CLARISSA_B 第九場

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CLARISSA_B 第九場

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第9場

   海の中。

   ヨハンが倒れている。腕を押さえた人魚が近づいてくる。

人魚    起きられるかい?

ヨハン   ここは?

人魚    海の中さ。

ヨハン   海の中……。じゃあ、やっぱり。

人魚    お前はあのろくでなしどもに痛めつけられて海に捨てられたんだ。

ヨハン   クラリッサは?

人魚    さあね。

   ヨハン、起き上がる。すぐに手を突いて倒れる。

ヨハン   力が入らない。

人魚    当然さ。お前はこれから眠るんだ。

ヨハン   眠る? どれくらい?

人魚    さあね。目が覚めたら聞いてみるがいい。目が覚めたらね。

ヨハン   そうだ。クラリッサを助けてくれ!

人魚    お断りだね! と、言いたいところだけど質問に答えたら聞いてやらないこ

     ともない。

ヨハン   質問? どんな?

人魚    いくつかさ。答えてくれるかい?

ヨハン   いいさ。約束をしてくれるなら俺も答えるよ。

人魚    じゃあ、交渉成立だ。……あの人は今どこにいるんだい?

ヨハン   あの人?

人魚    お前の父親さ。

ヨハン   父さんは船で人魚を探しに出かけて遭難して死んだ。

人魚    海で死んだ? バカを言うんじゃないよ。

ヨハン   そう聞かされた。

人魚    誰から?

ヨハン   ジョーイからさ。

   人魚、はっとしてヨハンから離れて行く。

人魚    それは嘘さ、海で死ねば私たちの耳に届くはず……。あの人はあいつらに殺

     されたんだ。

ヨハン   父さんがどうかしたの?

人魚    なんでもない。

ヨハン   他に質問は?

人魚    お前、母親を恨んでいないかい?

ヨハン   うん。

人魚    どっちだい!?

ヨハン   恨んでいない。

人魚    嘘じゃないね?

ヨハン   ねえ、

人魚    なんだい?

ヨハン   ……母さんなんだろ?

人魚    およしよ。お前の母親はこんなババアじゃないよ。人魚って言うのは年を取

     らないもんさ。

ヨハン   じゃあ、あなたは何で?

人魚    どうでもいいだろ。……人魚になった時、この年だったのさ。それだけだよ。

ヨハン   そう。腕、どうかしたの?

人魚    お前を拾ったときに岩にぶつけちまったのさ。気にしないでおくれ。

ヨハン   俺はどうなるの? やっぱり死ぬのかい?

人魚    いつの間にかお前が質問する側になってるねぇ?

ヨハン   ごめん。

人魚    まぁ、いいよ。さっきも言ったとおり、眠るのさ。

ヨハン   そう。あぁ、本当に眠くなってきた。

人魚    ヨハン。

ヨハン   眠い。眠いよ、母さん……。

人魚    ヨハン!

   ヨハンは返事をしない。死んだように眠ってしまう。

人魚    勇気のない私を許しておくれ。意気地のない私を許しておくれ。お前に母だ

     と名乗れなかった私をどうか許しておくれ……。

   海の底に大きな人影。

人魚    なんだい? あたしゃ、言わなかったよ。約束は守ったんだ。海の神様に伝

     えておくれ。この子はもう二度と母親のことを知ることは出来ないんだ。お望

     みの通りになりましたってね!

   人影は身動き一つしない。

人魚    償いは終わったはずさ! 確かにあたしは人間に恋をしてこの海を捨てた。

     だけど海の神様がその代償に要求したのは、あたしの若さだけだったはずだろ

     う? それがどうだい。長い時間をかけてあたしを引き止めて、戻ってみたら

     あの人は殺されてるじゃないか! それに息子まで……。

   空気の湧き出る音。

人魚    聞きたくないね。もう終わりさ。あたしはもう二度と戻るつもりはないよ!

   人魚、突然駆け出しヨハンを掴む。同時に暗転。

   朝。岩場。岩場に人魚が座っている。側にヨハンが倒れている。身体に痣の後。服

   はボロボロになっている。やはり死んだように眠っている。

人魚    バカな子だよ。……あの人もいない。まったく寂しい町になっちまったね。

   クラリッサが手に荷物を持って上手から歩いてくる。

クラリッサ 人魚さん。ヨハンがいないの。

   クラリッサ、倒れているヨハンに気が付く。

人魚    今朝、海の中で見つけたのよ。

クラリッサ いや……。いやあああああああ!

   クラリッサ、ヨハンの死体にすがりつき、声を上げて泣き続ける。声にならない声。

人魚    人魚になる特別な言葉って言うのはね。心の奥底からの慟哭なのさ。それが

     海の神様に届いた時に人から人魚へと変わっていくのさ。他に必要なものなん

     て本当は何一つないんだよ。

   クラリッサ、ヨハンを引きずるように海に向かっていく。

人魚    お前は、きっときれいな人魚になるよ。……だけどね、お前がもしヨハンを

     本当に大切に思っているのなら、人魚になるのはおよし。

   クラリッサ、足を止める。人魚を見る。

人魚    本人が聞いたら気味悪がるだろうから言うんじゃないよ。

クラリッサ どういうこと?

人魚    ヨハンには呪いをかけた。

クラリッサ 呪い? どんな?

人魚    それは言えない。

クラリッサ でも、心臓の音が聞こえないのよ?

人魚    それはお前が慌てているからさ。よく聞いてご覧。

クラリッサ 小さい。……これじゃあ、死んでしまうわ!

人魚    深い深い眠りにいるのさ。傷を治すのには時間がかかる。大丈夫。そのうち

     目が覚めるよ。

クラリッサ ありがとうおばさん!

人魚    おばさん?! まだかけてない呪いがあったような……。

クラリッサ 人魚さん、ありがとう。

人魚    お礼はこの子が本当に目が覚めたら言っておくれ。

クラリッサ わかったわ。

人魚    二人でお逃げ。出来れば陸を行くんだ。そして、二度と海を見に来るんじゃ

     ない。

クラリッサ どうして?

人魚    海の神様は、新しい人魚を欲しがった。あたしもあんたもそれに利用された

     のさ。本当にろくでもない奴さ。

クラリッサ 神様を悪く言っていいの?

人魚    何を拝んでも聞きやしないのに悪口だけ聞いてるとしたら、それこそペテン

     師だよ! あたしは約束は守った。だから、後は好きなようにする。それだけ

     さ。

クラリッサ ありがとう。

人魚    しばらくここにいるんだね。嵐がやむまで。

   人魚、立ち上がる。

人魚    今度こそ幸せにおなりヨハン。あんたは? 名前、なんて言うんだっけ?

クラリッサ クラリッサよ。クラリッサ。

人魚    さようならクラリッサ。あたしの息子をよろしくね。もし少しでも粗末に扱

     ったらその髪の毛をゴカイにしてやるからね!

ヨハン   そりゃいいや。釣りをするのに便利になる。

クラリッサ ヨハン!

ヨハン   母さん。

人魚    すまないね。これからゴミ掃除をしないと。あんたたちが静かに暮らせるよ

     うにね。

ヨハン   ありがとう。

人魚    お礼なんて言うんじゃないよ。それよりクラリッサに何か言っておやり。じ

     ゃあね!

   人魚、海に戻る。

ヨハン   クラリッサ。

クラリッサ ヨハン。

ヨハン   俺は、

   肝心な声を消す波音。

クラリッサ え? 何?

ヨハン   絶対、あの人魚の嫌がらせだ!

クラリッサ お母さんでしょ! ねえ、なんて言ったの?

   ヨハン、クラリッサに耳打ち。

クラリッサ あたしもよ!

   暗転。

   バッチョ、カルバス、ジョーイの3人がヒトデの格好で片付けている。

バッチョ  腹減ったなぁ。

カルバス  お前、本当にそればっかだな。

バッチョ  あ?

ジョーイ  やめろ! みっともない。

カルバス  ヒトデにみっともないもクソもないですよ。

バッチョ  そうですよ。あ、敬語なんて使わなくていいんだった。

カルバス  そうだった。お前偉そうなんだよ!

ジョーイ  なに! いいのかそんなこと言って!

バッチョ  言いも悪いもないんだよ。

カルバス  俺たちはあの人魚の呪いでヒトデに変えられたんだ! ヒトデに身分なんて

     関係あるもんか!

ジョーイ  こいつ!

人魚    おやめ! やめないと飯抜きだよ。

   ヒトデたちおとなしくなる。

カルバス  これはこれは人魚様。

バッチョ  今日もお美しい。

ジョーイ  くそう! どうして僕がこんな目に!

人魚    あははは! いい気味さ。しっかり仕事をするんだよ! 返事は?

バッチョ  はーい。

カルバス  はーい。

ジョーイ  何で僕がヒトデなんかに……。

人魚    そこ! 返事をしっかり!

ジョーイ  へーい。

人魚    返事は「はい」!

ジョーイ  はい。

人魚    そして、ヨハンとクラリッサはいつまでも幸せに暮らしましたとさ! めで

     たしめでたし!

三人    めでたくなーい!

人魚    うるさい! 黙って仕事をしな! エビに食わせるよ!

三人    へーい。

                                       幕

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