一人舞台 ●「タクシー」

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一人舞台 ●「タクシー」

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●「タクシー」

   有沢がタクシーを運転中。客を見つけて路肩に止める。

有沢  どちらまでですか? はい。かしこまりました。

   有沢、ルームミラーでチラチラ後を見る。客がそれに気がつく。

有沢  あ、すみません。

   有沢、客が気になる。

有沢  お客さん、あれですよね? シバイタロカーのジョー・アキンドさんですよね?

   有沢、後ろを振り返る。

有沢  やっぱり! あ、すみません。(前を向く)すみません。興奮しちゃって。いやぁ、

   シバイタロカー格好良かったなぁ。俺、おもちゃ全部持ってましたよ。お年玉もほ

   とんどつぎ込みましたからね。いやぁ、嬉しいなぁ。アキンドさんを乗せられるな

   んて。あ、すみません。

   有沢、ルームミラーをチラ見。

有沢  あのキメ台詞、最高だったなぁ。「お前、しばいたろか!」憧れだったなぁ。小さ

   い頃の夢はヒーローになることだったんですよ。

   有沢、振り返る。

有沢  アキンドさん! あ、すみません。(前を向く)なれますかねぇ? こんなしがな

   いタクシー運転手なのに。あ、そんなこと言うと今の仕事をバカにしてるみたいに

   聞こえちゃいますけど、そうじゃないんですよ。僕はお客さんを運ぶ。お客さんは

   喜ぶ。こんな小さなことでもいいんです。それがヒーローなんだって教わりました

   から。

   有沢、振り返る。

有沢  覚えてますよ! あ、すみません。(前を向く)覚えてますよ。アキンドさんが言

   った言葉は一言一句、心に刻みましたからね。忘れるはずがありません。あれです

   よ。あの、あれ。役名は芝北剛士(しばきたつよし)でしたよね。あ、そっちが本

   名なんですか? ジョー・アキンドって言うのは? あ、それ芸名なんですか。ど

   うも。

   有沢。ワイパーを動かす。

有沢  雨が降ってきちゃいましたね。「雨の日には雨の日の良さがある」第23話「共に

   送る別れの言葉」あれ、感動したなぁ。隣町に引っ越すだけの友達に何を熱くなっ

   てんだって、うちのオヤジが笑ったんで「お前、シバイタロカー!」って喧嘩にな

   ったんですよね。別れには近いも遠いも無い。うつむいてばかりいるとキノコが生

   えてくるぞって。アキンドさん言ってましたもんね。え? あ、それはマスターの

   台詞でしたか。あははは。でも、あれ心にビシッと刻まれたんですよね。

   有沢、後方からすごいスピードで追い抜いていく車に嫌な顔をする。

有沢  危ないなぁ。あんな運転をするから事故が減らないんですよ。とは言え、ああい

   う無茶な奴に限ってなかなか事故に遭わないんですけどね。

   有沢、ミラーをチラ見。

有沢  そうですね。許せませんね。

   有沢。ハンドルに力をこめる。

有沢  いっちょ、しばいてやりますか!

   有沢、アクセルを踏み込む。

有沢  なんて冗談です。着きましたよ。

   有沢、車を停める。

   暗転。

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