よどみの里 第十場

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よどみの里 第十場 

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第十場

   都。

黎明  よどみの里と言ったか?

僧   言ったな。

黎明  お前の村は早瀬村と言うのではなかったのか?

与一  そうだ。早瀬川の周辺にある里で、古くはよどみの里と呼ばれていた。北の村と

   東の村の富の差が生まれた頃に北の村の連中が早瀬村と呼ぶようになったんだ。

黎明  なんだ。よどみの里と言ってくれれば話は早かったのに。

僧   知っておるのか?

黎明  うむ。父上が村人に助言をくれてやったことがあるのだ。

与一  なんだって? 橘の君がすでに助言を?

黎明  ああ、山に人を食う化け物が出たと村人数人がやってきた。どうすればこれを退

   治できるのかと。父は、退治は出来ぬと言って神として祭るように言ったのだ。

与一  では、橘の君のせいで碧は生贄を求めるようになったのか! なんということだ。

   来るべきところを間違えた!

黎明  落ち着け。いくら盆暗の父でもそんな助言はせん。毎年、村で生まれる富の一部

   を供物として差し出すように言ったはずだ。

与一  そんな馬鹿な。ではなぜ、娘が生贄に?

黎明  誰かが捻じ曲げたのだろうな。

与一  ではそれを元に戻せば、スミは助かるのですね?

黎明  それは無理だ。

与一  なぜ?

黎明  もう道が出来ているからな。

与一  道?

黎明  最初に示された道には人の命は懸かっていない。だが、示された道は使われずに

   別の道を使って神を祭った。そしてその道を何度も使った。いまさら道を変えるこ

   とは出来ん。

与一  では、助かる道は無いと?

黎明  そういうことではない。が、難しい。やれやれだな。

僧   どうした。

黎明  いや。助言をしたのに別の方法を使われて父も随分哀れだなと思ったのさ。

   与一、立ち上がり二人に背を向ける。

僧   どこへ行く?

与一  帰る。ここに来たのが間違いだった。

黎明  待て、帰ってどうする。

与一  わからん。せめて碧を川に沈めてやるさ。

黎明  無意味なことをするな。仮にそれで退治できたとしても碧がいなくなれば、村は

   人が住めなくなるかも知れぬぞ?

与一  いずれ碧は目覚めて村を滅ぼす。生贄はもういなくなるのだから。では、失礼す

   る。

黎明  そうか。俺も父が馬鹿にされたようで気分が悪い。助言をしてやろう。上手くい

   くかどうかはお前次第だ。

僧   もったいぶりおって。

黎明  日青、お前も行ってやれ。

僧   何? お前は?

黎明  俺はここを離れられん。都にも今、大変な妖魅がいるからな。左大臣様の次は天

   朝様の懐を狙っておる。そうなればこの国は終わりだ。

僧   何だと?

黎明  だが、これは俺の問題で早瀬村に行くお前たちには関係のないことだ。

与一  どうすればよいのですか?

黎明  碧は石の妖魅だ。いや、石についたコケが力を持ったと言うべきものだな。碧が

   目覚める前にその本体たる石を陽の光の下で打ち砕け。それで碧は命を絶たれるだ

   ろう。ただ……、

与一  ただ?

黎明  石を割った者は死ぬだろうな。与一、お前は死ぬ。それでもやるか?

与一  ……やる。

黎明  では、碧の目覚めが遅れるように札を書いてやろう。

与一  黎明様。

   黎明、頭を下げようとする与一を制する。

黎明  礼は言うな。お前の命が代償だ。

   暗転。

第十一場