真昼の星 第三場

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真昼の星 第三場

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第三場

   コンビニ。店員がレジにつくと渡嘉敷が入ってくる。

渡嘉敷  かごの中にコンビニ弁当を入れる。そのままの流れでおにぎりを眺める。シー

    チキンを手に取りかけて戻り、別のおにぎりを見てそっちを取る。鮭ハラスおに

    ぎり。かごの中に入れる。すでに選ばれている欧風チキンカレーの上におにぎり

    が乗る。続けて焼き炒飯おにぎりが隣にやってくる。一度パンのコーナーを振り

    返ったが、色目が弱いのでやめた。サンドイッチを見てこっちの方がいいかなと

    思う。そのまま店内を歩きドリンクコーナーでコーヒー一缶とペットボトルのお

    茶を二つ籠に入れる。頭上にあった時計を見る。十時二十二分。今頃は社から自

    宅に電話が入っているだろうか。

   渡嘉敷はお菓子コーナーをぼんやりと眺めながらレジに並ぶ。

   店員は明らかに手際が悪い。

渡嘉敷  新人なのだろうか店員が慌てながら接客をしている。それをイライラした様子

    で眺めているサラリーマン。その後の作業員はつま先で床を叩いていた。慌てる

    ことはないさ。ゆっくりやるのが一番早いんだから。サラリーマンも作業員も自

    分のその行為が店員のスピードを遅くさせていることに気がついていない。そん

    なに急いでどこに行こうというのか。急いでみてもいいことなんかまるでない。

    見えるものも少なくなって失くしてしまう物が多いのだ。それに後から気がつい

    ても、もう取り戻すことは出来ない。あ、作業員が舌打ちをした。スイッチみた

    いな音だった。

   渡嘉敷、鼻で笑う。

渡嘉敷  作業員が振り返る。こちらをいぶかしげに見ている。こちらも不思議そうな顔

    で返す。サラリーマンが出て行く。店員が作業員に声をかけて作業員はカウンタ

    ーに物を投げるように落とした。店員が萎縮し動きが遅くなる。

渡嘉敷  嫌なヤローだ。こんな時は誰にも見えない自分の幻影を作り出して、作業員の

    尻の穴めがけカンチョーをぶち込む。彼が悶絶する姿を想像し時間を潰す。会計

    が終了し作業員が行ってしまうとカウンターの上にかごを載せた。

渡嘉敷  お願いします。

店員   はい。

   店員の声は小さかった。その顔には安堵。

店員   こちら温めますか?

   欧風チキンカレーをこちらに見せて精一杯笑う店員。渡嘉敷は首を横に振った。

渡嘉敷  そのままでいいです。

渡嘉敷  心の中で、スプーンも無くていいとつぶやく。あ、そうだ。

渡嘉敷  マルボボもください。

店員   はい。

渡嘉敷  会計を済ませると、ちょっと歩いてまたあのビルの非常階段を登っていく。コ

    ンビニの袋からビニールに包まれたスプーンを階段の一番下の段に置く。上り始

    めて思う。一日に何度も上り下りするものではない。本当なら上り一回で済んだ

    のに、あの踏ん切りのつかない若者のせいで飯の心配をすることになってしまっ

    た。挙句の果てに遅い朝飯まで買ってくることになった。タバコが買えたのは良

    かったかもしれない。上りきったら吸おう。空を眺めながら吸おう。俺の吐く煙

    が雲になる。呼吸が乱れると思考も乱れる。足も重い。今度こそ地面までノンス

    トップで降り切ってやるぞ。

   暗転。

   あまりが着き渡嘉敷は屋上にたどり着く。カレー男の姿はない。

渡嘉敷  飛んだのか。

   渡嘉敷は屋上の真中あたりに袋を置くと、ゆっくりとビルの縁に向かって歩き出す。

渡嘉敷  やっと決めたのか。

渡嘉敷  少しさびしい気もするな。見ず知らずの無遠慮な若者だったが、死ぬことを止

    めてやれなかったのは、なんだか悪い気もしたな。言葉だけでも止めてやるべき

    だったのか。

渡嘉敷  いや、そんなことは無いな。

渡嘉敷  互いにこれから死ぬ人間同士だった。飯を食いながら互いのくだらない人生を

    土産にあっちに旅立つと言うのも悪くないプランだったが、どうせ俺たち二人は

    死ぬことに代わりが無かった。

   渡嘉敷はビルの縁から下を覗きこむ。

渡嘉敷  変だな。静か過ぎる。人が一人飛び降りたのなら、もっと大騒ぎになっていて

    もいいはずだな。

カレー男 ちょっとぉ! 俺が先っすよ!

   背中から聞こえてくる緊張感の無い声。カレー男が階段の下から走ってくる。

カレー男 俺がトイレ行ってる間に先こそうなんてセコイっすよ。

渡嘉敷  これから死ぬのにトイレなんかどうでもいいだろうが。

カレー男 いやっすよ。飛んでる最中にもらしたら格好悪いっすからね。

   渡嘉敷もカレー男に向かって歩いていく。カレー男はコンビニ袋の前に座り込むと、

   渡嘉敷よりも先に袋の中から欧風カレーを取り出した。

カレー男 これ冷たくないすか?

渡嘉敷  そうか?

   カレー男はコンビニの袋を覗き込む。

カレー男 あれ?

渡嘉敷  どうした?

カレー男 あれ? スプーンが無い。スプーンは?

渡嘉敷  無いか?

渡嘉敷  無いはずさ。上ってくる時に階段のところに置いてきたんだからな。こいつが

    コンビニにスプーンを取りに行っている間に、俺は飛び降りる。それでこいつと

    のお付き合いもおしまいだ。

カレー男 ま、いっか。

   カレー男は懐からビニールに入ったスプーンを取り出した。

渡嘉敷  あ。

カレー男 拾っといてラッキーだったぁ。俺ついてるっすよね。コンビニにトイレ借りに

    行った帰りにスプーン拾うんですもん。普通、こういうの無視するじゃないすか。

    でも、ビニール袋に入ってたんで、もったいねって思ったんすよ。で、ついつい

    拾っちゃったんすよねぇ。

   渡嘉敷は小さなため息をついて座り込むと、コンビニの袋からお茶を出して自分と

   カレー男の前に置く。カレー男が首を下げている間におにぎりを前に置く。

渡嘉敷  トイレに行くなら、一緒に来ればよかっただろうが。

   欧風カレーのラップをはがしながらカレー男は渡嘉敷を見る。

カレー男 いやっすよ。

渡嘉敷  なんで?

カレー男 俺、おっさんの友達じゃないすから。

渡嘉敷  そうだな。

   渡嘉敷はおにぎりを開封する。カレー男がカレーを食べ始める。

カレー男 んで、おっさんは何で死ぬの?

渡嘉敷  それこそ友達でもなんでもないこいつに話す理由なんてないような気がしたが、

    聞くまで飛ばないなんて言われたらそれこそ面倒くさいので話してやることにし

    た。

渡嘉敷  妻が浮気をしたんだ。

   暗転。

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