よどみの里 第八場

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よどみの里 第八場 

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第八場

   スミと吾朗太が立っている。それぞれに明かり。

吾朗太 なんということじゃ、人を見たと言うのか? 村人を?

スミ  ええ、見たわ。

吾朗太 あれほど気をつけろと言っておいたのに。

スミ  でも、悪い人じゃないのよ。

吾朗太 人間などわかるものか。で、昨日のことか?

スミ  いいえ。

吾朗太 今日のことか。だったらまだ間に合う。……何を黙っておるんじゃ?

スミ  ひと月前よ。

吾朗太 あぁ、もう一刻の猶予もならん。すぐにここを出ていかなければならん。

スミ  どうして?

吾朗太 お前が殺されてしまうのだ。あぁ、こんなことならもっと村から離れて暮らすべ

   きだった。東の山は険しくお前の足では越えられまいと思ったわしが馬鹿だった。

スミ  おとう。与一がきっと助けてくれるわ。

吾朗太 さあ、早く支度をするんだ。もうここにはいられない。

   舞台全体が明るくなる。吾朗太とスミ、二人で上手に向かって歩いていく。

   すると棒を持った男たち数人に取り囲まれる。

吾朗太 なにか?

男1  よそ者かと思えば、吾朗太ではないか? 久しく見かけなかったが、生きておっ

   たのか。旅支度とは、どこへ行くのだ?

吾朗太 あなた方には関係ないことです。

男2  連れの者は誰だ?

吾朗太 私の息子にございます。

男3  嘘を言え。

吾朗太 嘘ではございません。

長七  嘘だ。

スミ  あ。

長七  与一に聞いたぞ。お前は女だってな。

スミ  嘘よ! 与一は約束を破ることなんかしないわ!

長七  まぁ、どっちでもいいさ。あいつは後ろめたくてここには来られないんだろうか

   らな。

スミ  嘘……。

   婆がやってくる。

婆   吾朗太。お前だったのかい。

吾朗太 お婆様。

婆   よどみの里の掟を忘れたのかい?

吾朗太 覚えてる。

婆   それなのに石頭山で狩りをしたのかい。

吾朗太 人間は碧神様に頼ってはいけないんだ。

婆   なぜじゃ?

吾朗太 豊かなのは北の村だけじゃないか。東の村はどんどん荒れていく。こんなことお

   かしいと思わないなんて、皆、妖怪に取り付かれておるからじゃ。

婆   それは碧神様の土地が北の村だからじゃ。東の村は碧神様の忌み嫌う土地だから

   じゃ。

吾朗太 それなのに嫁は東の村から出すのか? 田畑も出来ないような土地にされて、食

   う物も着る物にも困るような土地で暮らしている者が、北の村の贅沢な暮らしを続

   かせるために犠牲になれと言うのか。

婆   黙れ! 碧神様の厚い温情を疑いつまらん言葉で我らを惑わそうとするとは、と

   んでもない男じゃ。ここでこのまま殺してしまえ!

   男たちが詰め寄る。スミと吾朗太を引き離し、男たちは交互に吾朗太を棒で打つ。

スミ  待ってくだせえ! おとうを打たないでくれ!

婆   なんじゃ? お前は黙っておれ。

吾朗太 だめじゃ、お前は何も言うな。

スミ  だけど。

婆   見上げた子じゃな。父を救いたいと申すか。

吾朗太 いや、この子は関係ない。

婆   親の罪は子供の罪じゃ。名前はなんと言う。

吾朗太 ダメだ。

婆   言え。

スミ  ……スミ。

婆   お前は女じゃな?

スミ  そうだ。

吾朗太 ……スミ。何てことだ。

長七  ほれ見ろ! 俺の言ったとおりだっただろ!

婆   おスミや、お前はこれからしばらく後に碧神様に嫁入りをすることになる。その

   ために今日から北の村に住むのじゃ。

吾朗太 この子は村で生まれたのではない。村の子じゃないんだ。

婆   何を言っておる。サエの妹じゃろうが。それならば立派な資格があるわ。

スミ  サエ? 姉さんのこと?

婆   何じゃ知らんのか。可哀相に何も教えてもらえなかったんじゃな。十四年前に村

   を救ったのはお前の姉なのじゃよ。なんと立派なことじゃろうか。のお、おスミ。

   今度はお前がこの村を救うのじゃ。

   与一がやってくる。

与一  待て!

スミ  与一! (長七に)おめえ、嘘ついたな! おめえは最低の人間だ!

与一  ……末吉。無事か? 長七、これはお前のやったことか?

長七  うるせえ! お前、この村の富を独り占めにする気だったんだろうが!

与一  富だと?

婆   与一、おとなしく下がれ。碧神様の親族に手荒なことはしたくは無い。それに、

   これからおスミを村に連れて帰るのじゃ。怪我でもさせたら申し訳が無かろう。

与一  なに? (スミを見る)

スミ  もう皆知っておる。

婆   そこをどけ。

与一  どかぬ。こんなことはもうやめろ。

婆   やめぬ。

与一  どうせもう生贄は続けられぬ。今やめても同じことだ。

婆   同じではないわ。嫁はよそから連れてくればいい。逃げ出した者たちを見つけて

   連れ戻せばいいのじゃ。

与一  死にたくないなら逃げればいいだろ! そんなに贅沢がしたいのか!

婆   黙れ! 村を守るにはこうするしかないのじゃ! 誰かこいつを黙らせろ!

   男たちが与一を取り囲む。

与一  俺はお前たちの大事な碧神の家族だぞ。俺に手を出すことがどういうことなのか

   わかってるのか!

   男たちひるむ。

与一  おかしいじゃないか。人一人の命を犠牲にして、他の者が贅沢に暮らし続けるな

   んて、そんなの人間のすることか?

婆   お前にはわかるまい。碧神様の怒りを知らんからそんなことが言えるのじゃ。こ

   れ以上、邪魔をするのならお前とてただでは済まさぬぞ。

与一  通さぬ。

スミ  与一。もういい。オラは大丈夫だ。

与一  何が大丈夫なもんか。

スミ  オラの姉ちゃんも行った道だ。怖くねえ。おとうを頼む。

婆   どけ。お前たちおスミを案内しておやり。

   男たち、スミを取り囲みながら下手に去る。

長七  お婆、約束どおり俺も……、

婆   ふん。薄汚い野良犬め、どこにでも行くがいい。寄るな、汚らわしい。

長七  そんな。

   婆も下手に去る。座り込む長七。

   吾朗太、ゆっくりと下手に向かって歩いていく。

与一  おじさん。

吾朗太 あの子だけがわしに残された家族だったのに、それも取られてしもうた。

与一  なぁ、スミを取り戻そう。それで村を出よう。

吾朗太 わしが石頭山で狩りをしたからこうなってしまったのか。わしのせいなのか!

与一  違う。こんなこといつまでも続けてちゃいけないんだ。

吾朗太 お前のせいだ。お前のせいだ!

   吾朗太、与一に飛び掛る。与一は倒されて、その上に吾朗太が馬乗りになる。

吾朗太 ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。こんなよどみの里なんかに生まれたのが

   悪いのか!

   暗転。

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