たとえばこんな桃太郎 第十二場

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たとえばこんな桃太郎 第十二場

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第十二場

   浜辺

   お爺さんの墓とカメの墓の前。手を合わせている桃太郎の後ろに乙姫がやってくる。

   お墓の前にお札が置いてある。

乙姫   こんな所にお住まいなのですか?

桃太郎  ……ええ。

乙姫   こんな人里から離れた浜辺なんて、あなたには似合いませんわ。

桃太郎  爺さんたちが眠っているからね。離れるわけには行かないんだ。

乙姫   そうですか。でも、やっと決心をしてくださった。でしょう?

桃太郎  気持ちの整理がついたからね。

乙姫   そして、あたくしを呼んでくださった。

桃太郎  はい。

乙姫   嬉しいですわ。

桃太郎  俺も嬉しいです。

乙姫   では、参りましょうか?

桃太郎  爺さんに別れの挨拶をしてから……。

乙姫   ああ、そうですか。

   桃太郎手を合わせて目を瞑る。乙姫、もう一つの墓にも気がつく。

乙姫   こちらはどなたのお墓? お婆さんのかしら?

桃太郎  いいえ。

乙姫   あら? 一つはお爺様、もう一つは?

桃太郎  まぁ、友達のお墓です。

乙姫   お友達……。

桃太郎  そういえば、あなたの側にカメがいましたよね。俺を竜宮城へ連れて行ってく

    れたあのカメです。

乙姫   ええ、あのカメが何か? (不機嫌)

桃太郎  名前を言わずに死んでしまったんです。

乙姫   あら。カメの名前が知りたいのですか?

桃太郎  そのお墓に名前を書かないと。

乙姫   ああ、カメのお墓ですか。(喜ぶ)

桃太郎  名前がわかればもう思い残すこともない。

乙姫   なら簡単ですわ。あの子の名前はノリ子。つまらないことでお悩みだったので

    すね。

桃太郎  ノリ子……。

乙姫   どうです? 楽になりました?

桃太郎  はい。

乙姫   では、参りましょうか。

桃太郎  ええ。あぁ、そうだ。あなたも爺さんにお別れの挨拶を。

乙姫   そうですね。ノリ子も知らない仲じゃなかったんだし。

   桃太郎、手を合わせる乙姫の後ろで刀を抜く。

乙姫   思えばかわいそうな子。竜宮なんてところは向いてなかったのよ。

桃太郎  ノリ子を一人にはさせません。

乙姫   (お札に気がつく)お札、まだ残っていたんですね。

桃太郎  もう願い事が書いてあったので使えなかったんです。

乙姫   ああ、それで。これね、口に出して心から願わないとダメなのよ。本当は何も

    書かなくていいの。あたくしもよく間違えるものだから、他人様に渡すときもこ   

    うやって、おせっかいで書いてしまうんです。

桃太郎  え?

乙姫   でも、もう必要ありませんね。

桃太郎  その話、本当ですか?

乙姫   まだ振り下ろさないのですか? あたくしを斬るためにここに呼んだのでしょう?

桃太郎  ……。

乙姫   あなたの考えていることはわかるつもりです。あたくしが憎いのでしょう?好

    きにすればいいわ。その刀を振り下ろしてもいい。でも、いくらお札でも死んだ

    者は戻らないわ。

桃太郎  それでもいい。(刀を捨て、お札を手に取る)

乙姫   そう。後悔はしない? (立ち上がり向き合う)

桃太郎  後悔?

乙姫   私を殺さなかったこと。また同じようなことが起こるかも知れないわよ。

桃太郎  後悔はしない。

乙姫   ならいいわ。また会えるといいわね。じゃあね。

   桃太郎、去っていく乙姫を見送る。

桃太郎  さあ、(お札を掲げる)カメに、カメのノリ子に会いたい。ノリ子に会いたい!

   亡者たちが地べたを張ってやってくる。石を積んで遊び始める。

亡者A  仕事だ。

亡者B  何?

亡者A  人捜しだ。

亡者B  そんなの新入りにやらせろ。

亡者A  ダメ。こいつ使えない。

亡者C  ごめんなさい。

亡者B  誰?

亡者A  カメ。

亡者B  そこらへんにいるだろう。

亡者A  違う。ノリ子と言うカメ。

亡者B  面倒くさい。

亡者A  面倒くさい。

   亡者Cが積み石を崩してしまう。

亡者A  こいつ。

亡者B  こいつ。

   亡者Cを苛める亡者A、B。

桃太郎  やめろよ。

亡者B  何だお前?

亡者A  食っちまうぞ。

亡者B  食っちまおう。

亡者A  ダメだ。こいつ食えない。

亡者B  それよりこいつ。

亡者A  そうだこいつだ。

桃太郎  待てよ。かわいそうじゃないか。助けてやれよ。

亡者A  ただじゃ嫌だ。

亡者B  何かくれよ。

亡者A  そうだ。何かくれたらこいつやる。

桃太郎  何かって?

   亡者A、B相談をする。

亡者A  甲羅がいい。

亡者B  甲羅占いがしたい。

桃太郎  甲羅なんて……。

亡者A  その墓にある。

亡者B  甲羅くれよ。

桃太郎  ……カメ、ごめんな。わかったよ。やるよ。

亡者A  へへ、お前。

亡者B  いい奴。

   亡者A、B去っていく。Cは一人残る。二人の亡者を見送った後、亡者Cの絶って

   いたところには、ノリ子が立っている。

桃太郎  カメ? カメ!

カメ   もうカメじゃないんです。だって、甲羅がないんだもん。

お姉さん そして、二人はいつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし。

                           おしまい。

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たとえばこんな桃太郎