よどみの里 第九場

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よどみの里 第九場 

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第九場

   北の村。婆の屋敷。

   男装をやめたスミが座っている。そこに婆がやってくる。

婆   ほほほ。よく似合っておるな。

スミ  おとうは?

婆   ああ、安心をし。何不自由なく暮らせるようにしてやるよ。

スミ  そうか。

婆   スミ。わしと名前が似ておるからなんだか他人のような気がせんな。もっともわ

   しの事を名前で呼ぶものなどもうおらんがな。

スミ  碧神って言うのはなんなのだ?

婆   碧神様とお呼び。碧神様はこの村の守り神さ。この村を豊かにしてくださる。お

   前は妻としてしっかり御仕えするんだよ。

スミ  何をすればいいの?

婆   さあね。わしは花嫁になったことが無いから知らないね。向こうに行ったら聞け

   ばよい。

スミ  向こうって?

婆   向こうは向こうさ。婚礼の日を決めるためにちょっと出てくるよ。

   婆、去る。

スミ  向こうに行けば姉ちゃんにも会えるんだろか。

   与一がやってくる。

与一  スミ。

スミ  与一か?

与一  ああ、俺だ。

スミ  おとうは?

与一  家で寝てる。随分気落ちしてるよ。

スミ  オラの姉ちゃんも碧神様の嫁になったって。向こうってどんなとこだろうな。

与一  碧神だなんて崇めているが、所詮あんなのただの化け物だ。婚礼だ、嫁だなんて

   言ってるけど、祝言なんて言葉で誤魔化して碧の前で殺されるだけだ。俺の姉上と

   同じように。

スミ  え? 碧神っていうのは与一の姉ちゃんを殺した碧って奴だったのか?

与一  ああ。死んだ後の向こうの話なんて生きてる者は誰も知らない。それなのにあっ

   ちで幸せに暮らしているとかいい加減なことを言いやがって。

スミ  オラ、殺されんのか?

与一  このままここにいたらな。

スミ  どうしよう?

与一  逃げよう。北の村の連中は自分たちだけが良ければよくて、人の命なんてなんと

   も思ってないんだ。このままここに残ってたら間違いなく殺される。

スミ  でも、おとうが。

与一  おじさんには話をつけておく。みんなで一緒に村を出よう。

   長七が大声を上げる。

長七  与一が来てるぞ! 娘を逃がす気だ!

与一  あいつ!

   あっという間に男たちに取り囲まれる与一。

男1  長七、よくやった。

長七  へへへへ。

与一  お前、友達だと思ってたのにな。

長七  うるせえ、いつも俺を馬鹿にしてたくせに。

男2  良い犬になれそうだな。飯くらいは恵んでやるからよ。

長七  ありがとうございます。

男3  与一。今日と言う今日はゆるさねえぞ。

男1  村がやって行くためには碧神様が必要なんだ。それが何でわからねえんだ。

男2  碧神様がいるから戦にも巻き込まれないんだぞ?

男3  東の村にも恵んでやってるじゃねえか! 碧神様がいなくなったら、お前たちだ

   って困るんだぞ!

与一  他の村を見てみろ! 碧なんかいなくても立派に生きてらぁ!

男1  他の村のことなんか知るもんか!

長七  嘘つき与一! 他の村なんて餓死者で一杯じゃねえか!

男2  そうだそうだ! 戦に巻き込まれて家族も田畑もみんな無くすんじゃ!

男3  お前の思いつきや世迷言でこの平和を手放してたまるか!

長七  殺せ! 与一をぶっ殺せ!

男1  やっちまえ!

男2  大丈夫か? 碧神様の家族じゃぞ?

男3  かまうもんか!

スミ  やめて! 与一、逃げて!

与一  スミ、必ず助けに行くからな! 待っててくれ!

スミ  与一!

   与一、ひるんでいる男2に体当たりをして囲みを突破して逃げていく。

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