CLARISSA 第五場

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CLARISSA 第五場 

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第五場

   朝、アルモンド家の敷地内にある噴水に鎖で首輪をつながれた人魚。ぐ

   ったりとしている。

   ヨハンとクラリッサがやってくる。木の桶に魚を入れて持っている。

クラリッサ 本当にいたんだ。

ヨハン   何だよそれ。

クラリッサ だって、本物を見るのはじめてだもん。驚かないの?

ヨハン   驚いてるよ。

クラリッサ その割には感動が小さいのよねぇ。

ヨハン   おい、起きろ。生きてたら飯だぞ。

   人魚、顔を上げる。ヨハンはその様子をじっと見つめている。

人魚    そんなにじろじろ見るんじゃないわよ。

クラリッサ あ、何か思ってたのと違う。

人魚    なんだい。朝から魚なんか食べたくないよ。ウニとかアワビを持

     ってきておくれ。あー、頭が痛い。酒がいいわ。お酒頂戴。

クラリッサ 具合が悪そうね。

ヨハン   ここに置いておくよ。

人魚    そんな物より酒のほうが嬉しいね。今度来る時は酒をお願い。

クラリッサ イメージが崩れてくわね。

人魚    小娘、さっきからうるさいね。黙っていないと眉毛をフナ虫にす

     る呪いをかけるわよ。

クラリッサ 呪い! 何か内容はパッとしないけど、ぐっと来るわね。もっと

     他にないの?

人魚    なんだいこの子は。ちょっとお前、黙らせて。

ヨハン   無理。

人魚    何だよ。で、あんたら私をどうする気?

ヨハン   知るかよ。

クラリッサ 人魚さんはどこから来たの?

人魚    私の質問に答えないくせに自分の質問をぶつけてくるって、あん

     たは一体どういう神経をしているの!

クラリッサ 言葉わかるのかしら?

人魚    きちんとしゃべってるでしょ!

ヨハン   何で、こんなところにいるんだ?

人魚    知らないわよ。難破船にあったワインを5本くらい失敬して、岩

     場で飲んでたらいつの間にかこんなところに来てたのよ。あんた、

     本当にお酒持ってきてくれない?

クラリッサ ヨハンはね、人魚の子供なのよ。

人魚    お前がヨハン?

ヨハン   おい。クラリッサ、興奮しすぎて自分を見失ってるだろ?

人魚    へぇ。母親似でよかったわね。

ヨハン   え?

人魚    何よ?

ヨハン   母さんを知ってるの?

人魚    ……知らないわよ。普通、父親に似たらオスはみんな魚顔よ。人

     間の顔なら母親似でしょ? 常識よ! あんたふざけてるの?

クラリッサ あれ? 人魚はしゃべれないんじゃないの?

人魚    は? 何この子。

クラリッサ だって人魚姫の物語はそうだったわよ。あ、あれは人間の足にな

     る薬を飲んだからね。勘違い勘違い。

ヨハン   クラリッサ。少し深呼吸しろよ。

クラリッサ うん。(深呼吸)

人魚    なんだい。母親に会いたいのかい?

クラリッサ そうよ。

ヨハン   そんなことないよ。

人魚    そうかい。それは残念だったね。お前がメスだったらまだ望みは

     あったのに。

ヨハン   なんでさ。

人魚    メスだったら人魚になれるからさ。

クラリッサ 人魚になれるの?

人魚    ああ、もちろんさ。

クラリッサ 教えて! どうしたら人魚になれるの?

ヨハン   おい。

   ジョーイが下手からやってくる。

ジョーイ  やあ、来てたのかい。

ヨハン   ジョーイ。

ジョーイ  敷地の中では様をつけろ。よく来たねクラリッサ。

クラリッサ どうも。

ジョーイ  気に入ってくれたかな? 人魚だよ。ちょっと老けてるけど。

人魚    うるさい。

ヨハン   いつ海に戻すんだ? まだ酔ってるみたいだけど。

ジョーイ  戻す?

クラリッサ 戻すんでしょ?

ジョーイ  とんでもない。こいつは売り飛ばすのさ。

ヨハン   え?

クラリッサ どういうこと?

ジョーイ  漁師たちは殺せって騒いでる。海が荒れたのはこの人魚のせいだ

     って騒いでいるからね。

クラリッサ そんなの言いがかりじゃない。

人魚    酔っ払っていたから海が荒れたなんて口が裂けても言い出せない

     わね。

ヨハン   殺したりしたら、この海じゃ何も捕れなくなるぞ。わかってるの

     か? せっかくこの海にも人魚が戻って来たんじゃないか。

ジョーイ  ヨハン。誰に対して口をきいているかわかってるのか? 僕はも

     ちろんわかっているよ。人魚は殺さない。でも、それじゃあ漁師た

     ちは納得しない。だから売り飛ばす。平和的解決方法だろ?

ヨハン   今すぐ人魚を海に帰すんだ。

ジョーイ  お前、自分の身分って言うものがわかってないな。この僕に命令

     できるのは、ここでは国王陛下と父上くらいなんだぞ。

クラリッサ そんなの横暴よ。

ジョーイ  クラリッサ。心配しなくていいよ。君は僕の妻になれるんだ。君

     もこっち側の人間って事だ。だから、ヨハンに命令をしてもいいん

     だ。さあ、命じてごらん。黙れ! ってね。

クラリッサ あんたこそ黙れば。もういや。もう沢山。ヨハン、行きましょ。

ヨハン   ああ。

ジョーイ  君たちの家は誰の許可であそこに建っているのか知ってるかい? 

     父上が新しい物置小屋が欲しいといってうるさいんだ。僕が一生懸

     命反対をしなければ、あんな小屋あっという間に潰されちゃうんだ

     よ。

   クラリッサ、ジョーイをにらみつけ顔を背けてヨハンの手を引いて上手

   に去っていく。

ジョーイ  (舌打ち)どうせ君は僕のものになるんだ。

人魚    情けない男だね。

ジョーイ  うるさい! お前みたいなバケモノに説教されるほど僕は下等生

     物じゃない!

人魚    それはそれは失礼いたしました。高等生物様。

ジョーイ  ふん。今に見てろよ!

   ジョーイ、下手に去っていく。

人魚    人間っていつ見ても滑稽な生き物だわ。自分たちがこの世で一番

     の生き物だと思ってるところなんて何百年も変わらない。人間もミ

     ジンコも、人魚も魚も鯨もこの世界に住んでるただの生き物なのに

     ね。本当におかしくてたまらないわね。まぁ、食べ物も飲み物もこ

     っちの方が美味いけどね! 誰か酒を持ってこーい!

   暗転。

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