真昼の星 第九場

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真昼の星 第九場

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第九場

   夕方。丘の上。

   渡嘉敷は市内が見渡せる丘にまで歩いてくる。

   空は薄くなりもうじき夕日に染まっていく。

   ポケットをまさぐり探し物をする。その手が止まる。

渡嘉敷  そうか、タバコは全部やっちまったな。

   腰を下ろし町並みを見つめる。その目は自然と自分の家を探す。

渡嘉敷  結婚十年目に購入を決めたんだよなぁ。まだ何年もローンは続くだろうな。い

    や、俺が死ねば関係なくなるか。死んだら退職金や保険金でどうにかなるだろう。

    そういえば自殺で退職金が出るのか確認してなかったな。

   西の空からオレンジ色の光が伸びてくる。

渡嘉敷  由里香、君を独り占めにしたかった。学年は違ったが、サークルで君と知り合

    い一日が過ぎていくたびにどんどん君を好きになっていった。明るい笑顔、草の

    においのする短い髪。それまでは長い黒髪の女性が好きだったのに君にあったお

    かげで短い髪が好きになった。笑顔を見るためにわざと変な話をしてみたり、君

    の隣にいることを自然に装った。先輩が君を狙っていると知って全力でその邪魔

    をした。その甲斐あってか君と付き合うことになった。それまで夢が無かったの

    に、君のためにならなんでも出来るような気がした。二人で何度も空を見上げた。

    空や雲、星の話も沢山した。何を話したかなんてほとんど覚えていない。毎日、

    君の前では舞い上がっていた。

   頭上で一番星が光る。

渡嘉敷  卒業、就職。君の卒業を待って結婚。子供はまだ作らなかった。俺は多分、子

    供に嫉妬するだろうからな。

   徐々に夜になっていく。

渡嘉敷  家を買おう。庭が広い家を買おう。田舎でもいいさ。そうしたら家族を増やそ

    う。そう言って、結局選んだのは庭も無い駅に近い二階建ての一軒家。二人別々

    の寝室を持ち、忙しくなる仕事と少なくなる会話。いつしか君の事を忘れるよう

    になった。休みも接待ゴルフにつき合わされ、君の言葉には「あー」「うん」とし

    か答えなくなった。

渡嘉敷  本当に突然にあっという間に何もかも失った。一瞬だ。ほんの一瞬で、世界は

    崩壊した。いや、君には地獄のような長い時間だったかもしれない。僕がその引

    き金を作った。それなのに君を責めることで自分の世界をつなぎとめようともが

    いた。この世界に必要なものはたった一つだった。たった一つだったんだな。も

    う何もかも遅かった。もう少し早く気がつけば、取り戻すことが出来たかもしれ

    ない。君が笑顔を失うことも無かったはずだ。

   渡嘉敷はゆっくりと立ち上がった。空には星がいくつも瞬いている。

渡嘉敷  一人で死のう。

   渡嘉敷、空を見上げる。由里香の声が聞こえる。

由里香  星は、真昼にも輝いているのよ。

渡嘉敷  由里香の言葉だ。まだ学生だった頃、由里香を最寄の駅まで送り、バスの出発

    時刻まで二人で座りながら星を眺めた。

由里香  見えないけど、見えなくても輝いてる。すごいよね。

渡嘉敷  すごいよな。

由里香  人間の愛も同じだよね。見えなくても繋がってる。

渡嘉敷  そうだ、これからは真昼に輝く星になって、遠くから君を見守るよ。

   渡嘉敷の目が一点を見つめたまま止まる。

渡嘉敷  家に明かりがついてる。由里香? いや、由里香は財布も携帯も荷物を持って

    いかなかった。

   渡嘉敷は慌てて鍵を探す。確か背広のポケットにしまっていたはずだ。

   無い。どこにも無い。どこかで落としたのか。

   ふと思い当たる渡嘉敷。

渡嘉敷  またあいつか。

   渡嘉敷は駆け出す。

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