よどみの里 第十三場

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よどみの里 第十三場 

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第十三場

   祠前。

   村人たちがやってくる。スミも婆に連れられてやってくる。

婆   心構えは良いか?

スミ  おとうのことを頼みます。

婆   心配するでない。

吾朗太 うわあああああああ!

   そこに吾朗太が棒を振り回しながら突っ込んでくる。

   スミの手を取り、その場を離れようとするがその瞬間に男1が棒を叩き落し、男た

   ちに押さえ込まれる。スミは女たちに隠される。

婆   吾朗太! 何をするか! 気でも狂ったか!

吾朗太 狂っているのはお前たちだ! 娘を二人も殺される親の気持ちがお前たちにわか

   るか!

   吾朗太に気を取られている間に、僧が緑の布を持って祠の中に入っていく。

   ちなみに祠の中の石に札を貼るのも僧の仕事。

吾朗太 お前たちこそ化け物だ! 人間のフリをした妖怪だ! 自分の楽しみのために他

   人を虐げて、それで喜びを感じているのだ! お前たちにこそ、不幸が降りかかれ

   ばいいのだ! 碧神に食われてしまえばいいのだ!

婆   なぜわからんのだ! わしらのこの苦しみが! この村を豊かで平和なものにす

   るために心を痛めておるのに!

   与一が姿を現す。

与一  嘘だ! お婆様は知っていたはずだ!

婆   与一! 

与一  あんたは長七を騙して俺を殺そうとした。そうまでして守りたいものは何だ?

婆   この村の繁栄じゃ。それ以外には無い!

与一  じゃあ、何で道が変わったことを誰にも言わなかったんだ。

男1  道?

女1  何のこと?

与一  都で橘の君と言う方にお会いした。

男2  それがどうした。

女2  何の関係があるのよ。

与一  婆様は知っておるだろう。橘様はこの村の者に碧を祭る方法を教えたお方じゃ。

男3  碧神様はきちんと祭られておるわ!

女3  これ以上邪魔をするな!

与一  いいや、橘様のお話では碧は人の命を取ることなく、ひっそりと祭られるはずで

   あったそうだ。それが誰かが道を変えたために七年に一度、年頃の娘を生贄にする

   ようになった。いったい誰だ!! お婆、そんな道を示したのは誰だ! それはい

   ったい誰なんだ?

婆   知らぬ。しかし、道がそのように決まっておるのなら、その道を行くしかなかろ

   う。永遠にこの村を栄えさせるためには、この道を行くしかなかろう! 邪魔をす

   るな! お前たち、与一を捕まえよ! 与一ももうじき碧神様の親族ではなくなる

   わ! 碧神様も大目に見てくださる!

   男1と男2が与一に向かっていく。

   突然、祠の中からお経が聞こえてくる。それに似たうなり声でも良い。

   不安そうに顔を見合わせる村人たち。

男たち なんだ?

女たち なんなの?

   与一が祠の入り口を指差す。そこには緑の衣で全身を隠した僧が立っている。

与一  碧だ! 碧が蘇ったぞ!

   その言葉で村人たちはいっせいにパニックになる。

   吾朗太はスミに駆け寄り下手の隅に隠れる。

婆   ばかな。アレは碧ではない! 騙されるな! アレは偽物だ!

   しかし、婆の声など聞かずに村人たちはすべて逃げていってしまう。

婆   与一! お前! 何をするつもりじゃ!

与一  この村で碧を見たことがあるのは、もうお婆様だけだからな。みんなはわけもわ

   からず怖かっただろうな。

婆   与一ー!

僧   どうやら上手く騙すことが出来たようじゃな。

婆   よそ者まで招きいれてどういうつもりじゃ!

与一  お婆様。もう終わりにしましょう。

婆   なんじゃと?

   与一は祠の中に入り、緑色の漬物石のような石を持ってくる。

   札が貼られている。

婆   碧神様に何をした! いったい何をするつもりじゃ? 碧神様を祠から出しては

   いかん。暴れだすぞ。わしの村が目茶目茶になってしまう。

   与一に飛び掛ろうとする婆を僧が止める。緑の衣でお婆を縛り上げる。

与一  陽の光の下でこの石を割れば、碧は死ぬ。法師様、皆を連れてここを離れてくだ

   さい。

僧   良いのか?

与一  はい。

スミ  与一!

与一  スミ、達者で暮らせよ。

吾朗太 与一は何をするつもりだ?

僧   石を割るのだ。そうして碧を天に帰すのだ。

婆   神を殺して無事で済むものか! お前も死ぬんじゃ! 命が惜しければやめよ! 

   やめれば何もかも許してやるぞ!

与一  許しなど必要ない。命も惜しくない。

吾朗太 法師様、本当ですか? 石を割ったら与一は死んでしまうのですか?

僧   うむ、そうらしい。

吾朗太 いかん。その石を割るのはわしの役目だ。与一、わしに割らせてくれ。

スミ  おとう。

与一  おじさん。ダメだ。おじさんにはスミがいるじゃないか。

吾朗太 わしはこの子を守ってやることなんか出来なかった。それくらいさせてくれ。

与一  法師様、早くみんなを連れて行ってください。村人が戻ってくる。

僧   さあ、みな行こう。与一を困らせるな。

   吾朗太、スミ、僧はゆっくりと下がっていく。

   当然、婆は引きずられるように連れられていく。

与一  父上、母上、姉上。与一朗もそちらへ参ります。

僧   (声)あ、止せ!

婆   碧神様を返せ!

   碧神を振り上げた与一に向かって婆が突進してくる。ぶつかった瞬間、与一の手か

   ら石はこぼれ落ち、地面に叩きつけられて割れる。地面に倒れこんだまま動かない

   与一と婆。やがて、ゆっくりと動き出したのは婆。

婆   幸吉や、幸吉。何故わしを騙したんじゃ。わしはお前だけがおればそれで良かっ

   たのじゃ。碧などおらねば、はじめから碧などここにおらねば、わしはお前と幸せ

   に暮らせたものを!

   婆はそう言いながら、割れた石と石をさらにぶつけ合う。

婆   碧め! こうしてやる! こうしてやる!

   日の光が婆に差し、祠の中から幸吉が出てきて手招きをする。

婆   幸吉! お前はずっとそこにいたのかい?

   婆は立ち上がって祠に向かっていく。

   そうして幸吉に手を取られて祠の中に消えていく。

   暗転。

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