フェイムルの移動図書館(2013) 第三場

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フェイムル移動図書館(2013) 第三場

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   ◆魔女の森

   東の魔女アデリンの森は深い森の中。進んでいるうちに緑が徐々に濃くなっていき、

   やがてその中に紫や藍色が混じってくる。そして、徐々に陽の光さえもさえぎり始

   め、そこがもう普通の森ではないことを物語る。

   その中を兄妹は恐る恐る歩いてくる。

   先を行くのはマイオ。その後ろから着いていくリトは辺りを不安そうに見回す。少

   しでも兄との距離が離れると、駆け足で兄を捕まえに行く。

リト   マイオ、怖い。

マイオ  が、我慢しろよ。

リト   お母さん大丈夫かなぁ?

マイオ  僕が知るかよ。

リト   嫌だよぉ。お母さんが死んだら嫌だよぉ。(泣く)

マイオ  だからお前なんか連れて来たくなかったんだ。

リト   お母さんが死んじゃうなんて、そんなのやだ。

   リト、その場に座り込む。

マイオ  だから急いでるんだろ。ほら、立てよ。置いて行くぞ?

リト   ねぇ、魔女はどこにいるの?

マイオ  知らないよ。魔女なんか。

   マイオがリトに文句を言おうとした時、周囲で不気味な鳴き声が上がる。

   マイオは辺りを注意深くうかがう。

   気がつけば、二人をぐるりと見たこともない歪な形の木が取り囲んでいる。

マイオ  本当に魔女が出そうな雰囲気だなぁ。

リト   呼んでみたら来るかしら? 魔女さーん、どこにいるの? 魔女さーん。

   リトは大きな声で森の中に呼びかける。

   マイオはリトの手をつかんでそれをやめさせる。

マイオ  バカ。魔女なんかいるわけないだろ。狼が来たらどうするんだよ。

リト   じゃあどうするのよ。魔女さーん!

マイオ  だからやめろって、変な化け物でも現れたらどうするんだよ。

リト   マイオが何とかしてよ。

マイオ  悪い冗談言うなよ。

リト   魔女さーん! 魔女さーん!

アデリン 呼んだかい?

   二人の後ろから魔女が出て来て声をかける。二人は飛び上がって驚く。

   東の魔女アデリンは、フードを深くかぶりこみ顔を隠している。

リト   出てきたわ。

マイオ  そんなバカな。本当に魔女?

   アデリンの顔を見ることは出来ない。

   じろじろアデリンを見る二人にアデリンが不快になる。

アデリン 用事がないなら帰るよ。

   そう言うとアデリンの体が森の影に消えていく。リトがあわてて魔女を呼び止める。

リト   待って、魔女さん薬をちょうだい。

アデリン いきなり物をせびるなんて何てガキだい。礼儀を知らない子とは、話したくな

    いね。あっちへ御行き。

マイオ  本当に魔女なの?

アデリン さあね。でも、そう呼ばれてるよ。

マイオ  母が病気なんです。お薬をいただけませんか?

   アデリンは足音一つさせずに二人の前に急にやってくる。

アデリン 代わりに何かくれるのかい?

リト   ずいぶんがめついのね。

アデリン 嫌ならいいんだよ。私は帰るから。

マイオ  あ、そうだ。少しなら持ってるよ。

リト   ええ、お金なら少しだけど持ってるわ。

アデリン お金なんていらないね。

マイオ  お金が欲しくないの?

アデリン そんなものには何の価値も無いからね。

リト   お金が無かったら欲しいものも買えないのよ?

アデリン それはあんたたちの都合。私には関係ないのさ。本当に何も無いのかい?

マイオ  でも、僕たち他にあげられるものなんて持ってないんです。

アデリン 本当に?

   そう言って互いに見詰め合う兄妹。意地の悪い笑みを浮かべる二人。

マイオ  そうだ。こんな口うるさい妹なら、

リト   こんな意地悪なお兄ちゃんなら、

兄妹   あげてもいいです。

   アデリンが笑うと同じように森が震える。

アデリン 仲のいい兄妹だね。何の薬が欲しいんだい?

リト   お母さんが病気なの。

マイオ  熱が出て下がらないんだ。お医者さんは黒い熱病だって。

   アデリン笑うのをやめ、指先が交互に兄妹を指す。

アデリン ……黒い熱病?

マイオ  そうだよ。

アデリン じゃあ、魔女の薬が必要なのかい?

リト   そうよ。

   アデリンは兄妹の周りを歩き始める。兄妹は目で魔女を追う。

アデリン そうかい。お前たちを待っていたよ。

マイオ  待っていた?

リト   どうして?

アデリン 森が騒いでいたからね。木こりの子供がやってくるよってさ。耳だけは無事で

    良かったよ。

リト   じゃあ、お願い。薬をちょうだい。

マイオ  魔女なんだから黒い熱病を治せるんでしょ?

アデリン その病気は西の森の魔女のせいでね。

マイオ  西の魔女?

アデリン 西の魔女は病気もその薬も作るのが得意だからね。お前たちの母親が黒い熱病

    にかかっているとしたら、それは厄介なことさね。

リト   薬、持ってないの?

アデリン 今はないね。材料も何もかも無いからね。でも薬は作れるよ。材料があればね。

マイオ  本当?

リト   ねえ、西にも魔女がいるの?

アデリン いるよ。北にも南にも、そして東にもね。私たちは四姉妹さ。

マイオ  四姉妹? 魔女が四人もいるの?

アデリン 不思議なことは何もないさ。木こりだって何人もいるだろう? 兄弟だってい

    るだろう? 魔女だって何人でもいるのさ。兄妹がいたっておかしくないだろ?

マイオ  でも、魔女だよ?

アデリン しつこい子だね。黙って話を聞けないのかい? 帰るよ?

マイオ  すみません。

リト   ごめんなさい。

アデリン まぁ、いいさ。ただ少々厄介なことになっててね。薬を作ってやる代わりにお

    前たち、頼みごとを聞いてくれるかい?

   再び兄弟の周りを歩き始めるアデリン。

マイオ  頼みごと?

アデリン 私のお願いさ。聞いてくれたら薬を作ってやるよ。

リト   いいわよ。

マイオ  一人で決めるなよ。

リト   だって急がないと、お母さんが。

マイオ  それはそうだけど。

   兄妹の言葉を気にすることなくアデリンは話を続ける。

アデリン 情けないことに欲望を詰め込んでいた壷をひっくり返してしまったみたいでね。

    おまけに倒れて顔はバラバラ。挙句の果てに顔に欲望を浴びてしまったのさ。

マイオ  欲望?

リト   欲望って何?

アデリン 幸せになりたい。お金持ちになりたい。有名になりたい。人から好かれたい。

    そんな気持ちのことさ。

マイオ  それ悪いことなの?

アデリン 度が過ぎればね。何しろそんなものを一緒くたにして詰め込んでいたもんだか

    らそれはそれはたちの悪い欲望に変わってるのさ。

リト   どうして詰め込んでいたの?

アデリン 御代さ。

マイオ  御代?

アデリン まじないをする御代としてもらっていたのさ。集めた欲望は泥にして百年かけ

    て無害な砂にするのさ。それが途中で姉妹の誰かがドジを踏んだのさ。まったく

    迷惑な話さ。

リト   御代なのに迷惑なの?

アデリン 危ないもんだからね。

リト   こぼしちゃったの?

アデリン そう。大半はこぼれ落ちていたけどね。どうやら私の姉妹もそれに取り付かれ

    てしまったのさ。お金が欲しい。お菓子が欲しい。おもちゃが欲しい。あれも欲

    しい。これも欲しい。お前たちにも経験があるだろう?

   アデリンは薄気味悪い笑い声を出す。その笑い声にリトは不安そうな顔をする。

リト   お兄ちゃん、早く薬のこと聞きましょう。

   リトは兄の手を握りしめる。マイオは力強くその手を握り返す。

マイオ  うん。でも機嫌を損ねたら薬のこと教えてもらえないだろうから、きちんと聞

    こう。

アデリン 欲望って言う奴は尻尾でみんなつながっているからね。油断しちゃいけないの

    さ。

リト   尻尾があるの?

マイオ  邪魔すんなって。

アデリン 三人の魔女は私の目や鼻や口を持ったまま、欲望のままにこの世界のいろんな

    所で悪さを始めたのさ。おかげで私は目もなきゃ鼻もない、口だってない。

マイオ  口がないだって? どうやって話してるのさ。

アデリン お前たちの頭に直接さ。(客席に背を向けるように二人の前に立つ)

   そう言ってアデリンはフードを取って二人に顔を見せる。

   兄妹は飛び上がって驚く。

マイオ  ギャー、顔がない!

リト   魔女じゃなくてオバケだわ。

アデリン 失礼だね。

   アデリンは再びフードを深々とかぶり直す。兄弟は小声で相談を始める。

リト   これじゃあ、薬なんか作れないわよ。

マイオ  西の魔女に頼もうか?

   アデリンは気味悪く笑う。兄妹は身をすくめる。

アデリン お前たちの母親の病気が、西の魔女のせいだって言っただろう? 西の魔女も

    欲望の虜さ。ちなみに薬の調合は私が姉妹で一番上手だよ。

リト   でも……。

アデリン 西の魔女たちは欲望に負けて悪さをし始めたのさ。誰でもあるだろう? でも

    きちんとガマンをして生きている。強すぎる欲望はそのガマンを台無しにするの

    さ。まぁ、元はと言えば私たちのせいでもあるからやってくれるなら御代は取ら

    ないよ。どうだい? 目と鼻と口を取り返してくれるだけでいいんだ。

リト   お兄ちゃん、どうしよう?

   リトはマイオに身を寄せる。

   アデリンはそれを感じ取ったのか、顔の無い顔を兄妹に向ける。

アデリン いくら得意なことでも見たり嗅いだり噛んだり出来なきゃ何を作ってるのかわ

    からないからね。

   リトは読めない表情を読もうと必死でアデリンの顔を見つめる。

リト   本当? そのお薬で本当にお母さんの病気を治せるの?

マイオ  でも、時間がないんだ。

   アデリンは、懐から

   ・砂時計

   ・羽根3枚

   ・胡桃(殻つき)

   を取り出して兄妹に見せる。

アデリン この砂時計を持っていれば、そう時間はかからないよ。

   砂時計を渡す。

マイオ  何で?

アデリン 何でもさ。とにかくそういう魔法がかかっているのさ。時間をゆっくり流れる

    ようにしてね。不可能を可能にするのが魔法さ。ただし、いきなり私の目や鼻や

    口に触ってはいけないよ。そんなことをしたら姉妹たちと同じように欲望に取り

    込まれちまうからね。

リト   じゃあ、どうすればいいの?

アデリン 羽根にこの欲望を移してやればいいんだよ。

   マイオに羽根を渡す。

マイオ  どうやって?

アデリン 質問ばかりだね。でも答えてやるよ。羽根を魔女の顔につけて呪文を唱えるの

    さ。それからなら触っても平気だよ。三枚あるから目と鼻と口の分にちょうどい

    い。

リト   どんな呪文?

アデリン お前たちにもわかるようにしてやるよ。「欲望よ。うつれ、うつれ、うつれ」さ。

    どうだい簡単だろう?

マイオ  欲望よ。

アデリン 今やるんじゃないよ!

マイオ  そうか。ごめんなさい。

アデリン 覚えてるだろ?

リト   うん。簡単だもの。

アデリン そうそう、欲望を吸った羽根は本のしおりにするがいい。くれぐれもそのまま

    で持っていてはいけないよ。

リト   どうして?

アデリン 羽根から染み出した欲望で、お前たちまでだんだんと欲望に取り付かれてしま

    うからさ。そうなったら最後、砂時計も壊れ、時間の流れも元に戻ってしまう。

    お前たちも戻れなくなるからね。

マイオ  じゃあ、どうすればいいの?

アデリン だから羽根は本のしおりにするんだよ。

リト   しおりね。

アデリン うん。本はなるべく珍しい物が良いね。珍しい本なら、欲望をしまっておくに

    はちょうど良いからね。ああ、そうだ。くれぐれも羽根を失くすんじゃないよ。

    換えはもうないんだ。そう、昔は沢山あったんだけどね。今はこれだけさ。

   アデリンは、胡桃をマイオの前に差し出す。

   マイオは魔女と砂時計と羽根と胡桃を交互に見つめる。マイオを覗き込むリト。

   マイオは小さくうなずくと、砂時計と羽根をリトに預け、胡桃を手に取る。

リト   胡桃は何に使うの?

アデリン さあね。どっかの能無しにでもくれてやんな。

リト   なぜ?

アデリン 胡桃は人間の脳みそに似ているからね。わかったかい?

マイオ  うん。わかった。

リト   ちっともわかんない。

アデリン 今度こそきちんと欲望を閉じ込めておかないとね。

マイオ  閉じ込める?

   マイオはアデリンの言葉に何か引っかかったのか、魔女をじっと見つめる。

リト   まずどこに行けばいいの?

   アデリンが背中から一冊の本を取り出す。

アデリン まったく世話が焼けるねぇ。この本を持ってお行き。この本が教えてくれるさ。

リト   本がおしゃべりするの?

アデリン そうさ。

歌『魔女の歌』

「一番上の姉は 北の魔女 犬が大嫌い

 犬から逃げるために 私の目を持ってた

 姿を見るのも 名前を聞くだけでも 寒気がする

 声を聞いただけで魔法を忘れちまう

 二番目の姉は 西の魔女 お酒が好き

 お酒の匂いをかぐために 私の鼻を持ってった

 誰彼かまわず 意地悪ななぞをかけて 困らせる

 答えられないものをお酒に変える

 一番下の妹は 南の魔女 いつも自分に自信がない

 言葉で自分をごまかしたいから 私の口を持ってった

 誉められたら上機嫌で 魔法を使うのも 忘れちまう

 すぐに嘘だと思うから お前を魚に変えるだろう

 数々の本の名前の書かれた本がお前たちを導く

 暗い闇の果てまでも 絶望のふちまでも

 旅の終わりに悲劇が待っていても

 歩むことをやめることは出来ない

 生きることは辛くても

 幸せを感じられるのは生きているときだけ」

マイオ  北の魔女は犬が嫌い?

リト   西の魔女はお酒が好き。

マイオ  南の魔女は自信がない……。

アデリン スカランスカ、テプトリプト、ヘカテスヘカテー

   アデリンが魔法を唱えると、見る見るうちに本が人の形になっていく。

   本はあっという間に人間の大きさになり、大きな口を開けてゆっくりと伸びをする。

メルテル あぁ~。よく寝た。あれ? お呼びでございますか、ご主人様。

   メルテルはアデリンの前にうやうやしくひざまずく。

アデリン この子達をあたしの姉さんたちのところに案内してやりな。

メルテル お安い御用です。で、そのお姉さんはどこにいるんですか?

アデリン 知らないよ。頭を使って案内するんだね。さもないと燃やしちまうよ。

メルテル ひぃ。

アデリン 歩き回っていればすぐに見つかるさ。何せ欲望に身を任せて魔法を使いまくっ

    ているだろうからね。

   アデリンはそう言いながら、暗い森の中に姿を消す。

   魔女が去ると、森が徐々に明るくなってくる。ようやく森が元に戻ると兄妹はほっ

   とする。

リト   サヨナラも言わずに行っちゃったわ。

マイオ  礼儀がどうのって、自分の方が出来てないじゃないか。

メルテル まったく、なんでこんな面倒くさいことに巻き込まれなくちゃならないんだ。

   ため息をつくメルテル。

マイオ  君は何?

メルテル 見ればわかるだろ? 本さ。まぁ、今は人の姿をしてるから分からないってい

    うのも分かるけどね。

リト   何の本?

   一瞬、ぎくりとするメルテル。すぐに強がって胸を張る。

メルテル 何の? 何のだって? そんなもんどうでもいいだろう!

リト   あら、怒ったわ。

マイオ  きっと、役に立たない本なんだぜ。あれだろ、難しい言葉で難しいことばかり

    書いてる本。アレは役に立ちそうもないもんね。

メルテル 役に立たないだと? おい、もう一度言ったら、角で打つからな!

   メルテルはマイオを指差して激しく怒る。あまりの勢いにマイオも驚き、リトを盾

   にする。

マイオ  そんなに怒るなよ。

リト   仲良く行きましょう!

メルテル どうしてもって言うなら、仲良くしてやってもいいけど。

   メルテルの鼻息はまだまだ荒い。

メルテル いいか……。

リト   ねね、これ何の羽根かしら?

   リトはマイオの手の中の羽根に興味が移る。

   メルテルは地面にがっくりと膝をつく。

メルテル 早速、シカトですか。

マイオ  さあね。とにかく森を出よう。

リト   じゃあ、案内して。

メルテル ……。

リト   どうしたの?

メルテル なんでもないですよ。こっちかな。

   メルテルは立ち上がり、兄妹の前を歩き始めると、兄弟もそれについて行く。

   進んでいくうちに、森から草原へ変わっていく。

   その間もリトは羽根に見とれている。

リト   きれいな羽根ね。

マイオ  そう? カラスかなんかじゃないの?

リト   バカね。カラスの羽根は黒いのよ。

マイオ  残念でした。時々白いのが生まれるんだよ。

リト   本当?

マイオ  父さんが言ってたからね。

リト   白いカラスかぁ、ステキ! なんか神秘的ね。

マイオ  素敵なもんかよ。色が違うだけで仲間外れにされて、イジメられるんだぜ? 不

    幸だよ。

メルテル 教えてあげるよ。そいつは飛ばない鳥の羽さ。

マイオ  飛ばない鳥? 何だそりゃ。

リト   鳥なのに飛べないの?

メルテル いや、飛べるんだけど、飛ばない鳥なのさ。

マイオ  そんな馬鹿な鳥いないよ。

メルテル 飛べるからって賢いわけじゃないだろう? 人間だって、難しいことをしゃべ

    れるからって賢いわけじゃないのと一緒さ。

リト   そうなの?

メルテル 飛ばない鳥の羽は、主に羽根ペンの材料として使われております。えっへん。

マイオ  なんで?

メルテル インクも飛ばないからです。

リト   へー。

マイオ  あーあ、くだらない洒落なんて言ってないで、まずどこに行くか教えろよ。

メルテル 森から出たじゃないか。

リト   そうじゃなくて、どこに行けば他の魔女に会えるの?

メルテル そうだなぁ。僕の記憶が確かならそろそろ川があるはずなんだけど。

リト   川?

マイオ  そういえば水の音がする。あっちだ!

   マイオが上手にかけていく。

リト   待ってよ!

メルテル やれやれ。

   リトとメルテルもかけていく。

   暗転。

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