真昼の星 第六場

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真昼の星 第六場

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第六場

   住宅街。暗転幕前で上手下手それぞれで歩くマイムをしている二人。

渡嘉敷  真昼の住宅街にスーツの男と派手な格好の若者の二人組が会話もせずただ黙々

    と歩いているというのはとても奇妙な光景だな。

カレー男 そうすか? 俺は気にしないっすよ。

渡嘉敷  最近は空き巣もスーツで住宅地を物色するって言うからな。そう言う点で見れ

    ば空き巣とチンピラか。

カレー男 チンピラってなんすか?

渡嘉敷  きんぴらみたいなもんだよ。

カレー男 へー。

   渡嘉敷は歩みを速める。それに負けじとカレー男も早くなる。

   早歩きをする空き巣とチンピラが住宅地をひどく真面目な顔で練り歩く。

   場合によっては客席を使う。

カレー男 きんぴらって何すか?

   渡嘉敷は一軒の家の前で急停止して舞台から去る。

   気がつかずにそのまま進むカレー男。

カレー男 あれ? ちょっと、どこ行ったんすか?

   渡嘉敷の去った方へ走り去る。

   暗転幕が上がる。そこは渡嘉敷の家。

   ドアを開けて中に滑り込むと閉じかけたドアの足元にねじ込まれるスニーカー。

カレー男 ここがおっさんの家っすか。ワタさんって言うんすね。

   ドアの隙間から体をねじ込みながらカレー男が入ってくる。

渡嘉敷  あれ全部でトカシキ。なんだワタって。

カレー男 渡辺のワタっすよ。

渡嘉敷  もういい。

   渡嘉敷は革靴を脱ぎ捨て玄関を上がる。カレー男もスニーカーを脱いで後に続く。

   物珍しげに家の中を見ているカレー男に渡嘉敷は声をかける。

渡嘉敷  片付けてないから散らかってるぞ。

   渡嘉敷がリビングの前にいる。そこはひどい有様だった。

   空き巣被害にあったままにされている。そういう感じ。

   リビングに踏み出しかけた渡嘉敷にカレー男が声をかける。

カレー男 ガラスも割れてるっぽいんで、靴履いた方がいいっすよ。

渡嘉敷  何?

   両手を胸の前で開いてからカレー男は玄関に戻る。

   渡嘉敷の靴と自分の靴を持って戻ってくる。

カレー男 ……前に何でも屋のバイトしてたんで。

   カレー男の差し出した靴を受け取ると、渡嘉敷は靴を履いてリビングの中に踏み込

   んでいく。足元でガラスや陶器が音を立てる。

カレー男 それで?

   リビングの中央で渡嘉敷が振り返る。カレー男もリビングの中に入っていく。

カレー男 手帳、名簿、連絡網っと連絡網は今ダメなんでしたっけ?

渡嘉敷  なんで?

カレー男 個人情報なんたららって奴っすよ。

渡嘉敷  見かけによらずいろいろ知ってるんだな。

カレー男 能あるなんとかっす。

渡嘉敷  とにかくそういうもんを探せばいいんだな?

カレー男 ……そうっす。

   二人はリビングの中を歩き回り空き巣のように引き出しを開いたり、置かれている

   ものの下を見たりする。渡嘉敷が雑誌をどかしそれを部屋の隅に運ぶと、今度はそ

   れをカレー男が別のところに運び、それが邪魔になった渡嘉敷がまた別のところに

   片付ける。

   目的の物は一向に姿を現さなかった。

カレー男 テレビ、もったいないっすね」

   カレー男が半分亀裂の入った大型液晶テレビを眺めている。渡嘉敷は鼻で笑う。

渡嘉敷  去年のボーナスで買った奴だ。あいつがどうしても欲しいというから休日に珍

    しく二人で出かけて買った。そういえば、あと三千円は値切れたとか、今度は冷

    蔵庫を買おうとか帰り道は二人で子供みたいに興奮しながら笑いあったな。

   渡嘉敷は手で顔を押さえた。口を一文字に結んで、体を震わせながら耐えていた。

カレー男 おっさん。

   カレー男が近づくのを渡嘉敷は手を上げて制し背を向けてリビングを出て行った。

   洗面所。

   洗面台の前までやってくると渡嘉敷はこらえきれず台の上に伏す。

渡嘉敷 情けない。どうしてあの時に気がつかなかったのか。由里香はサインを出してい

   たのに俺はそれに気がつかなかった。いや、気がついていた。だからこそ相手にし

   なかった。仕事をしていれば毎日は充実していた。嫌な上司を相手にして、難しい

   商談をまとめて、成功を重ねて自分に対する評価が上がるのを肌で感じて満足だっ

    た。他に何もいらなかった。家に帰って由里香が今日はどうしたこんなことがあ

    ったこのテレビを一緒に見よう。正直に言えばわずらわしくなっていた。ここ何

    ヶ月はそういうことが無くなり、あいつも少し落ち着いたんだなと思っていた。

    昨日、あの瞬間を迎えるまでは俺はそのくらいにしか思っていなかった。出張先

    から早く帰れることになって、たまには二人で食事でもしよう。そう言うつもり

    だった。リビングでくつろいでいるアイツを見るまでは。

   渡嘉敷はタオルハンガーからタオルを引き抜くと顔に押し当てる。台に手をつきな

   がらゆっくりと立ち上がると、目の前にある鏡を見つめる。鏡に写る自分の顔をに

   らみつける。

渡嘉敷 俺は俺に嘘をついていた。俺はやっぱり被害者だ。信じていた。裏切られた。何

   が加害者だ。ふざけるな。そんなきれいごとを言って逃げようとしてただけだ。現

   実に向き合えずに死んで楽になりたかっただけだ。生きていれば永遠に付きまとう

   この苦しみから早く逃れたかっただけだ。

   洗面器に栓をして水をためる。乱暴に顔を洗うと。手で水を切りながら側にあった

   タオルに顔をうずめて拭き取った。そのままタオルを首にかける。

カレー男 見つけたっす。手帳に書いてありました。

   得意げに手帳を見せるカレー男。

渡嘉敷  どこにあった?

カレー男 キッチン。

   渡嘉敷は振り返ってカレー男の手から手帳を奪う。

   あっという間に奪われてカレー男は不満そうな顔をした。

カレー男 先に言うこと無いすか?

渡嘉敷  殺すぞ。

カレー男 そうじゃなくて、お礼が欲しかっただけなのに……。

   カレー男は唾を飲み込んだ。渡嘉敷の目はすっかり闇に落ち込んでいる。

カレー男 なんだよ。おっかねえな、おっさん。

渡嘉敷  殺そう。

 カレー男は細かくうなづく。

カレー男 そうだな。男の方は殺そうぜ。

渡嘉敷  由里香を殺す。それから自殺する。

   渡嘉敷は手帳を開く。アドレス帳には知らない人間の名前と住所が多数ある。

渡嘉敷  どいつだ?

カレー男 手帳見せてくれます?

   カレー男に手帳を投げると、渡嘉敷は鏡に向き直る。

   カレー男が手帳の予定表の欄を見せる。

カレー男 昨日、芦田先生と面会って書いてあるっす。

渡嘉敷  で?

カレー男 それで芦田って奴を探すと、アドレス帳に一人いるっす。超わかりやすいっす

    ね。

渡嘉敷  そうか。

   渡嘉敷はネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎ捨てる。

   (洗顔してネクタイがぬれてワイシャツもぬれたから)

渡嘉敷  君はもう帰れ。

   カレー男の手から手帳を抜き取ると、渡嘉敷は洗面所を後にした。

   カレー男はその背中に向かって叫ぶ。

カレー男 おっさん。俺に最後にでかいことさせてくださいよ。たのんますよ……。

   カレー男にタオルが投げつけられる。同時に渡嘉敷の怒鳴り声が響く。

渡嘉敷  何がでかいことだ。ふざけんな! バカが。さっさと飛び降りて死んで来い!

   カレー男は、首を下げて頭をかく。

カレー男 すんません。

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