真昼の星 第二場

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真昼の星 第二場

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第二場

   闇の中に渡嘉敷が一人明かりに照らされている。ビルの屋上に座り込んでいる。

渡嘉敷  世界はこんなに深い底にある。人は地の底に生きているちっぽけな存在だ。そ

    んな極小な人間たちが自分たちよりも小さな虫けらを笑い、自らを高等な生物で

    あるかのように振舞う。ここには何も無い。いつものように起きて、いつものよ

    うに会社に行く支度をして、いつものように家を出た。そこに妻はいなかった。

    私の存在とは一体なんだったのだろうか。いや、人間の存在とは何なのか。考え

    たことも無かった。考えても意味のないことだと思った。以前に読んだ小説で侍

    がある日突然出家してお坊さんになったが、今はその心境が良くわかる。この世

    には、この世には……。

カレー男 すんません。すんません。ねえ、すんませーん。

   カレー男の声で渡嘉敷は思考を止めた。

   明かりがつくとカレー男が手を振っている。

渡嘉敷  まだ飛んでなかったのか?

カレー男 すんません。

   カレー男は首だけを下げる。渡嘉敷はそれを見て舌打ちをする。

渡嘉敷  何だよ。

   カレー男はまた首を下げる。

カレー男 お腹空きません?

  渡嘉敷はため息をついて寝転る。

カレー男 冗談っすよ。冗談。

渡嘉敷  飛んだら教えてくれ。

カレー男 へーい。

   渡嘉敷は目を瞑る。すぐにカレー男が話しかける。

カレー男 でも、飛んだら教えられなくないっすか?

   ゆっくりと立ち上がりながら渡嘉敷はビルの端にいる若者に向かっていく。

カレー男 ちょっとそれ以上来たら、飛び降りるからな。

渡嘉敷  飛べよ。早く飛べよ。

   渡嘉敷はどんどん歩いていく。

   カレー男が背後のビルの下を覗く。慌てて渡嘉敷に手を振る。

カレー男 ここは俺の場所だ。

渡嘉敷  関係ない。

カレー男 じゃあ、カウントダウンしてくれよ。

   渡嘉敷は足を止める。手を思い切り伸ばせば、カレー男に触れることが出来る距離。

渡嘉敷  3。

カレー男 カウントは10からだろ。

   カレー男の泣きが入り、渡嘉敷は舌打ちを混ぜながら10から数え始める。

渡嘉敷  ……5、4、3、2、1。

   カレー男は下を見て飛び込もうとしない。微妙な間が二人の間に流れる。

カレー男 0は?

   カレー男が横目でチラチラと渡嘉敷を見る。

渡嘉敷  あ?

カレー男 0っすよ。

渡嘉敷  じゃあ、0。

カレー男 じゃあってなんすか?

   悲鳴にも似たカレー男の声を聞いて渡嘉敷は彼の側に行こうとする。

渡嘉敷  押してやるよ。

   カレー男はビルの縁から逃げ出す。左手で渡嘉敷を指差して抗議する。

カレー男 あんたそれ殺人だよ。分かってんの?

   渡嘉敷はカレー男を無視してビルの縁に立つ。若者は声を荒げる。

カレー男 横入りは、人間のクズのする行為なんだぜ。

渡嘉敷  いつまでも飛ばないお前が悪い。

カレー男 カウントダウンをまともにやってくれたら飛べてたね。

渡嘉敷  いいから先にやらせろ。

カレー男 ダメだね。

渡嘉敷  なんで?

カレー男 俺が先に飛ぶ。

   渡嘉敷は縁から離れビルの外を見るように座り込んだ。

渡嘉敷  じゃあ、行け。

カレー男 なあ。

渡嘉敷  なんだよ。

カレー男 おっさん。あんた、何で死ぬんだ?

   渡嘉敷は若者をチラッと見てから向かいのビルを眺めた。

渡嘉敷  ……くだらない理由さ。そう、本当にくだらない。

   暗転。

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