フェイムルの移動図書館(2013) 第九場

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フェイムル移動図書館(2013) 第九場

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   ◆墨の川のほとり(暗転幕前)

   下手からマイオたちがやって来る。

マイオ  川沿いに歩いていけば見つかるんだろうけど、それじゃあ時間がかかりすぎる

    よね。

リト   うん。すぐそばに羊のセロンがいればいいんだけど。

   上手から羊のセロンがやって来る。

セロン  なんだい、まだこんなところにいたのかい。君たちはよっぽど暇なんだな。そ

    れとも忘れ物か? 向こう岸に行くのなら、俺が船で運んでやるよ。お金があれ

    ばの話だけどね。お金が無いならおっかねーことになる。そうお金が無いって言

    うのは不安を大きくするからね。

マイオ  今度は上流に行きたいんだ。

セロン  上流に? 見たところ君たちはとっても貧乏そうだけど? とっても上流階級

    の人には見えないね。

リト   そうじゃなくて、川上に行きたいの。

セロン  川上だって? どうしてさ? そんな長い距離を流れに逆らって漕ぎたくなん

    かないね。そうさ、お金をいくらもらってもお断りさ。

マイオ  そんなに大変なの? 三人で交代で漕いでも無理?

セロン  残念ながら俺は一人しかいないんだな。

マイオ  僕たちが漕ぐんだよ。

メルテル えー、また漕ぐの? もう嫌だよ。

セロン  俺も嫌だね。あっちには用は無いから船は貸さない。他をあたりな。

リト   他にも船があるの?

セロン  あるさ。川底にね。商売敵はみんな沈めてやった。俺って頭がいいなぁ。

マイオ  とんでもない奴だな。

セロン  ははは、俺もそう思う。とんでもなく頭が切れるだろ?

リト   とんでもなく自分勝手だわ。

セロン  俺が自分勝手だって? どうしてさ? 俺が自分勝手なら君たちだって自分勝

    手だぜ。

リト   どうして私たちが自分勝手なのよ。

メルテル そうだ。

マイオ  川上に行って欲しいって言ってるだけなのに。

セロン  それは君たちの都合だろ? 俺には関係ないって言うのさ。その俺には関係な

    いことを俺にさせようって言うんだから、君たちは自分勝手なのさ。

マイオ  なるほど。そう言われてみればそうだね。

リト   そうね。

メルテル そうだ。君たちは本当に自分勝手な兄妹だ。少しは反省したまえ。

マイオ  ふん。川に突き落としてやろうか。

メルテル そんなことをしてみろ、案内してやら無いぞ。

リト   もう二人とも止めて。どうしてこんなに仲が悪いのかしら。

セロン  川上って言うけど、どこまでいくつもりなんだい?

マイオ  墨の壷を引き上げてそれを村に返すのさ。

セロン  なんだって? 墨の壷を引き上げるだって?

リト   そうよ。そうじゃないとそのうちに世界中が墨で埋まってしまうって。

セロン  冗談じゃない!

メルテル まったくさ!

リト   だから、私たちに船を貸してくれないかしら?

マイオ  そうしたら川も元通りになるよ。

セロン  まったく冗談じゃない!

リト   怒ってないで話を聞いて。

セロン  お前たちがろくでもない連中だっていうのがよくわかった。

マイオ  え?

セロン  川が元通りになるだって? そんなことをされたら、お金を稼げないじゃない

    か。墨の壷を引き上げるだって? せっかく苦労して盗み出して川に放り投げた

    のに!

メルテル 何だって?

リト   川が墨の川になったのはあなたのせいなの?

セロン  世界中が墨の中に沈むだって? ははは! こんな愉快なことは無いじゃない

    か。そうすれば俺はこの世界で一番偉くなれるかもしれないな。うん。それはい

    い。

マイオ  どうしよう。

リト   こんな人、放っておいて行きましょう。

メルテル うんうん。触らぬ何とかに祟り無しだ。

セロン  待て。どこに行く?

リト   歩いて川上に行くわ。

セロン  船に乗せてやるよ。俺が送ってやる。

マイオ  お断りだね。どうせ途中で落とす気なんだろ!

セロン  ははは。いいじゃないか。

リト   だったら自分が沈めばいいじゃない!

セロン  なんだったらここで落としてやってもいいんだぜ。

   ゆっくりと三人に迫っていく羊のセロン。

リト   どうしよう!

マイオ  そうだ! タマネギ! タマネギであいつの目を開けられないようにしよう!

リト   いい考え!

メルテル おお! それだ!

セロン  何をコソコソ言ってる? さあ、一番最初に沈みたいのはどいつだ?

マイオ  ほら早く。

リト   え? あ、出して。

メルテル ん? 僕持ってないよ。

兄妹   え?

メルテル え?

マイオ  何で持ってきてないんだよ!

メルテル は? 僕のせい? 羽根を持てって言ったじゃん。他のことは知らないよ!

リト   じゃあ、どうするのよ。

セロン  ははは、順番を決めるのに喧嘩してるのかい? 誰が最初でもかまわないぜ。

    さっさと名乗りでな。

マイオ  何か考えないと。

リト   羽根は魔女の欲望を取るものだし、胡桃なんて役に立たないし、砂時計も意味

    が無いでしょ。釣り糸は?

メルテル ダメだよ。もっと上流に行かないと墨壷は釣れないって言ってたじゃない。

リト   そうじゃなくて、助けになりそうなものを釣るのよ。

マイオ  なるほど。でも、助けになりそうなものってなんだよ。

リト   わかんないわよ!

セロン  決まったかな? 決まったからってそいつを先に放り込む気は無いけどね。

マイオ  僕とこいつ(メルテル)であいつの足を押さえるから、リトはその間に何かを吊り上げてくれ。

メルテル え? 僕もやるの?

マイオ  やらなきゃ、真っ黒なんだぞ!

メルテル 真っ黒は嫌だな。

リト   できるかしら?

マイオ  やるしかないの! 行くぞ!

   マイオとメルテルはセロンの両足に飛びつく。

セロン  お? なんだ? 止めろ、倒れるじゃないか。

リト   今のうちね!

   暴れるセロンたちの横でリトが釣り糸を川に向かって投げ入れる。

セロン  こら、止めろ、離れろ!

   セロン、倒される。

マイオ  あれ? なんだこいつ。意外と弱いぞ。

メルテル うん。大したことない。

   マイオとメルテルは二人がかりでセロンの上に乗り押さえつける。

マイオ  リト! 縄がいい! 縄を釣り上げて! こいつを縛り上げよう!

セロン  なんだと? やめろ! 俺を放せ! 暴力反対!

メルテル 何でもいいから縛るものを釣って!

リト   わかったわ!

   糸が引く。

リト   何かかかったわ!

   急いで糸を巻き上げる。釣られて上がってくるのは、風采の上がらないおじさん風

   な幽霊作家ゼッペ。

全員   え?

ゼッペ  いやあ、明るい。外かここは?

リト   何で川から人が出てくるのよ!

ゼッペ  いやあ、とんでもない目にあった。渡し舟に乗ったらね、船頭が川の真ん中で

    船を止めるんだよ。お金を渡したのにこの金額ではここまでだって言って私を川

    の中に突き落とすじゃないか。川の中は真っ黒だし、どっちに進んだらいいかわ

    からないし、困り果てていたんだ。いやあ、助かった。

セロン  やあ、お客さん。あんたは確か五年前に落とした人だね?

マイオ  五年だって?

ゼッペ  ははは、ずい分長いこといたとは思うが、五年も水の中にいたら生きてられな

    いだろう。魚じゃあるまいし。とにかく助けてくれてありがとう。

リト   足はある?

ゼッペ  ほらこの通り。なんだい人を幽霊みたいに……。

兄妹   幽霊!

メルテル 幽霊!

ゼッペ  どこ? どこ? 幽霊どこ? 一度見てみたかったんだ。

リト   幽霊はあなたよ。

ゼッペ  お譲ちゃん。大人をからかっちゃいけないよ。私のどこが幽霊だって言うんだ

    い。

リト   だって、墨の川から上がっていたのに、顔や体、服が真っ黒じゃないもの。

   ゼッペ、自分の体を見る。しばらく何か考えている。

   そして突然。あわてだす。

ゼッペ  うわああああああああああ! 本当だあああああああ!

リト   落ち着いて!

ゼッペ  うん。(おとなしくなる)

マイオ  とにかくこいつを縛ろうよ。押さえてるのも疲れるんだぜ。

ゼッペ  ならば、船を岸につないでおく縄を切って使うといい。

メルテル あ、なるほど。

マイオ  取ってきて。

   ゼッペ、上手に歩いていく。上手袖から叫ぶ。

ゼッペ  あああああ、なんと言うことだ! 縄が持てない!

   ゼッペ戻ってくる。

ゼッペ  大変だ。縄が持てない!

マイオ  何しに行ったんだよ。リト、持ってきて。

リト   うん。

   リト、上手に走っていく。

ゼッペ  困ったことになったなぁ。

セロン  まったくだ。どうして俺がこんな目にあうんだ。

ゼッペ  本当に。やれやれだ。

マイオ  おじさんは何をしていた人なの?

ゼッペ  私? 私は世界中を旅して周り、それを本にしようと……、もう書けないんだ

    けどね。

メルテル ああ、なんて可哀想な人なんだ。

ゼッペ  君は僕の苦しみがわかるのか!

メルテル はい! 僕は本ですから!

ゼッペ  バカなことを言うな。君は人間じゃないか。私をバカにしてるな。

メルテル 本当ですって。

ゼッペ  ふん。

セロン  お前、本なのか?

メルテル そうだよ。文句あるのか?

セロン  どこから見ても人間にしか見えないぞ?

メルテル 魔女に人間に変えてもらってるんだよ。

セロン  そうか、お前が……。

   リトが縄を持ってやって来る。

リト   これでいいの?

セロン  全部持って来たら船が流されるぞ。

リト   あ。

マイオ  あ。

メルテル あ。

セロン  それ、全員で追いかけろ!

   マイオ、リト、メルテルが上手に走り、セロンは下手に逃げ去っていく。

   ぽかんとそれを見ているゼッペ。

ゼッペ  なんだなんだ?

     マイオたちが走って戻ってくる。

マイオ  騙された! 岸にしっかり上がってるじゃないか。もう、何で走り出すんだよ。

リト   だって、マイオたちが走るからよ。

メルテル あいつは?

ゼッペ  向こうに走って行ったよ。

マイオ  逃げられたか。

メルテル せっかくだから船を借りようよ。

リト   いいのかしら?

マイオ  かまわないだろ。後でここに戻せばいいよ。

ゼッペ  あの、

リト   なあに?

ゼッペ  いろいろと付いて行けてないんだけど、教えてもらえる?

マイオ  いいけど、船を出してからにしよう。あいつが戻ってきたら大変だ。

リト   そうね。行きましょう。

ゼッペ  ああ、うん。

   マイオたち四人は上手に歩いていく。

   暗転。

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