フェイムルの移動図書館(2013) 序章

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フェイムル移動図書館(2013) 序章

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   暗い森の奥深く。魔女の像が四つ立っている(影絵か)。

   それぞれ手に物を持っている。もしくは置いてある。

   マチョードは金の鎖。金とは書いたが金じゃなくても良い。

   ミヒナは金の柄杓。金とは書いたが金じゃなくても良い。

   アデリンは金の壷。金とは書いたが金じゃなくても良い。

   マーガレットは金の鏡。金とは書いたが金じゃなくても良い。

   ただ泥棒が盗むのでそれなりに高価そうなものが良い。

   二人の盗賊が辺りをうかがいながらやってくる。

オットー なあ、アーニー。

アーニー なんだよオットー。急に話しかけるなよ。

オットー 何でだよ。

アーニー 驚くからだよ。

オットー あ、そっか。

   黙る二人。

アーニー おい、オットー。

オットー なんだいアーニー。急に話しかけるなよ。

アーニー 先に話しかけたのはお前だよな?

オットー そうだっけ?

アーニー もういいや。

   アーニーはあたり見回す。

オットー なあ、アーニー。

アーニー なんだよオットー。急に……、やめた。なんだよ。

オットー 途中でやめるなよ。気になるだろ。

アーニー 急に話しかけるなよ。

オットー 何でさ。

アーニー 驚くから。

オットー そうか。

   黙る二人。

アーニー なぁ、オットー。

オットー なんだいアーニー。

アーニー 先に話しかけたのはお前だよな?

オットー そうだっけ?

アーニー そうだよ。用があるなら言えよ。ないならずっと永久に黙ってろ。

オットー 永久に黙ってるなんて無理だよ。死人じゃないんだから。

アーニー 本当だな。死人でも出てきそうな感じだ。

オットー 何でこんなところに連れてきたんだよ。人っ子一人いやしないじゃないか。

アーニー そう。人っ子一人いやしない。だから来たんじゃないか。

オットー え? 言ってる意味がわからない。

アーニー 俺たちは何だ?

オットー 泥棒?

アーニー そう泥棒。それも死人や遺跡相手のな。巷じゃ墓あらしとか、盗掘屋なんて呼

    ばれちゃいるが、

オットー ひどい呼ばれ方だね。

アーニー まったくだ。だが、俺たちは実は泥棒じゃない探検家だ。遺跡の調査隊だ。

オットー あれ? なんだか全然悪い感じがしないね。

アーニー だろう? 使われなくなってくらい穴の中でカビにまみれたお宝を、俺たちが

    陽の光の中に救い出してやるんだ。感謝されこそすれ、非難されるなんて的外れ

    さ。

オットー すごいね! で、何で俺たちはこんなところにいるんだい? 町で一杯やって

    るほうが楽しいのに。

アーニー 町の中に遺跡があるか? 墓があるか?

オットー 多分ない。

アーニー ない。町の中にお宝があるか?

オットー 人の家の中を探せばあるかも。

アーニー でも、それは誰かのものだ。それを取ったら縛り首になるかもしれない。

オットー それは嫌だ。縛り首になったら、お酒も美味しいものも食べられない。

アーニー だから、こんな深い森の中にやってきたってわけよ。

オットー ここにはお宝が?

アーニー ああ、ある。飲んだくれの爺さんから昔話を聞いたんだ。

オットー どんな?

アーニー 昔、この森の奥に魔女たちが住んでいたそうだ。

オットー 魔女? こわいなぁ。逃げようぜ。

アーニー 昔の話だよ。もう生きちゃいないさ。

オットー 本当かい?

アーニー でも、一人くらいは生きているかもな。魔女の四姉妹のうちの一人くらいは。

オットー 脅かすなよ。ねえ、魔女は四人もいたのかい?

アーニー そうさ、飲んだくれの爺さんの話だと、北の魔女が欲望に金の鎖をかけ、西の

    魔女がそれを金の柄杓で掻き出し、東の魔女の金の壷に入れ、南の魔女が壷の中

    の欲望を金の鏡に反射させた陽の光で燃やして砂にするそうだ。

オットー なんだか南の魔女だけ長いね。でも、何だってそんなことをしてたのさ?

アーニー そうしないとこの世の中が欲望で満ち満ちてしまうからなんだとよ。

オットー 欲望って?

アーニー そりゃあ、金が欲しいとか酒が飲みたいとか贅沢をしたいとか、そういう気持

    ちのことだな。

オットー じゃあ、嘘の話じゃないか。

アーニー なんでだ?

オットー 俺たちがお金を欲しいからさ。

アーニー そりゃそうだ。お前、頭がいいな。

   風が吹いて木々が揺れる。魔女たちの像が少しだけ前に出たような気がする。

アーニー 誰かいるのか?

オットー 嫌だなぁ。冗談はよしてくれよ。

アーニー 見ろ、人が立っている。返事をしろ、お前たちは何だ!

オットー え? え? 魔女? 魔女なの?

アーニー 返事をしないならこうだ!

   アーニー石を投げる。アデリンの像の顔に当たり像が倒れる。

アーニー やったぞ。一人やっつけた。次はどいつだ?

オットー 待って。動かないよ。

アーニー 死んじまったのか?

オットー そうじゃなくて、像だ。像だよ。

アーニー 何をバカな。人影だ。象と見間違えるわけがない。

オットー そうじゃなくて人間の像だって。

アーニー 人間の象? はっきりしないな。人間なのか? 象なのか?

オットー 人の形の石像だって。

アーニー あー。石像の像ね。ならもっと早く言えよ。驚いてうろたえちまったぜ。

   アーニー、像に近づいていく。

アーニー こいつは驚いた。本当だったんだ。

オットー 人間の形の石像だったでしょ?

アーニー そうじゃない。見ろよ。

オットー 石じゃなかったの? 木? 木像? まさか金属じゃないよね?

   オットー、アデリンの像を見下ろす。

オットー 石像じゃん。

アーニー お宝だよ! 俺たち大金持ちだ!

オットー あらら、この石像顔が壊れちゃってるよ。目と鼻と口が取れてらぁ。

   オットー、目と鼻、口のパーツを拾って持っていく。

アーニー そんなものはほっとけ。こいつら金で出来た宝物を持ってるぞ。こっちは鎖、

    こっちは柄杓か? こっちは壷、これは鏡だ。壷の中にはひょっとして?

オットー 欲望が入ってる?

アーニー もしくは砂だな。うーん。あんまり良く見えないな。おい、木の枝を持って来

    い。

オットー なんで?

アーニー 欲望に直接触れると、身を滅ぼすからさ。

オットー どうやって?

アーニー しらねえよ。飲んだくれの爺さんに聞け。

   オットー、石像の目、鼻、口を捨てて、枝を拾いアーニーに渡す。

   アーニーは受け取った木の枝を壷の中へ入れる。その先に泥が付く。

アーニー なんだ泥か。(枝を投げ捨てる)

オットー 呪いとかあるんじゃないの?

アーニー 呪い?

オットー 呪い。

アーニー どんな?

オットー 足が遅くなるとか? うーん、のろい!

アーニー バカなこと言ってないでなんか袋でも探して来い。

オットー そんなものないよ。森の中だよ。

アーニー 何だよ、役にたたねえな。よしこの壷に入れよう。それでお前は上着を脱げ。

オットー 何で?

アーニー これをこのまま持ってたら町に戻った時に怪しまれるだろうが。

オットー そっか、でも中の泥はどうする? (泥には触らない)

アーニー そんなの捨てちまえばいいだろうが。

オットー でも、触るの嫌だなぁ。

アーニー 壷をひっくり返せばいいだろう。

オットー 頭いいね。

アーニー まあな。

   二人で壷をひっくり返し中の泥を捨てる。

   位置的には、石像の目や鼻や口の位置になるように。

アーニー よし、中に入れて持って帰るぞ。

オットー これどうする? (アデリンの像)

アーニー 興味があるのはお宝だけだ。勝手に壊れたんだから気にするな。

   ずん。と言う地響き。

アーニー なんだ?

オットー わかんない。

   森の木々がざわざわと揺れだす。

オットー なあ、アーニー。

アーニー 何だよオットー。

オットー 早く逃げた方がよくないか?

アーニー 奇遇だな。俺もそう思ってたところだよ。

二人   逃げろー!

   二人は宝を持って逃げていく。森の中が暗くなる。風の音は大きくなる。

   明るくなると石像が消え魔女たちへと変わっている。マチョード、ミヒナ、マーガ

   レットが立っている。アデリンは倒れている。

マチョード もう百年が経ったのかい? なんだかあんまり寝た気がしないね。

ミヒナ   気のせいでしょ。あ、わかった。年のせいじゃないの?

マチョード なんだって?

マーガレット また世界中の欲望を集めて回らないといけないのね。それが終わったらま

     た百年かけて欲望にまみれた泥を砂にして、起きたらまた世界を回って……。

ミヒナ   文句ばかり言ってると姉さんみたいになるよ。

マチョード ふん。何とでもお言い。ところでアデリン、お前は……、

   三人、倒れているアデリンに気がつく。

マーガレット 大変! 姉さん! アデリン姉さん!

ミヒナ   あれまぁ。悲惨。

マチョード 顔が取れてるわ。目に鼻に口。

マーガレット もう、よくそんなに落ち着いていられるわね。顔が取れてるのよ!

マチョード 顔が取れてるくらい何よ。くっつけりゃいいのよ。この年になると大抵のこ

     とじゃ驚かなくなるのよ。ね?

ミヒナ   一緒にしないでよ。いくつ離れてると思ってんのよ。

マチョード 百年も二百年もそう大して変わらないじゃないの。やあねぇ。

マーガレット マチョード姉さん。ミヒナ姉さんも少しは真面目になって。

ミヒナ   私はいつでも真面目だよ。

マチョード 私を悪者にしないでよね。その辺に落ちてない?

マーガレット 何が?

マチョード アデリンの顔よ。

   三人、あたりを探す。泥の中で目と口と鼻を見つける。三人はそれぞれ顔のパーツ

   を拾う。

マチョード 目があった。ずいぶん泥だらけだね。

ミヒナ   鼻があったよ。あらあら泥だらけ。

マーガレット 口があったわ。こんなに泥だらけ。

三人    泥だらけ?

   辺りは紫の光に包まれる。

マチョード あんた私の金の鎖を取ったでしょ? あれが無いと欲望が捕まえられないじ

     ゃない。

ミヒナ   言いがかりはよして、金の柄杓を返しなさいよ。あれが無いと欲望を砂と混

     ぜて泥に出来ないじゃない。

マーガレット そうやって被害者の振りをして私の金の鏡を隠したのね? 返してよ。あ

     れが無いと欲望の泥を砂に出来ないじゃないの。

マチョード 騙されないよ!

ミヒナ   信用できないね!

マーガレット 嘘はもう沢山だわ!

マチョード まずあんたたちが鼻と口をアデリンにくっつけなさいよ。

ミヒナ   あんたたちが目と口をつけたらつけるわよ。

マーガレット そんなことを言って隠して持って行く気でしょ。

ミヒナ   それはお前だろ! 年下なんだから、さっさとやりなさいよ。

マチョード あんたたちグルだね? あたしがアデリンに目を戻している間に後から魔法

     をかける気だね?

ミヒナ   それはあんたがやろうとしてることだね? そうは行かないよ!

マーガレット 来ないで! それ以上近づいたら、あんたたちを魚に変えてやるからね!

   三人は徐々にお互いをけん制しながら舞台から去っていく。

三人    追って来たら、只じゃすまないよ! 魔法をかけてやるからね! いいや、

     信用できないね。あんたたちが追ってこられないように魔法をかけていくから

     ね! 追ってきたら痛い目を見るよ!

   やがて森に平穏が訪れる。アデリンがゆっくりと起き上がる。自らの顔を手でさす

   り驚く。アデリンには顔がない。

   暗転。

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