フェイムルの移動図書館 第5場

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フェイムル移動図書館 第5場

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第5場

◆湖のほとり(暗転幕前)

   そこには大きな湖が広がっている。湖の周囲には草も木も生えていない。

   魔女のマーガレットが寂しそうな瞳をして水面を見つめている。

マーガレット 人が嫌いと言う奴ほど、人が多いところに住みたがる。でも、あたいは違

    うよ。寂しければ独りになるがいい。ほら、寂しさなんてどこにもない。寂しい

    と思うから、人は寂しくなるのさ。あたいの友達は、この詩集だけ(詩集を取り

    出す)。この詩集は裏切らない。嘘をつかない。置いていかない。たまにあたいが

    置いて行っちゃうけど、でも、あたいを許してくれる! 新しい口のおかげで次

    から次へと詩が生まれてくるわ! あたいってなんて天才なのかしら!

   少し離れたところから兄妹たちがやって来る。

マイオ  うわぁ、大きな湖だね。

リト   お魚はいるのかしら?

メルテル おかしいな。こんなところに湖なんてなかったはずだけど。

リト   そうなの?

メルテル うん。地図を見てきたから間違いないよ。この辺には村があるはずなんだけど

    ……。

マイオ  役に立たない古い地図だったんじゃないの?

メルテル 役に立たないなんていうな!

マイオ  すぐ怒るなよ。

メルテル すぐ怒らせるなよ。

リト   誰かいるわ。

   リトたちはマーガレットに気がつく。

マイオ  なんか知ってるかもしれない。聞いてみよう。

   兄妹たちはマーガレットの元に走っていく。

マイオ  こんにちは。

リト   こんにちは。

マーガレット しーん。

リト   あなたは誰?

マーガレット あたしは一人。周りには誰もいない。そう、あたいは孤独な南の魔女マー

    ガレット。

メルテル 魔女? 南の魔女! やった! 移動図書館に行かなくてすんだぞ。

   マーガレットは、兄妹たちを無視して歌いだす。

歌『孤独の毒』

「一人は寂しいもの

 誰がそんなことを決めたの

 一人は切ないもの

 誰がそんなことを決めたの

 世界を一周してごらん

 一番遠いのは 隣にいる人なのに

 どうして 他人といたがるのかしら

 孤独の毒は 一人きりのときには生まれない

 孤独の毒は 人といて生まれるもの

 最初から 一人なら

 孤独なんて感じない」

リト   ひょっとして、あなたが南の魔女さんですか?

マーガレット 無言(しゃべってる)。

マイオ  こんにちは。

マーガレット あたいは答えない。

リト   どうしたの?

マーガレット あたいには聞こえない。

マイオ  変なの。

   マーガレットは変という言葉に強烈に反応する。

マーガレット 変じゃない! あたいは普通よ。普通の女の子。

リト   女の子?

   マーガレットは何かに取り付かれたように話し始める。

マーガレット いいえ、この世界に普通なんてありえない。変だけど普通、普通でも変。

    この世は矛盾に包まれているわ! なんて詩的なのかしら! すばらしい世界、

    おめでとうあたい。ありがとうあたい。

マイオ  この人、何が弱いんだっけ? 頭だっけ?

   マイオの痛烈な言葉でもマーガレットの耳には届かない。

リト   確か自分に自信がないから、誉めてあげろって。

マイオ  えー、この人を誉めるの?

メルテル 誉めるんですか。どこを?

リト   だって仕方がないじゃない。そういうことなんだもん。

マイオ  母さんを助けるためか。仕方ない。

リト   そうよ。

メルテル がんばって!

マイオ  よし、やろう。

   間。

   しかし、どちらも一向に誉めようとしない。マイオがリトをひじで押す。リトがそ

   れを押し返す。

   メルテル、ニヤニヤとそれを見ている。

マイオ  お前、誉めろよ。

リト   お兄ちゃんこそ誉めてよ。

マイオ  お前が誉めたら誉めるよ。

リト   えー、お兄ちゃんが先に誉めてよ。

マイオ  都合が悪くなると「お兄ちゃん」って妹ぶるなよ。

リト   妹だもん。早く、褒めてよ。

マイオ  嫌だよ。なんか怖いもん。

リト   そうだ。あなた本なんだから、こんなの楽勝でしょ? 誉め言葉くらいいくつ

    も持ってるわよね。

   兄妹のやり取りを見てメルテルはすっかり油断をしている。

   リトの思わぬ振りにメルテルは慌てふためく。

マイオ  こいつタイトルしかないんじゃなかったっけ?

リト   お兄ちゃん!

メルテル どうせ僕は本のタイトルしか書いてない本ですよ。

リト   もう、いじけちゃったじゃない。

マイオ  ごめん。

リト   だらしがないわね。いいわ。あたしにいい考えがある。

マイオ  おお!

メルテル おお!

リト   あのー、マーガレットさん。

   しばらく放って置かれたことに堪えたのか、マーガレットは素直に返事をする。

マーガレット なあに?

リト   あなたの詩、素敵ですねって。

   その時、リトの口元に悪魔の微笑が浮かび上がる。

リト   あそこにいるうちのお兄ちゃんが。

   思わぬパスにマイオの心臓は飛び出しそうになるほど驚く。

マイオ え?

   そんなマイオの焦りなどお構い無しにマーガレットは遠慮なく近づいてくる。

マーガレット ありがとう。でも、本当?

マイオ  え、ええ。お前後で覚えてろよ。

リト   がんばって!

メルテル がんばって!

マーガレット じゃあ、どっちの詩がすばらしいか勝負しましょう。

マイオ  ほら、面倒くさいことになった。

   うなだれるマイオでしたが、マーガレットは気にしない。

マーガレット そうね、テーマは春。どうかしら?

マイオ  比べるまでもありません。あなたの詩のほうが素敵ですよ。

マーガレット まぁ、本当?

   マーガレットが両手をそろえて喜ぶ。その反応にマイオも若干余裕を取り戻す。

マイオ  お、意外にいけるかも!

リト   すごいわお兄ちゃん。

メルテル すごい!

マーガレット じゃあ、あなたを魚に変えるわね。

   魔法をかけようとするマーガレットをマイオが両手で制止する。

マイオ  ちょっと待って。ほらー、お前が変なこと言うから。

リト   お兄ちゃんをお魚にするの?

メルテル 餌だけ取っていきそうだね。

マイオ  突き落としてやろうか?

メルテル すぐ怒るなよ。

マイオ  威張るなよ。鼻拭く紙より役に立たないくせに。

メルテル 何だとー!

リト   二人ともやめてよ。

マーガレット やっぱり一人が良いわ。さようなら。これから詩を作るの。だから邪魔を

    しないでね。

   放って置かれたのが気に入らなかったのか、マーガレットは帰ろうとする。

リト   待って、詩が好きなの?

マーガレット 詩は嘘をつかないから、あたい嘘つきが嫌いなの。

リト   嘘つきを魚にしちゃうの?

マーガレット そう。魚も嘘はつかないでしょう? 魚は口を開くだけ。だから村を湖の

    底に沈めて、村人を魚に変えちゃったのよ。そうしたら、誰も嘘をつかなくなっ

    て、あたいは孤独にならずにすんだの。

リト   まあ、村を湖にしちゃったの?

マイオ  村人が魚に!

メルテル 釣りなんてしなくて良かったね。村人を食べちゃうところだったよ。

マーガレット もうあたいのことは放っておいて頂戴。

マイオ  わかりました。

メルテル お安い御用です。

リト   情けないわね。見てて。

マイオ  助けてやんないぞ。

リト   いいもん。羽根貸して。

   リトはマイオから羽根を受け取り、マーガレットに向かっていく。

リト   あのー。

マーガレット 何かしら?

リト   きれいな髪をしているんですね。

マーガレット そうかしら? そう? 本当に?

リト   ええ。

マーガレット あなたの髪もきれいね? いいなぁ。あたいのよりずっときれい。

リト   そうですね。でも、残念なことに私、この髪嫌いなんです。

マーガレット そうなの? どうして?

リト   だって、私の口ってこんなんだから、どんな髪型にしても似合わないんです。

    もしも変えられるものなら、この口を変えてからしまいたい。でも、そんなこ    

    と無理だもん。口を変えるなんて。あそこにいるお兄ちゃんなんていつもあたし

    のこと口を悪く言うのよ! お姉さんみたいなこんなにきれいな人見たことない

    わ。本当にうらやましい。あたしなんて……。

   沈んだ振りをするリトにマーガレットは簡単に騙されてしまう。

マーガレット そう。……そうだ。私今口を一個余分に持っているの、それと交換してみ

    る?

リト   口を二つも持っているの? どうして?

マーガレット わがままな姉さんから取り上げてやったのよ。

リト   見てみたいわ。

マーガレット いいわよ。でも、その代わりあなたのお兄さんを魚にするわよ?

リト   いいわ。

マイオ  おい。

リト   お兄ちゃんはそこで見てて。

マーガレット これよ。(アデリンの口を出す)

リト   まぁ、魔女さんの瞳ってきれいなのね。

マーガレット あら、そう?

   魔女が浮かれた瞬間、リトは羽根で魔女の口をなぞり、あっという間に魔女の詩集

   に挟み込むと、ゆっくりと倒れるマーガレットの手から詩集を奪い取る。それを懐

   にしまう。

マイオ  あ、うまい。

メルテル すげー。

リト   ふふふ。こんなもんよ。お兄ちゃん。

マイオ  あ、うん。

   マイオ、口を拾って袋に詰める。

リト   魔女さん、起きて。

   リトに揺り動かされて、マーガレットは目を開く。

マーガレット あら? あらら? ここはどこかしら?

マイオ  こんにちは。

マーガレット ……こんにちは。あなたたちだあれ?

リト   あなたから欲望を取り除きました。

マーガレット 欲望? あぁ! お姉さんから欲望を取り除いたんだった。

リト   そしたら今度はあなたたちが取り付かれちゃったのよ。

マーガレット 嘘~。

マイオ  本当だよ。

マーガレット それで、あなたたちは何をしているの。

マイオ  東の魔女の顔を集めてるんだ。

マーガレット アデリンの? まぁ、大変! 顔が集まったら、アデリンがまた欲望にと

    られちゃうわ!

マイオ  大丈夫だよ。

メルテル そうですとも。

リト   欲望は羽根に閉じ込めて本に挟んでいるんだから。

マーガレット 本?

マイオ  僕たち珍しい本に欲望をなぞった羽根をはさんでるんだ。

マーガレット それをどうするって?

マイオ  ええっと。

リト   今度こそ欲望をきちんと閉じ込めておかないとねって言ってたわね。

   うろたえるマーガレットは周囲を見回します。

マーガレット あなたたちだまされたのよ! アデリンはあなたたちを利用したのよ!

歌『ズンズンの歌』

   ズンズン。という言葉で構成された歌。

   低い音高い音に分かれて ズンズン。

   速い ズンズン。遅い ズンズン。

   それら全てが合わさって ズンズンの歌。になる。

   兄妹はお互いを支えあいながら、辺りを見回す。

兄妹   何?

マーガレット 図書館よ! フェイムルの図書館が本を飲み込みに来たんだわ! 早く本

    を捨てて逃げなさい!

   マーガレットは走ってその場から逃げていく。

リト   本を捨てる? お兄ちゃん!

マイオ  待ってろ! くそ、片結びになってる。 ダメだ。

メルテル た、大変だ! 逃げなきゃ、逃げなきゃ!

マイオ  逃げるぞ!

   兄妹もメルテルも走って逃げ始める。大きな影が、兄妹たちに迫って来る。

   リトが影を仰ぎ見て呟く。

リト   お兄ちゃん。

マイオ  何?

リト   (恐竜を指差す)大きなトカゲ。

マイオ  トカゲくらいで大げさだなぁ(恐竜を見て絶句)

   その瞬間、沢山の本で出来た恐竜がやって来て、兄妹とメルテルを丸飲みにする。

   影が兄妹にかぶさった瞬間に、暗転。

歌『ズンズンの歌』

   どんどん大きくなっていきなり切れる。

   恐竜は走り去り、地面には、アデリンの目鼻口の入った袋だけが残されている。

   アデリンが現れ、顔の入った袋を拾い上げて、客席に背を向けて目鼻口を自分の顔

   にくっつける。

アデリン ご苦労だったね。顔がなくちゃ魔法を使うのもおっくうでね。まったく不便そ

    のものだよ。さて。

   物陰に隠れていたマーガレットが飛び出てくる。

マーガレット アデリン!

アデリン なんだい?

   アデリンは大して驚きもしない。

マーガレット 一体どうする気なの? 移動図書館に欲望を飲み込ませるなんて、本当に

    大変なことになるわ。私たち姉妹は、この世の欲望をコントロールするために…

    …。

アデリン ふん。大きくなった欲望に自分たちが飲み込まれてるのにかい? コントロー

    ルなんて当の昔に出来なくなってるのさ。

マーガレット だからって、移動図書館に飲み込ませたりなんかしたら……。

アデリン 燃やしてしまえばいいのよ。あんな欲望なんて図書館の心臓で全部燃やしちま

    えばすっきりするわ。

マーガレット 何ですって?

アデリン どっちに転ぶかなんてわからないもんさ。そう、出来ればハラハラドキドキす

    るようなものをずっと見ていたいね。あーはっはっは。

マーガレット なんて人なの!

アデリン まあ、あんたはここを元通りにしてから見に来るんだね。

   アデリンは大きな声で笑いながら姿を消す。

マーガレット 姉さんたちに相談しなくちゃ。ああ、でも、ここを先に直さなくちゃ!

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