フェイムルの移動図書館 第9場

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フェイムル移動図書館 第9場

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第9場

◇木こりの家

   母親とリトが食事の支度をしている。リトは無意識にお皿を四枚並べてしまう。

母    並べすぎよ。うちは三人家族なんだから。

リト   あ、ごめんなさい。そうよね。

母    どうしたの? 風邪でも引いた?

リト   ううん。元気よ。

母    そう? 何か悩みがあったら言いなさいね。

リト   悩みなんてないわ。お願い事ならあるけど。

母    なあに?

リト   あたし、お兄ちゃんがいればよかったなって思うのよ。

母    どうして?

リト   だって、友達のお兄ちゃんはとっても優しいのよ。

   父が帰ってくる。手には本を持っている。

リト   お帰りなさい! ねえ、お父さん。あたし、お兄ちゃんがほしい。

父    あはは、それは難しい話だなぁ。魔女にでもお願いするかな?

母    魔女なんておとぎ話の中だけの話でしょ? さあ、ご飯にするわよ。座って座

    って。

リト   はぁい。

父    今日はリトにお土産だよ。

母    まぁ、また本なの? 部屋が本で埋まっちゃうじゃない。

リト   いいのいいの。森の中の小さな図書館にするんだから。

父    ほら、こんなに喜んでるじゃないか。

母    それで、私には?

父    え?

母    ないの?

父    えーと……。

母    冗談よ。なんだか今日は暑いわね。

父    そうか? 熱でもあるんじゃないのか?

母    疲れてるのかしら。

リト   早速メルテルに教えてあげなくちゃ。

父    メルテル?

母    この子ったら、本のリストに名前をつけてるのよ。変な子なんだから。

リト   だって、本のリストって名前の本じゃ、なんだかかわいそうでしょ?

父    じゃあ、続きは食事が終わってからだ。

   夕食が終わり静かな曲とともに暗くなっていく。

   夜が訪れ、月明かりがリトを照らす。

   リトが外を眺めている。

リト   どうしてかしら。なんだか心がすっきりしないわ。

   外から魔女たちが見ている。

ミヒナ  ちょっと、あんまりじゃないかい。

マチョード こんな終わり方なんてあまりにもあの子がかわいそうだよ。

マーガレット そうよ。

アデリン 私は約束を守ったよ。

ミヒナ  約束は守るだけじゃだめよ。心をこめなきゃね。

マチョード ことの始まりは、アデリン。お前のせいじゃないの。

アデリン 人間の欲望が強すぎた結果よ。あたしのせいじゃないわ。それに今更どうにも

    ならないよ。

マーガレット 一人じゃね。でも、私たち四人なら出来るわ。

マチョード 姉妹が力を合わせるのよ。

ミヒナ そうすればどんな奇跡だって起こせるわ。

アデリン 無理よ。時間を戻すことが出来ても、世界が滅びてしまうわ。

マーガレット 人生はやり直せないからこそ素晴らしいものだけど。

アデリン そうさ、だからこのままがいいのさ。

ミヒナ  人の命は一つしかないからかけがえがない。

アデリン そうさ、だからこそあの子の存在を代償にした。

マチョード 私たちは、物語で人生を学ぶ。

アデリン けれど人は過ちを繰り返す。何も学びはしない。

マーガレット 過ちがなければ、物語は生まれない。

マチョード 誰かの代わりなんて誰にも出来ない。

ミヒナ  この世の中に欠けても良い人なんて一人もいない。

マチョード それだけ人は掛け替えのないものなのよ。

アデリン 人間が特別な存在だって言うのかい?

マーガレット いいえ、全てが特別な存在。人も草も木も、動物も全てが。

ミヒナ  さあ、心をこめて。

マーガレット 力を合わせて。

マチョード 願わくば次こそは幸せな時が刻めますように!

アデリン まったく。ばかげてるわ。

マーガレット もう! 文句は言わないの。

アデリン はいはい。

   薬のビンが淡く光り始める。

リト これ、何かしら?

   薬のビンが開くと、きらめく風に乗って思い出があふれ出てくる。

   はじめは子猫たちが風に乗ってやってくる。

歌『猫たちの歌』

マタタビ山に朝日が昇る

 大人たちは今日も向かう

 毎日ごろごろ いつでもごろごろ

 お昼になっても降りてこない

 僕たち子供はお腹をすかせ

 みんなで鳴いても届かない

 魔女が本を山に置いたから

 マタタビ山に夕日が沈む

 大人たちは戻らない

 雨でもごろごろ 風でもごろごろ

 朝になっても降りてこない

 僕たち子供はお腹をすかせ

 ニャーゴロニャーゴロ

 お腹も泣き出す悲しい始末」

   大人の猫たちもやってきて一緒に歌う。

歌『勇気がなくちゃつまらない』

 勇気がなくちゃつまらない

 意地を張ってる人生なんて

 カツオ節のないご飯みたい

 自分に出来ないことは

 無理せず素直に頭を下げてお願いします

 この借りは自分で出来ることで返せばいい

 運命なんて蹴飛ばして

 嘘っぱちの不幸を笑っちゃおう

 運命なんて蹴飛ばして

 楽しい毎日送りましょ!」

   政治家たちの笑い声が、ビンの中から聞こえてくると、猫たちは散り散りになって

   逃げていく。代わりに政治家たちが、偉そうに出て来る。

歌『俺が一番偉い歌』

 俺が偉い理由を聞きたいか?

 俺はこの町で一番多くの人に選ばれた人間だから

 俺が一番偉いんだ

 私が偉い理由を聞きたいか?

 私がこの町で一番多くの人に教えた人間だから

 私が一番偉いんだ

 ワシが偉い理由を聞きたいか?

 ワシがこの町で一番多くの人に金を貸した人間だから

 ワシが一番偉いんだ」

   ボッとビンの口から火が噴出すと、リトはびっくりして離れる。

   火炎三兄弟が政治家たちのお尻に火をつけるように蹴り飛ばしながら、政治家たち

   を追い出してしまう。

火兄   火傷したくなけりゃ、下がってな!

炎A   ぬるいぜ!

炎B   燃えるぜ!

歌『燃やせ! 命のある限り』

 燃やせ! 燃やせ! 命がある限り!

 それが生きてる証だぜ! 力の限り風を集めて

 命の限り燃え上がれ!

 燃やせ! 燃やせ! 魂を拳にこめて!

 ぬるい人生なんてごめんだぜ

 人の熱を奪うような

 そんなぬるい燃え方はするんじゃねぇ

 人に熱を伝えるような

 本気の燃え方を見せてやれ!

 燃やせ! 燃やせ! 命がある限り!

 燃やせ! 燃やせ! 魂を拳にこめて!」

   火炎三兄弟が消え、アデリンが出てくる。

歌『魔女の歌』

「一番上の姉は 北の魔女 犬が大嫌い

 犬から逃げるために 私の目を持ってた

 姿を見るのも 名前を聞くだけでも 寒気がする

 声を聞いただけで魔法を忘れちまう

 二番目の姉は 西の魔女 お酒が好き

 お酒の匂いをかぐために 私の鼻を持ってった

 誰彼かまわず 意地悪ななぞをかけて 困らせる

 答えられないものをお酒に変える

 一番下の妹は 南の魔女 いつも自分に自信がない

 言葉で自分をごまかしたいから 私の口を持ってった

 誉められたら上機嫌で 魔法を使うのも 忘れちまう

 すぐに嘘だと思うから お前を魚に変えるだろう

 数々の本の名前の書かれた本がお前たちを導く

 暗い闇の果てまでも 絶望のふちまでも

 旅の終わりに悲劇が待っていても

 歩むことをやめることは出来ない

 生きることは辛くても

 幸せを感じられるのは生きているときだけ」

   マチョードが出てくる。

歌『酔いどれ、どれどれの歌』

「酔いどれ? どれどれ? 見てみよう聞いてみよう

 誰が一番偉いのか

 偉くないやつは 全員酒に変えちまおう

 私は嘘つきが大嫌いだから

 だけど真実を話すものには褒美を上げるよ

 望みの願いを叶えてやろう

 さあ答えておくれ 誰が一番偉いのか」

   ミヒナが出てくる。

歌『魔女の歌』

「あいつが憎くて仕方がない

 あいつが怖くて仕方がない

 声を聞くだけでふつふつと 心の底に沸き上がる

 怒りと恐怖に震えるの

 だから変わりにこいつらを 虐めて虐めて紛らわす

 あいつが憎くて仕方がない

 あいつが怖くて仕方がない」

   マーガレットが出てくる。

歌『孤独の毒』

「一人は寂しいもの

 誰がそんなことを決めたの

 一人は切ないもの

 誰がそんなことを決めたの

 世界を一周してごらん

 一番遠いのは 隣にいる人なのに

 どうして 他人といたがるのかしら

 孤独の毒は 一人きりのときには生まれない

 孤独の毒は 人といて生まれるもの

 最初から 一人なら

 孤独なんて感じない」

   母親が出てくると魔女たちは暗がりに隠れます。

母    まだ起きていたの? あんまり夜更かしすると、お父さんのお手伝いが出来な

    くなるわよ。

リト   お父さんのお手伝い?

母    森の奥に行って、木を切ってくるんでしょう? あんなに楽しみにしてたじゃ

    ないの。

リト   私はいつも……。いつも、何だったかしら。

母    こっちにいらっしゃい。

歌『母の歌』

「さぁ目を閉じて

 心に描くあなたの夢は

 大きくなっていつか旅立つの

 広い広い世界の空は

 行けば行くほど

 無限の可能性を

 あなたにしめしてくれる

 出来ないことを忘れないで

 いつか夢につまづいた時

 それを思い出せれば

 また飛び立てる

 あの青い空へ

 どうか大人にならないで

 かわいい私の子ども達

 どうかその夢を離さないで

 悲しいことが起こっても」

   暗くなってもビンのきらめく光は消えない。。

   暗がりの中に、マイオが立っている。

リト   誰? 誰かそこにいるの?

   マイオが歌う。

歌『たとえ遠くても』

「目を閉じれば思い出せる どんなときでも

 楽しかったことや つらく悲しかったことも

 みんなで過ごした時間が 色あせても

 あの頃の思いは 決して消えない

 たとえ遠くても 届かぬ思いはないから

 僕はきっといつまでも思い続ける

 懐かしい記憶を 懐かしい家族を

 たとえ遠くても 届かぬ思いはないから

 僕はきっといつまでも笑い続ける

 嬉しい時間を 君の笑顔を

 思い出して」

リト   私、知ってるわ。

   リトは、何かを思い出しかける。

リト   そうよ!

   リトは旅を思い出し、外(客席)へ駆け出す。暗転幕が下がる。

歌『ズンズンの歌』

   リトは、森の中を疾走していく。

リト   思い出したわ! あたし思い出した!

   森が切れ、草原に出るリト。

   草原が徐々に明るくなっていく。

   草原の中の小道に小さな人影が見え、それが森に向かって歩いてくる。

リト   あたしにはお兄ちゃんがいたのよ!

   森の木々の上(暗転幕前)から、魔女四姉妹が見守っている。

アデリン 無くしたものは二度とは手に入らない。

マチョード だから大切にしなきゃいけない。

アデリン まったく物好きだね。身代わりになってやるなんて。

マチョード あんたもでしょ。見守りましょう。

ミヒナ お前たちが歩んだ道を決して忘れないように。

マーガレット すぐそばの誰かのことを大切にしてね。

   魔女たちが朝の光と共に消えていく。

   そして、草原に朝がやってくる。

   マイオが草原の中の小道を薬を買って帰って来る。(リトと逆サイド)

マイオ  リト! ただいま! 薬もらって来たよ!

   駆け寄ってマイオに抱きつくリト。マイオが手に薬以外にも物を持っていることに

   気がつく。

リト   お兄ちゃん! そっちはなあに?

マイオ  お医者さんがくれたんだ。妹と一緒に読みなさいって。

リト   フェイムル移動図書館? 移動図書館! あの兄弟の本?

マイオ  知ってるの?

   リトは笑顔で首を横に振る。

リト   全然! ね、早く帰りましょう! 早く読みたいわ!

マイオ  まったく、いつにも増して変だなぁ。転ぶなよ!

   森の中を駆けていく兄妹。

◇木こりの家

     

   父と母が出てきてマイオとリトを優しくを迎える。たどり着くなり本を広げるリト。

   リトが声をかけて4人で本を読み始める。

                                       幕

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