たとえばこんな桃太郎(2013改訂版)

****************************************

たとえばこんな桃太郎(2013改訂版)

                    作:海部守

時:中世日本に似た時代。

所:日本に似た国。

登場人物

お姉さん  :(A)ナレーション担当。お姉さんだけは現代の洋服でかまわない。

       教育番組の歌のお姉さんなどの衣装を参考に。

桃太郎   :(B)

カメのノリ子:(C)

乙姫様   :(A)

スズメの若殿:(D)

スズ子   :(A)

オカマの鶴子:(E)

お爺さん  :(E)

お婆さん  :(D)

子ども壱  :(E)

子ども弐  :(D)

若者    :(E)ろくでなしの若者。不思議な桃に吸い込まれ溶かされてしまいます。

声1    :(B)

声2    :(C)

亡者A   :(E)白い仮面をつけている。フードでもいい。

亡者B   :(D)白い仮面をつけている。フードでもいい。

亡者C   :(C)白い仮面をつけている。フードでもいい。実はカメのノリ子。

コロス   :出番の無い人が黒子を担当します。

       ※( )は兼ねた役。最小で5人で出来ます。

****************************************

オープニング

   お姉さんが勢いよく飛び出してくる。

お姉さん  やあ、みんな元気かな? 今日もみんなのために不思議な不思議な話を持っ

     てきたよ。今日のお話はなんと桃太郎。え? 桃太郎ならよく知ってる? ど

     こも不思議じゃないって? でもね、この桃太郎、桃から生まれたところは同

     じなんだけどみんなが知っているあのお話とは少し違うんだ。だから、桃太郎

     のお話を知っているお友達もきっと楽しめると思うよ。さぁ、行ってみよう! 

     それではたとえばこんな桃太郎、始まり始まりー!

   暗転。

第一場

   舞台が明るくなると舞台中央に若者の姿。

   その場で手持ち無沙汰な感じで歩いている。

お姉さん  昔むかし、ある所に、とてもぐうたらな若者がおりました。二十歳をとうに

     過ぎるるのに、ふらふらしていっこうに働かずにいたので、ついには家を追い

     出されてしまったのでした。働けー。

若者    まったくよぉ。オヤジもひでえよなぁ。人がせっかく富くじかって一攫千金

     を狙ってるのによぉ。当たったらオヤジたちにも楽な暮らしをさせてやろうと

     思ってたのに、鬼みたいに顔を真っ赤にして「人は働くために生まれてきたん

     だ。怠け者はうちには置いておけん」なんて言いやがって。たかだか30両の

     借金を作ったからって、何も勘当することはねえだろうに……。富くじが当れ

     ば100両もらえるんだぞ。とは言え、借金取りに地道に返すには多い額だな

     っと。ああぁ~。どっかに美味い話は転がってないもんかねぇ。

お姉さん  若者が歩いているとこんな声が聞こえてきました。

   声の主はシルエット。

声1    万願寺の境内の桃の木を見たかい? あの実は凄かったねぇ。

若者    桃がなんだってんだ。美味い話違いだ。金の話が聞きたいんだよ。

声2    俺はまだ見てないんだが、そんなに凄いのかい?

声1    ああ、あれはもう桃の実じゃないよ。

若者    じゃあ何の実だってんだ。馬鹿馬鹿しい。

声2    一体、どんな味がするんだろうか?

声1    あんなどでかいものは、大体大味なもんさ。まぁ、珍しいもんだから高い金

     で買う奴もいそうだけどな。

   若者は足を止める。

若者    これだ! ありがとよ。万願寺だな? (その場を走って一回りする)

お姉さん  若者は万願寺を目指してかけて行きました。すっかりと日も暮れる頃、若者

     は万願寺へとたどり着きました。夜のお寺はなんだか薄気味悪い雰囲気を漂わ

     せていました。

若者    よし、着いたぞ。だが、気がつけばもう夜だ。うぅっ。夜の寺はおっかねえ

     なぁ。いやいや、俺はここに泥棒に来たんだ。こんな雰囲気はかえって好都合

     じゃねえか。そうだ。こんなことぐらいで弱気になっててどうするんだ。さあ、

     桃の木を探さないとな。

お姉さん  お寺の庭を歩き回っていると、大きな桃の実が目に入りました。なるほど大

     きな実をつけています。え? 夜で電気も無いのになんで桃がすぐ分かったの

     かって? それは、つまり……。

若者    いやあ、月が出ていて助かったなぁ。(棒読み)

   三人くらいのコロスが桃を形作る。

   ピンク色の布を背中に負うとそれっぽいかもしれない。

コロスたち もも。(ぼそりと)

若者    おおっ、これだな? よし、誰も来ないな? 早いところやっちまおう。

お姉さん  木の側に立て看板があります。月明かりで明るいのでしっかりと読むことが

     出来ます。(強調)

若者    (顔を近づけて)何々? 桃の実に触るな? 祟りがおきます? 馬鹿野郎、

     触らないでどうやって持って帰るんだよ。祟りでも畳でも鳥取でもなんでもき

     やがれってんだ。

お姉さん  若者は桃の実に触れました。

若者    なんだ? 意外に柔らかいな。

   桃が揺れる。

コロスたち ももん。(いやん、みたいな感じで)

お姉さん  それは柔らかく若者を包み込んでしまいます。

コロスたち もーも、もーも、もーも、もーも、もーも……。

   若者が桃の中に取り込まれる。内部が見られるようにコロスは若者を取り囲む。

若者    なんだこりゃ? あれ? お? 中は何かしっかりしてるなぁ。しっかりし

     てる? (壁を触る)違う! 桃が硬くなってやがるんだ! ちくしょう! 何

     だって俺がこんな目に合わなくちゃならないんだ。

   外に出ようとする若者をコロスたちは中に押し返す。

若者    外に出しやがれ! このふざけた化け物桃め。お? 化け物桃、化け桃?

お姉さん  若者がくだらないことを言って暴れていると、桃の中に謎の液体が!

若者    うわわっ! 何か出てきたぞ。やけにぬるぬるするなぁ……。

コロスたち もーも。

   コロスたちが回転を始める。

コロスたち もーも、もーも、もーも、もーも、もーも……。

若者    あれれ? なんだ? 溶けるぞ。体が、体がぁー! だ、誰かぁー!

お姉さん  あんまり暴れるので、実は木から落ち、転がって川に落ちてしまいました。

コロス   ひゅーん。

コロス   どっすん。

若者    ゴロゴロゴロ……。

コロス   ばっしゃーん。

   コロスたち横に回りながら桃太郎役の人と若者役の人が場所を入れ替える。

   ピンクの布をマントにしてたら、それも交換する。

   桃太郎は桃の中心で体育座りをしてうずくまる。

お姉さん  転がる実の中で若者はすっかりと溶かされてしまいました。若者はこの中で

     別の人間に生まれ変わっていきます。しばらくすると一人の人間が作り出され

     ました。この子が桃太郎なのです。

   暗転。

第二場

   爺婆の家。庭(畑かな)がある。

お婆さん  あんたもしつこいねぇ。お互い年を取ってから一緒になったからって、そん

     なヨタ話信じられないって何度言ったらわかるのさ。

お爺さん  嘘じゃないさ。ワシは亀に乗って乙姫様に会ってきたんだ。そうさ、この目

     で竜宮城だって見たんだからな。

お婆さん  寝言は寝てから言いなさい。こんな所に住んでて何が竜宮だい。そんなこと

     よりさっさと畑に行って種でもまいてきなさいよ。

お爺さん  はいはい、わかりましたよ。種はどこに置いたっけね。

お婆さん  最近、物忘れがひどいんじゃないのかい? 外じゃないのかい。ほんの少し

     だけ日に当てると病気をしないんだとかなんだとか言っていたじゃないの。

お爺さん  おおっ、そうじゃ。それが元気な作物を作る否決なんじゃよ。元気な作物は

     長寿の否決じゃからな。わしはこれでも200年は生きておるんじゃ。

お婆さん  はいはい、300年でも1000年でも好きなだけ生きなさいよ。

   お爺さんが外に出るとスズメが種をついばんでいる。

お爺さん  スズメだ。スズメが種を食っておる。

スズ子   うまいの、うまいの。早く元気になって、若殿様のところにお嫁に行きたい

     の。待っていてね若殿様。カラスにやられたこの傷が癒えたらあなたのお嫁さ

     んに……。ぽっ。さあ、そのためには沢山食べて栄養を取らないと。

お爺さん  おやおや、可愛い。愛くるしいのぉ……。そうだ。婆さまにも見せてやろう。

     きっと心が和むはずじゃ(お爺さん家に戻る)婆さま、ちょっとこっちに来い。

お婆さん  何で? 今忙しいんじゃ。後にしておくれ。

お爺さん  早く来い。可愛いんじゃ。

お婆さん  可愛いだって? 照れるじゃないかい。いやだねぇまだ昼間だよ。

お爺さん  可愛いのは婆さまじゃなくてスズメじゃよ。いま、種を美味そうに食ってお

     るんじゃ。

お婆さん  何だって? (素早く立ち上がり、物陰からスズメをにらみつける)あのバ

     カスズメ! なんてことをしてくれるんだろうね! 大事な種を!

お爺さん  婆さま、何を?

   お婆さん、とてもお婆さんとは思えないような素早さで庭へ飛び出す。

スズ子   あっ。(逃げようとするが一瞬遅れてお婆さんに捕まる)

お婆さん  さあ、捕まえたよ。どうしてくれようかねぇ?

スズ子   助けて下さい。もう二度としません。

お婆さん  はははっ! 驚いたねぇ、スズメが人の言葉を話すよ!

スズ子   お願いです。命ばかりはお助けを!

お婆さん  泥棒がえらそうによく言えたもんだよ。人間様はお前達と違って冬の間のた

     め物をしっかり作って保管しておかなきゃいけないんだ。そのための種をお前

     達が食っちまったら、あたしが食べる物がなくなっちまうんだよ。分かってる

     のかい?

スズ子   ごめんなさい。ごめんなさい。

お爺さん  婆さま。こんなに震えてかわいそうじゃないか。放してやろう。

お婆さん  馬鹿を言うんじゃないよ。人様のものを黙って取るっていうのがどんなに罪

     なことなのか思い知らせてやらないとね。こいつみたいな性悪は絶対に懲りな

     いのさ。

お爺さん  しかし……。

お婆さん  命まで取ろうとは言わないよ。あたしはとっても優しいからね。

スズ子   ありがとうございます。この恩は忘れません。もう二度とこんなことはいた

     しません。

お婆さん  でも、このままってわけには行かないねぇ。そのよく回る舌を貰おうじゃな

     いか。

   お婆さん、懐から糸切りバサミを取り出す。

スズ子   そんなひどい! お願いです。助けてください! 助けてください!

お爺さん  そりゃあ、あんまりだよ。

お婆さん  お黙り! あんまり騒ぐと手元が狂うよ。

   スズ子は舌を切り取られる。お婆さんは投げ捨てるようにスズ子を放す。

   スズ子は口を押さえて走って逃げていく。

お婆さん  ははは! さぁ、どこにでも行っちまいな! 二度と来るんじゃないよ!

お爺さん  あぁ、かわいそうに。あのままじゃ、助かる命も助かるまい。早く手当てを

     せんと死んでしまうぞ。

   お爺さんはスズ子を追いかける。

お婆さん ふん。なんだい。悪者は向こうじゃないか。スズメの一匹や二匹死んだって誰

    も悲しみやしないよ!

   お婆さんは面白くなさそうに家の中に戻っていく。

   暗転。

第三場

   スズメのお宿。

若殿    俺もついに嫁さんを貰うのである。すごいのである。オヤジもきっとこう言

     ってくれただろう。息子よぉ、よおやったのぉ。俺ももう落ち着かんといけん

     のぉ。乙姫様のお誘いもなるべく遠慮しなくちゃな。だって、もうじき新婚な

     んだもん。

   スズ子が口元を押さえて走りこんでくる。

若殿    やん。噂をすればだ。どうしたんだいハニー。顔色が良くないぜ。ひょっと

     してこれが世に言うマリッジブルーなのかい?

   スズ子、首を横に振る客席にわからないように若殿に口の中を見せる。

若殿    どうしたんだ! 舌がないじゃないか! 誰にやられたんだ?

   スズ子、ジェスチャーをする。

スズ子   (お婆さんに下を切り取られてしまったのでしゃべることが出来ない)

若殿    (思いつくまま適当なことを言う)

   互いにガッカリする。

若殿    ダメだ。わからない。かと言って舌が無くてはしゃべることは出来ないだろ

     うし……。一体どうすれば……。あっ、そうだ。モールスくちばしで信号を送

     っておくれ。

   スズ子、くちばしをカチカチと開閉。手をくちばしに見立ててもいい。

若殿    ふむふむ。なにぃ? 山の向こうの鬼ババアだって? ちくしょう。本当だ。

     確かにこんなひどいこと鬼にしか出来ねえな。よし、俺が仕返しをしてきてや

     らぁ! おい。奥で手当てをするんだ。安心してゆっくり休めよ。大丈夫、お

     前は俺の妻になるんだ。俺に任せておけ。

   若殿走り去る。スズ子はゆっくりと倒れる。

   暗転。

第四場

   爺婆の家

   乱暴に戸を叩く音が聞こえる。

若殿    開けろ。

お婆さん  どなたじゃな?

若殿    早く開けろ。

お婆さん  誰なのか言ったら開けてやる。

若殿    俺だ。開けろ。

お婆さん  俺?

若殿    早く開けろ。

お婆さん  ひょっとして爺さんか? 酒でも飲んでおるのか?

若殿    早くしろ。

お婆さん  わかったわかった。今、つっかえ棒を外すよ(棒を外すしぐさ)

若殿    (戸を思い切り開け放つと、既に抜刀している)お前か?

お婆さん  (驚き倒れる)あわわわわ。なにがじゃああ?

若殿    スズメの舌を切り落としただろう?

お婆さん  あれはスズメが悪いんじゃ。種を勝手に食べたから。

若殿    やっぱりそうか。この鬼婆め! 成敗してくれる。

   若殿、逃げ出すお婆さんの背中を一度斬りつける。

   家の中に転がり込んだお婆さんは必死で命乞いをする。

お婆さん  助けておくれ! 助けておくれ!

若殿    助けてくれだと? スズ子もきっとそう言っただろうな。お前はあいつを助

     けたか? おい、切り取った舌はどこにやった?!

お婆さん  外に捨ててある。

若殿    おのれぇ! (お婆さんに刀を突き刺す)思い知ったか!

お婆さん  うぅ。(こと切れる)

若殿    ざまあみろ! (外に出て舌を探し出す)あった。これだ。よし、早く帰っ

     て教えてやろう。

   若殿が走り去るとお爺さんが帰ってくる。

お爺さん  あぁ、結局あのスズメは見つからなかった。婆さま、戸を開けっ放しにして

     なんだい無用心だな。今帰ったよ。(倒れているお婆さんに気がつく)あ! 何

     てことだ。婆さま! しっかり、しっかりするんじゃ!

お姉さん  お婆さんはおじいさんの呼びかけに応えることなくこの世を去りました。ち

     ょうど同じ頃、スズメの若殿のもとでも舌を切り取られたスズメのスズ子が息

     を引き取りました。

   しばしの間。

お姉さん  そして、それから一年の時が過ぎ、ついにお爺さんとあの大きな桃が出会う

     ときがやってきたのです。

   暗転。

第五場

   川のほとり

   お爺さんが釣りを楽しんでいる。

お爺さん  はああぁ。釣りは楽しいのぉ~。こうやって釣りをしていると、昔のことを

     思い出すなぁ。カメを助けて竜宮城に行った思い出や帰ってきて爺さんになっ

     たこと。それからまだ死んでないんだもんなぁ。長寿はいいなぁ。もう百年く

     らいは楽に生きられそうな気がするなぁ。

   川上から流れてくる桃に気がつく。

お爺さん  桃が流れてくる。どこから来たんじゃろうか? それにしてもデカイのぉ。

     まぁ、良い。まずはあの桃を釣ってやろう。

   お爺さん VS 桃。

   様々な秘儀が繰り出される攻防の末、お爺さんが勝つ。

お爺さん  はて、釣ったはいいがどうやって持って帰ろうかのぉ。うちは一人暮らしじ

     ゃしこんなに食べる奴もいないしのぉ。食べられない分は川に流してしまおう

     か? いやいや、それなら村人に分けてやろう。そうすれば、村人のワシを見

     る目も少しは変わるじゃろう。あら、お爺さん、お優しいのね。うちの娘を嫁

     にもらってくれないかしら。とか言われちゃったりして。よし、まずは運びや

     すくしないとな。切ろう切ろう。

コロスたち もも!

   鉈を振り上げると桃が開き、振り下ろされた刃を桃太郎が白羽取りする。

   どうしても成功せずに頭を叩いてしまう場合はスローモーションでもいい。

   割れた桃(コロスたち)は床に伸びている。

桃太郎   危ないな! 優しさってとても大事なんだぞ!

お爺さん  何だお前? どこに隠れておった?

桃太郎   隠れてないよ。桃の中にいたんだ。俺は桃から生まれた桃太郎。よろしく。

お爺さん  よろしく。

桃太郎   なあ、爺さん。いきなりで悪いんだけどさ、俺を養ってくれないか?

お爺さん  何で?

桃太郎   突然、桃から出てきた俺に身寄りがあると思う?

お爺さん  うんにゃ。無いだろうな。

桃太郎   じゃあ、かわいそうだと思わないの? ここであったのも何かの縁だろうし

     さ。家に誰かいるんなら俺が絶対に説得して見せるからさ。な? いいだろう?

お爺さん  でもなぁ。ワシは独り身だからなぁ。一人でのびのび暮らしてる方が長生き

     できると思うしなぁ。今更他人とは暮らせんよ。それにワシは普通の爺じゃな

     いし。

桃太郎   何寂しいこと言ってんの。一人暮らし? だったらなおさらだよ。最近は物

     騒だろう? それなら俺と一緒に暮らしたほうがいいよ。なあ、そのほうが長

     生きできるって。長生きするには会話をしなくちゃ。

お爺さん  そうか?

桃太郎   そうさ。

お爺さん  そういうことなら。しかし、生まれたばかりなのによく言葉を知っておるな。

     身体もでかいし。服も着とる。

桃太郎   だって、長いこと誰も拾ってくれなかったんだぜ。服は自分で作ったんだ。

     このね、桃の繊維をよっていくとね……、

お爺さん  この中に、どれくらいおったんじゃ?

桃太郎   一年くらいかな。言葉は何かしゃべれたんだ。

お爺さん  一年か。ええのぉ。若いと一年でそこまで大きくなれるのか。本当にすごい

     のぉ。

桃太郎   まあね。

お爺さん  よし、まずは桃を運ぼうじゃないか。大きいのを持ってくれよな。

桃太郎   何に使うの?

お爺さん  食べるんじゃ。桃は長寿の秘訣らしいからの。

桃太郎   もう食べるところなんかないよ。

お爺さん  なんじゃと? 本当じゃ。なんて悲しいことなんじゃ。こんなことが世の中

     にあるなんて。一体、中身はどこに行ってしまったんじゃ。

桃太郎   だって、俺の身体と服に変わっちゃったんだもん。

お爺さん  そうか。もう長生きは出来んな。

桃太郎   何言ってんだよ。働こうぜ! 汗を流せば人間長生きできるさ。

お爺さん  そうか? よし、やるぞ! 走るぞ走るぞ! 家まで競争じゃ! (走り去

     る)

桃太郎   だからって無理をすると早死にするぞ!

お姉さん  こうして二人は一緒に暮らし始めました。そうしてさらに一年という時があ

     っという間に過ぎました。でも、とうとう楽しい暮らしが終わる日が二人のも

     とにやってきてしまったのです。

   暗転。

第六場

   山道

   お爺さんと桃太郎が歩いてやってくる。

桃太郎   なあ、どこに連れて行くんだよ。

お爺さん  まあ、文句を言わずに黙ってついて来い。つけばわかる。

桃太郎   じゃあさ、後どれくらい歩くのか、そのくらいは教えてくれてもいいだろう?

お爺さん  んー、半日かな?

桃太郎   げっ! そんなに?

お爺さん  何を驚いておる。ワシが若い頃はもう一日中歩いても平気の平左だったぞ?

桃太郎   何言ってんだよ! 大体、何だよ。その平気の平左って。どこの誰だよ。

お爺さん  まぁ、気にするな。

桃太郎   うわぁ、そう言われると、すげえ気になる。うおおっ! 何かわかんねえけ

     ど、かゆい! 無性にかゆい! 教えて、教えて、教えてくれ!

お爺さん  面白い奴。

桃太郎   意地悪しないで教えてくれよ。かゆいんだよぉ。

お爺さん  しょうがない。むかしな、どんなことにも弱音を吐かない男がおったんじゃ。

     険しい山を登るときでも、荒れ狂う海で遭難しかけた時も、男は決して弱音を

     吐かんかった。

桃太郎   ひょっとして、そいつの名前が?

お爺さん  平左じゃ。

桃太郎   なるほど。

お爺さん  嘘じゃ。

桃太郎   てめえ!

お爺さん  あっはっは! まあいい。ここらで少し休むとしようじゃないか。ほれ、こ

     れに水を汲んで来い。(竹の水筒を渡す)この近くにきれいな湧き水が湧いてお

     るところがあるからな、ついでに汗でも拭いて来い。ワシはここで待っておる

     から。

桃太郎   なんだよ。自分だって休みたかったんじゃないか。うん、わかったそうする

     よ。すぐ戻るよ。(桃太郎走り去る)

お爺さん  あいつが来てもう一年が過ぎるのか。早いもんじゃな。何か祝ってやろうか

     な。おお、そうじゃ、ちょうど近くに万願寺がある。あいつが長生きできるよ

     うに寺にお参りに行って来るか。そして、長寿のお守りでも買ってやれば大喜

     びするだろうな。あいつの喜ぶ顔が見物じゃのう。どれどれ、急いで行って来

     るか。

   お爺さん急に立ち上がって歩き出す。

   すると酔っ払って歩いてきたスズメの若殿にぶつかってしまう。

若殿    おう、こら! キサマこの俺を誰じゃと思ってんねん。

お爺さん  方言が混ざった変な子ども。

若殿    子どもだと? ゆうたな? ゆうてはならんことをゆうたな? われ、覚悟

     しいや!

お爺さん  なんじゃ? 子どもの癖に爺に食ってかかってきよる。子どもの癖に生意気

     な。それにしても子どもの癖に酒臭いな。子どもの癖に。

若殿    まだ言うか! 俺様は関東一円を支配するスズメのお宿の主、スズメの若殿

     様だ! どうだ? 恐れ入ったか?

お爺さん  スズメなのか。でかいスズメだな。

若殿    そうだ。でかいだろう?

お爺さん  しかし、人と比べると大したこと無いな。

若殿    ば、馬鹿にするんじゃねえ!

お爺さん  なるほど、確かにスズメだ。ピーピーうるさい。ほれほれスズメ、おにぎり

     から米粒をつまんでやろうか?

   お爺さん、荷物の中からおにぎりを取り出し米粒をやる。

若殿    わーい。って馬鹿野郎!

お爺さん  なんて怒りっぽい奴じゃ。小魚を食え。小魚を。あれ? スズメって魚を食

     べるのかな?

若殿    うるせえ! お前、俺のことを馬鹿にしてるだろう?

お爺さん  あれ? そういえばなんでこんなところにスズメの若殿がおるんじゃ?

若殿    質問に質問で返しやがった! 信じらんねえ!

お爺さん  なんでじゃ?

若殿    おう、そこの万願寺に竜宮の乙姫様の長寿を祈願しに来たんだ。恐れ入った

     か。

お爺さん  スズメが? 乙姫様と知り合い? 嘘だぁ海と関係ないじゃん。

若殿    嘘じゃねぇ! 知り合いじゃ悪いのかよ!

お爺さん  スズメが寺にお参りって言うのもなぁ。スズメなのに。

若殿    スズメが来ちゃいけないなんてどこにも書いてねえだろうがよ!

お爺さん  でも、スズメだぞ?

若殿    あったまにきた! うるせえ爺! ここまでコケにされたら黙っておけん。

     たたっ斬ってやる! 覚悟しろ。(抜刀)

お爺さん  うわ! やめろ! ワシはあと百年は生きるんじゃ! また乙姫様に会うん

     じゃ。そうじゃ、ワシを殺したら乙姫様に叱られてしまうぞ! それをしまえ!

若殿    何を馬鹿なことを言ってやがる。お前みたいな老いぼれ乙姫様の知り合いな

     もんか。嘘つきはお前の方だ! 地獄に落ちろ! この人間め!

   お爺さん若殿にしがみつくが、蹴り倒されて切り殺される。

お爺さん  桃太郎……。助けておくれぇ……。(死ぬ)

若殿    ふん、思い知ったか! ああ、気分が悪い! このままお参りに行っては縁

     起が悪い。帰って宴会だ! (去る)

   そこに桃太郎が戻ってくる。

桃太郎   あっ、爺さん? 何寝てんだよ! 爺さん?

お爺さん  ……。

桃太郎   刀傷だ。誰がこんなことを。

お爺さん  ……。

桃太郎   手に何か握っている。米粒と鳥の羽だ。……これは俺に何か伝えようとして

     るんだな? 犯人は米粒と羽に関係してるんだな? 米、羽。米が羽。こめは

     ね。はねこめ……。

   桃太郎、ひらめく。

桃太郎   そうか! さっぱりわかんないけど、爺さんの気持ちはわかったよ。爺さん、

     俺、絶対に犯人を見つけ出してやるからな。じっちゃんの名にかけて!

   暗転。

第七場

   竜宮城

   乙姫が外を見ながら物思いにふけっている。

乙姫    あーあ、いい男いないかなぁ。魚顔の男はもういいわ。まったくどいつもこ

     いつも使えないのよねぇ。それにしても素敵な殿方を一人も連れてこられない

     なんてなんてダメな連中なのかしら。あぁ、そう思えば思うほど浦島様が惜し

     かったわ! あのくらい優しさがあればよかったのに、なによあの軟弱男。こ

     こでずっと暮らして行きますって言えばよかったのに。お家が! おっかあ

     が! なんて言ってさ。もうそんなものはとっくになくなってんだっつーの。

     ああああ! 思い出したら腹が立って来たわ。それもこれも全部あのノロマの

     せいね。カメ! カメ!

カメ    はい、ただいま。

乙姫    どうなってるの?

カメ    なにがでしょう?

乙姫    ……あたくしの言いつけはどうなってるのかしら?

カメ    乙姫様の言いつけ?

乙姫    ……ウミガメって美味しいのかしら?

カメ    美味しくないです! 思い出しました。いい男ですよね? いい男。人間の

     いい男って言うのをつれてくるんですよね。

乙姫    どいつもこいつもパッとしないけれど、ノルマを達成してないのはあなただ

     けよ? さすがノロマのカメね。今年は一人も連れてきてないじゃないの。

カメ    だって、浜に行くといじめられるし……。

乙姫    ここは夏でも寒いのよねぇ。カメの鍋って美味しいのかしら?

カメ    行きます。絶対に連れて来ます。

乙姫    行ってらっしゃい。期待してるわよ。

カメ    ……はい。

乙姫    あっ、そうだわ。出掛けに鯛のヨリ子に会ったら、ここに来るように行って

     頂戴。

カメ    え? (びびる)……ヨリ子が何かしましたか?

乙姫    ヨリ子は何もしてないわよ。ヨリ子はね。

カメ    (逃げるように)あたし、行ってきます。

乙姫    せいぜいとぼけているがいいわ。

   暗転。

第八場

   砂浜

   カメが子供たちにいじめられている。

子ども壱  おら、丸いんだよ!

子ども弐  おら、緑なんだよ!

カメ    ごめんなさい! でも、仕方がないじゃない! あたしカメだもん!

子ども壱  うるせえ! カメの癖に口答えするな!

子ども弐  そうだ! カメの癖に!

   桃太郎がやってくる。

桃太郎   おや? カメがいじめられてる。

子ども壱  甲羅占いしようぜ!

子ども弐  いいねいいね! やろうぜ!

カメ    やめて! そんなことをされたら死んじゃうわ!

子ども壱  うるせえ! カメに人権なんかないんだよ!

子ども弐  悔しかったら、ガメラでも呼んでみな!

桃太郎   やめろ!

子ども壱  うわ! 何だよ、びっくりさせんなよ。

子ども弐  なんか用?

桃太郎   カメを放してやれ。

子ども壱  は? 何言ってんの?

子ども弐  頭、大丈夫?

桃太郎   うるさい。さっさと消えないと、刀の錆びにしてやるぞ?

子ども壱  ひ、卑怯だぞ!

子ども弐  そうだそうだ!

子ども壱  このカメは俺たちが捕まえたんだ。

子ども弐  漁業権だってあるんだからな!

子ども壱  だから、どうしようと俺達の勝手だ!

子ども弐  そうだ! 後から来て好き勝手なことを言うな!

桃太郎   よし、ならこのカメを買ってやる。それならいいか?

子ども弐  いくら?

子ども壱  三両。

桃太郎   三両? それは高いぞ。もう少し負けてくれ。

カメ    何で値切るの?

桃太郎   一両じゃダメ?

カメ    いきなり二両も下がるの?

子ども壱  うーん。

子ども弐  うーん。

カメ    あなたたちも悩むの?

桃太郎   よし、一両にこの団子もつけよう。どうだ?

カメ    団子!?

子ども壱  よし、これでこのカメはお前のものだ。

子ども弐  行こうぜ。

カメ    あたしは一両と団子の価値しかないの……。

桃太郎   よかったな!

カメ    よくない! あ……。ありがとうございました。

桃太郎   いいんだよ。さあ、海にお帰り。あ、そうだ。

カメ    なんでしょうか?

桃太郎   米粒と羽で何を連想する?

カメ    わかりません。

桃太郎   だよね! 悪かった。じゃあな。

カメ    あの……。

桃太郎   ん? 何?

カメ    よろしかったら、お名前を。

桃太郎   桃太郎。桃から生まれた桃太郎さ。本当に桃から生まれたんだぜ? すごい

     だろ?

カメ    まぁ、桃から? あ、また、カメだと思って馬鹿にして……。

桃太郎   本当さ。ま、そのせいで村人からは変な目で見られてきたけどね。

カメ    そうだったの。ごめんなさい。傷つけてしまったわね。

桃太郎   いいよ。気にしてないから。じゃあ、もう行くよ。

   桃太郎去っていく、カメ、桃太郎を呼び止める。

カメ    そうだ。待って! 是非お礼を。

桃太郎   いいよ。そういうつもりで助けたんじゃないから。

カメ    でも、それではあたしの気が治まりません。せめて、三両! (根に持って

     る)のお返しをさせてください。

桃太郎   そう? 正直旅費に困ってしまったところだし、お言葉に甘えさせてもらお

     うかな。

カメ    じゃあ、あたしの背に乗ってください。竜宮へお連れいたします。そこへ行

     けば少しだけど蓄えがあるの。いつか竜宮を出て一人暮らしをはじめるのがあ

     たしの夢なんです。

桃太郎   竜宮だって?

カメ    竜宮ですよ。

桃太郎   俺行かない。

カメ    なぜ?

桃太郎   それ、海の中だろ? 俺泳げないもん。おぼれちゃうよ。

カメ    大丈夫。あたしと一緒なら、おぼれることはありません。ほら、行きましょ

     う!

桃太郎   わかったけど、ちょっと試してダメだったら行かないからすぐ戻ってね。

カメ    ええ。でも、絶対に大丈夫よ。

   カメに手を取られて水の中に入る桃太郎。おっかなびっくりしている。

桃太郎   すごい! 海の中にいるのに息が出来るよ!

カメ    さあ、急ぎましょう! あ、でもなるべく静かにね。乙姫様に見つかると面

     倒なんで。

桃太郎   え? 何?

カメ    なんでもないわ。行きましょう!

   暗転。

第九場

   竜宮城

   通信を受けている乙姫。

乙姫    カメが戻った? わかりました。すぐこちらに来るように伝えなさい。

   化粧を直しはじめる乙姫。カメが駆け足でやってくる。でも遅い。

カメ    失礼します。

乙姫    若い男を連れてきたそうね?

カメ    え? いや、あの、その。

乙姫    こちらにお通しして。

カメ    それが……。

乙姫    何?

カメ    あまり良い男ではないって言うか、乙姫様のタイプじゃないと思うんですけ

     ど。

乙姫    それはあたくしが決めることです。

カメ    でも。

乙姫    早くしないと鍋にするわよ?

カメ    すみません。それはお許しを。

乙姫    さあ、ここに案内してきなさい。

カメ    はい。

   カメ、一度去り、桃太郎を連れてやってくる。

桃太郎   すごいなここ! 感動だよ!

乙姫    やだ! すんごいタイプ! おカメ。本当にご苦労様でした。疲れたでしょ

     う? お部屋に帰ってゆっくりとお休みなさい。

カメ    でも、

乙姫    まだ、お仕事が残ってるのでしょう? ごめんなさいね(にらむ)

カメ    は、はい。失礼します。

乙姫    お名前は?

桃太郎   桃太郎。あなたは?

乙姫    乙姫です。もっとこちらへどうぞ。あの、ご結婚は?

桃太郎   は?

乙姫    結婚はしてらっしゃるの?

桃太郎   してないよ。

乙姫    よっしゃー!

桃太郎   え?

乙姫    いえ、こちらのお話。あたくしたち何か運命のようなものを感じませんか?

桃太郎   別に。あ、そうだ。

乙姫    はい?

桃太郎   実は人を探してるんだ。

乙姫    人探し? ここには人はいませんよ? 人じゃないものなら沢山いますけど。

桃太郎   そうか。

乙姫    どんな人なのかしら? まさか初恋の人? それは手ごわい。

桃太郎   まさか。……実は一緒に暮らしていた爺さんを誰かに殺されちまったんだ。

     だから、その敵討ちのために旅に出たんだけど手がかりがほとんどなくて。そ

     うだ。ここにもそんなに長くはいられないんだ。何か知っている人がいないな

     ら、もう帰るよ。

乙姫    少し落ち着いて。手がかりっていうのはどういうものなのかしら?

桃太郎   爺さんは最後に米粒と羽を握り締めていた。それが唯一の手がかりなんだ。

乙姫    そうですか。それなら、あたくしもお手伝いいたしましょう。ここは竜宮。

     海の生き物の情報網を使って仇の情報を集めてみせますわ。きっと見つかりま

     すわよ。それまでごゆっくりなさってくださいね。

桃太郎   ありがとう。

乙姫    それまでここでゆっくりしてるといいわ。

カメ    (こっそりと覗き見ている)そうだったの。だったら桃太郎さんをここから

     逃がしてあげないと……。

乙姫    あちらでお休みください。

桃太郎   そうさせてもらおうかな。少し安心したら眠くなっちゃった。

   桃太郎はあくびをしながら去っていく。

乙姫    カメ、そこにいるんでしょう?

カメ    あ、はい……。

乙姫    何か不満そうね?

カメ    ……いえ、そんなことはありません。

乙姫    お前がしたことまだ許してないのよ。

カメ    あなたは恐ろしい人です。浦島様が帰ると知って、あんなものを贈り物にし

     た。

乙姫    鯛のヨリ子は全部吐きましたよ。あなたが浦島様にあることないこと耳打ち

     したそうじゃない。そうだとしたら、悪いのは全部あなたよ。

カメ    嘘です! ヨリ子をここに連れてきてください!

乙姫    残念。ヨリ子はもうお刺身になったわ。

カメ    なんてむごい!

乙姫    何がむごいものですか! あなたはあたくしの未来の夫をたぶらかし地上へ

     逃がした憎い奴。許せるものですか!

カメ    ひどいのは乙姫様です。お母さんの身体を心配する浦島様をここに縛りつけ

     たではありませんか。お母様の死に目に会えなかった浦島様は絶望していたの

     ですよ。

乙姫    まともに仕事も出来ないくせにこのあたくしに逆らおうって言うのね。いい

     わ、ここから出てお行き。もう二度と顔を見せるんじゃないよ。

   乙姫立ち去る。

カメ    ええ、出て行きますとも。でも、桃太郎さんは連れて行きます。

桃太郎   (お腹をさすりながら)おい、カメ。こんなとこにいたんだ。

カメ    え? あ、はい。

桃太郎   あのさ、飯が食えるところはないの? 腹が減ってさ。

カメ    桃太郎さん。聞いてください。

桃太郎   ん? なに?

カメ    ここは時間の流れが地上とは違います。ここでの一日は、地上の三年。ここ

     は変化と妖魅の世界。私たちは皆、時の流れを感じないのです。

桃太郎   はい? どういうこと? 全然、何を言ってるのかわからないんだけど。

カメ    つまり時間の経ち方が早いので、敵討ちをする前に仇が年老いて死んでしま

     いますよって言うことです。

桃太郎   なに! それはまずいぞ! ご飯どころではない!

カメ    お連れします。お急ぎください。

桃太郎   わかった。でも、乙姫様には挨拶しないと。

カメ    乙姫様が好きなのですか?

桃太郎   いきなり帰ったら悪いだろ?

カメ    あ、あぁ、そうですね。あたし何言ってるのかしら。でも、乙姫様はあの手

     この手で引きとめようとしますからお気をつけて。

桃太郎   大丈夫。爺さんの敵討ちが何よりも大事さ。

カメ    (胸を押さえる)何よりも。あ、乙姫様です。あたしは用意をしてきます。

   カメが去ると乙姫が貝(携帯電話?)を耳にあてながら歩いてくる。

乙姫    え? あらそう? まぁ、あんな爺さんになっちゃったら別にいいんだけど

     ね。いいのよ。あなただって馬鹿にされたんでしょ? だったら自業自得って

     奴よ。いい死に方だったんじゃない。

桃太郎   乙姫様、話があるんだ。

乙姫    あ、ちょっと待ってね。何かお困りです?

桃太郎   俺、帰る。

乙姫    え? (素に戻る)

桃太郎   じゃあね。

乙姫    ちょ、ちょっと待って。後でかけなおす。お待ちください。桃太郎様! (桃

     太郎にすがりつく)

桃太郎   何?

乙姫    どうしてそんなに急に言ってしまわれるのですか? 何かお気に召しません

     でしたか? 誰か、何か気に障りましたか? そうだったらすぐにでもそいつ

     を刺身に……

桃太郎   ここは時間が速く過ぎるんだろ? だから早く帰るだけ。

乙姫    誰がそんなことを?

桃太郎   カメ。先に言ってくれれば良かったのに。

乙姫    だって、そんなこと言ったらすぐ帰っちゃうもん。

桃太郎   敵が年を食って死んでしまったら爺さんに合わす顔がない。じゃあ、急ぐか

     ら。じゃあね。

乙姫    そうだわ。お腹は空いていませんか? 腹が減っては戦は出来ぬと申します。

     すぐに用意をさせますから。ここは海鮮料理が美味しいのですよ。

桃太郎   本当に? あ、でも本当に急ぐんだ。

乙姫    待って、それなら何かおみやげを。

桃太郎   いいって。いいって。

乙姫    ああああ、何かないかしら。そうだわ、こんな時に用意しておいたものがあ

     った。では、この札をお持ちください。

桃太郎   何それ?

乙姫    願いが叶うお札です。願い事を書いて心から願えば、あなたの願いが叶いま

     す。この中に三枚入ってますから。(お札の入った包みを押し付ける)

桃太郎   ありがとう。(駆け去る)

乙姫    あぁ、桃太郎様! (追いかけて去るがすぐに戻ってきて電話をかける)や

     っぱりあのカメの入れ知恵か! もしもし? そっちにカメが行くから始末し

     て頂戴。頼んだわよ若殿様。今度カラオケ驕ってあげるからぁ。もう、お願い

     ね。

第十場

   砂浜

桃太郎  もうどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

カメ   三日というところでしょうか?

桃太郎  三日か。良かった。

カメ   敵討ち成功するといいですね。

桃太郎  ありがとう。

カメ   もし、敵討ちが成功したら、また会えませんか?

桃太郎  え?

カメ   今度はきちんとお礼をしたいんです。それに約束があったほうが、敵討ちが成

    功するような気がしません? また生きて会えるように約束をするんです。

桃太郎  うん。わかった。また会おう。住家は?

カメ   竜宮城は追い出されてしまったんで、じゃあ、この砂浜で。

桃太郎  分かった。この砂浜で。

   スズメの若殿がいつの間にか二人を見ている。

若殿   ピューピュー。見せ付けてくれるねぇ。(肩に刀を担いでいる)

カメ   あなたは!

桃太郎  誰だ?

若殿   俺はスズメの若殿だ。そっちのカメに用がある。お前には用はない。おとなし

    く下がっていてもらおうか? そうしたらお前は助けてやろう。

桃太郎  カメに何の用だ?

若殿   へへ。切り刻んで鍋にしてやる。邪魔をするなら、お前もその中に入れてやっ

    てもいいぜ。なんたって俺は人間が大嫌いだからな!

桃太郎  なんだと?

カメ   あぁ、なんてこと。乙姫様はこんなにもあたしを憎んでいたのね。桃太郎さん

    逃げて、逃げてください。

桃太郎  大丈夫。相手は子どもだ。追い払ってやるよ。

若殿   てめえ! 今なんて言った?

桃太郎  追い払ってやる。

若殿   その前だ。

桃太郎  大丈夫。

若殿   その後ろ。

桃太郎  追い払ってやる。

若殿   真ん中。相手は、のあと。

桃太郎  子ども?

若殿   ちくしょう! また言いやがったな!

桃太郎  自分で言わせたんじゃん。

若殿   お前もこの間の爺のように、たたっ斬ってやる!

桃太郎  こないだの爺? ま、まさか……。あ、羽。

若殿   ぼうっとしてると、あっという間に真っ二つだぞ!

桃太郎  はっ!

カメ   桃太郎さん!

   桃太郎 VS スズメの若殿。いいところでつばぜり合いをする。

桃太郎  あっ! 袖に米粒がついている。

若殿   何? こんな時によく気がついたな。

カメ   米粒がどうしたの?

   桃太郎とスズメの若殿離れる。桃太郎、手のひらを見せ、スズメの若殿を静止する。

桃太郎  まさかと思うが、三月ほど前、万願寺のふもとで釣り竿を持った爺さんを見て

    いないか?

若殿   こんな時になんだ? 変な命乞いか?

桃太郎  見たのか見ていないのか答えろ!

若殿   そういえば見たな。そうだ、その爺もお前と同じように俺様を馬鹿にしやがっ

    た。確かに釣竿を持った爺だった。

カメ   じゃあ、桃太郎さんのお爺さんを殺したのは?

桃太郎  お前だったのか。(懐に手を入れて羽を見せる)これはお前の羽か!?

若殿   おう、俺の羽だ。何だお前は? 俺のストーカーか? こ、怖いな。

桃太郎  お前が爺さんを殺したのか。

若殿   釣竿を持った爺がお前の爺なら確かに俺が斬った。だからなんだ!

桃太郎  こんな子どもに殺されてしまったのか!

若殿   また子どもって言ったな! もう怒ったぞ!

カメ   あぁ、あたしはどうすればいいの? あたしも何か役に立ちたい!

若殿   冥土の土産に俺の必殺技を見せてやろう。

桃太郎  何? 必殺技?

若殿   ふふふ。実力は俺のほうが上だ。思い知ってるだろうがな。

桃太郎  ちょっと待て、必殺技ってなんなんだ?

若殿   必ず殺す技。それが必殺技だ!

桃太郎  何だって!

   距離を取る桃太郎とスズメの若殿。

桃太郎  まずい!

若殿   勝負だ! 必殺、スズメ返し!

カメ   危ない!

   中央に走り寄る桃太郎とスズメの若殿とカメ。スローモーション。上段から振り下

   ろされる桃太郎の刀をスズメの若殿の刀が下段から打ち上げる。桃太郎は体勢を崩

   し、スズメの若殿の刀が上から振り下ろされる。その瞬間、カメの甲羅が間に入り

   スズメの若殿の刀を跳ね返す。

若殿   あったぁー! (「あ、痛―い」のこと)ガッチーンって来た。ガッチーンって!

    手が痺れて刀が持てない。

   スズメの若殿は刀を落とす。

桃太郎  勝機! えい! (斬る)

若殿   うぐ! ぎゃあ、やられた……。

   若殿倒れる。

桃太郎  爺さん! やったよ! 俺、やったよ! あ、そうだカメ! カメ大丈夫?

カメ   ええ、甲羅でしたから。

桃太郎  そうか、良かった。……でも傷が。

カメ   平気です。こんなの。

若殿   ……くそう。このままでは死んでも死に切れぬ。モールスくちばしで、あいつ

    を呼ぶぜ。鶴子! カチカチカチ、俺の恨みを晴らしてくれぇ……(絶命)

カメ   桃太郎さん、大丈夫ですか?

桃太郎  うん。おかげで爺さんの敵も討てた。ありがとう。助かったよ。さあ、帰ろう。

カメ   そんなお礼なんて。え? 帰る? どこへ?

桃太郎  うちにさ。爺さんに報告しなきゃ。

カメ   まあ、どうしましょう。お家に招待されちゃった!

桃太郎  行くよ。

カメ   はい、喜んで!

   桃太郎とカメ立ち去る。

   暗転。

第十一場

   桃太郎の家

   お爺さんとお婆さんの位牌に手を合わせる桃太郎。

   カメはドキドキして落ち着かない。

桃太郎  爺さん。やったよ。仇を取ったよ。これでゆっくり眠れるね。極楽をゆっくり

    して楽しんでくれよ。

カメ   あぁ、あたしなんか今すごい幸せだわ!

桃太郎  なあカメ。君はまた海に戻るのかい?

カメ   え?

桃太郎  君さえよければ、しばらくここにいてくれないか? 爺さんがいなくなって話

    相手もいないんだ。

カメ   あたしはおじいさんの代わりなんですか?

桃太郎  え?

カメ   別に桃太郎さんは、側にいるのがあたしでなくてもかまわないんでしょ。犬で

    もサルでもキジでも拾ってくればいいんだわ。

桃太郎  何だよ急に。

カメ   お爺さんの代わりになる人なら、誰でもいいんでしょ!

桃太郎  違うんだ。ごめんよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。

カメ   あたしはしょせんカメ。どうせカメです!

桃太郎  そうじゃないって、俺だって桃から生まれたんだ。君よりまともじゃないよ。

カメ   あたし、そんなこと言ってません。まともじゃないなんて!

桃太郎  ごめん! うまく言葉が出てこないや。俺、他に知り合いもいないし、村人に

    は嫌われてるし、まともに話ができる奴なんかいないから……。

カメ   桃太郎さん。……ごめんなさい。あたしもそんなつもりじゃなかったんです。

    何か、こんなに思われているお爺さんがとてもうらやましくて……。あたし、行

    くところなんかないです。竜宮は追い出されてしまったし。

桃太郎  だから、君さえよければってことなんだけど。

カメ   桃太郎さん。

   そっと手が重なりそうになった瞬間、戸が激しく叩かれる。二人は離れる。

桃太郎  はい?

鶴子   ごめん下さい。

カメ   (すねてる)ごめんなんてありません。売り切れです。帰ってください。

桃太郎  どなたですか?

鶴子   旅の者です。道に迷って難儀しております。

桃太郎  はぁ。(戸をあける)

   鶴子が顔を覗き込ませる。

鶴子   あら? カメを飼ってらっしゃる?

桃太郎  違うよ。これは友達さ。

カメ   友達? あぁ、なんか素直に喜べない自分がいる。

鶴子   まあ、かわいそうなお方。人間のお友達がいないのね。あっはっは。

桃太郎  大きなお世話です。で、どこに行きたいの?

鶴子   さあ。

桃太郎  さあ?

鶴子   と、言いますのも私、人捜しをしてましてね。

桃太郎  人捜し?

鶴子   はい。冬の雪山で罠に脚を挟まれてしまった時、とても心の優しいお爺様に助

    けていただいたのです。

桃太郎  へぇ~。

鶴子   元気になったので恩返しをしようと探しております。

カメ   いい人みたい。

桃太郎  こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ。

鶴子   まぁ、よろしいのかしら? 失礼します。

   鶴子、家の中に入り、ガッツポーズ。

カメ   そのお爺さんってどんな人だったんですか?

鶴子   そうね。確か、釣竿と腰ミノ姿で……。

カメ   冬なのに?

鶴子   え?

カメ   雪山だったんでしょう?

鶴子   え、ええ。とても変わった方でした。とても元気で。

桃太郎  爺さんだ! うちの爺さんだ!

   カメと鶴子びっくりする。

桃太郎  それうちの爺さんだよ。絶対!

鶴子   そうですか! で、そのお爺様はどちらに?

桃太郎  それが……。

カメ   お亡くなりになったんです。

鶴子   まぁ、なんてこと。もっと、もっと早くに来るべきでした。そうしたら、ご恩

    をお返しできたのに。

カメ   あ、あたし、お茶入れます。

鶴子   お構いなく。あっそうだ。もし良かったらお爺様の代わりにあなたたちに恩返

    しをしていいかしら?

桃太郎  そんな、いいですよ。

鶴子   でも、それだと私の心は宙ぶらりん。このままじゃ、この胸の燃える炎が治ま

    らない。ならばいっそのことどこか燃えそうなボロイ民家に火をつけて、この思

    いを鎮めようかしら……? (チラ見)

桃太郎  わ、わかりました。火をつけられちゃたまりません。でも、恩返しって何をす

    るんですか?

カメ   お茶っ葉ないみたい。

桃太郎  最近、お客さんなんか来なかったからね。あ、じゃあ、お茶を買ってきてもら

    えますか?

鶴子   すみませーん。私、買い物なんてしたことございませんの。オホホ。

カメ   じゃあ、あたし行ってきます。

鶴子   そう? じゃあ、何かお菓子も買ってきて。やっすいのはダメよ。口に合わな

    いから。

カメ   (ムッとする)じゃあ、桃太郎さん行ってきます。

桃太郎  気をつけてね。

鶴子   話は変わりますが、お部屋を一つ貸していただけないかしら?

桃太郎  どうして?

鶴子   理由はお聞きにならないで。でも、きっと損はさせませんわ。

桃太郎  でも、

鶴子   どうか断らないで下さい。お願いします。

桃太郎  いいけど部屋がないんだよね。うちは一間なの。

鶴子   え?(見回す)

桃太郎  後ろ向いていればいい?

   鶴子、考える。

鶴子   ……絶対に振り返って見ないって約束してくれます?

桃太郎  いいよ。

鶴子   見たらとんでもないことになりますよ。

桃太郎  わかった。(互いに背中を向ける)

鶴子   では……(懐から出刃を取り出しヒゲをそり始める)。最近、伸びてくるのが早

    いのよねぇ。ジョリジョリ。ジョリジョリ。

桃太郎  何の音だろう。ああ、気になる。気になる。うおおおお! かゆくなってきた。

    見たい見たい。見たくてたまらない。見ちゃえ。あ!

鶴子   ジョリジョリ。あ? あっ! 見てしまったのね!

桃太郎  悪い悪い。何してんの?

鶴子   あんたを悩殺するセクシービームを出すのに邪魔なヒゲを処理してたのよ。

桃太郎  悩殺? セクシービーム? あんた男だよね?

鶴子   お黙り。

桃太郎  誰だってわかるよね。声だって太いし。

鶴子   あんた嫌いよ。(投げキッス)

桃太郎  うお! なんだ? この背中を走る悪寒は! あれ? 体が動かない。

鶴子   うふふ。そうよ。これぞオカマ流妖術金縛りの術! 人呼んでオカマの鶴子と

    は私のことよ!!!!

桃太郎  こんなことをして、どうするつもりだ!

鶴子   どうしようかしら。スズメの若殿の敵討ちとは言え、こんな若い男を殺してし

    まうのはもったいないし。モッタイナイ! モッタイナイ! 世界の合言葉よ。

桃太郎  うわ、気持ちが悪い。よらないで。

鶴子   失礼ね。でも、これで若殿も浮かばれるってもんね。さて、最後に何か言い残

    す言葉はない?

桃太郎  こんな変態の手にかかって死ぬなんて浮かばれないよ。

鶴子   変態じゃないわ。これでもきちんとしたオカマなんだから。

桃太郎  何だよきちんとしたオカマって。

鶴子   まぁ、いいわ。カメが帰ってくる前にあなたを始末するわ。さあ、覚悟はいい

    わね?

桃太郎  ちょっと待って。おしっこ漏れそうなんだ。便所に行かせてよ。

鶴子   そんな馬鹿なこと出来るわけないでしょ。

桃太郎  カメなら大丈夫だよ。足遅いし、隣町まで大分あるしさ。

鶴子   じゃあ、早く行きなさい。急いで。

桃太郎  変な術といてよ。動けないもん。

鶴子   え? 仕方がないわね。腰を縄で縛るわよ。(桃太郎の腰を縛る)

桃太郎  気持ちが悪い。触らないで。

鶴子   うるさいわね。刀はこっちにあるから大丈夫ね。(術を解く儀式)うっふーん。

桃太郎  おお、動ける動ける。

鶴子   早くしてよね。

   桃太郎、外のかわやに向かう。

桃太郎  わかったよ。へへっ。こんな時こそ願いの叶うお札の出番だ! (包みを開く

    お札を見て唖然)あれ? もう何か書いてある。

桃太郎  一枚目、乙姫様に会いたい? 二枚目、乙姫様とラブラブデートがしたい? 三

    枚目、乙姫様と幸せな結婚をする。悪夢だ。全部願い事が書いてあるじゃないか。

    ひょっとして、絶望的状況かなぁ。

鶴子   もういい?

桃太郎  待って、まだ少し。あ、ごめん、大きいほうも。

鶴子   仕方が無い奴。水分と食物繊維を取らないからよ。あぁ、なんだかちょっと眠

    くなっちゃった。早くしてよね。ちょっと横になるから、終わったら縄を引きな

    さい。

   鶴子、そのまま横になっていびきをかき始める。おっさんそのものである。カメが

   静かに忍び込んで刀を取り返し、桃太郎に届ける。

カメ   桃太郎さん。これを。

桃太郎  あ、カメ。お前、戻ったのかい。

カメ   何か怪しいと思って引き返してきました。

桃太郎  ああ、そうか。ありがとう。

カメ   もったいないお言葉です。

桃太郎  さあ、危ないから下がっておいで。(縄を切る)

カメ   はい!

鶴子   あれ? よだれが。あっ、しまった!

桃太郎  これで五分だな。

鶴子   それはどうかしらね? えい! えい!(連続投げキッス)

桃太郎  (避ける)ちくしょうこれじゃあ、近づけない。

カメ   ここはあたしが! あの術は女のあたしには効かないんです。

鶴子   キー! カメの癖に生意気な! この何でも貫くオカマの出刃の餌食にしてや

    るわ!

桃太郎  カメ! やめるんだ逃げるんだ!

カメ   あたしだって、役に立ってみせる! 

鶴子   遅いわ! やっぱりカメね!

   オカマの出刃がカメを刺し貫く。カメは鶴子の手をつかんで離さない。

カメ   桃太郎さん。今です。

桃太郎  あぁ、カメ! カメ!

鶴子   ふふふ、次はお前の番よ。あれ? 出刃が抜けない。ちょっと、放しなさい。

    この出刃高いんだからね! 放しなさいよ!

カメ   急いで。

桃太郎  カメの敵だ! (斬る)

鶴子   うぐっふ。いってぇ! あぁ、スズメの若……。ごめんなさいね。いま、いぐ

    わああああ。(倒れながら去っていく)

桃太郎  カメ!

カメ   桃太郎さん。

桃太郎  カメ……。

カメ   いいんです。しょせんカメと人は結ばれない運命なのです。でも、あたしは満

    足です。こうやってあなたの顔を見ながら死んでいけるのですから……。

桃太郎  あぁ、なぜ? 何でこんなことに? 何であんなことをしたんだ。なんで? 君

    が死ぬことなんてないじゃないか。

カメ   乙姫様にあなたを渡したくなかった。でも、後悔はしていません。桃太郎さん

    ……?

桃太郎  何だ?

カメ   どうかお気をつけ下さい。

桃太郎  何に?

カメ   スズメの若殿は乙姫様のご友人。あたしは乙姫様から嫌われておりました。桃

    太郎さんとあたしが仲良くするのが許せなかったのでしょう。ああ、あたしは怖

    かった。乙姫様に嫌われるのが怖くていつも顔色を伺っていた。竜宮を追い出さ

    れたら行くところがなかったの。そこを離れて生きるのが怖くて、何もできなか

    った……。

桃太郎  いいじゃないか。嫌われていたって。君なら、一人でも立派に生きていけたの

    に。

カメ   一人で。……海を一人で生きていくのは大変なんですよ。あなたには、わから

    ないでしょう?

桃太郎  そんなことないよ。人間の世の中だって一人きりで生きるのは大変だもの。

カメ   そうですね。本当に……。

桃太郎  カメ、しっかりしろよ。ここで暮らすんだろう?

カメ   最後にあたしの名前を呼んでください。カメだなんて呼ばれかた嫌だわ。カメ

    なんて沢山いるもの。呼んでくれたら元気になれそうな気がします。ね、桃太郎

    さん……。

桃太郎  最後なんて言うなよ。

カメ   桃太郎さん、名前を……。聞こえないよ……。

桃太郎  わかったよ。名前は? 名前はなんて言うんだい?

カメ   ……。

桃太郎  カメ? カメ、返事をしろよ。返事をしろってば! 何で黙ってるんだよ! 返

    事をしろよ……。返事……。

   暗転。

第十二場

   浜辺

   お爺さんの墓とカメの墓の前。手を合わせている桃太郎の後ろに乙姫がやってくる。

   お墓の前にお札が二枚置いてある。一枚は乙姫と会うために使った。

   石ころが沢山落ちている。

乙姫   こんな所にお住まいなのですか?

桃太郎  ……ええ。

乙姫   こんな人里から離れた浜辺なんて、あなたには似合いませんわ。もっと華やか

    なところにお住まいになればよいのに。

桃太郎  爺さんたちが眠っているからね。離れるわけには行かないんだ。

乙姫   そうですか。でも、やっと決心をしてくださった。でしょう?

桃太郎  気持ちの整理がついたからね。

乙姫   そして、あたくしを呼んでくださった。

桃太郎  はい。

乙姫   嬉しいですわ。

桃太郎  俺も嬉しいです。

乙姫   では、参りましょうか?

桃太郎  爺さんに別れの挨拶をしてから……。

乙姫   ああ、そうですか。

   桃太郎手を合わせて目を瞑る。乙姫、もう一つの墓にも気がつく。

乙姫   こちらはどなたのお墓? お婆さんのかしら?

桃太郎  いいえ。

乙姫   あら? 一つはお爺様、もう一つは?

桃太郎  まぁ、友達のお墓です。

乙姫   お友達……。

桃太郎  そういえば、あなたの側にカメがいましたよね。俺を竜宮城へ連れて行ってく

    れたあのカメです。

乙姫   ええ、あのカメが何か? (不機嫌) 

桃太郎  名前を言わずに死んでしまったんです。

乙姫   あら? あのカメのお墓ですか。(喜ぶ)

桃太郎  そのお墓に名前を書かないと。

乙姫   ああ、カメの名前が知りたいのですか。そんな小さなこと気にしなければいい

    のに。

桃太郎  気になって仕方がないんです。名前がわかればもう思い残すこともない。

乙姫   なら簡単ですわ。あの子の名前はノリ子。つまらないことでお悩みだったので

    すね。

桃太郎  ノリ子……。

乙姫   どうです? 楽になりました?

桃太郎  はい。

乙姫   では、参りましょうか。

桃太郎  ええ。あぁ、そうだ。あなたも爺さんにお別れの挨拶を。うちの爺さん、竜宮

    城に行ったこともあるんですよ。

乙姫   そうですか。じゃあ、会った事があるかも知れませんね。まぁ、ノリ子も知ら

    ない仲じゃなかったんだし。

   桃太郎、手を合わせる乙姫の後ろで刀を抜く。

乙姫   思えばかわいそうな子。竜宮なんてところは向いてなかったのよ。さっさと出

    て行けばよかったのに。

桃太郎  海は広いから大変だって言ってました。

乙姫   そう。(お札に気がつく)お札、まだ残っていたんですね。一枚は使った?

桃太郎  他のはもう願い事が書いてあったので一枚しか使えなかったんです。それで乙

    姫様に会いたいって言う札を使ったんです。

乙姫   ああ、それで。これね、口に出して心から願わないとダメなのよ。本当は何も

    書かなくていいの。あたくしもよく間違えるものだから、他人様に渡すときもこ   

    うやって、おせっかいで書いてしまうんです。

桃太郎  え?

乙姫   でも、もう必要ありませんね。

桃太郎  その話、本当ですか?

乙姫   それで、その刀はまだ振り下ろさないの? 憎いあたくしを斬るためにここに

    呼んだのでしょう? ノリ子の名前もわかったんだしもう迷いはないでしょう?

桃太郎  ……。

乙姫   あなたの考えていることはわかるつもりです。あたくしが憎いのでしょう? 

    好きにすればいいわ。私も疲れたわ。もう終わりにしても良い。

   乙姫、振り返る。お札を見つめたまま立ち尽くす桃太郎。

乙姫   いくらお札でも死んだ者は戻らないわ。亡者がやって来るだけよ。

桃太郎  それでもいい。(刀を捨て、お札を手に取る)

乙姫   そう。後悔はしない? (立ち上がり向き合う)

桃太郎  後悔?

乙姫   私を殺さなかったこと。嘘を言ってここから逃げるのかもしれないわよ。

桃太郎  後悔はしない。

乙姫   ならいいわ。また会えるといいわね。じゃあね。

   桃太郎、去っていく乙姫を見送る。

桃太郎  さあ、(お札を掲げる)カメに、カメのノリ子に会いたい。ノリ子に会いたい!

   亡者たちが地べたを張ってやってくる。石を積んで遊び始める。石がなくなったら

   袖に石を取りに行き、持って来ては積む。亡者の動きは基本的にひどくゆっくりし

   たものになる。後で急に早く動いたりするのが気持ち悪く見えるように。

   亡者達は白い仮面をつけているが、用意が難しいようならフードを目深にかぶる

   ような感じでも良い。

   別に石じゃなくても良い。亡者Cが何かしら失敗し、いじめを受ける原因になる

   ものであればなんでもかまわない。

   何度か繰り返した後、亡者Aは手ぶらで戻ってくる。

亡者A  仕事だ。

亡者B  何?

亡者A  人捜しだ。

亡者B  そんなの新入りにやらせろ。

亡者A  ダメ。こいつ使えない。

亡者C  ごめんなさい。

亡者B  誰?

亡者A  カメ。

亡者B  そこらへんにいるだろう。

亡者A  違う。ノリ子と言うカメ。

亡者B  面倒くさい。

亡者A  面倒くさい。

   亡者Cが積み石を崩してしまう。

亡者A  こいつ。

亡者B  こいつ。

   亡者Cを苛める亡者A、B。

桃太郎  やめろよ。

亡者B  何だお前?

亡者A  食っちまうぞ。

亡者B  食っちまおう。

亡者A  ダメだ。こいつ食えない。美味しくなさそう。

亡者B  それよりこいつ。

亡者A  そうだこいつだ。

桃太郎  待てよ。かわいそうじゃないか。助けてやれよ。

亡者A  ただじゃ嫌だ。

亡者B  何かくれよ。

亡者A  そうだ。何かくれたらこいつやる。

桃太郎  何かって?

   亡者A、B相談をする。

亡者A  甲羅がいい。

亡者B  甲羅占いがしたい。

桃太郎  甲羅なんて持ってないよ。

亡者A  その墓にある。

亡者B  甲羅くれよ。

桃太郎  これは……。

亡者A  嫌なら助けない。

亡者B  あっちにいけ。

桃太郎  ……カメ、ごめんな。わかったよ。やるよ。

亡者A  へへ、お前。

亡者B  いい奴。

   亡者A、Bがすごい勢いで走り去っていく。Cは一人残る。

   二人の亡者を見送った後、亡者Cの立っていたところには、ノリ子が立っている。

桃太郎  カメ? カメ!

カメ   もうカメじゃないんです。だって、甲羅がないんだもん。

桃太郎  ノリ子! 会いたかった! 会いたかった!

カメ   私もです!

お姉さん そして、二人はいつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし。今日のお

    話はこれまで。楽しんでくれたかな? それではみんなごきげんよう

   暗転。

                           おしまい。