真昼の星 第四場

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真昼の星 第四場

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第四場

   ビルの屋上。

渡嘉敷  何から話したらいいかな。たまたま出先から直帰でね、早く帰れたんだ。

カレー男 直球? あ、特急?

渡嘉敷  直帰。

カレー男 今時チョッキなんか着てるヤツいないっすよ。

渡嘉敷  いや、チョッキじゃなくて直接帰宅で直帰。

カレー男 ああ、そうだろうと思ってたっすよ。

渡嘉敷  そうしたらね家に見知らぬ男がいたのさ。

カレー男 泥棒すか?

渡嘉敷  ところがそんな雰囲気じゃなかったんだ。ひどくくつろいでテレビなんか見て

    るんだよ。それで言うんだ。どちら様ですか? ってね。

カレー男 え? それおっさんの家だったんすか?

渡嘉敷  私も一瞬バカになっちゃって自分の家を間違えたんだと思ったんだ。失礼しま

    した。って謝ろうかと思って気がついたんだ。絨毯は新居に越したときに妻と二

    人で決めた特注品だったから、これが私の家じゃないなんていうことはありえな

    かった。私は顔を上げて男に、お前は誰だ? と言ってやったんだね。

カレー男 おお。男っすね。

渡嘉敷  そうしたら男が立ち上がって、俺はここの奥さんの彼氏だって言いやがったん

    だ。俺はここの奥さんの彼氏。日本語としておかしくないか?

カレー男 そうすか?

渡嘉敷  いや、言葉としてはおかしくないけれど、意味がおかしいだろう? 奥さんに

    つくのは旦那さんとか夫だろう? 彼氏は普通並び立つものじゃないだろう? 

    驚くことばかりだった。また俺はバカになったのかと思った。いや、もう完全に

    イカれてしまったね。ふざけるな! って叫んだんだ。

カレー男 おお、いよいよバトルっすね。

渡嘉敷  そうしたら奥から妻が出てきてこう言うんだ。あなたが悪いのよってね。いき

    なりの展開にもうどうしたらいいのか分からなくなってきた。

カレー男 どうしたんすか?

渡嘉敷  男が妻の方に歩いて行き二人で非難がましく俺のことを見るんだ。カラスの目

    だな。カラスが俺のことを見てるんだよ。俺はゴミ袋でつつけば中からから揚げ

    とかなんかそんな食べられるようなものが出てくるんだな。後はそれがどこに入

    っているのかを見極めるようなそんな目なんだよ。

カレー男 なに言ってるかわかんねっす。

渡嘉敷  わからないか? わからないならいいんだ。とにかく二人で俺のことを攻め立

    てるんだよ。主にしゃべってるのは妻の方なんだが、男がいちいち相槌を打った

    りそれは良くないそれは良くないって言うんだ。おかしいだろう? 俺は被害者

    なのに、加害者が被害者面して二人で俺のことを加害者に仕立て上げるんだよ。

カレー男 おっさんは黙ってるだけだったんすか?

渡嘉敷  俺も応戦した。俺は被害者だ。毎日毎日遅くまで働いて生活費と家のローンを

    稼いできているんだ。満員電車に乗って自分の領域に無理やり人が入って来て気

    が狂いそうになるような空間の中でも自我を保ちながら毎日戦ってるんだ。嫌な

    上司のご機嫌を取って、何度も何日も得意先を回ってやっと取った契約をバカに

    するあのクソ野郎に完璧な笑顔を向けなくちゃならないんだ。なぜだかわかる

    か?

カレー男 いや。わかんねっす。

渡嘉敷  あのろくでなしの口先野郎は、嘘の作り笑顔なんかすぐに見破るんだよ。だか

    ら、毎日会社にたどり着くとトイレの鏡に向かって完璧な笑顔を作るんだ。頭が

    おかしいだろう? 狂ってるんだよ。こんなことをやって家族のために死に物狂

    いで働いてきたのに、その俺に向かってお前は被害者面をするのか。一体全体ど

    ういうつもりなんだと言ってやったんだ。妻と妻の彼氏が黙り込んだよ。

カレー男 おお、やったっすね。

渡嘉敷  俺もざまあみろと思ったね。でもね。突然気がついたんだよ。

カレー男 何にすか?

渡嘉敷  実は加害者は俺の方なんだってね。そう思ったら、もう平常心ではいられなく

    なった。出て行け! 俺の家から出て行け! って叫びまわって、手当たり次第

    に床に物を投げた。妻と妻の彼氏は家から逃げ出して行った。俺はそれに気がつ

    かずにずっと一人で暴れまわっていた。テーブルの角に足の小指をぶつけてその

    傷みで正気に返った。

カレー男 うわ、いてぇ。それは痛いっすよ。

渡嘉敷  あれが無かったら、私は家に火をつけていたと思う。それくらいに頭がおかし

    くなっていた。夜が来てもカーテンも閉めず明かりもつけずにずーっとうずくま

    っていたんだ。腹が減って冷蔵庫まで歩き何か適当に食べて、そうしたら少しだ

    け日常が帰ってきて風呂に入って眠った。朝が来ていつも通りに支度していつも

    と変わらない感じで家を出た。妻がいなくてもいつも通りだったんだよ。いつも

    通り駅から電車に乗って満員電車の中で隣の女の香水の匂いがきつくて胃の上の

    方がムカムカし始めてどうしても耐えられなくなってもうどうでもいい、次の駅

    で降りて死のうと思ったんだ。

   カレー男は渡嘉敷をじっと見つめ時折座りかたを変えたが静かに聴いていた。

   渡嘉敷が話を終え新しいマルボボの箱を開けて一本取り出す。、

カレー男 殺そう。

   渡嘉敷はタバコを取り落としそうになる。

渡嘉敷  何?

   カレー男は熱意をこめて言う。

カレー男 あんたの奥さんとその彼氏を殺そう。

   渡嘉敷はライターを出してタバコに火をつけた。

カレー男 おっさん。どうせ死ぬんだ。そいつらに復讐してから死のうぜ。俺、手伝うか

    らよ。マジでむかついたぜ。なあ、やろうぜ。

   渡嘉敷は詰め寄ってくるカレー男にマルボボを差し出す。

   カレー男は一本抜き取ると差し出されたライターで火をつける。

渡嘉敷  話、聞いてなかったのか?

   カレー男は首を横に振る。

カレー男 あんたわかってないよ。悪いのはあっちの方だ。ふざけてんぜ。

渡嘉敷  いや、さっきも言ったように私が加害者なんだ。このまま死ねば妻に財産だっ

    て残せるし、離婚で色々バタバタすることもない。

   カレー男が渡嘉敷めがけて煙を吹き付ける。

カレー男 おっさん、ぬるいんだよ。だから不倫なんかされるんだ。俺らの仲間内でも裏

    切った奴はボッコボコにして次がねえことを教えてやるんだ。サラリーマンは戦

    士なんだろ? 何か? 企業戦士って言うのは、血は流さねえのか? そんなぬ

    るい連中が偉そうにしてるのか? だからオヤジ狩りなんかされちまうのか?

渡嘉敷  こんなビルから飛び降りられないお前にそんなこと言えるのか?

   カレー男意気消沈。

渡嘉敷  いいか。企業戦士って言うのはな、瞬間的な殺し合いをしてるんじゃないんだ。

    一度負けてもそれで終わりじゃない。最後まで気を抜くことが許されない人生の

    喰らい合いをしているんだ。相手を逆らえなくなるまで殴りつけても勝ったこと

    にはならない。相手を飲み込んで、時には相手に飲み込ませて自分を強く大きく

    していかなくちゃいけないんだ。人生で勝ち上がっていくためにそうするんだ。

    相手を殺して終わりなんて簡単な話じゃないんだ。相手を倒しても、そいつはま

    た這い上がってきて俺を追い落とそうとする。時にはそいつを利用して……。

   渡嘉敷はため息をつく。

渡嘉敷  私はそれが楽しくて仕方が無かった。家庭のことなんてどうでも良かった。妻

    のことをいつしか家政婦程度にしか見ていなかったんだ。バカだったんだよ。

カレー男 悔しくないのかよ?

   渡嘉敷の手の中でタバコは吸われることなく灰になっていく。

渡嘉敷  いや、悔しい。

カレー男 じゃあ、一発でもいい殴りに行こうぜ。男だけでもいい。おっさんも男だった

    ら、自分の思いをきちんとぶつけなくちゃダメだぜ! どうせ死ぬんなら、ガツ

    ンとやってから死のうぜ。

   渡嘉敷は空を見上げて何か決意をすると、ゆっくりと立ち上がる。

   カレー男も吊られて立ち上がる。

渡嘉敷  そうだな。どうせ死ぬならガツンとやるか。

カレー男 そうこなくっちゃ。

   渡嘉敷とカレー男は非常階段を下り始める。

渡嘉敷  カレーの分、後で返せよ。

カレー男 細かいことは気にしちゃだめっすよ。

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