ふたりあそび ●3分クッキングングングン

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ふたりあそび ●3分クッキングングングン

                                   作:海部守

時:現代

所:いろんなところ

登場人物

・荒縄先生:料理研究家

・鈴池千春:助手

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●3分クッキングングングン

   TVのセットのキッチン。正面からカメラで撮影されているのを意識している鈴池

   千春と荒縄の二人。

千春  みなさんこんにちは。今日から始まります新感覚お料理番組3分クッキングング

   ングン。司会とアシスタントを務めます、鈴池千春です。どうか1年間よろしくお

   願いいたします。こちらは一緒に番組を盛り上げてくださいます料理研究家の荒縄

   先生です。先生どうぞよろしくお願いします。

荒縄  (声が上ずっている)今日、皆さんとご一緒に作るのは……、

千春  荒縄先生、まだです。自己紹介……

荒縄  え? あたし事故なんか起こしてないわよ。事故なんか起こしたらここに来れて

   ないでしょう?

千春  荒縄先生落ち着いてください。事故じゃありません。自己紹介です。ある意味放

   送事故ですけど。視聴者の方に挨拶をお願いします。

荒縄  あ、やだ。台本を寝ないで覚えてきたのに。忘れちゃったわ。

千春  世間ではそれを覚えているとは言わないんですよ。

荒縄  料理研究家の荒縄です。荒ちゃんと呼んでください。ちなみにファンレターなん

   かも募集してますから遠慮なく送ってくださいね。

千春  それでは今日の料理なんですが、

荒縄  まだ早いわよ。挨拶ならきちんと考えてきたんだから全部言わせなさいよ。

千春  挨拶で放送が終わっちゃうと困るので進めますね。

荒縄  独身です! 結婚相手を募集してます! お料理はあまり得意じゃありませんけ

   ど、一生懸命やりますから!

千春  一生独身でいると思います。では改めまして、今日の料理は(紙を見る)なんで

   すかこれ?

荒縄  恋人と一緒に食べる。これで彼のハートも胃袋もぎゅっとつかんで離さないスパ

   イシー肉じゃが。です。

千春  昨日の打ち合わせだと、今日はポテトサラダだったような?

荒縄  文句言うなら私やめるわ。

千春  え? それはちょっと困ります。私司会初なんで、これを足がかりに上り詰めな

   きゃいけないんです。そうじゃないと故郷の両親も心配して、私に帰って来いって

   きっと毎日電話をかけてきて言うようになるんです。ポテトサラダなんかどうでも

   いいです。スパイシー肉じゃが素晴らしいと思います。

荒縄  あなた、これが作れればすぐにお嫁にいけるわよ。

千春  独身の荒縄先生が仰っていても説得力がないですね。それでは材料の説明です。

荒縄  別に冷蔵庫の中の残り物で作っちゃえばいいんだけど、それだと番組にならない

   んでって言われたので、材料を揃えてみました。まずジャガイモ。にんじん。タマ

   ネギ。蒟蒻。東京X豚。

千春  荒縄先生?

荒縄  なあに?

千春  東京X豚? これ、普通の豚じゃダメなんですか?

荒縄  ダメよ。普通の材料なんてつかったら普通の番組になっちゃうでしょう? 野菜

   も全部無農薬の有機野菜で揃えました。それから、本当は国産黒毛和牛のAランク

   を使いたかったんだけど、

千春  当然無理です。それに肉じゃがって言ったら、

荒縄  肉じゃがって言ったら、豚肉って言われちゃったんで、じゃあ金華豚って言った

   んだけど。

千春  それも不可ですね。一般家庭にはないです。揃えやすい材料にしてください。

荒縄  東京X豚なら頑張れば一般でしょ? 少しくらい背伸びすればいいのよ。普通じ

   ゃダメなのよ。何よ普通って。大体、普通って言う概念がおかしいのよ。庶民ね。

   庶民。でもこの番組は脱庶民的な番組にしていきたいわけよ。あなたわかる? あ

   ら、あなたわりと庶民顔ね。

千春  すごく失礼ですね。まあ、いいでしょう。他には……。調味料各種です。

荒縄  詳しい説明はしないの?

千春  要りません。もう面倒くさくなってきました。時間短縮です。

荒縄  まあ、いいわ。じゃあ、まずは野菜を切って。

   二人とも動かない。

千春  先生?

荒縄  どうしたの?

千春  切らないんですか?

荒縄  なんで?

千春  え?

荒縄  切りなさいよ。

千春  私がですか?

荒縄  当然でしょ?

千春  こういうのは大抵、先生が切り方の見本を見せるのが普通なんですけど。

荒縄  わたくし、普通って言うのが嫌いなんです。あなたなら失敗してもアシスタント

   ですから大丈夫よ。

千春  そういう問題ですか。

   千春、野菜を切る。

荒縄  じゃあ、切った野菜は容器に入れておいて。

千春  陽気に? どこにですか?

荒縄  そこにあるでしょ?

千春  これですね?

   千春、とても楽しそうに切った野菜を容器に入れる。

荒縄  何がそんなに楽しいのよ。

千春  陽気に入れろって言ったじゃないですか。

荒縄  陽気? 今のが陽気?

千春  違いますか?

荒縄  30点ね。陽気って言うのはこうするのよ。

   荒縄、不思議なテンションで容器に切った野菜を陽気に入れる。

千春  先生のは、妖気が出てますね。バケモノ! って感じがします。

荒縄  でしょ? さあ、次の手順を。

   千春、机の下から切った野菜の入った鍋を取り出す。

千春  はい。切った野菜がこちらに。このお鍋を火にかけます。

荒縄  ねぇ、お鍋に切った野菜が入ってるなら、野菜を切ることはなかったんじゃない?

千春  でも、本当に切らないとわかりませんよ。

荒縄  そんな馬鹿いないわよ。今度からは早く出しなさいよ。

千春  はーい。

   千春、ガス台に火をつけようとするが火がつかない。

千春  それでは、あれ?

荒縄  なあに?

千春  火がつかないんです。

荒縄  え? ちょっとどきなさい。

   荒縄がやっても火はつかない。

荒縄  おかしいわね。

千春  ですよね。

荒縄  壊れてるのかしら?

千春  こんなにぴかぴかなのに? 新しいセットなんですよ?

荒縄  壊れる時なんてあっけないもんよ。男と女みたいに。

千春  例えがわかりにくいです。

荒縄  あ、あれよ。

千春  どれですか?

荒縄  元栓が入ってないのよ。

千春  元栓?

荒縄  元栓も知らないの?

千春  それは知ってます。ガスの元栓ですよね?

荒縄  知ってるなら見てきなさいよ。

千春  あ、

荒縄  なあに?

   千春、机の下から鍋を取り出す。

千春  こちらに煮込んだものが。

荒縄  ちょっと、強引な技に出たわね。ちなみに、これ蒸かしただけのジャガイモよ。

千春  えへへ。テレビの向こうじゃわかんないかなって。

荒縄  まぁいいわ。それで行きましょう。それで、次はどうするの?

千春  はい?

荒縄  次はどうするの?

千春  それを言うのが先生の仕事じゃ?

荒縄  アシスタントなら手順くらい覚えてるでしょ? そんなことも出来ないのに上に

   登ろうなんてでかい口叩いてたの?

千春  ……そうですね。では続けましょうか。えっと、完成です。

荒縄  あら、それじゃあ、野菜を切っただけで出来ちゃうと思うんじゃないの?

千春  普通じゃありえませんね。良かったですね!

荒縄  あなたふざけてるの?

千春  いいえ。

荒縄  野菜を切って容器に入れただけで料理が出来るんなら、そんな楽なことないわよ。

千春  ですから、時間短縮です。

荒縄  どこの家庭に出来た物が下に置いてあるのよ。

千春  ……そこを否定しますか。確かにそんな家はありませんね。じゃあ、工程だけで

   も説明しましょうか?

荒縄  それがいいわね。

千春  切ったお肉をお鍋の中に入れます。

   千春、肉を切らずに入れようとする。

荒縄  ちょっとちょっと! 何してるのよ。

千春  鍋にお肉を。あ、切るんですよね。

荒縄  違うわよ! これは完成品よ! 完成品に入れてどうするのよ!

千春  あ、そうですよね。未完成に戻っちゃいますよね。

荒縄  そうよ。

千春  じゃあ、こっちに。

   千春、肉を切らずに切った野菜の入った鍋に入れる。

荒縄  切りなさいよ。

千春  はい?

荒縄  お肉を切りなさいよ。

千春  え? さっき違うって、

荒縄  それは完成品の鍋に入れるなってことよ。

千春  あー。何だそういうことですか。でもまぁ、いいんじゃないですか?

荒縄  何が?

千春  どうせ切っても切らなくても火がつかないんですもん。

荒縄  ……そうね。で、次は?

千春  えっと、お水と鶏がらスープの元を入れます。

   荒縄、辺りを見回す。

荒縄  お水は?

千春  え?

荒縄  どこ?

千春  あー。ここスタジオなんで水道ありませんね。

荒縄  じゃあ、汲んできなさいよ。

千春  えー。

荒縄  何よ?

千春  給湯室、下なんですよ。

荒縄  それが?

千春  あ、私お茶なら持ってます。

荒縄  は?

千春  それで行きましょう。

荒縄  お茶?

千春  お茶。

荒縄  熱いの?

千春  まさかぁ。ペットボトルですよ。水筒の方が良かったですか?

荒縄  そういうことを言ってるんじゃないの。火が使えないのよ、お湯じゃないとダメ

   でしょ。

千春  あぁ、そうか。困りましたね。

荒縄  もういいわ。私が行く。給湯室まで案内しなさい。

千春  それだと意味がないような。

荒縄  早くしなさい!

千春  先生!

荒縄  何よ!

千春  時間です。また来週!

荒縄  いやよ! またお嫁にいけなくなるじゃない!

千春  手遅れです。

   暗転。

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