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よどみの里 第十二場
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第十二場
山道。与一が僧と共に上手より歩いてくる。
僧 待て待て、そう急がなくても間に合おう。
与一 いや、一日でも早く着きたいのです。法師様は後からでもかまいません。
僧 案内のお前がいなければたどり着けぬ。
与一 しかし、
僧 わかったわかった。まったくどいつもこいつも人使いが荒い。
再び歩き出そうとする与一たちの前に長七が立ちふさがる。
長七 ここから先には行かさせねえぞ。
与一 欲に取り付かれた馬鹿が、目を覚ませ!
長七 お前こそ目を覚ませ! 女なんかに心を奪われやがって。
与一 家族を碧に取られた事のないやつに何がわかる!
長七 お前はそうやって俺を差別してきたんだ。自分は特別な人間だって、俺を馬鹿に
してきたんだ。
与一 お前にかまってる時間は無い。
長七 俺にはあるんだよ。お前を始末すれば俺は北の人間にしてもらえるんだ。
与一 そうやってお前は何度も騙されるんだな。
長七 俺は騙されてない!
つかみ合う二人。僧は座ってそれを見ている。
僧 こうやって争いあうのも人間だが、自らの身に火の粉の当らぬ所から下界を見て
いる人間たちはその手を汚すことなく富を手に入れておる。まるで神仏に捧げられ
る供物のようにな。これが本当に正しいことだろうか。
長七が与一を組み伏せ、止めを刺そうとする。
僧はゆっくりと立ち上がり長七の後ろに回りこむ。
長七 悪く思うなよ。
僧 お前もな。
僧は長七の頭を殴る。長七は気絶する。与一、長七をどかして立ち上がる。
与一 助かりました。
僧 人間とは何であろうなぁ。俺はそれが時々わからなくなる。自分の思うままに生
きるのが人間だと思うときもあれば、誰か他人のために命をかけることこそ人間の
本質だと思うこともある。
与一 法師様でも悩むのですか?
僧 悩まぬものはおらんよ。悩むのもまた人間だ。
与一 そうですか。
僧 そら、急ぐぞ。
与一 はい。
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