たとえばこんな桃太郎 第十一場

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たとえばこんな桃太郎 第十一場

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第十一場

   桃太郎の家

桃太郎  爺さん。やったよ。敵を取ったよ。これでゆっくり眠れるね。極楽でゆっくり

    してと楽しんでくれよ。

カメ   あぁ、あたしなんか今すごい幸せだわ!

桃太郎  なあカメ。君はまた海に戻るのかい?

カメ   え?

桃太郎  君さえよければ、しばらくここにいてくれないか? 爺さんがいなくなって話

    相手もいないんだ。

カメ   あたしはおじいさんの代わりなんですか?

桃太郎  え?

カメ   別に桃太郎さんは、側にいるのがあたしでなくてもかまわないんでしょ。犬で

    もサルでもキジでも拾ってくればいいんだわ。

桃太郎  何だよ急に。

カメ   お爺さんの代わりになる人なら、誰でもいいんでしょ!

桃太郎  違うんだ。ごめんよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。

カメ   あたしはしょせんカメ。どうせカメです!

桃太郎  そうじゃないって、俺だって桃から生まれたんだ。君よりまともじゃないよ。

カメ   あたし、そんなこと言ってません。まともじゃないなんて!

桃太郎  ごめん! うまく言葉が出てこないや。俺、他に知り合いもいないし、村人に

    は嫌われてるし、まともに話ができる奴なんかいないから……。

カメ   桃太郎さん。……ごめんなさい。あたしもそんなつもりじゃなかったんです。

    何か、こんなに思われているお爺さんがとてもうらやましくて……。あたし、行

    くところなんかないです。竜宮は追い出されてしまったし。

桃太郎  だから、君さえよければってことなんだけど。

カメ   桃太郎さん。

   そっと手が重なりそうになった瞬間、戸が激しく叩かれる。二人は離れる。

桃太郎  はい?

鶴子   ごめん下さい。

カメ   (すねてる)ごめんなんてありません。売り切れです。

桃太郎  どなたですか?

鶴子   旅の者です。道に迷って難儀しております。

桃太郎  はぁ。(戸をあける)

鶴子   あら? カメを飼ってらっしゃる?

桃太郎  違うよ。これは友達さ。

カメ   友達? あぁ、なんか素直に喜べない自分がいる。

鶴子   まあ、かわいそうなお方。人間のお友達がいないのね。あっはっは。

桃太郎  大きなお世話です。で、どこに行きたいの?

鶴子   さあ。

桃太郎  さあ?

鶴子   と、言いますのも私人捜しをしてましてね。

桃太郎  人捜し?

鶴子   はい。冬の雪山で罠に脚を挟まれてしまった時、とても心の優しいお爺様に助

    けていただいたのです。

桃太郎  へぇ~。

鶴子   元気になったので恩返しをしようと探しております。

カメ   いい人みたい。

桃太郎  こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ。

鶴子   まぁ、よろしいのかしら? 失礼します。

カメ   そのお爺さんってどんな人だったんですか?

鶴子   そうね。確か、釣竿と腰ミノ姿で……。

カメ   冬なのに?

鶴子   え?

カメ   雪山だったんでしょう?

鶴子   え、ええ。とても変わった方でした。とても元気で。

桃太郎  爺さんだ! うちの爺さんだ!

   カメと鶴子びっくりする。

桃太郎  それうちの爺さんだよ。絶対!

鶴子   そうですか! で、そのお爺様はどちらに?

桃太郎  それが……。

カメ   お亡くなりになったんです。

鶴子   まぁ、なんてこと。もっと、もっと早くに来るべきでした。そうしたら、ご恩

    をお返しできたのに。

カメ   あ、あたし、お茶入れます。

鶴子   お構いなく。あっそうだ。もし良かったらお爺様の代わりにあなたたちに恩返

    しをしていいかしら?

桃太郎  そんな、いいですよ。

鶴子   でも、それだと私の心は宙ぶらりん。このままじゃ、この胸の燃える炎が治ま

    らない。ならばいっそのことどこか燃えそうなボロイ民家に火をつけて、この思

    いを鎮めようかしら……? (チラ見)

桃太郎  わ、わかりました。でも、恩返しって何をするんですか?

カメ   お茶っ葉ないみたい。

桃太郎  あ、じゃあ、お茶を買ってきてもらえますか?

鶴子   すみませーん。私、買い物なんてしたことございませんの。

カメ   じゃあ、あたし行ってきます。

鶴子   そう? じゃあ、何かお菓子も買ってきて。やっすいのはダメよ。

カメ   (ムッとする)じゃあ、桃太郎さん行ってきます。

桃太郎  気をつけてね。

鶴子   話は変わりますが、お部屋を一つ貸していただけないかしら?

桃太郎  どうして?

鶴子   理由はお聞きにならないで。でも、きっと損はさせませんわ。

桃太郎  でも、

鶴子   どうか断らないで下さい。お願いします。

桃太郎  いいけど部屋がないんだよね。

鶴子   え?(見回す)

桃太郎  後ろ向いていればいい?

鶴子   ……絶対に見ないって約束してくれます?

桃太郎  いいよ。

鶴子   見たらとんでもないことになりますよ。

桃太郎  わかった。(互いに背中を向ける)

鶴子   では……(懐から出刃を取り出しヒゲをそり始める)ジョリジョリ。ジョリジ

    ョリ。

桃太郎  何の音だろう。ああ、気になる。気になる。うおおおお! かゆくなってきた。

    見たい見たい。見たくてたまらない。見ちゃえ。あ!

鶴子   ジョリジョリ。あ? あっ! 見てしまったのね!

桃太郎  悪い悪い。何してんの?

鶴子   あんたを悩殺するセクシービームを出すのに邪魔なヒゲを処理してたのよ。

桃太郎  悩殺? セクシービーム? あんた男だよね?

鶴子   お黙り。

桃太郎  誰だってわかるよね。声だって太いし。

鶴子   あんた嫌いよ。(投げキッス)

桃太郎  うお! なんだ? この背中を走る悪寒は! あれ? 体が動かない。

鶴子   うふふ。そうよ。これぞオカマ流妖術金縛りの術! 人呼んでオカマの鶴子と

    は私のことよ!!!!

桃太郎  こんなことをして、どうするつもりだ!

鶴子   どうしようかしら。スズメの若殿の敵討ちとは言え、こんな若い男を殺してし

    まうのはもったいないし。モッタイナイ! モッタイナイ! 世界の合言葉よ。

桃太郎  うわ、気持ちが悪い。よらないで。

鶴子   失礼ね。でも、これで若殿も浮かばれるってもんね。さて、最後に何か言い残

    す言葉はない?

桃太郎  こんな変態の手にかかって死ぬなんて浮かばれないよ。

鶴子   変態じゃないわ。これでもきちんとしたオカマなんだから。

桃太郎  何だよきちんとしたオカマって。

鶴子   まぁ、いいわ。カメが帰ってくる前にあなたを始末するわ。さあ、覚悟はいい

    わね?

桃太郎  ちょっと待って。漏れそうなんだ。便所に行かせてよ。

鶴子   そんな馬鹿なこと出来るわけないでしょ。

桃太郎  カメなら大丈夫だよ。隣町まで大分あるしさ。

鶴子   じゃあ、早く行きなさい。急いで。

桃太郎  変な術といてよ。動けないもん。

鶴子   え? 仕方がないわね。腰を縄で縛るわよ。(桃太郎の腰を縛る)

桃太郎  気持ちが悪い。触らないで。

鶴子   うるさいわね。刀はこっちにあるから大丈夫ね。(術を解く儀式)うっふーん。

桃太郎  おお、動ける動ける。

鶴子   早くしてよね。

   桃太郎、外のかわやに向かう。

桃太郎  わかったよ。へへっ。こんな時こそ願いの叶うお札の出番だ! (包みを開く

    お札を見て唖然)あれ? もう何か書いてある。

桃太郎  一枚目、乙姫様の顔写真が欲しい? 二枚目、乙姫様とラブラブデートがした

    い? 三枚目、乙姫様と幸せな結婚をする。悪夢だ。全部願い事が書いてあるじ

    ゃないか。ひょっとして、絶望的状況かなぁ。

鶴子   もういい?

桃太郎  待って、まだ少し。

鶴子   仕方が無い奴。水分と食物繊維を取らないからよ。あぁ、なんだかちょっと眠

    くなっちゃった。早くしてよね。

   鶴子、そのまま横になっていびきを書き始める。おっさんそのものである。カメが

   静かに忍び込んで刀を取り返し、桃太郎に届ける。

カメ   桃太郎さん。これを。

桃太郎  あ、カメ。お前、戻ったのかい。

カメ   何か怪しいと思って引き返してきました。

桃太郎  ああ、そうか。ありがとう。

カメ   もったいないお言葉です。

桃太郎  さあ、危ないから下がっておいで。(縄を切る)

カメ   はい!

鶴子   あれ? よだれが。あっ、しまった!

桃太郎  これで五分だな。

鶴子   それはどうかしらね? えい!(投げキッス)

桃太郎  (避ける)ちくしょうこれじゃあ、近づけない。

カメ   ここはあたしが! あの術は女のあたしには効かないんです。

鶴子   カメの癖に生意気な! この何でも貫くオカマの出刃の餌食にしてやるわ!

桃太郎  カメ! やめるんだ逃げるんだ!

カメ   あたしだって、役に立ってみせる!

鶴子   遅いわ! やっぱりカメね!

   オカマの出刃がカメを刺し貫く。

カメ   あぁ、桃太郎さん。

桃太郎  あぁ、カメ! カメ!

鶴子   ふふふ、次はお前の番よ。あれ? 出刃が抜けない。ちょっと、放しなさい。

    この出刃高いんだからね! 放しなさいよ!

桃太郎  カメの敵だ! (斬る)

鶴子   うぐっふ。いってぇ! あぁ、スズメの若……。ごめんなさいね。いま、いぐ

    わああああ。(倒れながら去っていく)

桃太郎  カメ!

カメ   桃太郎さん。

桃太郎  カメ……。

カメ   いいんです。しょせんカメと人は結ばれない運命なのです。でも、あたしは満

    足です。こうやってあなたの顔を見ながら死んでいけるのですから……。

桃太郎  あぁ、なぜ? 何でこんなことに? 何であんなことをしたんだ。なんで?

カメ   乙姫様にあなたを渡したくなかった。でも、後悔はしていません。桃太郎さん

    ……?

桃太郎  何だ?

カメ   どうかお気をつけ下さい。

桃太郎  何に?

カメ   スズメの若殿は乙姫様のご友人。あたしは乙姫様から嫌われておりました。桃

    太郎さんとあたしが仲良くするのが許せなかったのでしょう。あたしは怖かった。

    乙姫様に嫌われるのが怖くていつも顔色を伺っていた。竜宮を追い出されたら行

    くところがなかったの。離れて生きるのが怖くて、何もできなかった……。

桃太郎  いいじゃないか。嫌われていたって。君なら、一人でも立派に生きていけたの

    に。

カメ   一人で。……海を一人で生きていくのは大変なんですよ。あなたには、わから

    ないでしょう?

桃太郎  そんなことないよ。人間の中だって大変だもの。

カメ   そうですね。本当に……。

桃太郎  カメ、しっかりしろよ。ここで暮らすんだろう?

カメ   最後にあたしの名前を呼んでください。カメなんて沢山いるもの。そうしたら

    元気になれそうな気がします。ね、桃太郎さん……。

桃太郎  最後なんて言うなよ。

カメ   桃太郎さん、名前を……。聞こえないよ……。

桃太郎  わかったよ。名前は? 名前はなんて言うんだい?

カメ   ……。

桃太郎  カメ? カメ、返事をしろよ。返事をしろってば! 何で黙ってるんだよ! 返

    事をしろよ……。返事……。

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