬来田  ギャグとか話の展開とかが冴えてることかな。伏線の回収が見事だとか。

亀山   違うよ。そんなものあったって、ちっとも面白くないんだよ。全然違うよ。

馬来田  あのさ、何が違うんだよ。じゃあ、面白さってなんだよ。

亀山   全ては熱なんだよ。

馬来田  お前、熱があるんじゃないか?

亀山   今、世の中にある物語の中でハートに火をつけるものがどれくらいある?

馬来田  なんだそれ? 面白いってことか?

亀山   いくつある?

馬来田  結構あるぞ。

亀山   それはお前の生き方を左右させるか?

馬来田  大げさだな。まあ、そういう話も少しはある。それがどうしたんだ?

亀山   それが本物だよ。初代アンパンマンにはあっただろ? 俺たちの生き方を変え

    ただろ? あれが本物なんだよ。

馬来田  本物?

亀山   作家の心の熱がお前の心に届いたんだ。

馬来田  ふうん。

亀山   じゃあ、俺たちの作ったものはどうだ? お前は本物だって言えるか?

馬来田  言えるさ。お前は違うのか?

亀山   うん。違う。俺は本当の自分をぶつけていない。

馬来田  ははは、ばっかじゃねーの。何が本当の自分だよ。本当の自分はここに居るお

    前のことだろうが。ここにいるお前以外に本物のお前なんかいないんだよ。自分

    探しの旅にでも行きたいのか? お前のくだらない逃避妄想に俺を付き合わせん

    なって。時間の無駄だ。本物のお前はここにいる。ここにいて、お前が言うくだ

    らないものを書いて生活をしてるんだよ。

亀山   そうさ、本当の俺はここにいる。ここにいてわずかな原稿料のために毎日どん

    底の話を考えている。だけど、気が付いた。どん底はここだよ。俺はここから始

    める。ここから世界を変える。ここにいる俺の思いをぶつけるんだ。だから、も

    う一度、オセロマンの続きを書こう。

馬来田  あほ。一人でやれよ。付き合ってらんねえよ。

   馬来田、亀山に背を向けて原稿を書き始める。

   その背中を亀山はじっと見つめる。

亀山   わかった。一人でやるよ。

馬来田  はっきり言っておくけどな。誰も本当のことなんか知りたくないんだぜ。本当

    のことを知ったら自分が幸せになれないことを知っちゃうんだ。だからみんな眼

    を背けて生きてるんだよ。そんなものを見せられて面白いのかよ。

亀山   知ってる。騙されている限り、誰かに責任を押し付けられるからね。

馬来田  誰も認めてくれねえぞ。

亀山   かまわないさ。ひょっとしたら百年後くらいに誰かが褒めてくれるかもしれな

    いさ。一人くらいはそういう人がいてくれるかもしれない。そうしたら、俺の心

    の熱がその人に宿るんだ。

馬来田  お前はバカだ。オセロマンと同じさ。勝ち目の無い戦いをしようとしてる。

亀山   勝ち負けの話じゃない。心の熱の問題なんだ。

馬来田  いいさ、行けよ。好きな話を書いてろよ。俺はもうしらねえ。お前とはこれっ

    きりだ。

亀山   今月号までは一緒に……、

馬来田  いらねえよ。お前、熱が無いんだろ。だったら迷惑なんだよ。温度が下がるか

    らな。俺の熱を奪うんじゃねえよ。出て行け。荷物は引越し先が決まったら、そ

    こに送ってやるよ。

亀山   そうか、じゃあ、な。

   馬来田は返事をしない。亀山立ち去る。

   下手と上手それぞれに明かりが落ちる。

亀山   オセロマンは人類を滅亡させるって言うよりも、人類を支配している組織と一

    人で戦っている。フリージャーナリストみたいだ。でも、悪の組織はマスコミと

    かに紛れて極めて普通に世界を包んでいるから、一般人はオセロマンを犯罪者だ

    と思っているんだ。そうして、人を苦しめる怪人達を倒しながらもオセロマンは

    誰からも賞賛されない。逆にその正体を暴こうとする人間達の手によって、職を

    失い、家族を失い、オセロマンは徐々に人類が自分の敵ではないかと思い始める。

   亀山、一息つく。雑誌を拾う。

亀山   最新号か。どん底物語、ついに最終回? そうか、一人じゃ大変だもんな。ど

    んな笑い話にしたんだ?

馬来田  世界どん底物語。世界には救われない人間が山ほどいる。どれだけ一生懸命働

    いても賃金を貰うことも出来ず、食べ物を買うことも出来ず、教育を受けさせて

    もらうことも出来ず、家を壊されても、家族を殺されても、文句を言えず、ただ

    黙って自分が助かることを考えている人間がいる。そんな人たちがいる一方で、

    毎日エネルギーを無駄遣いし、世界中から食べ物や着るものを集め、いらなくな

    ったら捨て、人の不幸に涙したり笑ったりして、押し付けられた教育を本当の教

    育だと思い自分から学ぼうとはせずに、順位付けの中で自分の位置を見つけては

    一喜一憂する。本当のどん底は、この世界そのものだ。

亀山   世界どん底物語。

   馬来田が部屋に入ってくる。

馬来田  最終回だからさ、好きに書かせてもらった。もうあの出版社からは呼ばれるこ

    とは無いな。だけど、これでよかったのかもしれない。

亀山   いいのか?

馬来田  いいんじゃないのかな。

亀山   じゃあ、行きますか。

二人   白黒はっきりつけてやる!

   二人でオセロマンを書き始めて終わる。