よどみの里 第十二場

****************************************

よどみの里 第十二場 

****************************************

第十二場

   山道。与一が僧と共に上手より歩いてくる。

僧   待て待て、そう急がなくても間に合おう。

与一  いや、一日でも早く着きたいのです。法師様は後からでもかまいません。

僧   案内のお前がいなければたどり着けぬ。

与一  しかし、

僧   わかったわかった。まったくどいつもこいつも人使いが荒い。

   再び歩き出そうとする与一たちの前に長七が立ちふさがる。

長七  ここから先には行かさせねえぞ。

与一  欲に取り付かれた馬鹿が、目を覚ませ!

長七  お前こそ目を覚ませ! 女なんかに心を奪われやがって。

与一  家族を碧に取られた事のないやつに何がわかる!

長七  お前はそうやって俺を差別してきたんだ。自分は特別な人間だって、俺を馬鹿に

   してきたんだ。

与一  お前にかまってる時間は無い。

長七  俺にはあるんだよ。お前を始末すれば俺は北の人間にしてもらえるんだ。

与一  そうやってお前は何度も騙されるんだな。

長七  俺は騙されてない!

   つかみ合う二人。僧は座ってそれを見ている。

僧   こうやって争いあうのも人間だが、自らの身に火の粉の当らぬ所から下界を見て

   いる人間たちはその手を汚すことなく富を手に入れておる。まるで神仏に捧げられ

   る供物のようにな。これが本当に正しいことだろうか。

   長七が与一を組み伏せ、止めを刺そうとする。

   僧はゆっくりと立ち上がり長七の後ろに回りこむ。

長七  悪く思うなよ。

僧   お前もな。

   僧は長七の頭を殴る。長七は気絶する。与一、長七をどかして立ち上がる。

与一  助かりました。

僧   人間とは何であろうなぁ。俺はそれが時々わからなくなる。自分の思うままに生

   きるのが人間だと思うときもあれば、誰か他人のために命をかけることこそ人間の

   本質だと思うこともある。

与一  法師様でも悩むのですか?

僧   悩まぬものはおらんよ。悩むのもまた人間だ。

与一  そうですか。

僧   そら、急ぐぞ。

与一  はい。

Next→→→第十三場