荊の王子 第十場

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荊の王子 第十場

 

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第十場

   野バラの城。

   イバラと真っ白狼が待たされている。

 

真っ白狼 王子様だったの?

イバラ  今は違うよ。

真っ白狼 今は何?

イバラ  ただのイバラさ。

 

   傷だらけの威張りネズミがやってくる。

 

ネズミ  また会ったな。

イバラ  え?

ネズミ  威張りネズミ様だ!

イバラ  あぁ、どうしたのその怪我?

ネズミ  お前たちのせいだ!

真っ白狼 なんで?

ネズミ  縛られてたおかげで、居眠り猫のおもちゃにされた。

イバラ  じゃあ、私たちのせいじゃないじゃん。

真っ白狼 うん。

ネズミ  うるさい! お前たちのせいだ!

イバラ  それで、女王様にはいつ会えるんだい?

ネズミ  チュッチュッチュ。お前たちを女王様に合わせる気は無い。

真っ白狼 なんだと!

イバラ  じゃあ、会えるまでここに居座る。

ネズミ  何! それはちょっと困る。

 

   居眠り猫がやってきて、威張りネズミの後ろから肩を叩いて笑う。

 

居眠り猫 にゃむ。

ネズミ  ぎゃああああ!

 

   威張りネズミが驚いて逃げる。居眠り猫は適当に寝転がって居眠りを始める。

 

女王   まったくうるさいね。

 

   女王がやってくる。真っ白狼が飛びかかろうとするのを王子が抑える。

   席につく女王。本を取り出し、王子に興味がないようなそぶりを見せる。

 

女王   これはこれは野原の国の王子様。ご機嫌はいかが? その真っ白狼の毛皮は私

    にかい? なかなか良い心がけだこと。

真っ白狼 これはママだい! パパを返せ!

女王   おや、子犬までいたのかい。

真っ白狼 子犬じゃない!

女王   真っ白狼なら、お前も毛皮にしてやろうかねぇ?

真っ白狼 わん! (イバラの陰に隠れる)

イバラ  野バラの女王様お初にお目にかかります。野原の国の元王子イバラでございま

    す。

女王   ふふふ。急なお越し、先に使者でも遣せば宴の用意も出来たものを。元王子?

イバラ  王子を辞めてここに参りました。

 

   野バラの女王、大きく笑う。

 

女王   だから呪いを解けとなどと申すのではあるまいな? お前の父親があの野原の

    王である限りそれは許されぬ。

イバラ  女王様にお願いがございます。

女王   断る。

イバラ  この心臓の荊を消してください。

女王   断ると申したぞ。それにそれは呪いじゃ。解くのがお前の使命。いや、そなた

    の父の使命か。もうどちらでもよい。

イバラ  私には呪いを解く時間はもうありません。

女王   ならば荊の棘に刺されて死ね。そうすれば私の心は少しは救われるというもの

    だ。私の胸の痛みに比べれば、そんな痛みなど……。

イバラ  私が死ねば、野バラの国と野原の国は戦争になってしまいます。

女王   私は戦争など恐れぬ。恐れるのはお前たちの方じゃ。

イバラ  仰るとおり。私は戦争を恐れております。私の愛する大地が荒れ果て、人々が

    死んでいくのを許せるわけがありません。

女王   だが、それはお前が死んでからの話だ。関係なかろう。

イバラ  いいえ、私が生きていれば戦争は起こりません。

女王   それはお前の都合。戦争を起こしたくないのであれば生きておれば良い。痛み

    に耐えて生きている限りは戦争は起こるまい。お前の望み通りだ。

 

   居眠り猫顔を上げる。

 

居眠り猫 にゃむ。

女王   やっと来たか。

 

   ダリアがのろのろとやってくる。

 

女王   遅いぞ何をしていた!

ダリア  遅い? そんなこと言われる筋合いは無いわ! 女王様、あなたが私をカタツ

    ムリに変えたせいです! そんなに早く来させたければイタチにでもすればよか

    ったでしょ!

女王   私に口答えとはいい度胸だね。次にそんな大きな口を叩いたら鳥のえさにして

    やるからね!

ダリア  鳥のえさに変えたいなら、さっさとそう呪えばいいわ!

女王   ふん。出来るなら今すぐ口の聞けない貝に変えてやりたいところだけどね。同

    じ呪いは重ねられないのさ。変身の呪いを受けたお前は一生カタツムリのまま。

    だから、お前は生きたまま鳥のえさになるのよ。それが嫌ならお黙り! それと

    もそこの猫のように言葉を奪ってあげようかい? カタツムリはなんて鳴くんだ

    ろうねぇ?

 

   ダリア、歯を食いしばって我慢をする。

 

イバラ  女王様、お願いです。私の父をこれ以上苦しめないで下さい。

女王   お前の父親は、私の心を踏みにじったのだ。ならばこそ、お前が償うのが道理

    であろう。忘れもせぬあの痛み。心臓を氷の刃が深く貫き、凍てつく爪でこの心

    を引き裂いたのじゃ。お前の父は私の心をもてあそんだのじゃ。

イバラ  父はそんな人ではございません。

女王   うるさい! それ以上聞きたくも無い! 帰れ!

イバラ  ならば力ずくででも!

 

   イバラが剣に手をかけると女王が恐ろしい顔をして王子を睨みつける。

   女王が左手を本に、右手を上に挙げるとイバラの王子が胸を押さえて倒れこむ。

 

真っ白狼 どうしたの? イバラ、大丈夫?

イバラ  シロ、逃げるんだ。

真っ白狼 嫌だよ。あいつに噛み付いてやるんだ。

イバラ  ダメだ。君のパパだって敵わなかったんだぞ。しっかりと考えるんだ。

女王   近衛隊長! 近衛隊長!

真っ白狼 なんだよ自分だってやられてるくせに。

イバラ  君は私と違って元気だろう。だから、今は逃げておくれ。後で私を助けておく

    れ。

真っ白狼 もう! 人間って勝手だなぁ!

 

   真っ白狼、上手に走って逃げる。入れ替わりに威張りネズミが来る。ぶつかって毛

   皮(ママ)を落とす。

 

ネズミ  おわ、なんなんだ。

真っ白狼 あ、ママが!

イバラ  シロ! 行くんだ! 今は行くんだ!

真っ白狼 もう! 人間なんか大嫌いだ!

 

   真っ白狼走り去る。

 

ネズミ  お呼びでございますか女王様。

女王   こいつを牢にぶち込んでおきな。一人きりで苦しんで苦しんで苦しみぬいて死

    ぬところが見てみたいからね。もっとも、まだまだ死なないだろうけどね。

ネズミ  さすが女王様。かしこまりました。

 

   威張りネズミ、王子の下に歩み寄る。

 

ネズミ  いい気味だな。

 

   威張りネズミが拳を振り下ろすと王子は気絶する。

 

女王   そうじゃ、王子の面倒はカタツムリに見させよう。居眠り猫、蛙の貴婦人を呼

    べ。

ダリア  お断りよ!

女王   黙れ。鳥のえさになりたいのかい?

 

   居眠り猫、顔を上げる。

 

居眠り猫 にゃむ。

 

   女王、毛皮(ママ)を拾いに行く。居眠り猫去り、蛙の貴婦人を連れてくる。再び

   居眠りを再開する居眠り猫。

 

貴婦人  グワ、カタツムリをご覧になりまして女王様?

女王   見た。そこでお前に頼みがある。

貴婦人  グワ、何でございましょう?

女王   あのカタツムリをくれぬか?

貴婦人  グワ、なんと。……女王様のお頼みとあらばお断りする理由などございません。

    どうぞお好きになさってくださいまし。

女王   それを聞いて安心した。

貴婦人  グワ、お喜びいただけて何よりです。

ダリア  何を勝手なことを、

貴婦人  グワ、お黙り!

女王   ふふふ。いつまでその強気を保っていられるか楽しみじゃ。

ダリア  嫌な人。

女王   居眠り猫! カタツムリを案内して頂戴。

居眠り猫 にゃむ。

貴婦人  グワ、寝言はいいからきちんと返事をおし。

居眠り猫 にゃむ。

 

   暗転。

 

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