真昼の星 第七場

****************************************

真昼の星 第七場

****************************************

第七場

   芦田のアパート。

カレー男 いいすか、まず俺が声をかけるっす。

渡嘉敷  いきなり押し入ればいい。

カレー男 だから、さっきも言ったように、おっさんは顔を見られてるんだから逃げられ

    るか、警察を呼ばれちまいますって。で、俺がなんだかんだ言って中に入り込ん

    だら一気になだれ込んで来てくれればいいっす。包丁貸してくれれば、俺が先に

    男の方を始末するっす。

   渡嘉敷は両手で丸めた背広を抱え込んだ。

渡嘉敷  ダメだ。殺すのは俺がやる。それに殺すのは由里香だけだ。

カレー男 何のこだわりすか。

   渡嘉敷がカレー男を無視してアパートに向かおうとすると、カレー男が慌てて先行

   する。

カレー男 たのんますよ。

   渡嘉敷は無視して進む。

   カレー男は一番奥のドアの前に立つと、口に人差し指を当て渡嘉敷をドアの脇に座

   らせる。渡嘉敷は丸めた背広を広げる。中から出てきた包丁の背を口にくわえると

   背広を着て、包丁を手に持ち直す。

   カレー男はそれを横目で見ながらインターホンのベルを押す。しばらくして、イン

   ターホンから男の声が聞こえた。渡嘉敷の顔が緊張に包まれる。

芦田   誰?

カレー男 栄進スポーツジムのミマサカの使いなんですけど……。

  カレー男の声は中盤から小さくなりすぐに聞こえないものになる。

芦田   え?

カレー男 栄進スポーツジムの……。

   同じことを繰り返すカレー男を見上げながら、渡嘉敷はため息をついた。

渡嘉敷  失敗だ。帰るぞ。

   カレー男の手が、渡嘉敷を制止する。渡嘉敷に少し近づくとドアを脇に立つ。

   すると、ドアが勢いよく開かれる。

芦田   栄進スポーツの誰だって?

   カレー男がドアに体を体当たりさせると、包丁を片手に渡嘉敷が部屋の中へ押し入

   っていく。出てきた男の胸倉をつかみ、抵抗する男の眼前に包丁を突きつける。

渡嘉敷  こいつだ。この男だ。

   芦田は廊下に背中から倒れこんだ。カレー男がすばやくドアを閉める。

芦田   なんなんだあんたたち。

   うわずった芦田の声を聞きながら渡嘉敷は部屋の奥と芦田を交互に見る。

   目の前に突きつけられた包丁の光を見ながら芦田はさらに言葉を続ける。

芦田   金なら隣の奴の方が沢山持ってるって……。

渡嘉敷  黙れ。

   廊下が明るくなる。カレー男が廊下の照明のスイッチを入れた。

   カレー男はそのまま部屋の奥に進んでいく。

   芦田は渡嘉敷の顔を見る。

芦田   あ、あんたか……。

   渡嘉敷はつかんだ胸倉を締め付ける。

渡嘉敷  どこだ。

芦田   金はねえって。

   渡嘉敷は包丁を芦田の首に当てる。芦田は口を半開きにしながらそれを見る。

渡嘉敷  由里香はどこだ。

   芦田は小刻みにうなづいてみせる。カレー男が奥から顔を出して近づいてくる。

カレー男 いないっす。

   芦田は二人を交互に見る。

芦田   由里香なら、

渡嘉敷  お前が呼び捨てにするな!

   喉にあった包丁が鼻の先に付く。芦田は涙目になりながら口を開閉させる。

芦田   悪かった、悪かった。悪かったよ。

渡嘉敷  どこだ?

   芦田は今度は首を横に振った。

芦田   しらねえよ。

   渡嘉敷の怒りが増すのを感じて、芦田はすばやく続ける。

芦田   別れたんだ。今朝、今朝。昨日、あの後、話し合って。

渡嘉敷  嘘を言うな!

芦田   嘘じゃねえって。いつまでも泣いてやがって、すげえ面倒くさかったんだぜ。

渡嘉敷  本当か?

芦田   本当だって。冗談じゃねえぜ、十歳も離れたオバサンに本気になるかよ。

   渡嘉敷は包丁を振り上げると、芦田は悲鳴を上げる。

カレー男 殺そうぜ。

   カレー男の声に芦田は震え上がる。

芦田   やめてくれ。助けて……。

渡嘉敷  由里香はどこに行くって?

芦田   わかりません。そ、そう。もうダメだって言ってました。お願いします。殺さ

    ないでください。お願いします。お願いします。殺さないで。

   渡嘉敷は芦田をつかんでいた手を離す。芦田を見下ろしながら立ち上がる。

渡嘉敷  行くぞ。

   渡嘉敷は芦田に背を向け背広を脱ぐと、包丁をそれに隠してドアから外に出て行っ

   た。ほっとする芦田の耳元でカレー男が大声を出す。

カレー男 わん!

芦田   わぁ!

   芦田気絶。暗転。

Next→→→第八場