よどみの里 第四場

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よどみの里 第四場 

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第四場

   都。荒れ果てた屋敷。与一と僧がやってくる。

僧   なるほどな。しかし、お前もついてないな。野盗に襲われるとは。いや、ここに

   たどり着いただけ良かったというもの。おう、ここだ与一。

与一  ここが橘の君のお屋敷?

僧   ははは、こんなボロ屋に人が住んでいるともおもわんだろう。屋敷の主が死んで

   からは荒れる一方よ。

与一  なんと、橘の君はもうお亡くなりに?

僧   そこらへんに座っておれ、すぐ戻る。

与一  お待ちください!

   僧は与一の呼びかけに答えずに去っていく。

与一  なんと言うことだ。唯ひとつの望みも潰えたか。

   その場に座り込む与一。

   屋敷の中から人が現れる。

黎明  何だ誰か声がすると思ったら、汚い若造か。金なら見ての通りないぞ。父上が生

   きておるときに来ていれば着物くらいはくれてやったものを。あいにくとやれるも

   のなど無い。さっさと帰れ。

与一  では、やはり橘の君はお亡くなりに。

黎明  うん。死んだ。病でな。で、お前は誰だ? 何の用だ?

与一  早瀬村の与一でございます。橘様にお願いがございました。

黎明  早瀬村? 知らんな。残念だったな。願いは聞いてやれん。出口は向こうだぞ。

   まぁ、あっちからも出られるが。

与一  あなた様は?

黎明  ん? 俺か。橘黎明だ。

与一  では、あなたも五行を学んでおられる?

黎明  当然。俺ほどに五行を理解しているものはおらん。

与一  では、お助けください!

黎明  断る。

与一  わけも聞かずに?

黎明  自分たちで何とかしろ。

与一  私だけの力ではもう。

黎明  お前だけか。

与一  は?

黎明  お前だけが助けを望んでいるのか。

与一  他にもおります。

黎明  だが、村の総意ではないのであろう? お前とその家族が助けを求めている。な

   れば退治の必要も無いのであろう。

与一  さすが、すでにご存知か。

黎明  何がだ?

与一  退治と言われた。私の願いをご存知なのですね? ならばお願いでございます。

黎明  父を頼みにやって来る者の頼みなど、いつもその手の話だからな。聞くまでも無

   い。もう帰れ、お前の頼みは聞かぬ。

与一  どうしてですか。アレのために不幸になるものがいるのに。

黎明  およそ妖魅の類は、それだけでは人を襲わぬ。それを利用するものがおるから力

   を持つのだ。人を不幸にするのは人だ。お前の村は飢えも戦火も無く豊かなのだろ

   う?

与一  それはそうでございますが。

黎明  ならばそれでいいではないか。お前も小さな意地を捨てて仲間に入れてもらえば

   いい。どうせ後味の悪さを気にしておるんだろう? 気にするな。そのうち慣れて

   しまうものだ。

与一  なんと。

   僧が戻ってくる。

僧   おう、いたか。

黎明  日青か、こんな汚い小僧を入れたのは。

僧   話は済んだか?

与一  まだ……、

黎明  済んだ。もう帰るところだ。連れて帰れ。

僧   何だ。酒を買ってきたのに。

黎明  なら酒だけ置いていけ。

僧   なかなか面白い話だぞ。お前も聞かぬか?

黎明  聞かぬ。

与一  橘様! どうかお助けください!

黎明  そっちの坊主にでも助けてもらえ。

僧   せめて法師と呼べ。本人がいるのだからな。

黎明  本人がいるからだ。

与一  礼ならば後で必ずいたします。

黎明  ははは。礼などいらん。どうせ大した金でもないだろうに。

与一  ならば私の命を渡してもいい。

黎明  それならわざわざここに来る必要も無かったな。村で命をかければよかったのだ。

与一  なんと。

黎明  一つ言っておくと、俺はそれがいた方がよほど平穏であろうと思う。

与一  そんな、

黎明  まあ、聞け。今この国は大きな戦乱の時代に入ろうとしている。これも時代の流

   れだから仕方が無い。川に流れがあるように時にも流れがある。都に近い村々でも

   不作が続き、人は飢えて死んでいると聞く。それなのにお前の村は平和で豊かなの

   であろう?

与一  はい。少なくとも碧を崇める北の村では飢え死にをしたという者はおりませぬ。

   ですが、私は碧に姉を奪われました。

黎明  ……碧。どこかで聞いたような。

与一  私たちはアレをそう呼んでおります。七年に一度、碧に村の娘を娶らせるのです。

   そうすれば次の七年は平穏無事に過ごすことが出来ます。

黎明  七年か。人一人の死で七年も皆が無事に過ごせるなら良いのではないか?

与一  本気でそんなことをおっしゃられるのか?!

黎明  本気だ。

与一  北の村は不自然なほどに富み、東の村には田畑も作れないような荒地になる。村

   には差別が起こり、病人や貧乏人は東の村に捨てられる。

黎明  お前は何か変えようとしたのか?

与一  した。碧の妻の家族には相応の富と碌が与えられる。俺はそれを東の村の人間に

   配ってやった。今年、生贄に選ばれた者を連れて村を出ようとした。

僧   しかし逃げ切れなかったか。

与一  はい。けれどあきらめられずおりましたら、父が枕元に立ち、橘の君を訪ねよと

   言っていたことを思い出したのです。私は村を出てここまでやってまいりました。

黎明  もう間に合うまい。

与一  いいえ。まだひと月も経っておりません。婚礼の支度には時間がかかるのです。

   姉上の時もそうでした。まだ間に合う。私はスミを助けたいのです。

黎明  ……聞こう。

僧   良かったな。

黎明  まだ助けるとは言っておらん。壁と言うのが気になったから話を聞くだけだ。

僧   強情め。

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