真昼の星 第八場

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真昼の星 第八場

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第八場

   芦田のアパート近く。暗転幕前。

   渡嘉敷は脇を抱えながらアパートから離れていく。その後をカレー男が付いてくる。

カレー男 どこ行くんすか。

   立ち止まり振り返った渡嘉敷は小さく首を振った。

   ブロック塀に体を預けながらその場にうずくまった。

   カレー男は渡嘉敷に近づいていく。

渡嘉敷  もう何がなんだかわからなくなった。

カレー男 他に行きそうなところを探すしかないっすよ。

   渡嘉敷は泣きそうな顔でカレー男を見上げる。

渡嘉敷  そんなものを知ってたら探しに行ってる。

   カレー男は腕組みしながら考え込む。

カレー男 思い出の場所とかないんすか?

渡嘉敷  思い出の場所?

   カレー男が首だけを下げる。

カレー男 そ。そういうのにすがるしかないと思うんすよ。例えば、初めて告った場所と

    か、そんなのっす。海とか、廃墟とか。あぁ、廃墟は肝試しとかで出会ったんな

    らっすよ。

   渡嘉敷は地面に視線を落とし、首を振る。

渡嘉敷  思いつかない。

カレー男 あんたポンコツだな!

渡嘉敷  頭が混乱してるんだよ!

   渡嘉敷はゆっくりと立ち上がる。カレー男に向かって手を差し出す。

渡嘉敷  手帳を貸せ。

   カレー男はズボンの後ポケットから手帳を取り出して渡嘉敷に渡す。

   渡嘉敷は手帳の中を食い入るように見つめる。

カレー男 心配なんすか。

渡嘉敷  当たり前だろ!

カレー男 変じゃないすか。

渡嘉敷  何がだ。

カレー男 殺す気なんすよね?

   渡嘉敷の手が止まる。

カレー男 殺す相手の心配してどうするんすか?

渡嘉敷  関係ないだろ。

カレー男 あるっすよ。

渡嘉敷  滅茶苦茶だ。もう何もかも滅茶苦茶だ。妻を殺したいくらいに思ってるのに、

    どこにも行く宛てが無くて自殺したらどうしよう、事故に遭っていたらどうしよ

    うとそんなことを考えてる自分がいる。離婚して捨てられるのは私のほうだ。そ

    う思うと怖くて仕方が無いんだ。最後くらいは夫婦として一緒に死にたいんだ。

    どちらが先で、どちらが後になるなんてことにはなりたくないんだ。

   カレー男は渡嘉敷の肩を押すように叩いた。

カレー男 おっさん。

渡嘉敷  そうだ。

   何か言いかけたカレー男を無視して渡嘉敷は顔を上げてズボンのポケットから携帯

   電話を取り出した。電源は切れている。

カレー男 あ。

渡嘉敷  そうさ、とにかく今は妻の身の安全を知ることが重要だ。

   渡嘉敷は携帯電話の電源を入れる。起動するまでの時間が上手く潰せない。

   落ち着かない様子でつま先を動かす。カレー男も落ち着きがない。

カレー男 おっさ、、携帯には出ないんじゃないかなぁ、多分。

   電源が入ると、すぐさま由里香のアドレスを照会し通話ボタンを押す。

   短い音のあとに呼び出し音が始まる。

渡嘉敷  よし。

   側で携帯電話が鳴る。カレー男が苦笑いをしている。

   渡嘉敷が背広を地面に落とし、カレー男の後ろに回りこみそのズボンの後ポケット

   から着信を告げる携帯電話を引っ張り出す。二つ折りの女性物のストラップの付い

   た携帯電話を開くと画面を見る。

   渡嘉敷は自分の携帯電話の通話を切る。音が鳴り止む。

渡嘉敷  どういうことだ?

   カレー男は物凄い速さで渡嘉敷に振り返った。

カレー男 すんません!

   土下座をするカレー男を見下ろす。その頭上から渡嘉敷は繰り返した。

渡嘉敷  どういうことだ?

カレー男 ほんの出来心っす! 台所にバッグが置いてあったんで、それを見てたら手帳

    があって、携帯もあって、財布もあって、それで……。

   渡嘉敷はポケットに携帯電話をしまいながらため息をついた。

カレー男 でも、あとで返そうと思ってたっす。じゃなきゃ、一緒になんて来ないっすよ。

渡嘉敷  もういい。

カレー男 良くないっす。俺、泥棒しようなんて少しも思ってなかったんす。

   渡嘉敷は手を差し出した。彼を見上げるカレー男の顔が明るくなる。

カレー男 おっさん。

   カレー男は渡嘉敷の手を取った。その手を渡嘉敷は振り払う。

渡嘉敷  財布も出せ。

   カレー男はばつが悪そうに苦笑いすると、横のポケットから女性物のブランド財布

   を取り出す。

   ひったくるように渡嘉敷は財布を回収する。

カレー男 すんません。

   渡嘉敷は背広を拾ったあとでカレー男の肩を叩いた。

渡嘉敷  じゃあな。

   渡嘉敷は手を振ってカレー男から離れて行った。カレー男はそれを見送る。

   暗転。

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