たとえばこんな桃太郎 第九場

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たとえばこんな桃太郎 第九場

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第九場

   竜宮城

   通信を受けている乙姫。

乙姫    カメが戻った? わかりました。すぐこちらに来るように伝えなさい。

   化粧を直しはじめる乙姫。カメが駆け足でやってくる。でも遅い。

カメ    失礼します。

乙姫    若い男を連れてきたそうね?

カメ    え? いや、あの、その。

乙姫    こちらにお通しして。

カメ    それが……。

乙姫    何?

カメ    あまり良い男ではないって言うか、乙姫様のタイプじゃないと思うんですけ

     ど。

乙姫    それはあたくしが決めることです。

カメ    でも。

乙姫    早くしないと鍋にするわよ?

カメ    それはお許しください。

乙姫    さあ、ここに案内してきなさい。

カメ    はい。

   カメ、一度去り、桃太郎を連れてやってくる。

桃太郎   すごいなここ! 感動だよ!

乙姫    やだ! すんごいタイプ! おカメ。本当にご苦労様でした。疲れたでしょ

     う? お部屋に帰ってゆっくりとお休みなさい。

カメ    でも、

乙姫    まだ、お仕事が残ってるのでしょう? ごめんなさいね(にらむ)

カメ    は、はい。失礼します。

乙姫    お名前は?

桃太郎   桃太郎。あなたは?

乙姫    乙姫です。もっとこちらへどうぞ。あの、ご結婚は?

桃太郎   は?

乙姫    結婚はしてらっしゃるの?

桃太郎   してないよ。

乙姫    よっしゃー!

桃太郎   え?

乙姫    いえ、こちらのお話。あたくしたち何か運命のようなものを感じませんか?

桃太郎   別に。あ、そうだ。

乙姫    はい?

桃太郎   実は人を探してるんだ。

乙姫    人探し? ここには人はいませんよ?

桃太郎   そうか。

乙姫    どんな人なのかしら? まさか初恋の人?

桃太郎   まさか。……実は一緒に暮らしていた爺さんを誰かに殺されちまったんだ。

     だから、その敵討ちのために旅に出たんだけど手がかりがほとんどなくて。そ

     うだ。ここにもそんなに長くはいられないんだ。何か知っている人がいないな

     ら、もう帰るよ。

乙姫    少し落ち着いて。手がかりっていうのはどういうものなのかしら?

桃太郎   爺さんは最後に米粒と羽を握り締めていた。それが唯一の手がかりなんだ。

乙姫    そうですか。それなら、あたくしもお手伝いいたしましょう。ここは竜宮。

     海の生き物の情報網を使って敵の情報を集めてみせるわ。

桃太郎   ありがとう。

乙姫    それまでここでゆっくりしてるといいわ。

カメ    (こっそりと覗き見ている)そうだったの。だったら桃太郎さんをここから

     逃がしてあげないと……。

乙姫    あちらでお休みください。

桃太郎   そうさせてもらおうかな。少し安心したら眠くなっちゃった。

   桃太郎はあくびをしながら去っていく。

乙姫    カメ、そこにいるんでしょう?

カメ    あ、はい……。

乙姫    何か不満そうね?

カメ    ……いえ、そんなことはありません。

乙姫    あなたがしたこと許しませんよ。浦島様をここから連れ出したあのことを。

カメ    あなたは恐ろしい人です。浦島様が帰ると知って、あんなものを贈り物にし

     た。

乙姫    鯛のヨリ子は全部吐きましたよ。あなたがあることないこと耳打ちしたそう

     じゃない。

カメ    嘘です! ヨリ子をここに連れてきてください!

乙姫    残念。ヨリ子はもうお刺身になったわ。

カメ    なんてむごい!

乙姫    何がむごいものですか! あなたはあたくしの未来の夫をたぶらかし地上へ

     逃がした憎い奴。許せるものですか!

カメ    ひどいのは乙姫様です。お母さんの身体を心配する浦島様をここに縛りつけ

     たではありませんか。お母様の死に目に会えなかった浦島様は絶望していたの

     ですよ。

乙姫    まともに仕事も出来ないくせにこのあたくしに逆らおうって言うのね。いい

     わ、ここから出てお行き。もう二度と顔を見せるんじゃないよ。(去る)

カメ    ええ、出て行きますとも。でも、桃太郎さんは連れて行きます。

桃太郎   (お腹をさすりながら)おい、カメ。こんなとこにいたんだ。

カメ    え? あ、はい。

桃太郎   あのさ、飯が食えるところはないの?

カメ    桃太郎さん。

桃太郎   ん?

カメ    ここは時間の流れが地上とは違います。ここでの一日は、地上の三年。ここ

     は変化と妖魅の世界。時の流れを感じないのです。

桃太郎   はい? どういうこと?

カメ    つまり時間の経ち方が早いので、敵討ちをする前に敵が年老いて死んでしま

     いますよって言うことです。

桃太郎   なに! それはまずいぞ! ご飯どころではない!

カメ    お連れします。お急ぎください。

桃太郎   わかった。でも、乙姫様には挨拶しないと。

カメ    乙姫様が好きなのですか?

桃太郎   いきなり帰ったら悪いだろ?

カメ    あ、あぁ、そうですね。あたし何言ってるのかしら。乙姫様はあの手この手

     で引きとめようとしますからお気をつけて。

桃太郎   大丈夫。爺さんの敵討ちが何よりも大事さ。

カメ    (胸を押さえる)何よりも。あ、乙姫様です。あたしは用意をしてきます。

   カメが去ると乙姫が携帯電話? を耳にあてがいながら歩いてくる。

乙姫    え? あらそう? まぁ、あんな爺さんになっちゃったら別にいいんだけど

     ね。いいのよ。あなただって馬鹿にされたんでしょ? だったら自業自得って

     奴よ。いい死に方だったんじゃない。

桃太郎   乙姫様、話があるんだ。

乙姫    あ、ちょっと待ってね。何か?

桃太郎   俺、帰る。

乙姫    え? (素に戻る)

桃太郎   じゃあね。

乙姫    ちょ、ちょっと待って。後でかけなおす。お待ちください。桃太郎様! (桃

     太郎にすがりつく)

桃太郎   何?

乙姫    どうしてそんなに急に言ってしまわれるのですか? 何かお気に召しません

     でしたか?

桃太郎   ここは時間が速く過ぎるんだろ? だから早く帰るだけ。

乙姫    誰がそんなことを?

桃太郎   カメ。先に言ってくれれば良かったのに。

乙姫    だって、そんなこと言ったらすぐ帰っちゃうもん。

桃太郎   敵が年を食って死んでしまったら爺さんに合わす顔がない。じゃあ、急ぐから。

乙姫    そうだわ。お腹は空いていませんか? 腹が減っては戦は出来ぬと申します。

     すぐに用意をさせますから。ここは海鮮料理が美味しいのですよ。

桃太郎   本当に急ぐんだ。

乙姫    待って、それなら何かおみやげを。

桃太郎   いいって。

乙姫    では、この札をお持ちください。

桃太郎   何それ?

乙姫    願いが叶うお札です。願い事を書いて心から願えば、あなたの願いが叶いま

     す。この中に三枚入ってますから。(お札の入った包みを押し付ける)

桃太郎   ありがとう。(駆け去る)

乙姫    あぁ、桃太郎様! (追いかけて去るがすぐに戻ってきて電話をかける)や

     っぱりあのカメの入れ知恵か! もしもし? そっちにカメが行くから始末し

     て頂戴。頼んだわよ若殿様。今度カラオケ驕ってあげるからぁ。もう、お願い

     ね。

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