フェイムルの移動図書館(2013) 第十場

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フェイムル移動図書館(2013) 第十場

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   ◆墨の川のほとり(暗転幕前)

   羊のセロンが戻ってくる。

セロン  ふふふ、いいことを聞いた。そうか、船はくれてやるさ。その代わりに俺はも

    っといい物をもらう。移動図書館が動き出したんだからな。あれを手に入れたら

    世界は俺の思うがままになる。

   アーニーとオットーがやって来る。

アーニー おお、やっぱりここにいたか。

オットー 今日は船を漕いでないな。

セロン  こんなところで寝る気になんかなれるか。おや、誰かと思えば泥棒の二人組か。

アーニー 人聞きの悪いことを言うな。俺たちは泥棒じゃない。探検家だ。

オットー 相変わらず失礼な奴だな。

セロン  どうだ? 移動図書館は見つかったか? 噂でもいいぞ。聞いたか?

アーニー 移動図書館だって?

セロン  ああ、移動図書館さ。

アーニー 俺たちは本を読まないから、関係ないって言っただろ。

オットー うん、俺たちには関係ないな。関係ないものは探さない。

セロン  残念だな。中には宝のありかが書かれた本があるかも知れないぜ。

オットー 宝だって?

アーニー ははは。そいつはいい。だが、移動図書館を探してお次は宝まで探すとなると、

    長生きしないとダメだろうな。それよりも、もっとマシな話は無いのか?

セロン  ないなぁ。魔女の宝はもう無いのか?

アーニー 魔女のお宝はあんたの言うとおり確かにあったさ。

オットー あったけど、あっという間に無くなった。売った金はあっという間に無くなっ

    た。

アーニー 毎日がお祭りで楽しかったなぁ~。

オットー 今は毎日がお祭りの後、淋しくてひもじくて。これがいわゆる後の祭りか。

アーニー 違うけどな。こんなことなら、屋敷や土地を手に入れておけば良かった。

オットー やだよ。働くなんて。

アーニー 違うよ。人を雇って働かせるんだよ。そうすれば俺たちは一生働かないで生き

    ていけたんだ。

オットー そんな良い方法なんでもっと早く言わないんだよ。

アーニー 気がついたのが、お祭りの後だったんだよ!

オットー これが本当の後の祭りか。

アーニー 違うけどな。あんたが川に投げ込んだ墨壷を引き上げたら高く売れないかな?

セロン  あれはもうダメさ。引き上げる手段がない。その上、変な子供に邪魔されて船

    まで取られてしまったからな。

オットー 邪魔だって? ひどい子供がいたもんだな。

アーニー 子供が船泥棒とは、ひどい世の中になったな。

セロン  まったくさ、ひどいお目にあった。でもね、良い事もあったんだ。

アーニー なんだい良い事って?

セロン  魔女が本を手放したのさ。人間になれる本はたった一冊だけだからな。

オットー は? 何言ってるかわかんねぇ。

アーニー それが何で良い事なんだよ。

セロン  君たちは移動図書館には興味がないんだろう?

オットー ないよ。

アーニー ないな。だが、そういうあんたは移動図書館にずい分興味があるみたいだな。

セロン  君たちとは違うからね。

アーニー そんなに本が好きなのか?

オットー あんな物のどこがいいんだよ。

セロン  聞きたいかい?

オットー 別に。

アーニー 聞かせてくれ。

セロン  じゃあ話してやろう。移動図書館には今まで書かれた全ての本が集められてい

    るという。過去の歴史の本や、地図、医学の本、化学の本、小説と様々な種類の

    本が数多く集められているのさ。そして、移動図書館は今も新しい本を集めてい

    ると言う。

オットー へー、それはすごいね。すごいすごい。(棒読み)

アーニー 黙って聞いてろ。

セロン  そこには世界を破滅に導く方法が書かれた本があるという。今まではただの言

    い伝えだと思っていた。それがどうやら本当にあるらしいことをさっき理解した

    のさ。そして、私が求めるのはその破滅の本のただ一冊だけさ。

オットー そんなつまらん本なんてどうでもいい。

アーニー 世界を破滅させたら贅沢なんか出来ないじゃないか。高く売れそうもないし、

    読んでも面白いとも思えない。

セロン  いいや。その本があれば、俺はこの世界で一番偉くなれる。

オットー なんでさ。こいつ無駄話が多くて肝心なことがちっともわからない。どうして

    世界を破滅させる本を持っている奴が一番偉くなるんだよ。

セロン  俺に逆らったら、世界を破滅させると脅してやるのさ。

   アーニーとオットーは顔を見合わせて笑い信じない。

アーニー なるほど、そいつは恐ろしくて言うことを聞くだろうな。ははは、

オットー 頭がおかしいと思われるだけさ。

アーニー だからみんな恐ろしくて逃げていくだろうな。ははは、

セロン  人一人を相手にするんじゃないのさ。集団を相手にするんだ。町や国をね。破

    滅の本にはいろいろな方法が書かれているそうだから、いきなり全てを破滅させ

    ずに小さな破滅を見せてやればいい。そうしてその力をちょっとずつ見せてやる

    んだ。これは楽しいぞ。心が躍るようだ。

アーニー お前、悪い奴だろ?

オットー うん。悪い奴だ。

セロン  どうしてだ? お前たちもお金が欲しいんだろう? そのために人の物を奪っ

    て売り払うんだろう? それが良くて、俺が金を得るために破滅を利用しようと

    するのが何でダメなんだ?

オットー うーん。そう言われると、

アーニー 俺たちは人を殺さない。

オットー そうだ。俺たちは人を殺さない。

セロン  人の物を取ると言う事は人を殺すことと一緒さ。お前たちに生きるための金を

    盗まれたら、盗まれた奴はどうやって生きていくんだ? それに破滅と言っても

    その人間を殺すことじゃないかもしれないぞ。だとすればお前たちの方が悪い奴

    になるんじゃないのか?

オットー 俺たちは悪い奴だったのか。

アーニー ショックだな。そういえば、長い間続けてた盗みが嫌になって盗掘、じゃない

    や発掘を始めたのはそういう気がしていたせいなのかも知れないな。

セロン  どうだ。俺を手伝って、移動図書館を探さないか? 破滅の本を見つけたら、

    お前たちが遊んで暮らせるくらいの分け前をやってもいいぞ。

アーニー なに?

オットー 本当に?

セロン  本当さ。

オットー やろうぜ!

アーニー 待て待て待て、その本が見つからなかったらどうする。ただ働きか?

セロン  移動図書館の本を売れば良いだけの話さ。世界中の本だぞ。一冊を銅貨一枚で

    売っても銅貨は何千万枚にもなるだろう。銅貨は嫌いか? なら銀貨にすれば良

    い。銀貨が嫌なら金貨に。それでも不満なら宝石に変えてやれば良い!

アーニー 何でそれを早く言わないんだよ! 最初からその話をしてくれてればもっと早

    く探してたのに。俺、最初から移動図書館を探したいと思ってたんだよな。

オットー そうか、読まない本は売っちまえばいいのか。俺も最初から移動図書館を探し

    たいと思ってたんだ。要らない本は売る!

アーニー その発想は無かったな!

セロン  どうだい? やるかい?

アーニー もちろん!

オットー やるともさ!

アーニー で、どこにあるんだ? その移動図書館

セロン  さあね。その場所はだあれも知らない。

   アーニーとオットートーンダウン。

オットー は?

アーニー 場所もわからないのに、どうやって行くつもりなんだよ。

セロン  移動図書館はその名の通り、世界中を移動する図書館なんだよ。だから、誰も

    今いる場所を知らないのさ。

アーニー じゃあ、見つけられないよ。ふざけんな。

オットー あぁ、期待した僕の想いを返せ!

セロン  そう残念がるなよ。見つける方法もあるのさ。

アーニー なに?

オットー 本当かい?

セロン  移動図書館は、今も新しい本を求めて世界をさまよっているわけだ。俺たちが

    新しい本を持っていればわざわざ探さなくても向こうから訪ねて来てくれるさ。

オットー それは楽チンだね。

アーニー ってことは、俺たちは新しい本を盗んでくればいいってことか?

オットー この期に及んで買わないところが俺たちらしいね。

セロン  そうと決まれば、偉人の町に行くぞ。

オットー 何で?

アーニー あそこにはいろんなものが集まってくるからだよ。

オットー なるほど。でも、歩いて行くの嫌だなぁ。

アーニー 船は無いのか?

セロン  他の船は沈めちまったからな。

オットー なんだよぉ。

セロン  文句なら船を盗んだ子供に言え。

   羊のセロンは下手に向かって歩き始める。

アーニー とんでもない奴だ。見つけたらこってり叱ってやるぞ。

オットー どんな風に?

アーニー そんな悪いことをしてるとろくな大人にならないぞ! ってな。

オットー さすが。

アーニー まあな。

セロン  しゃべってないでさっさと歩け。苦しくても辛くても面倒くさくても歩かなき

    ゃ辿り着かないんだぞ。

   羊のセロンが戻ってきてアーニーとオットーを促す。

アーニー おう。

オットー はーい。

   暗転。