フェイムルの移動図書館 第8場

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フェイムル移動図書館 第8場

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第8場

◇木こりの家

   扉を開けて帰ってくる兄妹、家の中は空気が重い。

   椅子に腰掛け、父親がうなだれていて、母親の姿はどこにも見えない。

リト   ただいまお父さん! 今帰ったわ。

   父親、力なく兄妹に顔を向ける。

マイオ  父さん?

リト   お母さんは? お母さんはどこ?

   父親は、ゆっくりと首を振る。

父    母さんは死んでしまった。

マイオ  え?

リト   なんて言ったのお父さん? お母さんは? 見て、これお薬よ!

   父親は顔を両手で抑えて伏してしまう。

父    遅かったんだ。

リト   そんな、お薬をもらって来たのに。

マイオ  なんで? いつさ。

父    お前たちが森に向かってすぐのことだった。具合が悪くなって、私が医者を呼

    びに行っている間に……。

リト   嫌よ! そんなのあんまりだわ!

   リト、外に飛び出す。

マイオ  おい、待てよ!

   マイオ、薬を置いて妹を追いかける。

   暗転。

◇東の魔女アデリンの森(暗転幕前)

   森の中をリトが駆けていく。それをマイオが追いかける。

   リトとマイオ客席を走り回る。

マイオ  待てよ! どこに行くんだよ。

リト   あの魔女ならきっと何とかできるわ! だからお願いをしにいくのよ!

マイオ  無理だよ! 薬だって間に合わなかったじゃないか!

リト   それはお兄ちゃんのせいよ! お兄ちゃんが世界を救おうだなんて言わなけれ

    ば、間に合ってたのよ! 素直に送ってもらってれば、お母さんは死ななかった

    のよ!

   マイオの足が一瞬、遅くなるが、リトを見失わないように再び駆け出す。

   そうこうしている間に森の様子が変わりあたりが暗くなっていく。

リト   魔女さん! アデリン! お願いよ! 出てきて頂戴。

   アデリンはすぐに現れる。

アデリン どうしたんだい? そんなに大きな声を出さなくたって聞こえてるよ。

リト   お願いがあるの。

アデリン 母親のことだね?

リト   大丈夫って言ったのに、間に合わなかった。

アデリン 当然さ。羽根を燃やしてしまったからね。あれでは魔法の効果がなくなっちま

    うよ。

リト   そんな。

アデリン 残念だけどね。

マイオ  ああするしかなかったんだ。

アデリン あぁ、世界を救うためには正しい選択だっだね。お前さんは良くやったよ。

リト   お願いよ。お母さんを助けて。

アデリン それは出来ないね。死んだ人間は生き返らない。でもねぇ。

リト でも?

アデリン お前たちには助けてもらったからね。願いを1つ聞いてやらないこともない。

    それでも死んだ人間は生き返らない。もしも、生き返ることが出来るなら、それ

    は破滅の本が書き終わり、この世界が終わってしまう。そのどちらかを選べるか

    い? 死んだ人間が生き返るには、それだけの犠牲が必要なんだよ。

リト   そんな。それじゃあ、お母さんはまた死んじゃうじゃない。

   リト、力なく魔女の森から出て行く。

   マイオは落ち込んでいるリトの後を歩く。

リト   ひどいよ。お母さんがかわいそうだよ。

マイオ  うん。

リト   助かるって言ってたのに!

マイオ  ごめん。ごめんな。

   マイオ、魔女の森を振り返る。アデリンが二人を見つめている。

マイオ  リト、ここで待っててくれないか?

リト   ……何?

マイオ  ごめんな、すぐ戻るよ。

   リトは立ち止まり、魔女の森にかけていくマイオを見送る。

   アデリンはマイオのことを待っている。

アデリン 戻ってくると思っていたよ。

マイオ  お願いします。世界がこのままで、母さんが生きている方法だってあるんでし

    ょ?

アデリン ないこともない。

マイオ  じゃあ、お願いします。

   アデリン、大きなため息をつく。

アデリン 死んだ者は生き返らない。魔女の力を持っても、変えられない現実さ。

マイオ  そんな……。

アデリン さっきも少し話したと思うけど、犠牲があれば別の選択が出来るかもしれない。

マイオ  選択?

アデリン そうさ。選択さ。

マイオ  犠牲を払えば、母さんは生き返るの?

アデリン 死んでいないことになるのさ。

マイオ  なんでもいい。お願いします!

アデリン ふむ。……でもね。その代わりお前が消えるんだ。お前の命を捧げろと言う事

    じゃないよ。お前の存在が消えるんだ。

マイオ 存在?

アデリン そう、つまり誰もお前のことを覚えている者はいなくなり、お前というものは

    何の価値もなくなる。そうしてやっと均衡が保たれるのさ。それでもいいのかい? 

    孤独だよ。お前はずっと誰にも気がつかれないんだからね。

マイオ  ……いいよ。妹には僕よりも母さんが必要なんだから。

アデリン そうかい? この世の中に欠けてもいい人間なんて、いるものかね? まあい

    い。じゃあ、はじめようかね。

   暗転。

   暗闇の中に浮かぶアデリンとマイオの姿が見える。

   アデリン、呪文を唱え始める。

アデリン スカランスカ、テプトリプト、ヘカテスヘカテー

   マイオが歌う。

歌『たとえ遠くても』

「目を閉じれば思い出せる どんなときでも

 楽しかったことや つらく悲しかったことも

 みんなで過ごした時間が 色あせても

 あの頃の思いは 決して消えない

 たとえ遠くても 届かぬ思いはないから

 僕はきっといつまでも思い続ける

 懐かしい記憶を 懐かしい家族を

 たとえ遠くても 届かぬ思いはないから

 僕はきっといつまでも笑い続ける

 嬉しい時間を 君の笑顔を

 思い出して」

◇森の中

   マイオのそばに母親が立っている。そこにアデリンの姿はない。

マイオ  母さん。

母    あら? やだ、ここはどこかしら? 早く帰ってご飯の支度をしないと。

   森をかけていく母親をリトが見つける。感動もなく、日常的な雰囲気。

リト   お母さん。遅いよ、何してたの?

母    ごめんなさいね。すぐ帰りましょう。

リト   何してたのよ?

母    わからないわ。何をしてたのかしら。

リト   変なお母さんね。熱でもあるんじゃない?

   リトは何気なく森の奥が気にする。

母    もう、この子ったら。行くわよ。

リト   はあい。

   駆け去る二人をマイオはじっと見つめる。

マイオ  これで、これでいいんだ。

   マイオは暗闇の中に去っていく。

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