荊の王子 第十一場

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荊の王子 第十一場

 

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第十一場

   石牢。

   王子が倒れている。ダリアが外から声をかける。

 

ダリア  大丈夫?

イバラ  ああ、大丈夫さ。

ダリア  あなた王子様なの?

イバラ  今はもう違うはずさ。

ダリア  どうして?

イバラ  父上に死んだと思ってくれるようにお願いしたからさ。

ダリア  ふうん、そう。

イバラ  君は?

ダリア  私? 私はダリア。森に住んでいたのよ。でも、今はカタツムリ。

イバラ  私はイバラ。もうじき死ぬただの人さ。

ダリア  どうして死ぬの?

イバラ  心臓を取り巻いている荊の棘が刺さるからさ。

ダリア  そう。

イバラ  私はバカだった。話をすればわかってもらえると思っていた。君はなぜカタツ

    ムリに?

ダリア  理由なんて無いわ。蛙の貴婦人にここまで連れてこられて、女王に会った途端

    にカタツムリになれって言われたのよ。

イバラ  滅茶苦茶だね。

ダリア  滅茶苦茶よ。ねえ、王子様、

イバラ  イバラでいいよ。もう王子じゃない。

ダリア  じゃあ、私はダリアって呼んで。カタツムリって呼ばれると気が滅入るわ。

イバラ  わかった。

ダリア  イバラ、死んだら人はどこに行くと思う?

イバラ  天国だといいな。

ダリア  そうよね。でも、ゴクロウさんは天国なんか無いって言うのよ。

イバラ  ゴクロウさんって?

ダリア  そこにある窓から顔を見せてくれたフクロウさん。苦労が多いから、ゴクロウ

    さんって呼ばれてるんですって。

イバラ  なかなか頓知が利いたフクロウだね。

ダリア  来たら話してみるといいわ。暇そうだったからまた来ると思うわ。

イバラ  ありがとう。

ダリア  私行くわね。足が遅いからご飯の支度しに行かないと。

 

   ダリア歩いていく。

 

イバラ  ダリア!

ダリア  なあに?

イバラ  ありがとう。君も元気を出して。

ダリア  ありがとう。気休めでも嬉しいわ。

 

   ダリア、歩いていく。

 

イバラ  父上、申し訳ございません。神よ。この声を聞いているならば、私に救いの道

    をお差し伸べ下さい。

 

   フクロウの鳴き声。

 

イバラ  いや、いつでも神は人を試しているのだ。耐えなければなるまい。

フクロウ 神様は人のことなんか見ていないかもしれないよ。神様も自分のことで手一杯

    なのだろうね。

イバラ  誰だ?

フクロウ フクロウさ。苦労だらけのフクロウ。古い馴染みはゴクロウと呼んでくれる。

    王子様、お困りかい?

イバラ  あなたがゴクロウさんか。

フクロウ おや、私のことをご存知か? 世の中は思いのほか狭いと見える。

イバラ  ダリアに聞きました。

フクロウ あのお嬢さんは元気かい?

イバラ  私にはわかりません。

フクロウ ホホゥ。なかなか興味深い答えだ。深く考えるのはいいことだが、考えすぎる

    とそこから離れることが出来なくなるよ。重要なのは思い付きだ。

イバラ  はい。気をつけます。

フクロウ いい返事だ。それでは話をしてあげよう。理想と現実。どちらの話が聞きたい?

イバラ  今は理想を。現実は辛すぎますから。

フクロウ それでも現実は常に付きまとう。理想は道しるべにはなるかもしれないが、現

    実には役に立たないかもしれない。それでも理想を聴きたいかい?

イバラ  はい。

フクロウ よかろう。理想はいくつかの枝分かれをしている。一番太い幹には女王。彼女

    を殺せば皆が救われるが誰も救われない。

イバラ  みんなが救われるのに誰も救われない?

フクロウ さよう。続けてもいいかな?

イバラ  あ、すみません。

フクロウ 呪われた人間にしか女王を倒すことは出来ないが、呪われているものには女王

    は倒すことは出来ない。囚われたものには手にすることは出来ないが、囚われて

    いないものは目の前にあっても気がつかない。そして、真実はけっして目に見え

    るものではない。私に言えることはそれだけだ。

イバラ  女王は倒せると? 殺さずに?

フクロウ 出来れば殺さずに倒して欲しい。そうすれば皆が救われて誰もが救われる。女

    王はアレでいて悪い人ではないのだよ。そうすべての原因は……、

イバラ  どうすればいいのですか?

フクロウ 囚われている君にはどうすることも出来ない。

イバラ  そうですね。

フクロウ 現実を聞くかい?

イバラ  それは理解しているつもりです。

フクロウ そうか。それでは失礼するよ。真夜中の散歩は思考が研ぎ澄まされるのでね。

    もっとも空を飛ぶわけだが……。

イバラ  さようなら。

フクロウ さようなら王子様。

 

   フクロウ去る。

 

イバラ  まずはここから出ろと言うことか。

 

   真っ白狼がこっそりやってくる。

 

真っ白狼 イバラ、生きてる?

イバラ  あぁ、シロかい?

真っ白狼 わん。これからどうするつもり?

イバラ  まずはここから出ないと。

真っ白狼 出てどうするの?

イバラ  女王の秘密を調べないと。

真っ白狼 秘密?

イバラ  そう、秘密。どうやって呪いをかけてるのかとか、弱点みたいなものを探さな

    いとね。

真っ白狼 あるのかなぁ。

イバラ  女王を殺したらみんなが救われても誰も救われない。

真っ白狼 何それ? 意味がわかんない。

イバラ  女王を殺さないで懲らしめることが出来れば、みんなの呪いが解ける。ってい

    うことなんだと思う。殺してしまえば呪いは解かれないっていう意味でもあるの

    かもな。

真っ白狼 パパもママも助かるの?

イバラ  絶対とは言えないけど希望はあると思う。

真っ白狼 僕、女王の秘密を調べるよ!

イバラ  じゃあ、見たものや聞いたものを残らず教えてくれるかい? どんなに小さな

    ことでもかまわないから。

真っ白狼 わん。任せて。大きなことも教えてあげるよ。

 

   真っ白狼、走り去っていく。ダリアとすれ違う。

 

ダリア  きゃ。

真っ白狼 失礼。

ダリア  可愛い子犬。

真っ白狼 子犬じゃない!

 

   真っ白狼走り去る。ダリア、王子の元にやってくる。

 

ダリア  イバラ、今、子犬がいたのよ。

イバラ  ああ、シロって言うんだ。あれでも真っ白狼なんだよ。

ダリア  まぁ、あれが真っ白狼? 鳴き声は聞いたことはあったけど、あんな子供だっ

    たなんて。

イバラ  両親共に毛皮にされてしまったんだ。

ダリア  かわいそうね。

イバラ  でも、まだ希望はあるんだ。

ダリア  希望?

イバラ  女王の秘密を調べるんだ。そうすれば呪いを解く方法がわかるかもしれない。

ダリア  本当?

イバラ  ここの鍵は誰が持ってるの?

ダリア  知らないわ。でも調べておくわ。

イバラ  ありがとう。

 

   威張りネズミがやってくる。

 

ネズミ  どけカタツムリ。

ダリア  なによ。

ネズミ  ふん。

イバラ  またお前か。

ネズミ  この威張りネズミ様に向かって、またお前かだと?

イバラ  何しに来た?

ネズミ  ふん。あの白い子犬はどこにいるか言え。

イバラ  そんなことを聞いてどうするつもりだ?

ネズミ  毛皮にしてやるのさ。

ダリア  そんなこと言って教えてもらえると思うの?

ネズミ  チュウ。今のは無しだ。子犬を見つけたら、いい子いい子してやるのさ。

イバラ  ここから出してくれたら教えてやるよ。

ネズミ  ふん。そんなことできるわけが無いだろうが。

ダリア  それもそうよね。

ネズミ  俺は鍵を持っていないんだからな! そもそも鍵は居眠り猫が持っているんだ

    から、この威張りネズミ様に取れるわけが無い。

ダリア  居眠り猫が鍵を持っているのね。

イバラ  じゃあ、教えない。

ネズミ  強がっていられるのも今のうちだぞ!

 

   威張りネズミ帰って行く。

 

ネズミ  どけ!

ダリア  ほんっとやな奴。

イバラ  居眠り猫からどうやって鍵を取るか考えないと。

ダリア  私にいい考えがあるわ。任せて。

イバラ  そう? わかった。

ダリア  あ!

イバラ  どうしたの?

ダリア  ご飯を運んでくるの忘れちゃったわ! 今、取ってくるわね!

イバラ  行ってらっしゃい。

 

   暗転。

 

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