フェイムルの移動図書館(2013) 第一場

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フェイムル移動図書館(2013) 第一場

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   木こりの家。下手に外への扉。上手に大きな手作り感満載のベットが置いてある。

   中央に食卓がありテーブルの上には豪家とはとても呼べない貧しい料理がいくつか

   乗っているだけである。

   舞台中央でマイオ、リト、父母の4人家族が食事をしている声や物音が聞こえてく

   る。リトは膝の上に置いた本を見ながら食事をしている。

マイオ  またこれ? たまには肉とか出てこないの? 僕、育ち盛りなんだよ? こん

    なカスカスのパンなんて美味しくないし、お腹も一杯にならないんだよなぁ。

父    文句を言うな。貧しくてご飯を食べられない人だっているんだぞ?

マイオ  うちより貧しい家なんて無いよ。不幸だよ。不幸のどん底

母    お金持ちでも不幸な人はいるのよ? ガマンしなさい。

マイオ  いないよ。お金持ちはみんな幸せさ。貧乏は不幸そのものさ。

母    あら、お母さんは不幸じゃないわよ。こうしてお父さんがいて、マイオがいて

    リトもいてお話が毎日出来て……。

マイオ  そんなの負け惜しみだよ。僕は絶対、大人になったら町で生活をするからね。

    町に行けば仕事が一杯あるって言うし、美味しい物だった沢山あるんだから。

母    まぁ。

マイオ  お父さんいいでしょ?

父    お前の人生だ。お前が決めるなら反対はしないさ。

母    もう、お父さんまで。きこりの子供はきこりって決まっているのよ。

マイオ  僕はそんなのお断り。

   母親、リトを見る。

母    リト、ご飯を食べるときくらい本はしまいなさい!

リト   はーい。(返事だけ)

マイオ  こいつ、返事だけはいいんだから。

母    マイオ、あなたは少し落ち着きがないわよ。ゆっくりと、しっかりと噛んで食

    べなさい。

マイオ  はーい。

母    本に落としたらどうするの? やめなさい。

リト   落とさないもん。

マイオ  そう言って何回も落としてるからその本は染みだらけ。

母    1冊しかない大切な本なんだから、大事にしないと本が怒ってどっかに行っち

    ゃうかもよ?

リト   本は怒らないもん。それに本はどこにも行かないわ。

マイオ  足もないしね。

母    もう。お父さんからも何か言って。

   父親、立ち上がる。

父    明日は早いぞ。準備をしっかりしておかなければだ。マイオ、食べ終わったら

    お前も準備をしておくんだぞ。それが終わったら、外に手伝いに来なさい。

   父親、家を出て行く。

マイオ  うん。(気乗りしない)

母    はい、でしょ。

マイオ  はーい。ごちそうさま!

   マイオ、上手に置いてある背負い袋の中に散らばっていた荷物を詰め始める。

リト   ごちそうさま。

   リトも本を開きながらマイオの方へやってくる。ベットの上で本を開くと読み始め

   る。

母    ふう。

   母親、少し疲れた様子で片付けをする。

リト   ねぇ、世界にある本が全部置いてあるところがあったら、素敵だと思わない? 

    あたし毎日でも通っちゃうわ。

マイオ  お前、本当にバカだなぁ、世界中にどれくらい本があるのか知ってるのか?

リト   知らないわ。でも、きっと沢山の本があるのよ! マイオはどれくらいあると

    思う?

マイオ  僕は知らないよ。だけど、そんな沢山の本をお前なんかが読みきれるわけない

    だろ。あと、お兄ちゃんって呼べ。

リト   マイオは、夢がないのね。

マイオ  うるさいな。明日、父さんの手伝いで森の奥に行くんだから、早く寝ろよ。

   ベットに横になるマイオ。父親の声。

父    マイオ!

マイオ  いっけね。もう寝ろよ。

リト   私はもう少し本を読むわ。こんな月明かりの夜は、そうそうないもの。

マイオ  好きにすれば。目が悪くなっても知らないからな。

リト   マイオは頭が悪くならないように気をつけてね。

マイオ  こいつ!

父    マイオ!

マイオ  はいはーい!

   マイオはそう言って家を出ていく。

   木のドアが閉まると、家の中が急に暗くなる。そこへ母親がやってくる。

母    あら? マイオは?

リト   外に行ったわ。気がつかなかったの?

母    そうだったわね。リトは本を読んでるの?

   母親はリトのそばまでやってきてベットに腰掛け、リトの髪を優しくなでる。

   リトは頭を振って本に集中する。

リト   うん。もう少ししてから寝るわ。

母    何を読んでいるの? 墨の川のお話? 湖になった村のお話?

リト   お花の名前がどうしてそうなったかの本よ。森に咲く赤い花は、昔の人の悲し  

    いお話から名前がついたんですって。お母さん、大丈夫?

母    え?

リト   なんだか元気がないみたい。

母    そう? そういえば、ちょっと疲れているせいかもね。森に咲く赤い花って、

    何の花のことかしらね?

リト   赤い花って沢山あるものね。バラにチューリップにベルガモットにダリア、そ

    れから……。お母さんも言って。

母    そうね。……ちょっと疲れたみたい。あまり遅くならないように寝るのよ。

リト   はーい。

   母親は立ち上がるが、急に力を失い、その場に倒れこんでしまう。その音に驚いて

   リトは本から目を放し母親に駆け寄る。

リト   お母さん? お母さん! お父さん! 来て、お母さんが! マイオ! お兄

    ちゃん!

   その声に父親とマイオが走りこんでくる。二人は倒れている母親を見て驚く。

   母親の額に手を当てて父親が叫ぶ。

父    マイオ、すぐに町に行ってお医者様を呼んで来るんだ。

マイオ  うん、わかった。

   マイオは家を飛び出していく。不安そうに見つめるリトの頭を父親が優しくなでる。

父    母さんをベットに横にならせて上げよう。

   父親は母親を抱えてベットに寝かせる。

   暗転。

   ベットの上で寝ている母親が照らされる。

   しばらくすると医者と父親の声が聞こえてくる。ベットに寝ている母親のそばには

   マイオとリトがやって来る。

医者   これは黒い熱病だね。滅多にかからないが、かかったらほとんどの人が助から

    ない。恐ろしい病気だよ。昔は魔女がかける呪いだと言われたものだ。意識が朦

    朧とし、思っても見ないような悪い言葉を吐き出すとか……。

父    薬は無いんですか?

医者   もっと大きな町の医者なら持ってるかもしれないが、とてもじゃないがお前に

    払える金額じゃないぞ?

父    先生、何とか出来ませんか?

   医者、しばらく考える。

医者   あとは魔女の薬だけだな。ワシも医者だから、あんな連中に頼りたくは無いが。

父    魔女の薬?

医者   うん。その名の通り魔女が作っている薬さ。

父    それはどこにあるんです?

医者   文字通り魔女が持っているのさ。魔女は今でも森の奥深くにひっそりと住んで

    いるそうだ。確かめたことは無いがね。

父    じゃあ、明日にでも森に行ってきます。

医者   無理じゃろう。残念だが、魔女に会えるのは子供だけだ。大人では、声を聞く

    ことすら出来まい。魔女は大人が嫌いだからな。

   リトは母親の汗を拭く。母親、気がつく。

母    ありがとう。リト。

医者   では、私はこれで。

父    マイオ、リト。先生を送っていきなさい。夜の森は暗い。

   マイオが立ち上がる。

医者   いや、大丈夫だ。病人の側にいてやりなさい。それがいい。その方がいい。

   父親が明かりの中にやって来る。

マイオ  ほら、やっぱり不幸じゃないか。家には母さんの薬を買う金もないんだ。町に

    住んでいれば母さんをもっといい医者に診せられたのに。

リト   魔女なら何とかしてくれるんじゃない?

マイオ  魔女なんて、いるわけ無いさ。こんな時にふざけるなよ。

リト   お父さん。

父    そうだな。どうやら魔女に頼むしかないようだ。だが、大人では魔女には会え

    ない。そうだ。マイオに行ってもらおう。途中でリトをロンド叔父さんの所に預

    けてから魔女に会って来るんだ。

リト   嫌、お母さんと一緒にいる。

母    リト、お父さんの言うことを聞いて叔父さんの家に行って頂戴。

父    マイオ、わかるな?

マイオ  ……うん。いいよ。行ってくる。

リト   嫌、ここにいる!

母    ダメよ。リト。言うことを聞きなさい。あなたに病気がうつったら大変でしょ。

マイオ  わがまま言うなよ。

父    すまんな。マイオ。

   途方にくれる父親に、マイオは胸を張って答える。

マイオ  わかった。魔女から薬をもらってくるよ。

リト   お薬があればお母さんは助かるの?

父    そうだな。きっと助かる。

リト   じゃあ、私も行くわ!

母    魔女探しは危ないのよ。叔父さんの家でおとなしく待っていなさい。

リト   ダメなら叔父さんの家にも行かない。

父    遊びじゃないんだぞ。

母    そうよ。

マイオ  お前は叔父さんの家で本でも読んでろよ。魔女には僕が会って来るから。

リト   ダメよ。マイオを一人にしたら、寄り道ばかりするじゃない。

マイオ  お前がいると邪魔なんだよ。ピーピー泣いてばかりいるから。

リト   あたし、泣かないもん。

マイオ  うるさい泣き虫!

リト   泣かないもん!

母    二人ともそんなことでケンカしないの。大きな声を聞くと頭が痛くなってくる

    わ。

父    わかった。夜の森には入らないようにするんだぞ。マイオも。

母    ……やっぱり私、心配だわ。

父    夜になる前に戻れば大丈夫さ。お前たち、仲良く行って来られるな?

リト   任せて! 絶対に魔女から薬をもらってくるから。

マイオ  魔女なんかいるかよ。最初からお前を……、

父    マイオ、リト、約束出来るな? 返事は?

リト   約束できるわ。

父    マイオは?

マイオ  わかったよ。

父    よし、出発は明日の朝だ。用意はしておくから、二人とももう寝なさい。

リト   嫌よ。今日はもう少しお母さんといるの。

   リトは母親に抱きつく。マイオをそれをつまらなそうに見る。

マイオ  甘えん坊!

リト   何よ! いーだ!

母    マイオ、あなたもいらっしゃい。叔父さんと叔母さんの言うことをよく聞くの

    よ。

   マイオは母親の差し出された手を見つめて、それをつかみ母親に寄り添う。

歌『母の歌』

「さぁ目を閉じて

 心に描くあなたの夢は

 大きくなっていつか旅立つの

 広い広い世界の空は

 行けば行くほど

 無限の可能性を

 あなたにしめしてくれる

 出来ないことを忘れないで

 いつか夢につまづいた時

 それを思い出せれば

 また飛び立てる

 あの青い空へ

 どうか大人にならないで

 かわいい私の子ども達

 どうかその夢を離さないで

 悲しいことが起こっても」

   兄妹はその場で眠ってしまう。

   暗転。

   月の光が日の光に変わり朝がやって来る。

   リトもマイオも母親のベットに顔を伏せて眠っている。

   リトが目を覚ます。

リト   おはようお母さん。

   母親は苦しそうに小刻みに呼吸をする。

母    私がこんなに苦しんでいるのに、お前たちと来たらのんびり眠って、本当に意

    地の悪い子たちだね。

リト   どうしたのお母さん?

母    あっちへ行って! その声を聞いてるだけで吐き気がするわ!

リト   マイオ、起きて! 起きてってば!

   リトはマイオをゆすり起こす。

マイオ  なんだよ。

   眠たそうに目をこすりながらマイオは起きる。

母    またうるさいのが増えた! もう嫌! 早く死んでしまいたいわ。何で私だけ

    がこんなつらい思いをするのよ! お前たちにもうつればいいのに!

リト   お母さん? どうしちゃったの? ねえ、お母さん!

   マイオ、母親の様子を見て飛び上がって驚く。

マイオ  母さん? 父さん、母さんの様子がなんか変だよ。

母    私はちっとも変じゃないよ! お前たちが変なんだ!

   父親が部屋へ入って来る。父親も母親の様子を見て慌てふためく。

母    出て行け! この死神の疫病神め! お前と結婚なんかしなけりゃよかった!

父    マイオ、急いでリトを叔父さんの家に連れて行くんだ。こんな母さんを見せち

    ゃいけない。

リト   おかあさん……。

母    止めておくれ! あんたにお母さんだなんて呼んでもらいたくもないわ!

父    リト、お母さんは病気であんなことを言ってるんだ。急いで支度をしなさい。

リト   魔女にお薬をもらってくるわ! 絶対にお母さんを助けるんだから!

   マイオとリトは急いで用意していた荷物を担いで旅支度をする。父親は小さな布袋

   を渡す。

父    頼んだぞ。これは少ないが何かの足しにするんだ。いいね?

リト   うん。お母さん大丈夫?

父    ああ、大丈夫さ。

マイオ  リト、行くよ。

   マイオはリトを置いて先に家を飛び出して行く。(下手)

リト   マイオ待ってよ。お母さん、行ってくるわね。

母    どこにでも行くがいいさ! 二度とここには来ないでおくれ!

父    力を合わせて、助け合うんだぞ。

   リト、染みだらけの本を取りに行く。それを母親の枕元に置く。

リト   行って来るね。

母    こんな汚い本をこんなところに置いて、なんていう意地の悪い子だよ。

   リトもマイオを追って家を出て行く。(下手)

   暗転。

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