真昼の星 第五場

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真昼の星 第五場

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第五場

   雑踏、券売機の音。駅の改札。

   渡嘉敷は駅の改札を抜けたときにカレー男に呼び止められる。

カレー男 ちょっと!

   不思議そうな顔をしている渡嘉敷にカレー男はズボンのポケットの中を見せて両手

   を開いてみせる。その手がおばちゃんに当たりそうになりカレー男は首を下げて恐

   縮する。渡嘉敷はカレー男と向かい合う。

渡嘉敷  見送りありがとう。きちんと伝えてくる。

   カレー男は両手を渡嘉敷に見せる。

カレー男 そうじゃなくて。

   渡嘉敷はあっと気がついて、マルボボを箱ごとカレー男の手の上に乗せる。

   カレー男はそれをポケットに仕舞い込みながら首を大げさに振って見せた。

カレー男 そうじゃねえって。おっさん、俺も連れて行きなって。

    渡嘉敷はカレー男を見たまま動きを止める。

    反応がなくなったのでカレー男が不安がる。

カレー男 おっさん?

渡嘉敷  こっちはいいから、君には君のやるべきことがあるだろう?

カレー男 いいんだよ。飛び降りなんていつでも出来るんだから。

渡嘉敷  不思議だな。いつでも出来るくせにいつまでも飛ばない奴がいることを知って

    いるんだが。

カレー男 そんな情けない奴いんのかよ。

渡嘉敷  今頃、君の代わりに誰かが飛び降りてるかもしれないぞ?

カレー男 平気、平気。俺そういうのこだわり無いっすから。

渡嘉敷  そうか、どうやら俺の知っている奴は幻だったらしい。

   渡嘉敷はカレー男の肩に手を置くとビルに向かって歩き出す。

   慌ててカレー男が渡嘉敷を捕まえる。

カレー男 どこ行くんすか。

渡嘉敷  場所が開いたようだから飛び降りてくる。

カレー男 いや、ちょ、ちょっと待って。

   カレー男は渡嘉敷の前に回りこんで止めに入る。安っぽい笑みを浮かべている。

カレー男 おっさんの決意を見たらやるっす。じゃないと俺飛べないっす。

渡嘉敷  関係なくないか?

カレー男 あるっす。おっさんが途中でやめちまったら、俺は死に損っすから」

渡嘉敷  なぜ?

カレー男 こんな面白いこと、じゃねえや。勇気をもらえそうなんっすよ。

    渡嘉敷は怪しむ。

渡嘉敷  勇気?

カレー男 俺、勇気が無いんっすよ。いざとなったらびびっちまって、だから強くなりた

    いんすよ。

渡嘉敷  これから死ぬのに?

カレー男 はいっす。

渡嘉敷  私には関係ないことだけどね。

カレー男 じゃあ、電車に乗ってどこに行くつもりだったんすか。男の家知ってるんすか?

渡嘉敷  知らない。

   カレー男はにやりと笑う。

カレー男 でしょ? 俺、結構ひらめきだけはすごいって言われてるんっすよ。

渡嘉敷  だけ、は誉め言葉じゃないだろうに。それで?

   カレー男は渡嘉敷に向かって手を出す。

カレー男 電車賃をくれたら発表します。

渡嘉敷  ついて来ないなら出してやる。

カレー男 俺とおっさんの仲じゃないですかー。

渡嘉敷  うるさい。

カレー男 わかりましたよ。でも、俺のこと見直すと思うっすよ。

   渡嘉敷は財布から千円札を取り出してカレー男の手の上に乗せる。

カレー男 まいど。

渡嘉敷  行けよ。

カレー男 どこまで買えばいいんすか?

渡嘉敷  ついてくるな。

    渡嘉敷は背中を向ける。カレー男が回りこんでくる。

カレー男 奥さんの行方を知るなら、まず自宅っす。

渡嘉敷  家にはいないよ。

カレー男 そうじゃねえっすよ。

渡嘉敷  何が?

   若干イラついている渡嘉敷に対し、カレー男は楽しげ。

   その調子が渡嘉敷のイライラに拍車をかけているのだが、それを感じているそぶり

   はまるで無い。

カレー男 奥さんの趣味とか、交友関係を調べるんですよ。

   渡嘉敷はカレー男を改めて見る。

   ついさっきまでまとわりついていたイライラはどこかに消えていた。

渡嘉敷  なかなかいい思い付きをするな。それで?

   話に食いついてくる渡嘉敷にカレー男は得意げに笑ってみせる。

カレー男 続きは、おっさんの家で。

渡嘉敷  こいつ、ちゃっかりしてるな。

カレー男 へへへ。

   渡嘉敷は舌打ちを混ぜながら笑う。

   暗転。

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