CLARISSA 第八場・第九場

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CLARISSA 第八場・第九場 

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第八場

   暗転幕前。

   真夜中の船着場。ヨハンが船出の準備をしている。

   そこへジョーイがやってくる。

ジョーイ  ヨハン。

   ヨハン、手を止めてジョーイに近づいていく。ヨハンの手には縄。

ヨハン   俺、出て行くよ。

ジョーイ  そうか。それは良かった。今から行くのか?

ヨハン   クラリッサを連れて行く。

ジョーイ  ダメだ。クラリッサは僕の妻だ。

ヨハン   ジョーイ。

ジョーイ  クラリッサは僕のものだ! お前には渡さない。

ヨハン   俺は、君ならクラリッサを幸せにできると思った。何よりも君に

     はお金があるからね。彼女が辛い思いをすることは無いと思ってた。

ジョーイ  当たり前だ。僕以外に彼女を幸せに出来る男はいない。だからお

     前一人で出て行け! 代わりに金貨をくれてやる。好きなだけくれ

     てやる。何枚だ? 200枚か? 300枚か? もっとか?

ヨハン   違うんだ。

ジョーイ  何?

ヨハン   ジョーイ、違うんだ。俺たちと君とでは住んでいる世界が違うん

     だよ。それに今更だけど気がついたんだ。

ジョーイ  住んでいる世界?

ヨハン   幸せの感じ方っていったほうがいいのかもな。君の幸せって何だ

     い?

ジョーイ  名誉さ。この町を大きくし、巨万の富を得て誰からも慕われるよ

     うになることさ。僕はそのために努力をしてきた。今もしている。

     町の平和を守り、困っている者にお金を貸し与え救いの手を差し伸

     べ導いてやる。これが僕の幸せだ。

ヨハン   そこにクラリッサは必要なのかい?

ジョーイ  当たり前だ! お前も言ったじゃないか。僕にはお金があるから

     クラリッサに辛い思いをさせないって。

ヨハン   お金は幸せの一端でしかない。それが欠けても不自由さは感じる

     けど、俺たちにとってお金は必ず必要なものじゃないんだ。

ジョーイ  馬鹿なことを言うな! お金が無ければ食べる物や着る物、住む

     ところにだって困るじゃないか! そんなのは奴隷と何も変わらな

     い! お前は僕のクラリッサを奴隷にしたいのか!

ヨハン   ジョーイ。どんなにお金があっても君にはクラリッサを幸せにす

     ることは出来ないんだ。

ジョーイ  何でだ! 僕ほどこの町のことを思い、クラリッサのことを思っ

     ている人間はいないはずだ!

ヨハン   君はいい人だ。でも、本当の優しさは持っていないんだよ。

ジョーイ  違う。お前の借金だって帳消しにしてやったのに、恩を仇で返し

     やがって!

ヨハン   俺は知ってるんだよ。

ジョーイ  何を。

ヨハン   困っている人にお金を貸して、君はその人間の事を奴隷にしてい

     るんだ。君はそうやって幸せを感じているんだよ。

   カルバスがヨハンの背後に静かに忍び寄ってくる。

   二人は手に持った獲物を振りかぶる。

ヨハン   君にはクラリッサを幸せにすることは出来ない。

ジョーイ  だからなんだよ。クラリッサはもう僕の物だ。

   カルバスの持った凶器がヨハンに振り下ろされる。

   暗転。

   明かりがつくとヨハンが縛られて座っている。

カルバス  なんか、すまねえな。

ヨハン   何が?

カルバス  俺も雇われの身だ。命令を聞かないわけには行かないんだ。

   カルバス、ヨハンの体を持っていた棒で殴りつける。

ヨハン   何するんだ!

カルバス  許してくれ。

   カルバス、なおもヨハンを棒で殴る。ヨハン懸命にそれをかわす。バッ

   チョがやってくる。

バッチョ  捕まえたか?

カルバス  そっちに回り込め。

   バッチョ、ヨハンに飛び掛る。

ヨハン   離せ!

バッチョ  死にたくなかったら、町を出ろ。

   暴れるヨハンの縄を解く。

カルバス  バッチョ。

バッチョ  いくらジョーイ様の命令だからって、人殺しなんか出来るか。

カルバス  そうだけどよ。

バッチョ  クラリッサだけがここにいればいい。そうだろ?

カルバス  そうだ。ヨハン、町を出て行ってくれ。

ヨハン   言われなくてもそのつもりさ。

バッチョ  行けよ。あっちに小船がある。(下手を指差す)

ヨハン   クラリッサを連れて来る。

   カルバス、上手へ去ろうとするヨハンの背中を殴りつける。ヨハンは倒

   れる。

カルバス  クラリッサのことはあきらめろ。ジョーイ様が幸せにしてくれる。

バッチョ  どうしても連れて行くって言うのなら、俺たちも覚悟を決める。

     頼む。ヨハン。クラリッサをあきらめてくれ。

ヨハン   嫌だ! クラリッサをこんな町において行くことなんて出来ない。

カルバス  そうか。

バッチョ  それじゃあ、仕方がないな。

カルバス  俺たちも心が痛いんだぜ。

バッチョ  あの船にはお前一人で乗ってくれ。

   カルバスとバッチョ、ヨハンに襲い掛かり暗転。

第9場

   暗転幕前。

   夜明け前の船着場。クラリッサが荷物を抱えてやってくる。

クラリッサ ここにもいない。すれ違ったのかしら? 家で待っていたほうが

     良かったのかしら。でも、ジョーイたちが来たら大変だものね。や

     っとこの町を出て行けるわ。新しい町でもヨハンと一緒なら絶対に

     乗り越えていけるわ。小さな港町でヨハンは漁師をして、私は市場

     で働くの。小さいけど大きな幸せ。あたしはもう人魚になりたいだ

     なんて言わない。人魚でいるよりも人間として生きて生きたいの。

     ヨハンが側にいればそれでいい。それにしても遅いわねぇ。まった

     く何してるのかしら。これからずっとこんな感じだったらどうしよ

     うかしら。世話が焼けるわね。あたしがいないとほんっとダメなん

     だから。あ、そうか。お父さんたちのお墓に挨拶をしてるのかもし

     れないわ。そっちに行ってみましょう。

   クラリッサ荷物を抱えて立ち去る。

   しばらく波の音が聞こえる。

   暗転。

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