****************************************
受け身の人
作:海部守
時:いまらへん
所:ここらへん
登場人物
・A :未来がわかる男。どんな未来でも受け入れる。
・B :未来を変えたい男。自分に気に入らない未来は受け入れない。
****************************************
椅子が二脚ある部屋。
Aが座っている。チャイムが鳴る。Aが玄関に向かう。
紙袋を抱えたBをつれてくる。
A いらっしゃい。
B 悪いな突然。
A 分かってたからいいよ。
B そうか。そうだよな。
A うん。それで何?
B 何って、知ってるんだろ?
A うん、知ってるよ。でも、ここで聞くのも決まっていることだからさ。
B そうか。
A そうなんだ。面倒くさいよね。
B やめればいいのに。
A 僕はこうやって生きてきたから仕方がないんだ。
B 融通利かないよな。
A そうだね。不器用なんだ。
B 少し、話をしてもいいか?
A いいよ。それも決まってることだから。
B なぁ、俺たちはこれから何を話すんだ?
A 僕が言ったことを話さないつもりなんだろ? それも知ってる。
B 何でもお見通しかぁ。
A ごめんね。
B おいおい、何でお前が謝るんだよ。
A だってさ。なんか悪いなって思って。
B しょうがないだろ。そう決まってるんだからさ。だけど、逆らってみようと思わな
いのか? 運命に。
A 逆らえないから運命なんだよ。
B なぁ、あれ覚えてるか?
A 覚えてない。
B 何のことか分かってるのかよ。
A 高校のときふられた話だろ?
B なんだよ覚えてるじゃないか。
A ごめん。
B 謝るなって。俺が告白しようかな悩んでいたときにさ、お前が後押ししてくれたん
だよな。俺、お前に背中を押されなかったら告白なんてしてなかった。
A うん。
B まぁ、見事にふられたんだけどな。
A そう決まっていたから、あそこでそそのかさないとダメだったんだ。
B それだよ!
A それって?
B 何で運命で決まっていたからって友達を傷つけるんだよ。
A だってそれが運命だから。
B お前の運命に俺を巻き込むなよ。
A ちょっと待って。
A、椅子をずらす。
A 何の話だっけ?
B 今の何だよ。
A ああ、ここで椅子をずらすことが決まってたんだ。
B 大体、椅子をずらしてお前の運命にどんな影響があるんだよ。
A 僕じゃないよ。人類の運命だって。
B 話がでかいな! 人類の運命? 椅子をずらして何が変わるんだよ。
A よくわかんないけど、この椅子をずらすと地球に巨大隕石がぶつかるみたい。
B 人類滅亡しちゃうじゃんか! ダメだよ! もどせ!
A もう戻しても遅いよ。
B ひょっとしてさ、
A 何?
B 俺がふられたのもそうなのか? 地球滅亡に関係があったのか?
A ないよ。
B 何だ関係ないのか。
A うん。
B なぁ、決まっているんだろ? 決まっているんだったら、何をやっても無駄になる
よな? お前が椅子を動かしたり俺をだましたり、何か行動してもしなくても決まっ
てるんだろ?
A ううん。そうじゃないよ。決まってるけど決まっていないんだ。
B じゃあ、お前は運命を変えられる力があるんじゃないか?
A うん。そうだよ。
B ずいぶんあっさり答えたな。じゃあさ、運命を変えようぜ。
A なんで?
B 変えられるからだよ。お前だってこんな生活嫌だろ? もっと豪勢に暮らしたいだ
ろ? お金持ちになりたいだろ?
A そうでもない。
B なんだよそうでもないって、お前は運命を変えられるんだぞ?
A 変えたくないんだ。
B なんでさ。
A それが僕の運命だから。
B お前はバカか!
A そうでもない。
B そうじゃねえよ! お前はバカだ。自分の能力を生かしてない。
A 生かしているよ。決まっていることに導いてるんだから。
B それが人類滅亡か?
A 少し違うけど、でも多分そういうもの。
B 俺は嫌だね。滅亡なんかしない。
A もう決まってることだよ。
B 俺は隕石に殺されるなんて真っ平だね。
A 君は隕石では死なないよ。君は、
B 言うなよ! どうせ衝突で飛んできた石とかがぶつかって死ぬんだろうからな。
A 違うよ。君はバナナの皮に滑って階段を転げ落ちて頭を打って死ぬんだ。
B 言うなよ! 何だよバナナの皮って。コントか!
A 違うよ。コントじゃないよ。
B 知ってるよ!
A ごめん。
B 俺は隕石では死なないのか。仲間はずれっぽいなぁ。俺も隕石で死なせてくれよ。
A 無理だよ。1000年くらい先の話だし。
B なんだそんな先の話か。
A その時君は蟷螂に頭をかじられてる。
B 1000年後にはそんなにデカイ蟷螂がいるのか?
A 普通だよ。
B 普通の蟷螂に頭をかじられる人間って何だよ。
A 人間じゃないよ。その頃の君は蝉。
B 蝉?
A その前は深海にいる海老。体が白いんだよ。光が当らないからね。
B もういいや。もう少し近い話をしようぜ。
A うん。この次はアサリ。
B そうじゃなくて。人間のときの話だよ。
A もう人間にはなれないよ。
B そうじゃねえよって、そうなの?
A うん。
B 何で嘘をついた?
A 嘘じゃないよ。次はアサリ。エイに食べられるんだよ。その次は、
B 未来の話じゃねえよ。投資の話だ。
A もう必要なくなったから。
B お前、俺が全財産を賭けるのを知ってただろ?
A うん。分かってた。そう決まってたからね。
B 失敗するのも?
A うん。
B 何で止めてくれなかったんだ?
A だって、そう決まってたんだ。
B お前の生活費を出してるのが俺だって知ってるだろ?
A 知ってる。
B お前だって生きていけないんだぞ?
A でも、決まっていたんだからしょうがないんだ。
B なんだ? あれか?
A うん、そうだよ。
B やっぱりお前は俺を恨んでいるんだな。
A 恨んでなんかいないよ。これが運命だったんだ。
B いいや恨んでる。
A 何のことを言っているのかわからないよ!
B わかってるんだろ?
A うん。君は僕を何年もここにずっと閉じ込めてきた。僕は空を見たいんだ。外の世
界に行きたいんだ。
B ダメだ。お前には協力をしてもらう。
A もう協力はしない。
B 協力しないなら、お前を殺す。
A うん。
B うんじゃない。
A りんご食べる? 食べるなら皮をむくけど?
B 今はそういう話をしている場合じゃないだろ。大体この部屋には刃物は置いていな
いはずだ。お前が自殺をしないように。そして、俺を襲わないように。
A 刃物はあるよ。
B ない。
A その紙袋の中に。
B 何で知ってるんだよ。
A 僕を刺すために持ってきたんだろ?
B 違う。お前が協力してくれれば刺したりなんかしない。
A 協力はしない。じゃあ、バナナでも食べる?
B さっき食ったからいい。真面目に聞けよ! お前の力を使えば数字選択式の宝くじ
でいくらでもお金が手に入る。そうすれば株で失敗した分なんかすぐに取り返せるん
だよ。だからな、協力してくれよ。
A わかったよ。じゃあ、協力したら僕をここから出してくれるなら協力をするよ。
B 交換条件か。わかった。金を手に入れたらどこにでも好きなところに行けよ。
A バナナ食べる?
B いらねえよ。何でそんなにバナナにこだわるんだよ。
A 僕はここで君にバナナをすすめる。でも君は食べない。でもすすめないといけない
んだ。そう決まってるんだからしょうがないだろ。
B 面倒くさいな。
A 本当だね。
B 嘘を教えたら、どうなるかわかってるよな。
A わかってるよ。君と違って僕は約束を守るから安心して。
B 俺だって守るよ。当選番号の発表は今日の18時。すぐに数字を選んでもらうぞ。
A わかったよ。
B あぁ、そういうことか。お前、運命を受け入れるとか言いながら、やっぱり死ぬの
は嫌か。
A 死ぬのは怖くないよ。運命が変わってしまうことのほうが怖い。
B お前、俺にバナナをすすめるのはさ、俺がバナナの皮で滑って死ぬからだろ?
A 君、超能力者みたいだね。すごいよ。
B ふん。そうそう上手く行くかよ。
A じゃあ、紙に書いてくるよ。
Aが下がる。
B 金輪際、バナナには近寄らないからな。まだ死んでたまるかってんだ。あ、そうか!
さっき食べたバナナの皮で滑って俺は階段を転がり落ちて死ぬのか。危ないところだ
ったぜ。これだけ注意していれば大丈夫だろう。いや、俺の捨てたバナナの皮じゃな
いかもしれないぞ。よし、なら金輪際、階段は使わないことにしよう。階段しかない
ところは這ってやるぞ。俺は絶対に運命になんかには負けないんだからな!
Aが戻ってくる。
A 決まったよ。紙に書いておいた。
A、Bに紙を渡す。
B 俺は死なないからな。
A うん。頑張って。
B 俺はバナナなんて怖くねえぞ!
Bが去っていく。A、完全に見送り戻ってくる。今までに無いほどの怖い顔で笑っ
ている。
A 君はあの告白から何も学んでいないんだな。本当はエレベータの事故で君は死ぬの
さ。今日、君を殺さないと明日、大地震が起きてみんなが死んじゃうからね。僕には
まだやることがあるから、まだまだ死ねないんだ。ごめんね。
曲が入り暗転。
物体が落ち激突する衝撃音。
そして、幕。
この脚本の印刷は↓から。