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よどみの里 第十一場
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第十一場
よどみの里。暗闇の中に重なる二つの影。ゆっくりと離れる。そこは過去。
幸吉 長が、人食いの退治を決めたそうだ。
霞 碧は化け物だって言うけど、大丈夫かしら?
幸吉 なあに、村中の男たちが行くんだ。
霞 幸吉、お前も行くの?
幸吉 ああ。俺も行く。お武家様も来るっていうからな。いい働きをすれば俺も侍にな
れる。
霞 怖い。
幸吉 そうなったら、霞。お前を妻に迎えられる。
霞 ここにいて。私怖いわ。
幸吉 霞、いけない人が来る。
霞 誰が来てもかまわない。あんたはあたしのものよ。
幸吉 もう行くよ。
暗転。
声がする。
霞 幸吉! 幸吉! 誰か幸吉を見なかった?
男1 幸吉は逃げた。碧が恐ろしくなって逃げた。
男2 コズエがいないぞ! コズエも殺されたのか?
霞 妹が? コズエ! 幸吉! どこにいるの? 妹を探して!
男3 二人が東の山に入っていったのを見たそうだ。
霞 え? どういうこと?
男1 よし、碧を石頭山に追い詰めたぞ!
男2 朝になれば暗がりを求めて祠に入るだろう。
男3 よし、貢物を用意しろ!
薄明かりの中、祠の前にコズエが逃げてくる。
霞はそれを追いかけて刀で切りつける。
倒れるコズエ。霞はコズエの髪を持って顔を上げさせる。
コズエ 姉さん許して!
霞 許せるものか。幸吉は私の夫だ!
コズエ ごめんなさい。でも、幸吉の方から、
霞 嘘をつけ! お前が幸吉をたぶらかしたんだ!
コズエ 石頭山で殺生はいけないわ。
霞 ……ここが碧の祠。
コズエ 許して姉さん。
霞 ふふふ。お前にはお似合いの夫がいるじゃないか。
コズエ 何? 誰のことを言っているの?
霞 お前はこれから碧の妻になるのさ。お前みたいな女にはお似合いじゃないか。あ
たしの幸吉をたぶらかして、この騒ぎに漬け込んで二人で村を出ようだなんて。
コズエ 幸吉が言ったのよ。
霞 あんな素直な良い人が、お前みたいに悪知恵を働かせるもんか! お前みたいな
嘘つきは苦しんで死ねばいいんだ!
コズエ いや、やめて!
霞はコズエを祠の前まで引きずっていく。
コズエ 許して。姉さん。
霞 へへへへ、許すわ。今日はおめでたい日なんだもの。大丈夫よ。碧よ。碧。あん
たに嫁をやるわ。
コズエ やめて。碧は今、寝ているのよ。呼びかけないで。起きたらどうするのよ。姉さ
んも殺されるのよ。
霞 コズエ、七年もしたら新しい女を送って解放してあげるから、そんなに泣くんじ
ゃないよ。もっともあの世のことなんて知らないけどね。
コズエ やめて。
霞 じゃあね。
霞、コズエ祠の中に姿を消す。祠の中からコズエの断末魔の叫び。
明かりが変わり、祠の中から婆が出てくる。手には何も持っていない。
婆 そろそろだねぇ。そろそろ碧神様がお目覚めになる。この村が豊かになれば、こ
の村が安全だってわかれば幸吉は帰ってくる。だから、もっと碧神様に嫁を貰って
もらわないと。
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