野に開く花のように

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野に開く花のように

                                   作:海部守

時:西洋中世

所:田舎の村

登場人物

アンゼリカ :愛称はアン。

ハロルド  :宣教師ランプの生徒。愛称はハリー?

メアリ   :アンを妹のように想う村娘。都会にあこがれていたが、ハロルドに一目ぼ

      れをし、アンが邪魔に思えてくる。

アニス   :アンゼリカのおばあさん。薬草の調合が得意で、古い教えを大切にしてお

      り、村に無くてはならない人物だったが、そのために布教活動の障害とみな

      され魔女に仕立て上げられてしまう。

村人A   :ベン。

村人B   :名前はゴネット。アニスを頼りにしてきたが、わずかなお金の為に彼女に

      「まじないの言葉」を言わせ、魔女に仕立て上げた。

村人C   :おばさん。

宣教師ランプ:村へ布教活動にやってきた。

審問官   :

   ※特定の宗教を指しているものではありません。フィクションです。

   シンボルは○(わっか)がいいかな。

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■第一場■

   長閑な田舎の村のはずれにある花畑。

   アンゼリカとメアリが仲良く花を摘みながら歌を歌っている。

アン   ♪そよ風吹いて 季節は春 小鳥はどうして歌うのかしら

メアリ   それは探し物があるからよ。

アン    探し物って何かしら?

メアリ  ♪それはきっときっとね 冬の寒さを乗り越えるための愛

アン    だって、まだ春よ。冬にはまだまだ時間があるわ。少し気が早いんじゃない?

メアリ   そんなこと無いわ。いつの間にか夏が来て、秋が来て、そうしてあっという

     間に冬になるのだもの。ぼけっとしてたら、小鳥は一人で凍えて死んでしまう

     わ。

アン    メアリは憧れが強すぎるのよ。

メアリ   野草に恋をしているアンよりマシだわ。

アン    別に草に恋なんてしないわ。おばあちゃんのお手伝いをしているだけ。

メアリ   あーあ、早く都会に行きたいなぁ。

アン    町で召使になるのがそんなに嬉しいの?

メアリ   あのねぇ。ちょっと周りを見て御覧なさいよ。この見渡す限りの何も無いド

     田舎を。ここには夢も希望も無いわ。そう恋だってないわ! いるのは畑仕事

     に疲れてくたびれてお酒によって顔を真っ赤にした恋とは無縁の農夫ばっかり。

     やんなっちゃうわ! でも、町は違うわ。こことは全然違うわ。

アン    どこがどう違うのよ。

メアリ   都会には、この国の各地から勉強をするために集められた学生達の寄宿舎が

     あるのよ。町に行けば彼らと出会い恋に落ちれるのよ。

アン    召使じゃ無理じゃない?

メアリ   無理じゃない。私を雇った旦那様は、それはもう私に辛く当るの。

アン    何の話?

メアリ   いいから黙って聴きなさい。私はもうこんな所にいるのが嫌になって、何度

     も出て行こうと思うの。でもね、村で待ってる病気のお母さんを思うと、逃げ

     て帰ることなんて出来ないって。

アン    え、おばさん病気だったの? 昨日、すごい元気そうにしてたけど。

メアリ   先の話よ。お母さんは私がそんな苦労をしてると知って、体調を崩すの。

アン    そんなに繊細そうには見えないけど。

メアリ   おだまり。続きが聞きたくないの?

アン    聞きたくなくても続けるんでしょう?

メアリ   それで、月に一度のお使いで外に出た時に、悩んでいた私は人の流れに突き

     飛ばされて、お金を落としてしまうの。

アン    あらら、それは大変。

メアリ   そうしたらね! こう、石畳の上を転がる銀貨を一人の学生がさりげなく拾

     い上げるの。

アン    あ、持ち逃げされるのね。都会って血も涙も無いものね。

メアリ   違うわよ! 学生さんは笑顔で私に近づいてこう言うの。

アン    お礼は銀貨の半分でいいですよ。

メアリ   もう! 邪魔しないで! こう言うの。お嬢さん。お怪我はありませんか? 

     これ、大切なお金なんでしょ? もう落としちゃダメですよ。

アン    うっわ。なんか気持ち悪い。

メアリ   私は、その学生さんの後姿を見つめながら、こう思うの。

アン    もう一枚返せって?

メアリ   全然、違うわよ! もう一度、会えますようにって。

アン    なんで? 何か取られたの?

メアリ   うん。とっても大事なもの。

アン    なあに? メモ書き? 買った物?

メアリ   ううん。私のコ・コ・ロ。

アン    病気ね。

メアリ   そう。それから私は恋の病に苦しむの。でも、それは彼も同じだった。初め

     て会ったその日から私たち二人は、恋に落ちたの。

アン    へー。

メアリ   でね、リチャードにも悩みがあって、

アン    ちょっと待って、リチャードって誰?

メアリ   あ、その学生さん。彼、地方の貴族の出身なんだけど、家族関係ですごく悩

     んでいるのよ。

アン    何でそんなこと知ってるの?

メアリ   そりゃあ、お互いに時間を作って会ってたからよ。大変だったのよ。大変な

     お使いに率先して手を上げて重い物も一杯運んだの。

アン    ご苦労様。

メアリ   でも、そのおかげでリチャードのことを知ることができたの。

アン    ふーん。

メアリ   継母が連れてきた子に跡を継がせたいってお父様に言われたそうなの。

アン    まだ続くの!

メアリ   続くわよ。当たり前じゃない。リチャードと結婚をして、子供が3人出来る

     ところまで今進んでいるの。

アン    それ、何かの役に立つの?

メアリ   どうかしら。でも、こんな田舎で農作業なんかしているよりずっと役に立つ

     わ。毎日毎日同じことばかりして、退屈でしょうがないもの。

アン    同じように見えて、同じ日はないのよ。

メアリ   え?

アン    おばあちゃんがそう言ってるわ。アンゼリカ、見てご覧。草原に吹く風には

     同じものは無い。空を見れば同じ雲も無い。人も動物も植物も同じ、日々成長

     をしているんだよ。麦だって一つ一つ大きさも形も違ってるのよ。

メアリ   食べてしまえば、何でも一緒でしょ。そろそろ帰りましょ。

アン    そうね。明日は絵でも書きましょうよ。

メアリ   そうしたいけど、家の手伝いもしないと。

アン    あたし、手伝うわ。そうしたら一緒に遊べるでしょ?

メアリ   あぁ、私はこんな優しい妹がいて幸せだわ!

アン    本当の妹がいるじゃないの。

メアリ   あれは生意気でダメよ。邪魔ばかりするのよ。本当にアンと交換したいくら

     いだわ。

アン    メアリったら。

メアリ   じゃあさ、また燃える石を見せてくれない? あれ、すごく面白いから。

アン    あれは危ないからダメよ。おばあちゃんに怒られちゃうわ。

   アンゼリカのお婆さんアニスがやって来る。

アニス   アンゼリカ。誰が怒るんだって?

アン    おばあちゃん、どうしたの?

メアリ   こんにちは。アニスおばさん。

アニス   ああ、メアリ。今日も綺麗だね。そんなに綺麗だと町に行ったらモテまくり

     だろうねぇ。

メアリ   はい、私もそう思います。

アニス   本当に自分に素直だね。

アン    どうしたの?

アニス   ベンが頭が痛いって苦しんでいてね。それで、薬を作ろうと思ったら材料が

     足りなくてね。お前、少し走って向こうの川辺にある日陰からベラドンナを少

     し抜いてきておくれ。

アン    分かったわ。

アニス   薬になる草だけど、毒が強いから気をつけるんだよ。

アン    うん、任せて。ちゃんと覚えているから。

アニス   じゃあ、頼んだよ。急いでおくれ。

アン    メアリ、じゃあ、また明日ね。おばあちゃん行って来ます。

   アンゼリカ、駆け足で去っていく。

メアリ   毒? アニスおばさんは毒を薬に変えてしまうの?

アニス   量と使い方の問題さ。あたしも小さい頃は驚いたけどね。まさか毒が薬にな

     るなんてね。でも、人間って言うのは偉いものさ。昔からの知恵と知識を若い

     子に托して、そこからまた新しいことを見つけられるんだからね。

メアリ   そう? ずーっと同じ事を繰り返してるだけで、ちっとも面白くないと思う

     わ。私はもっと、楽しいことをして生きていたいわ。

アニス   楽しいこと? 珍しい薬草を見つけたり、新しい使い方を見つけたりするこ

     とかい?

メアリ   そんなのアンゼリカとアニスおばさんだけよ。葉っぱを見て喜んでるなって

     普通じゃないわ。って、ごめんなさいね。あたし行くわ。じゃあね、アニスお

     ばさん。

   走り去るメアリ。

アニス   まったく、顔は綺麗なのに意地が悪い子だねぇ。まぁ、確かに普通じゃない

     けどね。はははは。

   暗転。

■第二場■

   村に至る道。暗転幕前。

   ハロルドが二人分の荷物を抱えて先を歩く。

   その後ろから宣教師ランプがやってくる。

ランプ   ハリー。ハロルド。待ちなさい。そんなに急いで行かなくても夕方までには

     着きますから。

ハロルド  先生、そうやって油断して、何回野宿をすることになったか覚えていないん

     ですか?

ランプ   私は野宿は嫌いではないよ。

ハロルド  そうでしょうとも寝床は私が作るんですから。荷物だって私が運んでるんで

     す。これ以上の言い訳はもう聞きたくありません。

ランプ   私はこれでも君の先生だよ? 宣教師なんだからもっと敬意を払いなさい。

ハロルド  村で宿が取れたらいくらでもおだてて上げますよ。

ランプ   やれやれ。何で私がこんな田舎の村にやってこなきゃならんのだ。

ハロルド  何か悪いことでもなさったんですかね。

ランプ   それについては心当たりが二、三無いわけではないが、それでもこんな仕打

     ちを受けるようなことはしていないはずだがな。

   アンゼリカがものすごい勢いで二人の横をかけていく。

   その手には細長い布の包みが(ベラドンナ採取後)。

ランプ   おっと。

ハロルド  ちょっと、君!

アン    ごめんなさい。急いでいるの!

ハロルド  この先の村に宿はある?

アン    無いわ!

   アンゼリカ、家に戻るために走り去る。

ハロルド  今日も野宿か。

ランプ   仕方ない。ここで少し休んでから向かおう。

   アンゼリカ、走って戻ってくる。

アン    旅の人? だったら、ゴネットさんの納屋に泊めてもらうといいわ。旅の人

     はみんなそうしてるから。二人? じゃあ、先に行って話しておくわね。

   アンゼリカかけていく。

ハロルド  ありがとう!

ランプ   助かった。これでゆっくり出来る。なかなか親切で物分りのよさそうな村人

     じゃないか。話に聞いていたのとは大違いだ。これなら布教活動も順調に行き

     そうだな。まったく早く聖堂に帰りたいもんだ。

ハロルド  先生、そんなことを言ってるとバチがあたりますよ。

ランプ   神様はそんなに狭量じゃないさ。どんなことでもお許しくださる。

ハロルド  慈悲深き神に感謝します。

ランプ   うん。慈悲深き神に感謝します。ハリー、荷物を降ろしたらどうだい? 少

     し休憩しようじゃないか。

ハロルド  いいえ、先生。せっかく村の者が走って知らせに行ってくれたのです。我々

     も急ぎましょう。目的地に辿り着いて休んだ方がずっと気持ちがいいですよ。

ランプ   やれやれ、なんて教師思いの子だろうか。

ハロルド  お褒めいただきましてまことに光栄です。

   荷物を担いだままハロルドが去り、宣教師ランプがついていく。

ランプ   こんな田舎の村、三日もあれば神の教えを理解させるのに十分だろう。早く

     都会に帰りたいなぁ。しかし、一体何がバレたんだろうか。

   ランプ、ぶつぶつ言いながら去る。

   暗転。

■第三場■

   村人の家の中。粗末な木のベッドに横たわる村人A(ベン)。

   側に置いてある椅子にアニスが座り様子を見ている。

   アンゼリカはその後ろに立っている。

アニス   どうだい? 効いてきたかい?

ベン    うーん。なんだか頭が痺れてるみたいだ。痛くはなくなったけど。

アニス   そりゃそうだよ。薬って言ったって何でもかんでもすぐに治るわけじゃない。

     しかも病気になるのだってちゃんと理由があるんだ。いいかい、ベン。痛み止

     めって言うのは何度も何度も使っているうちに効き目が薄くなっていくんだか

     らね。こう毎度毎度呼ばれたんじゃ、薬の方がなくなっちまうよ。

ベン    分かってるよぉ。そんなにガミガミやられたんじゃ、せっかく痛くなくなっ

     てきたのにまたズキズキが始まっちまうよ。アンゼリカも笑ってないで止めて

     くれよ。

アン    おばあちゃん。病人には優しくしないとダメだって、おばあちゃんがいつも

     言ってることじゃないの。

アニス   あれまぁ、私の言葉が優しくないって言うのかい? こんなに病人のことを

     心配してるのに。口から出る言葉なんていい加減なんだよ。言葉じゃなくて言

     葉にくっついてる心を感じるようになんなさい。優しくするのと甘やかすのは

     全然違うんだからね。

アン    はぁい。

ベン    やれやれ、アニス婆は負けず嫌いだねぇ。

アニス   なんだって? もう少し強い薬にして舌が痺れた方が良かったかねぇ。

ベン    よしてくれよ。

アン    ああ、そうだわ。ゴネットさんの所にお客さんが来るはずだから、お手伝い

     に行って来るわね。

   アンゼリカは軽やかに走っていく。

ベン    いい娘に育ったね。心も純粋だ。母親によく似てるよ。

アニス   なんだい、この村を捨ててあんな男と町で暮らすような子どこが純粋だって

     言うんだい。あんな薄情な娘なんか持った覚えは無いよ。

ベン    アンゼリカも町に行かせるのかい?

アニス   さあね。あの子のしたいようにさせてやるつもりさ。でも、雇い主がろくで

     なしだったら私が行ってそいつのお尻を嫌ってほど蹴飛ばしてやるからね。

ベン    この村にはこれと言って金になりそうなものは無いからなぁ。

アニス   何言ってんだい。畑があって、それを耕す人間がいる。収穫を喜び、それを

     分かち合う人間がいる。こんな幸せなことが他にあるかい?

ベン    ないない。ただ少しだけ贅沢もしたいって、普通の人間は思うんだよ。

アニス   人間は誰でも悪い種を持っているんだ。どんなに心を綺麗に育てても無駄。

     ほんのちょっとでも欲を吸い込んだら、あっという間に大きくなって心を蝕ん

     でいくのさ。

ベン    悪い男に引っかかったねぇ。

アニス   何のことだい?

ベン    いや、なんでもない。

アニス   じゃあ、私は帰るよ。何かあったらすぐに呼ぶんだよ。遠慮なんかしてたら

     承知しないからね。

ベン    分かってるよ。ありがとう。

   暗転。

■第四場■

   村の中。暗転幕前。

   走って出てくるアンゼリカを後ろからメアリが呼び止める。

メアリ   アン! ちょっと、アン!

アン    なあに?

メアリ   見た?

アン    何を?

メアリ   もう、本当にダメな子ね。リチャードよ! 私のリチャード。

アン    やだ、何か変な薬草でも口に入れたの? それとも毒キノコでも食べて幻覚

     でも見ているの?

メアリ   違うわ、何言ってるのよ! 私、ゴネットの家でリチャードを見たのよ!

アン    え? 本物?

メアリ   ああ、どうしようかしら。運命って本当にあるんだわ。こんなことって。あ

     あ、もう私どうしたらいいのかしら。

アン    今からゴネットさんの所にお手伝いに行こうと思うんだけど、一緒に行く?

メアリ   バカね! そんなことしたら倒れちゃうわよ! あなたには乙女心っていう

     ものがないの? 毎日毎日草ばかり相手にしてるから、頭の中に草が生えちゃ

     ったんじゃない?

アン    それは大変よね。どうしようかしら。

メアリ   冗談に決まってるでしょ。そんな人間がどこにいるのよ。ああ、もうリチャ

     ードに会ったら気絶しちゃうから会いに行けないわ! なんて不幸なの。

アン    そう。じゃあ、後でね。

メアリ   アン! 待ってよ。

アン    なあに?

メアリ   私も行くに決まってるじゃない。置いていかないでよ。

アン    あたし時々、メアリのことがわからなくなるわ。じゃあ、行きましょ。

メアリ   ちょっと待って、心の準備が必要よ。いきなり愛を打ち明けられたらどうし

     ようかしら。愛の告白ですって! ああ、そんな困るわ。

アン    嫌なら断ればいいじゃない。

メアリ   そんなことをしたら、リチャードが死んでしまうわ! 彼ってとっても繊細

     なの。

   メアリ一人でイメージトレーニング。

メアリ   この荷物はこちらでいいですか? 

メアリ   あ、いけない。そんな重いものをお嬢さんに持たせるわけにはいかない。

メアリ   いいんです。私、いつもこれくらいの物は持ってるんですから。

メアリ   いいや、ダメだよ。君が怪我をしたら、僕の胸は張り裂けてしまう。

メアリ   え? あ、

メアリ   メアリ。

メアリ   リチャード。

アン    メアリ。ちょっと落ち着いて。

メアリ   私はいつも冷静よ。

アン    冷静って言葉の意味分かってる?

メアリ   当然よ。それでリチャードに会いに行くんでしょ? 早く行きましょうよ! 

     どうしようかしら、ドキドキが止まらないわ!

   メアリ、アンの手を引っ張っていく。

   暗転。

■第五場■

   ゴネットの納屋。宣教師ランプとゴネットが話をしている。

   ハロルドは荷物を降ろし、掃除を始める。

ゴネット  そう言う事なら、ここをそのまま使ってもらってかまわないですぜ。

ランプ   助かります。

ゴネット  で、いつまで?

ランプ   布教活動が終われば私たちは一度町に戻ります。そうしたら、今度はこの村

     に教会を作ることになるでしょうね。そうなるとこの村も大きくなって、大勢

     の巡礼者がここを通るようになりますよ。

ゴネット  そいつはいい。この納屋を潰して、宿屋でもおっ建てようかな。

ランプ   見たところここはすごく場所がいい。もしよろしければ、ここに教会を作ら

     せていただきたい。ああ、もちろんここは相応のお金で買い取らせてもらいま

     すから安心してください。そのお金で大きな宿が作れますよ。

ゴネット  あはは。先生、頑張ってくださいよ。なあに、この村の連中はみんな大して

     頭が良くないやつばかりですからね。都会から偉い先生が来たって聞いたら、

     みんな興味を持ってくれますよ。

ランプ   いやいや、きっと皆さんよく学んでいただけることでしょう。

ハロルド  ランプ先生、ひとまずこれでどうでしょう。

ランプ   失礼。ハリー。祭壇を作るのは明日にしよう。今日はもう休みたい。おなか

     もペコペコだ。

ゴネット  食事は私の家で支度をさせていますから、もう少し待っててくださいね。

   アンゼリカとメアリがやって来る。

アン    こんばんは。

ゴネット  アンゼリカにメアリか。ちょうど良かった。うちに行って先生達の食事の支

     度を手伝ってくれ。

アン    分かったわ。(去る)

ゴネット  じゃあ、先生、うちに来てくださいよ。

メアリ   はじめまして。私、メアリって言います。

ハロルド  僕はハロルド。よろしく。

ランプ   ハリー、

ハロルド  はい。今行きます。じゃあ、

メアリ   じゃあ。

   メアリを残してみんな去る。

メアリ   ハロルド。素敵な響き。リチャードよりもずっといいわ。声もリチャードな

     んかよりもずっと魅力的だわ。あなたはあたしの運命そのものよ。

   暗転。

■第六場■

   暗転幕前。村の通り道。

村人C   神様の話? そんなの聞いてる暇ないよ。

ランプ   すぐ終わりますから、

村人C   じゃあ、畑仕事の後でね、あぁ、ダメだわ。そしたら洗濯物を入れないと、

     それが終わったら、今度はご飯の支度。それが終わったら洗い物、繕いもやら

     なきゃ、やっぱり話なんて聞いてる暇ないわ。

ランプ   じゃあ、何か困ったことはありませんか? 病気とか怪我の相談でもいい。

     具合の悪いお年寄りなんかはいませんか?

村人C   お薬ならアニスがいるから必要ないわ。彼女の薬を飲んでも治んなきゃ、そ

     れはも寿命。それくらいこの村のお年寄りは長生きよ。

ランプ   じゃあ、文字を読み書きできるようにしましょう。

村人C   必要ないね。今更この年でこの村を離れることもないし、必要な時は誰かに

     頼むわよ。

ランプ   でも、それじゃあ困るでしょう?

村人C   困らないわよ。みんなそれぞれ自分に出来ることがあるもの。

ランプ   少しくらいは困ったことがおありでしょ?

村人C   ないわよ。あぁ、あったわ。

ランプ   ほらあった! なんですか?

村人C   あんたの話が長い。畑仕事に送れちゃうわ。じゃあね、牧師さん。

ランプ   宣教師です。……ダメか。それはそうか、この村は私で三人目。前の宣教師

     も受け入れてもらえずに逃げ帰ったいわく付きの村だ。そして、みんな帰って

     くる頃には心をすり減らして酒におぼれてるわけだ。はぁ、私も宿に帰って一

     杯やるかな。でも、その前に行かなければならないか。ああ、気が重いなぁ。

   宣教師ランプ、とぼとぼと歩いていく。

   メアリがハロルドの手を引いてやって来る。

メアリ   ハロルド。ハロルドはこの村に何をしにきたの?

ハロルド  ランプ先生のお手伝いさ。国に私たちの神様の教えを広めることを認められ

     たから、布教活動さ。

メアリ   ハロルドは、その神様を信じているの?

ハロルド  当然さ。うちは貧しい農家で、兄弟が多くてね。とてもじゃないけど食べて

     いけなかったから、僕は少しでも兄弟のご飯が増えるように家を出たんだ。

メアリ   あぁ、貴族の生まれではないのね。

ハロルド  そうだよ。なんで?

メアリ   ううん、なんでもない。素敵な考え方ね。

ハロルド  ありがとう。でも、すぐにお腹が空いて行き倒れてね。たまたま通りかかっ

     たランプ先生に命を救ってもらったんだ。

メアリ   すごい偶然ね。

ハロルド  そうなんだ。僕はあのまま死んでいてもおかしくなかった。でも、偶然にも

     そこへランプ先生が通りかかり、さらに僕を助けようと思って救いの手を差し

     伸べてくださった。これはもう何か特別な力が関係していると思わないかい?

メアリ   特別な力?

ハロルド  そう。人と人との出会いには、何か意味があって、それはすべて神様の思し

     召しなんだ。

メアリ   私も感じるわ! 特別な力よ! 私たちの出会いも特別なんだわ!

ハロルド  わかるかい?

メアリ   わかるわ!

ハロルド  じゃあ、君も神様を信じてくれるんだね!

メアリ   もちろんよ!

ハロルド  ありがとう!

   ハロルド、メアリを抱きしめる。

メアリ   あ、ハロルド、困るわ。誰かが見てるかもしれない。

   ハロルド、今度はメアリの手を取る。

ハロルド  メアリ、ありがとう。僕たちを手伝ってくれるかい?

メアリ   いいわ。あなたのためなら、何でもするわ!

   暗転。

■第七場■

   アニスの家。アニスとランプが言い争う。

アニス   古い教えを無かったことにして新しいものだけを押し付ける気かい。

ランプ   違います違います。誤解です。私たちの教えを学べば、皆豊かに暮らすこと

     が出来るんです。

アニス   この村は今までだって十分に豊かだったわ。収穫が少なくても皆で助け合っ

     てる。困ったことがあってもみんなで支えあってるわ。ここは外から見たら貧

     しいかもしれないけれどね、心の豊かな村なのよ。

ランプ   これからは心だけじゃなく、物が暮らしを豊かにしてくれるんです。沢山の

     人がここを通ればそれだけでもにぎわうんです。

アニス   大事なのは物じゃない。人間の心だろ? それにそれだけ多くの人間が来た

     ら、間違いなく問題も増える。みんな欲にまみれちまうってんだ。

ランプ   それはそうかも知れませんが、ただ、暮らしが貧しければ、心に余裕なんて

     生まれない。余裕をなくしたときに人は欲望に負けて罪を犯すのです。お願い

     しますよ。

アニス   別にあんた達の邪魔する気は無いよ。好きにやればいいさ。何であたしがい

     ちいち許可をしなくちゃいけないんだ。神様でも何でも信じたいものを信じれ

     ばいいじゃないか。ただね、皆が同じだなんて気持ちが悪いって言うんだ。

ランプ   皆さんがアニスさんを頼りにしているんですよ。だから、アニスさんが私た

     ちの神様を信じてくだされば、すべてが丸く収まるんです。

アニス   お断り。私は自然を愛している。神様なんて必要ない。あんた達の話も気に

     入らないしね。

ランプ   あなたがそう言うから皆さん私の話も聞いてくれないんですよ。

アニス   なんだい? あたしのせいだって言うのかい?

   すごむアニス。たじろぐ宣教師ランプ。

ランプ   いや、そうではなくてですね。

   アンゼリカが出てくる。

アン    どうしたの? 大きな声を出して。奥まで聞こえたわよ。

アニス   ちょっと、ちゃんとしまってきたんだろうね? あれは物騒なものなんだか

     ら、ちゃんとしないとダメだって何度言ったら……。

アン    大丈夫よ。風を当てないようにビンに入れてきたわ。ちゃんと蓋もしたわ。

     そうでなかったら、もうとっくにおうちが燃えてるわよ。

アニス   ああ、そうだね。悪かったね。ちょっと頭に血が上ってたみたいだわ。この

     人が滅茶苦茶なことを言うもんだから。

ランプ   いやいやいや、それほど無茶は言っていませんよ。

アニス   なんだって? あたしの信じているモノを捨てて、あんたたちの神様を信じ

     ろって押し付けに来るのは無茶苦茶じゃないのかい?

ランプ   ですがね、国が認めてくれたんですから。

アニス   国が一体何をしてくれるんだい。税金を取って、戦争をして、畑や私らの暮

     らしを滅茶苦茶にするばかりじゃないかい。大体ね、民の幸せには国なんてあ

     ってもなくても関係ないよ。あんた達みたいな争いが大好きな連中がいなくな

     れば国は無くても民は生きられるんだ。

ランプ   だから誤解です。私たちはですね、世界中の争いを終わらせて国を超えて平

     和を作ろうと、

アニス   あたしはね、あんたたちみたいな人を殺しちゃいけないって言う神様の教え

     を信じている連中が、自分達の敵だから殺してもかまわないって言う道理や理

     屈が分からないんだよ。人間は自然の生き物だ。だったら神様の教えなんかか

     ら離れて自然の中で生きていくのが一番幸せなんだと思ってるんだよ。分かっ

     たら帰っておくれ。

   宣教師ランプに背を向けるアニス。それを難しい顔で見つめる宣教師ランプ。

ランプ   そうですか。分かりました。

アニス   わかってくれたかい。

ランプ   はい。今日のところはこれで帰ります。

アニス   全然分かってないじゃないか!

ランプ   と、とにかく、又お話を聞いてください!

   宣教師ランプ、逃げるように飛び出していく。

アニス   アンゼリカ! セージでも焚いて空気を清めておきな! まったくもうバカ

     がうつるわ!

   暗転。

■第八場■

   ゴネットの納屋。テーブルと椅子が三脚ほど。テーブルの上にはボトル。

   宣教師ランプ、酔っ払っている。

ランプ   俺だって、こんな所に来たくて来たわけじゃないのに、なーんで誰も話を聞

     いてくれないんだよ。冗談じゃないよ。神様は意地悪だ。いっつもいっつもい

     ーっつも人間を試してばっかり。そりゃあ、それを乗り越えた時の素晴らしさ

     を教えてくれるって言うことなんだから、そりゃあ、素晴らしいことだとは思

     うけども、思うけども、愚痴も言いたくなるわけ。

   酔っ払ったゴネットがやって来る。

ゴネット  なあなあ、神父さんよ。

ランプ   今は宣教師ですよ。

ゴネット  どっちでもおんなじだろ? 荒れてるねぇ、飲んでるのかい?

ランプ   もちろん。もう、すっかり出来上がってますよ。私だって君達と何も変わら

     ない人間さ。酒も飲むし肉だって食べるさ。神様を信じてるからって何も変わ

     らない。特別な人間なんていないんです。みな神様の下では平等なのです。

ゴネット  あんたの神様は、その、なんだ、拝むと何か良い事があるのかい?

ランプ   どうかなぁ。苦労の方が多い気がする。

ゴネット  ははは、あんた素直だな。そんなあんたに手紙だぜ。(便箋を渡す)

ランプ   あぁ、本部からですね。(読まずに置く)

ゴネット  先生よぉ、もっと頑張ってくれないと、俺の宿屋も消えてなくなっちまうん

     だからさ、頼むぜぇ。

ランプ   ははは。分かってますよ。だけど、みーんな困ったことはアニスに相談する。

     アニスアニスアニス。どいつもこいつもみーんなアニス。

ゴネット  あの婆さんは昔からの知識を溜め込んでるからな。皆が頼りにしてるのさ。

ランプ   あぁ、アニスさえいなければ、もっと楽に布教活動が出来るだろうに。

ゴネット  ははは、あの婆さんが死ぬまで待ってたら、先生もヨボヨボになっちまいそ

     うだな。

ランプ   元気そうだもんなぁ、あの婆さん。

ゴネット  残念でしたね。もっと怪しげな魔女みたいな婆さんだったら、とっとと村か

     ら追い出せたのに。

ランプ   魔女かぁ。

ゴネット  ちょっと奥で横にならせてもらうぜ。寝不足なんですよ。早く寝ようと思っ

     たが、今日は女房の機嫌が悪くてね。

   ゴネットが奥に行き、いびきが聞こえてくる。

   ランプは用心深く便箋を開き手紙を見る。そして頭を抱える。

ランプ   どうしよう。困ったことになった。

   宣教師ランプ、眠っているゴネットのほうを見る。

ランプ   利害は一致するな。だが、そのために村人を一人犠牲にするのか。

   宣教師ランプ首を横に振る。

ランプ   何を迷う必要がある。やらなければ俺は破滅だ。だが、やり切れば光が見え

     る。これも神の与えた試練だ。神のくれたチャンスなのだ。そうだ。信者が増

     えて神が喜ばぬわけがない。

   宣教師ランプ、ゴネットを呼ぶ。

ランプ   ゴネットさん! 起きてくれ。大事な話がある。

   呼んでも来ないので、ゴネットを引いて出てくる。

ゴネット  なんですか?

ランプ   君はこの村が大きくなれば嬉しいか?

ゴネット  もちろんですよ。この村が大きくなる頃には、俺も大きな宿屋で一儲けでし

     ょ? 嬉しくないわけがない。金があれば女房も優しくなるだろうし。

ランプ   そうだな。だが、そのためには一つ大きな壁がある。

ゴネット  壁? そんな大きな壁なんかあったっけなぁ。家の壁は薄板だし、それより

     丈夫なものとなるとこの村には柵くらいしかない気がしますけどねぇ。

ランプ   壁は壁でも人間さ。

ゴネット  人間? 壁のようにでかい人間ですか?

ランプ   アニスさ。

ゴネット  へへへ、いくら元気でもあんな婆さん壁にはならんでしょう。

ランプ   うん、一度、壁って言う話は忘れてくれるか?

ゴネット  へい。

ランプ   私はこの村で教えを広めたい。分かるな?

ゴネット  へい。

ランプ   だが、みんなアニスを頼りにしていて話を聞いてくれない。分かるな?

ゴネット  へい。

ランプ   じゃあ、何が問題か分かるか?

ゴネット  先生の努力不足?

ランプ   うん。そうだけど。確かにそうだけど、時には努力をしたってどうにもなら

     ない時があるだろう?

ゴネット  へい。頑張って作った畑も嵐でやられちまうこともありますからね。急に寒

     くなって枯れちまう事もある。日照りも、大雨で流されることもある。それは

     俺達が努力をしてもどうにもならない。

ランプ   そこでアニスに魔女になってもらおうと思う。

ゴネット  どうやって?

ランプ   なに、少しの疑いをかけるだけでいいんだ。それで町に送って審問官に渡し

     て、ちょっと調べてもらっている間に教えを広める。アニスが戻ってきた時に

     は、この村は変わっているってわけだ。

ゴネット  なるほど。普段でかい顔をしてるだけに、なんだかいい気味だなぁ。神父さ

     ん是非やりましょうよ。

ランプ   今は宣教師。

ゴネット  何でもいいですよ。どっちも同じでしょ? それで、どうしたらいいんです

     か? 魔女だって言いがかりつけても上手くかわされちまう気がしますけど。

ランプ   そこで、何か異端者の証拠になるようなものをアニスの所で見つけなくちゃ

     いけないんだが。何かそれらしいものをアニスの家で見たことが無いか? 変

     な仮面や異国の言葉で書かれた書物でもいい。

ゴネット  ないなぁ。あると言えば、干した薬草とか薬の本くらいかな。字が読めない

     んで、どこの国の字なのか分かりませんけどね。

ランプ   そうか。やっぱり無理かぁ。

   あきらめかける宣教師ランプ。ゴネットが何かを思い出す。

ゴネット  ああ、ありますよ。

ランプ   なんだ?

ゴネット  おまじないでさ。泣いている子供にしているのを見たことがあります。

ランプ   おまじないか。根拠としては少し弱いが、いけるかな。いやいや、それくら

     い軽微なものならこちらもやりやすい。あまり疑いが強いと死刑になることも

     あるそうだからな。このぐらいなら大丈夫だろう。よし、それで行こう。

ゴネット  じゃあ、準備してきますよ。

ランプ   ん? 準備?

ゴネット  ええ、怪我が必要ですからね。女房に殴られてきますよ。

ランプ   強暴な女房だな。

ゴネット  良い暮らしが出来るようになれば、女房も優しくなるってわけですよ。それ

     じゃあ、おやすみなさい。

   ゴネットが帰ると入れ違いでハロルドがやって来る。

ハロルド  ランプ先生、喜んでください。一人信者が増えました。

ランプ   そうか、君にまで負けるようになったか。だが、それも今日までだ。

ハロルド  なんです? 酔っていらっしゃるんですか?

ランプ   この後ろめたさもすぐ消えるさ。ハリー、今日はもう寝なさい。明日は大変

     だぞ。

ハロルド  何か作るんですか? やっと働いてくれる気になりましたね?

   暗転。

■第九場■

   アニスの家。

   アンゼリカが包みを持って奥から出てくる。

アニス   使い方を間違えないようにちゃんと説明をしてやりな。

アン    はい。

アニス   お前にももう立派な知識があるんだから、自信をお持ち。ただし、分からな

     いことがあったら、素直に分からないと相手に言うんだよ。知らないって言う

     ことを知っている人間じゃないと成長できないんだからね。

アン    分かってるわ。

アニス   それから寄り道をするんじゃないよ。

アン    大丈夫よ。最近のメアリはハロルドの世話で忙しいみたいだから。

アニス   ああ、すっかり女房気取りで鼻について仕方が無いよ。なんだろうねぇ。あ

     あいう優柔不断そうな男のどこが良いんだろうかねぇ。

アン    さあね。私にはちっとも分からないわ。

アニス   よし、じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけてね。

アン    すぐに戻ってくるわね。

   ゴネットがやって来る。傷だらけ。

ゴネット  お出かけかい?

アン    ええ。ゴネットさん大丈夫?

ゴネット  生きてるからね。

アニス   ほら立ち止まってないで行きなさい!

アン    はーい。

   アンゼリカ、去る。

アニス   今日は随分こっぴどくやられたねぇ。他所の村の女と浮気でもしたのかい?

ゴネット  とんでもない。近頃ずっと機嫌が悪いんだ。なにか落ち着く薬でもあればや

     ってくれよ。頼むよ。

アニス   何でも薬に頼るんじゃないよ。薬っていうのは、足りない物をすべて埋めて

     くれる便利なものじゃないんだよ。お前に足りない物をちゃんと考えてやるん

     だ。そうしたら、お前も女房の気持ちがちゃんと分かるだろうさ。

ゴネット  いてて、お説教よりも早いところ治してくれよ。

アニス   本当に手間の掛かる大人だね。そこに座りな。打ち身と擦り傷か。大げさだ

     ねぇ。ほっといても死にはしないよ。寝てりゃあ治る。

ゴネット  ところが体が熱くて眠れやしないんだよ。

アニス   まったく。

   アニス、薬を取ってきて塗ってやる。

アニス   ほら、終わりだよ。

ゴネット  なんだかあんまり効いた気がしないなぁ。なんかないのかい?

アニス   そんなにすぐに効くわけないだろ。それに病は気からさ。

ゴネット  気持ちの問題か。気持ちがなんかなるものはないのかい?

アニス   まったく世話が焼ける大人だね。子供じゃないんだからどっしり構えて薬が

     効くまで我慢すればいいのに。

ゴネット  そうは言ってもねぇ。なんか無いのかい? なんでもいいんだけどよ。

アニス   どれ、仕方が無いね。小さい子供にしかやらないけど、大きな子供にもやっ

     てやろうかね。

ゴネット  なにを?

アニス   おまじないさ。

ゴネット  ……おまじないだって? 効くのかい?

アニス   そうさ。効果は抜群さ。はーやく良くなれ、はーやく良くなれ。痛いの痛い

     の飛んでいけー。

   間。

ゴネット  それがおまじない?

アニス   なんだよ。どうだい? 効いたかい?

ゴネット  ああ、効いたみたいだ。先生! 魔女だ! 魔女がここにいる! アニスは

     魔女だ!

   宣教師ランプとハロルドが乗り込んでくる。

アニス   なんだいなんだい。

ランプ   アニスさん。残念だ。あなたを捕まえなければならない。

アニス   なんでさ。

ランプ   この国ではまじないは悪魔の業として禁止されてるんだ。

アニス   そんなこと初耳だよ。

ランプ   この間、そう決まったんだ。

ハロルド  先生、本当に捕まえなければいけないんですか? 今のを魔女のまじないっ

     て言うにはあまりにも幼稚なんじゃ……。

ランプ   残念だが仕方があるまい。まじないを使った者は魔女の疑いがあるからな。

     捕まえて町に送らなければならない。これも仕事なんだ。分かっておくれ。

ゴネット  アニス、お前が魔女だとは思わなかったぜ。俺達を騙してたんだな?

   他の村人たちもやって来る。宣教師ランプとハロルド、ゴネットがアニスを囲む。

アニス   あぁ、そうかい。そういうことかい。あんたは神様を広めたいからこんな手

     を打ってきたんだね?でも、残念なことにあたしは魔女じゃないよ。

ランプ   それを調べるのは審問官の仕事だ。私は規則に則ってあなたを捕まえ、町に

     送るだけだ。

アニス   そんなに古い教えが邪魔なのかい? 新しいものが全部正しいと思ってるの

     かい?

ランプ   もし、あなたがすべてを捨てて、この村を出て行くというのなら、私はあな

     たのこれまでの村に行なってきた善行を重んじて、あなたを許しその命を助け

     ようと思う。町には送らずにね。どうだい、悪い話じゃないだろう? 年寄り

     に審問は堪えると思うよ。

アニス   冗談じゃない。この年で他所に行けって言うのかい? 薬草の位置も全部こ

     の頭の中に入っているんだ。それを捨ててどうやって暮らして行けって言うん

     だい? 悪い話じゃないって? 最悪さ。あたしに死ねと言っているようなも

     んさ。

ランプ   アニスさんお願いだ。これから古い教えはすべて禁止される。そうなってか

     らじゃ、あなたを助けることが出来ない。少しでも疑いがあれば、厳しく罰せ

     られるようになっていくだろう。今のうちに他所に行くんだ。

アニス   あんたに助けてもらう覚えなんて無いね。町にでも何でも送ればいいわ。

ランプ   あなただけじゃない。そうだ、あなただけの問題じゃなくなる。あなたが強

     情を押し通そうとすれば、この村も丸ごと焼き払われてしまうかもしれないん

     だよ。そうなったら皆も困るだろう?

アニス   なんてこと! あきれた神様の教えだね! 自分の言うことを聞かないから

     焼き殺してしまおうなんて、山賊野盗たちと何も変わらないじゃないか!

ゴネット  この村のためなんだ。命が大事なら出て行ってくれ。

アニス   ゴネット。あんた、正気かい?

ゴネット  正気さ。正気じゃないのはあんたの方だ。みんなも聞いてくれ。最近のアニ

     スはおかしかっただろう? これが悪魔のせいだってみんな分かってるだろ?

アニス   あたしは魔女じゃない。あんたたちのほうがよっぽど悪魔に見えるよ。

   ゴネットとハロルドがアニスを押さえつける。アンゼリカとメアリが入ってくる。

   アンゼリカは届けるはずの荷物を持ったまま。

アン    何の騒ぎ?

ゴネット  アンゼリカ、アニスに近寄るなよ。

アン    なんでよ。

ゴネット  アニスは悪魔に魂を売った魔女なんだ。

アニス   違う!

アン    おばあちゃん!

   村人をかき分けてアニスの元に走り寄ろうとするアンゼリカの手をメアリがつかむ。

   そして力強く引き戻す。

メアリ   ダメよ。

アン    メアリ、離して。

村人C   本当に魔女なのか?

ベン    アニス婆、本当なのかい?

アニス   あたしは魔女じゃない。

ゴネット  それを証明してみろ!

アニス   魔女じゃないってば。

ランプ   神に祈りを捧げてみなさい。祈りの言葉を言えたら、あなたは魔女ではない。

アニス   祈りの言葉だって? なんだいそれは。

ゴネット  知らないんだな? やっぱり魔女だ!

アニス   アンゼリカ!

アン    おばあちゃん!

   宣教師ランプ、そっとアニスに耳打ちをする。

ランプ   あなたが意地を通すなら、あの子にも魔女の疑いがかかることになる。一緒

     に町に送ることになるんですよ。それでもいいんですか? あんな若い子が審問

     に耐えられると思いますか?

アニス   どこまでも汚い人間だろうね。

ゴネット  これが世の中の流れなんだよ。悪いな婆さん。

アン    離して!

   アンゼリカ、手を振りほどいてアニスの元に駆け寄る。

アニス   アンゼリカ、心配することは無いよ。すぐに戻ってくる。これは誤解なのさ。

     だから心配をするのはおよし。

アン    大丈夫なの?

ランプ   アニスは魔女である疑いがあるため、町で審問官によって取り調べられる。

     それが終われば帰ってこられる。ハリー、連れて行きなさい。用意してある馬

     車に乗せなさい。

ハロルド  先生……。

ゴネット  ほら、来い。

アン    あたしも一緒に行くわ。町にもついて行く。

アニス   お前は、ここに残りなさい。お前がいなくなったら、薬の管理は誰がやるん

     だい? 放っておいたら危ない物だってあるんだ。戻ってくるまでに一つでも

     ダメにしたら、承知しないよ。

   アニス、ハロルドとゴネットに連れて行かれる。

ランプ   皆さん、お騒がせしました。もう大丈夫。何も心配はいりません。

   暗転。

■第十場■

   暗闇の中に集団が立っている。一人ひとりに明かりが当てられる。

ランプ   一週間が経ち、村人の中から信徒になる者が現れだした。このまま順調に行

     けば町に戻れる日も近いだろう。神よ、私の罪をお許しください。

メアリ   もうすぐハロルドと出会って一ヶ月。どんどん彼のことを好きになる。少し

     頼りないところのある彼は私が支えてあげないと何も出来ない。今は照れてい

     る感じもとても可愛いと思う。

ベン    二ヶ月前にランプとか言う奴がやってきたと思ったら、アニスがいなくなっ

     て、ランプの何とかだとかって言う仲間が来てこんな小さな村を大勢の人が通

     るようになった。皆この先にあるという聖地に巡礼に行くのだそうだ。それに

     しても奇妙な集団だ。教会がない街道は歩けないだなんて。でも、村のみんな

     も仲間入りしちまった。俺も入ろうかな。

村人C   神父さんたち二人がやってきてもう三ヶ月。あっという間に大きな道が出来

     てさ、人って言うのはこんなに沢山いたんだねぇ。あたしは今までこの世界の

     ことを何も知らなかったことが恥ずかしくなったよ。神父様は今からでも遅く

     ないって言ってくれたから勉強してみようかしらね。

ゴネット  牧師だか神父だか忘れちまったが、あの先生は四ヶ月前にしていた約束を守

     ってくれた。町からやってきた神父たちが納屋を買い取ってくれたんだ。宿を

     作るのにも十分な金もくれたしよ。だが、困ったこともある。客は尽きること

     無いんだよ。宿はいつも満室だ。まぁ、嬉しい悲鳴だけどよ。隣の家を買い取

     って宿を大きくしないと。神様は太っ腹だな。

ハロルド  まだまだ五ヶ月ですよ、先生。しゃきっとしてください。先生は町に戻れな

     くて残念がっているかもしれませんが、これは大切な使命なのだと思います。

     先生は私を助けてくださいました。この村で苦しみ悩んでいる人々を導いてく

     ださい。大丈夫です。一時は笑顔を失ったアンゼリカだって以前と同じように

     笑うようになったではありませんか。先生ならできますよ。

アン    あれから半年が過ぎた。おばあちゃんはまだ帰ってこない。村ではいろいろ

     なことがあっという間に変わっていった。ゴネットさんの納屋は取り壊され、

     そこに教会が建ち、村には大通りが出来てその中心に大きな宿が出来た。人も

     増えて、馬車も沢山通るようになった。何も見るものがなかった小さな村だっ

     たのに、いつの間にか知らない人が増えて、夜も明るく賑やかになった。旅人

     達はこんな話をしていた。ここは巡礼街道だ。今までずっと教会がこの村を狙

     っていた。一人の宣教師が奇跡を起こし、この村から魔女を追い払った。おば

     あちゃんはまだ帰ってこない。あの日から、世界が変わってしまった。何もか

     も変わってしまった。そして、私も。

■第十一場■

   教会にある一室。手紙や本が散らばっている。本棚には十数冊の本が乱雑に並ぶ。

   ランプは宣教師から神父に変わっている。だが、昼間から酒を飲んでいる。

ハロルド  先生、どうしたんですか?

ランプ   何がだ?

ハロルド  昼間からお酒なんて。

ランプ   昼間から酒を飲んじゃいけないなんて言う教えも法律も無いはずだぞ。あれ、

     あったっけ? んもう、どっちでもいいさ。

ハロルド  先生。

   メアリがやって来る。

メアリ   なあに? お酒臭い。

ハロルド  先生がこの通りさ。

メアリ   そう、ねえ、そんなことより、あたし達の結婚式をいつにするか決めましょ

     うよ。

ハロルド  メアリ、何度も言うようだけれど、まだ早いよ。僕らは出会ってまだ半年だ。

     お互いまだ知らないことばかりじゃないか。

メアリ   いいじゃない別に。結婚してからお互いのことを知ればいいのよ。あなたに

     は支えが必要よ。

ランプ   なんだ? お前達結婚するのか?

メアリ   はい。

ハロルド  いいえ。そんなことまだ決まってません。

メアリ   そんな照れなくていいのよ。

ランプ   じゃあ、俺が二人の誓いを聞こうかな。

メアリ   嫌よ。こんなお酒臭い神父なんて。

ランプ   こいつは手厳しい。

ハロルド  先生、しっかりしてくださいよ。先生は今、この村になくてはならない人に

     なったんですから。

ランプ   そう、なくてはならない。言い換えれば、いれば良いだけさ。

   アンゼリカがやって来る。

アン    ランプ神父様、おはようございます。

メアリ   ハロルド、行きましょ。

ハロルド  おはようアンゼリカ。

アン    おはよう。今日もいい天気ね。

ハロルド  教科書は読めるようになったかい?

アン    ええ、まだ少しわからないところもあるけど。

メアリ   ほら、行きましょうよ。

   メアリ、ハロルドを引っ張って去る。

ランプ   アンゼリカか。すまないね。まだ連絡はないんだ。

アン    そうですか。

ランプ   すまないが、これから行くところがあるんでね。失礼するよ。

アン    はい。あ、あの……、

ランプ   なんだい?

アン    お部屋を少し片付けておきましょうか?

ランプ   いや、いい。そんなことまでさせるわけには行かないよ。大丈夫。

アン    そうですか。何か御用があったら言ってくださいね。

ランプ   ありがとう。さ、準備をするから、

アン    はい。

   アンゼリカが去ると、ランプ神父は机の上の手紙を集める。

   その中から一通の手紙を抜き出すと、他の手紙は紐で一まとめにする。

   抜き出した手紙を眺め、少し思案した後、近くにあった分厚い本に挟み込む。

   それは聖典

ランプ   あの子は何か感づいているのかもしれないな。だったら、なおさら教えるわ

     けにはいかん。片付けなんてされてこの手紙を見られたらとんでもないことに

     なる。

   聖典を本棚に納める。

ランプ   こんな重い本、誰も読まんさ。

   暗転。

■第十二場■

   暗転幕前。ハロルドとメアリがやって来る。

メアリ   あの子にも困ったものね。まだ自分の立場がわかっていないんだもの。

ハロルド  アンゼリカはアンゼリカさ。何も変わらない。そうだろ?

メアリ   ハロルドは優しすぎるわ。アンゼリカは魔女の孫なのよ。きっと彼女も魔女

     に違いないわ。そんな人間をこの村においておくなんて、危険よ。さっさと追

     い出すべきだわ。

ハロルド  そんなことすべきじゃないよ。彼女は魔女じゃない。だって、祈りの言葉だ

     って言えるじゃないか。

メアリ   それはアニスのことを見て覚えたのよ。自分も疑われてしまうって。だから

     そんなの証明にならないわ。

ハロルド  親友なんだろ?

メアリ   違うわ。今まで妹のように面倒を見てあげたのに、アニスが町に送られて以

     来、あたしとは口も利かないのよ。せっかく優しく慰めてあげたのに。あんな

     冷たい子だとは思わなかったわ。

ハロルド  避けているのは君じゃないのかい?

メアリ   何よ! 信じられない! 散々慰めてあげたわ! でも、それを拒否したの

     はあの子よ。それでもあたしが悪いって言うの?

ハロルド  そうじゃなくて、アンゼリカを避けているように見えたから。

メアリ   魔女の孫よ? あたしから何を言えって言うのよ。

ハロルド  だからって、彼女が魔女だって言うことにはならないよ。

メアリ   何よ! 口を開けばアンゼリカ、アンゼリカばかり。あたしは一体なんなの

     よ! あたしはハロルドの何? 答えてよ! 答えなさいよ!

   メアリの剣幕に押されるハロルド。搾り出すように言葉を吐き出す。

ハロルド  君はこの村の一信徒だ。それ以上でもそれ以下でもない。

メアリ   え? なんて言ったの?

ハロルド  はっきり言わなかった僕も悪かったと思うけれど、僕は君とは付き合えない。

メアリ   なによそれ。じゃあ、今まであたしのことを笑ってたわけ?

ハロルド  そうじゃないよ。

メアリ   でも、付き合う気も結婚する気もなかったくせに、あたしの気持ちを知って

     たのに、自分の都合で利用してたんじゃない!

ハロルド  君が強引過ぎたんだろ。

メアリ   ひどい。許さない。あたしあなたを許さないわ。絶対に。

ハロルド  メアリ、落ち着いて、僕の話を聞いて。

メアリ   嫌よ。

ハロルド  メアリ。

メアリ   分かったわ、

ハロルド  いいかい、

メアリ   アンゼリカね。

ハロルド  え?

メアリ   ハロルド、あなたアンゼリカのことが好きなのね。そうよ、そうだわ。だか

     らいつもアンゼリカの話をするのよ。アンゼリカに笑顔で話しかけるのよ。ア

     ンゼリカが魔女じゃないって一生懸命になるのよ。

ハロルド  メアリ、

   ハロルド、メアリの手を取ろうとするがメアリは手を引いて拒否する。

メアリ   やめてよ。ひどい男ね。そうやってまた私を誘惑するんだわ。いいわ。手伝

     ってあげる。あなたとアンゼリカが上手く行くようにしてあげるわ。お似合い

     よ。女たらしと魔女のカップルなんて素敵よね。

ハロルド  僕の話も聞いてくれよ。

メアリ   何よ。

ハロルド  君を傷つけたことは謝る。でも、アンゼリカにもそういう気持ちは持ってな

     い。君の誤解なんだ。だから、彼女に冷たくするのもやめてあげて欲しいんだ。

メアリ   またアンゼリカ。あたしをこれ以上侮辱しないでよ! あんたなんか地獄に

     落ちればいいんだわ!

   メアリ、ハロルドを突き飛ばして走り去る。

   ハロルド深いため息をつく。

   暗転。

■第十三場■

   夜。村人たちの集会。

ゴネット  アンゼリカには町に行ってもらうのが一番だと思うんだけどな。

メアリ   そうね、ここは住みにくいものね。あたしもゴネットさんの意見に賛成。

ベン    しかし、そうなると病気になったときとか怪我になったときに困らないか

     い?

村人C   そうだねぇ。

メアリ   何言ってるのよ! まだ魔女の洗脳が解けていないの? 魔女の薬になんか

     頼っていたら、いつまでも悪魔の手先のままよ!

ゴネット  そうだな。それに村の外れとは言え、あんなところにいつまでも魔女の家が

     あるのも村にとってはよくない。さっさと取り壊すべきだ。

メアリ   何を言ってるのよ。

村人C   そうよ、それはちょっとひどいんじゃないかい?

メアリ   違うわよ。取り壊すぐらいじゃ足りないわ。燃やさないと。燃やして浄化す

     るのよ。そうでしょ? そうじゃないとあたし達の清廉さが証明できないわ。

     私たちは魔女の仲間じゃないのよ。燃やしてなくすべきよ。

ベン    そ、そうだなぁ。それくらいやらないとダメかもなぁ。

   ランプ神父とハロルドがやって来る。

ランプ   遅くなってすまない。

ハロルド  皆さんこんばんは。

ゴネット  神父さん、夜は酔ってないんだね。

ランプ   いやあ、手厳しいな。それで、今日はどんな話し合いだい?

ベン    それが、

村人C   あのねぇ、

メアリ   アンゼリカを町に行かせようって言う話よ。追い出すわけじゃないわ。村の

     慣習で何年かに一度、若い娘を一人町に送るのよ。昔からね。

ランプ   ほほう。でも、それは村が貧しかった時の話じゃないのかい?

ゴネット  そうなんですけどね。

ハロルド  アンゼリカは?

ベン    知らせてない。

ハロルド  彼女抜きでこんなことを決めようとしてるんですか?

メアリ   あの子は自分から行くって言うわよ。

ハロルド  だからって、

メアリ   なあに? あの子に町に行かれたら困るの?

ランプ   まあまあ。この件について賛成の者は?

メアリ   全員よ。

ハロルド  薬草の管理があるから、行くなんて言わないはずだ。

メアリ   何でもよく知ってるのね。でも、安心して、それはあたし達できちんと管理

     することにしてるわ。そうよね?

村人C   え?

   ゴネットが村人Cに耳打ちをする。

ゴネット  燃やすだなんて言ったら、アンゼリカは行くわけがないだろ。

村人C   ああ、そうね。(神父に)そうよ。私たちが管理するわ。

メアリ   ね。

ランプ   そうか。わかった。

ハロルド  先生。

ランプ   ハリー、今は私は神父だ。村人たちの生活のことも考えてやらなきゃいけな

     い。それにアンゼリカにとっても村にいるよりは町に出たほうが良いこともあ

     るだろう。私も賛成するよ。私の知人の元に送ろうじゃないか。

メアリ   さすが神父様! 頼りになるわ。誰かさんとは大違い。

ハロルド  メアリ、いいかい僕は、

メアリ   そうと決まれば、今夜の内に出て行ってもらいましょう!

ランプ   それは急じゃないかね?

ゴネット  いくらなんでも。

ベン    うん、ちょっとなぁ。

村人C   かわいそうじゃない?

メアリ   あたしたちは半年我慢したのよ。あの子が自発的に村を出て行くのを待った。

     これだけでも慈悲深いことだと思わないの? 明日になったらまた誰かが、か

     わいそうだ。あの子を町に送るのは止めよう。って言い出すに決まっているわ。

     もうそんなことはうんざりなのよ。今よ。今なの!

ゴネット  確かにな。明日になれば、かわいそうだと思って村に置いておこうなんて言

     うかも知れん。そうして、またこんな重苦しい集まりを開いて、何度も同じこ

     とを繰り返す。そんなことはごめんだな。

村人C   そうね。

ベン    そうだな。

メアリ   決まりね。神父様これでいいですね?

ランプ   仕方ないだろう。

ハロルド  そんな、待ってください。

メアリ   そんなに心配なら、一緒に行ってあげればいいじゃない。

ゴネット  それで誰が言いに行くんだ?

村人C   あたしはちょっと……。ベン、あなた行きなさいよ。

ベン    俺は、そういう話は苦手だなぁ。

ゴネット  俺は忙しく無理だ。今日も忙しいんだ。すぐに戻らなくちゃならん。今だっ

     てきっと女房がカンカンだよ。

メアリ   みんなだらしが無いわね。あたしが行くわよ。

ハロルド  そんな、こんなのって変ですよ。

ランプ   ハリー、私は手紙を書くからアンゼリカのために何冊か本を選んであげなさ

     い。ああ、なるべく軽めにな。

ハロルド  そんな、先生!

ランプ   村人の意見を尊重する。ここに来る前にそう言われただろう?

ハロルド  はい。

ゴネット  神父様、だったらうちの便箋を使ってください。なかなか良いのを仕入れた

     んですよ。

ランプ   助かります。ちょうど切らしてましてね。近頃手紙なんか出さないものでし

     たから。

   皆がいなくなり、メアリだけが残される。

メアリ   あの子さえいなくなれば、ハロルドだってきっと目を覚ましてくれるはず。

     そうよ、きっとそう。ハロルドはアンゼリカに騙されているのよ。あの子は魔

     女なんだから、絶対にハロルドを操ってあたしを困らせて喜んでいるんだわ。

     でもね、そんなのお見通しよ。あんたを追い出して、ハロルドの心を取り戻し

     て見せるわ!

   メアリが去って暗転。

■第十四場■

   暗転幕前。

   下手からメアリが歩いてくる。中ほどまで辿り着いた時にアンゼリカが上手から歩

   いてくる。アンゼリカは手に空のビンを持っている。

アン    メアリ。……こんばんは。

メアリ   アン、話があるの。

アン    なあに? 昔みたいにアンって呼んでくれるなんて何かあったの?

メアリ   散歩?

アン    川に水を汲みに行くのよ。ほら、燃える石の水を換えてあげないといけない

     から。夜の静かな時間に汲んだ水が一番だっておばあちゃんが言ってたのよ。

メアリ   へぇ、あの石まだあったの。

アン    メアリは? どこかに用事?

メアリ   あなたの所よ。

アン    私に用事? なあに? 誰かの具合が悪くなったの?

メアリ   違うわ。あんたの薬なんて、この村で飲む人なんかいないわよ。

アン    ……そうね。そうよね。

メアリ   何よ馬鹿にして。

アン    馬鹿になんてしてないわ。

メアリ   してるわよ。自分だけ、みんなとは違いますって顔してるじゃない。

アン    そんなこと無い。誤解よ。

メアリ   あんたの顔を見るのも今日で最後よ。みんなで決めたことだから。アンゼリ

     カ、今夜中に村を出て行きなさい。今すぐ荷物をまとめるのよ。

アン    そんな、急すぎるわ。私には行くところなんて……。

メアリ   神父様が待ちの知り合い宛に紹介状を書いてくれるそうだから、安心して出

     て行きなさい。支度が出来たら教会に行くといいわ。

アン    でも、薬の世話が……。

メアリ   村のみんなで面倒を見ることになったわ。アニスが戻ってくるまでね。

アン    でもとっても扱いが難しいのよ?

メアリ   じゃあ、こうしましょうよ。

アン    え?

メアリ   ハロルドにかけたおまじないを解いてくれたら、あなたの味方になってあげ

     る。町に行かなくてもいいようにみんなを説得してあげるわ。

アン    何を言ってるの? おまじないってどういうこと?

メアリ   いいのよ。あたし知ってるのよ。隠さないで。おまじないでハロルドの気を

     引いたんでしょう

アン    私、そんなことしてないわ。

メアリ   嘘をつくな! じゃあ、何でハロルドはあなたのことばかり話すのよ!

アン    そんなの知らないわ。彼に聞いたらいいじゃない。

メアリ   彼ですって? 何よなれなれしい!

アン    じゃあ、ハロルドに聞いてよ。

メアリ   呼び捨てにしないで。ハロルドはあなたのものじゃない!

アン    メアリ、あなたちょっとおかしいわよ。

メアリ   あたしはおかしくない。おかしいのはお前の方だ。

アン    わかった。荷物をまとめて出て行くわ。

   メアリから逃げるように振り返って上手に立ち去るアンゼリカ。

メアリ   なによ! どうしても教えないつもりね。もう許せないわ。いつもいつもあ

     たしのことを馬鹿にして、あんなに優しくしてやったのに! 覚えてなさい。

     あんたなんかもうこの村に帰って来れなくしてやるんだから。

   メアリもアンゼリカを追いかけるように上手に去っていく。

   暗転。

■第十五場■

   教会の一室。ハロルドが本を選んでいる。

ハロルド  本か。教科書もいいけど、そろそろ聖典なんかも読まないといけないだろう

     な。なるべく軽い本って言っていたけど、やっぱり一番分厚いこの聖典がいい

     と思うんだよね。これを読んで神様の教えを理解すればきっと……。

   アンゼリカがやって来る。大きなカバンを持っている。

アン    ハロルド、神父様は?

ハロルド  アンゼリカ。先生は、いや、神父様は宿にいらっしゃると思うよ。それより、

アン    もう聞いたわ。実はね、少し前から村を出て行こうと思っていたんだけど、

     ほら見て、この荷物。準備が早いでしょ? ずっと用意はしてたのよ。でも、

     なかなか踏み出す勇気がなくて。だって、そうでしょ。行く宛てなんかなかっ

     たから。

ハロルド  神父様が、きちんとした人を紹介してくれるって紹介状を書いてくれてるん

     だ。だからきっと安心だよ。

アン    そうね。家の鍵は鉢植えの下に隠しておいたから、世話をする人に渡してね。

ハロルド  持ってくれば良かったのに。

アン    ああ、そうね。そうよね。取ってこようかしら。

ハロルド  大丈夫。後で僕が取りに行くよ。名残惜しくなるからね。

アン    そうね。そうよね。……そうだ、町に着いたら手紙を書くわね。

ハロルド  僕も返事を書くよ。町はここよりも賑やかだから、きっと楽しいこともまた

     増えるよ。

アン    ……町では野に開く花のように生きていくわ。

ハロルド  野に開く花?

アン    ええ、誰も見向きもしない野の花よ。

ハロルド  どうして? 君だったらもっと素敵に生きていけるはずだよ。綺麗な花を咲

     かせると思うよ。どうしてそんな花になりたいのさ。

アン    綺麗な花は誰もが摘みたがるでしょ? 毒のある花は誰かに利用される。甘

     い蜜の花はミツバチたちがうるさすぎて嫌だわ。でも、野に開く花なら、誰に

     も摘まれず見向きもされずに静かに咲いていられるの。そういう風に生きてい

     けたらいいなって。

ハロルド  そうか、いろんなことがあったものね。

アン    楽しいこともツライことも。……ツライことの方が大きかったのかもね。疲

     れちゃったの。

ハロルド  そうだ、これ。

   ハロルド、分厚い聖典をアンゼリカに手渡す。

   それは以前、ランプ神父が手紙を挟んだもの。

ハロルド  少し分厚くて重いけど、しっかりと読んで勉強をして。

アン    少し? 大分分厚くて、かなり重いわよ。でも、ありがとう。

ハロルド  残念だね。こんなことになって。

アン    ううん。町に行けばおばあさんのことも分かると思うの。それにしても重い

     わね、何が書いてある本なのかしら?

ハロルド  神様の教えだよ。

アン    こんなに沢山書いてあるの?

ハロルド  分かりやすいように物語になっているからね。短い話が沢山あるんだ。

アン    へぇ、ハロルドはどんな話が一番好きなの?

ハロルド  好きって言うか、一番心を打つ話は、ちょっと貸して、

アン    なあに? 好きな話なのに覚えてないの?

   聖典を開く、手紙を挟んだページが開かれる。

   上手く開かないときは、話を探すようにペラペラめくる。

   どちらにしても手紙を発見する。

ハロルド  手紙?

アン    どうしたの?

ハロルド  手紙が挟んであったんだ。

   ハロルド手紙を手に取る。

アン    なんでこんな所に挟んでいたのかしら。

ハロルド  わからない。

アン    ハロルド、読んでみて。

ハロルド  え? ダメだよ。それは出来ない。

アン    じゃあ、貸して。あたしが読むわ。神父様へのラブレターだったりして。そ

     う思ったら、あなたも気になるでしょ?

ハロルド  ダメだよ。

   手紙の取り合い。

   アンゼリカが手紙を取り、それを後ろから抱きしめるような形でハロルドがアンゼ

   リカを押さえる。床に落ちる聖典。止まる二人。

   そこにやって来るメアリ。メアリは石と水の入ったビンを持っているが教会に入る

   前にそれを隠すように置く。そして、抱き合う二人を目撃する。

   二人は背中を向けているのでメアリには気がつかない。

メアリ   (ショックを受ける。近づこうとするが、思い直し石と水の入ったビンを拾

     って憎しみの目を二人に向けて立ち去っていく)

ハロルド  ごめん。

   二人は離れる。

アン    いいのよ。気にしないで。大事な本が落ちてるわよ。

ハロルド  いけない!

アン    さ、今のうちに!

   ハロルドが聖典を拾い上げている隙に、手紙を開く。

ハロルド  アンゼリカ、ダメだよ。そんなこといけないよ。

   手紙を見ていたアンゼリカの顔が青ざめていく。そして、床にへたり込む。

ハロルド  どうしたの? 何が書いてあったの?

   アンゼリカは無言で震える手で手紙をハロルドに差し出す。

   ハロルドも手紙を見て驚く。

ハロルド  そんな、何で先生は隠してたんだ。

アン    ひどい。ひどいわ……。

   言葉無くその場に縫い付けられる二人。

   台詞を忘れてしまったかのような長い時間がどんどん空気を重くする。

   そこへランプ神父が戻ってくる。ただならぬ空気を感じるランプ神父。

   ハロルドの手の中にある手紙に気がついて観念する。

ランプ   そうか、知ってしまったか。

ハロルド  ずっと、知っていたんですね。

ランプ   いつか言わなければいけないとは思っていたんだ。でも、戻ってくると思っ

     ていたんだ。それは、嘘じゃないんだ。あんな子供だましのおまじないなんか

     で火あぶりになるなんて思わなかったんだ。

アン    約束通り、

   アンゼリカの言葉に、ランプ神父は体を震わせる。

アン    神父様、約束通りあなたの罪を不問にするって、どういうことですか?

ランプ   違うんだ。そんなつもりじゃなかったんだ。

ハロルド  先生!

   ベンが走りこんでくる。

ベン    神父様! 大変だ。アニスの家が燃えている。アンゼリカがまだ中にいるか

     もしれない! (アンゼリカに気がつく)ああ、アンゼリカ! 大変だ。家が

     燃えている。

アン    え?

ランプ   どういうことです?

ベン    分かりません。村はずれが赤く染まってるんで、みんなが騒ぎ出して何かと

     思ったら火事みたいで……。

アン    嫌よ、あそこにはあたしの思い出があるのよ。皆で守ってくれる約束じゃな

     かったの?

   外へ走り出そうとするアンゼリカを止めるようにメアリとゴネットが入ってくる。

   メアリは手ぶらだが、その手は濡れている。メアリがアンゼリカをつかむ。

メアリ   アンゼリカ! 無事だったのね! 良かった。心配してたのよ!

ゴネット  しかし、なんだってこんなことに。いや、でも、外にいるときで良かった。

アン    行かないと。全部燃えちゃう前に行かないと。

メアリ   ダメよ! 危ないわ。火の勢いが強かったもの。

   アンゼリカ、その言葉が気になってメアリを見る。

   メアリがほほ笑む。

アン    メアリ? 何で手が濡れているの?

   なにか言おうとするアンゼリカ、そこに村人Cが走りこんでくる。

村人C   大変よ! ゴネット、あんたの宿が燃えてるわ! 大火事になるよ! 火の

     勢いが強い。今まで見たこともないような強い火よ!

ゴネット  なんだって! 今日は満室なんだ! 大変なことになる! 男達は手伝って

     くれ!

メアリ   アンゼリカ! なんてことを!

   走り出そうとした男達、一斉にアンゼリカを見る。

ゴネット  どういうことだ?

ベン    何か知ってるのか?

メアリ   自分の家に火をつけて、そっちに注目が行っている間に宿に火をつけたの

     ね?

アン    何を言ってるのよ。そんなこと私には無理よ。家に火をつけて、宿に火をつ

     けていたら、ここに来る前に分かるはずでしょ?

   ゴネット、アンゼリカを突き飛ばす。

ゴネット  こいつ、とんでもないことをしやがって!

ハロルド  やめてください!

    ハロルドとベンが止める。

ゴネット  とにかく話は後だ。ベン、行くぞ。

ベン    ああ。

   ゴネットとベン走っていく。

ランプ   ハリー、私達も行こう。ここを頼みます。くれぐれも早まったマネをしない

     ように。

メアリ   待って、

   走り出そうとした二人を呼び止める。

メアリ   これ以上、へんなマネをされたくないわ。この子を縛ってから行って頂戴。

     私とおばさんじゃ逃げられるかもしれないし。

   ランプ神父、布切れを使ってアンゼリカを後ろ手に縛る。

   アンゼリカはメアリを疑い続ける。

   ランプ神父とハロルドが駆けて行き暗転。

アン    何でこんなことをするの。どうして?

メアリ   いつまでもそうやって、しらばっくれていればいいわ。

アン    なんで、手が濡れてるのよ。(気がつく)メアリ、あなたなんてことを!

   暗転。

■第十六場■

   暗闇の中。アンゼリカに光。後ろ手に縛られている。

ゴネット  破滅だ。ほとんどの客が焼け死んだ。火の回りが恐ろしく速かったんだ。駆

     けつけた時にはもうどうにもならなかった。

ベン    もうそこは地獄だった。炎の中で人間が踊っているようだった。俺はもうあ

     の光景を二度と忘れることは出来ない。

村人C   普通の火じゃなかった。火の玉が現れたかと思ったら、一気に宿に燃え広が

     って、本当に悪魔の仕業かと思ったのよ。

ハロルド  彼女はずっと僕といました。結構長い時間だったと思います。家に火をつけ

     て宿に火をつけてくる時間なんて無かったと思います。それに、火をつけてい

     たら誰かに見られているはずです。

メアリ   私、知ってるんです。あの子ずっと前に魔女の道具を自慢してましたから。

     燃える石って言うのがあるんです。いつもは壷の中に水を入れてその中に入れ

     ておくそうなんですけど、それを使えば離れた後でも家を燃やすことが出来る

     と思います。あの子はそれを使ったんです。

アン    燃える石を使えば、出来ます。でも、それならあたしじゃなくても火事を起

     こすことが出来ます。例えば、

メアリ   石のことはあなたしか知らなかった。

アン    いいえ。メアリも知っていた。なぜ知っていたことを隠すの? それにあの

     時、あなたの手は濡れてたじゃない。あなたが水の中から石を取り出して火事

     を起こしたんでしょ。どうして嘘をつくのよ。

メアリ   私にはそんなことをする理由がないわ。何のためにあなたの家を燃やして、

     ゴネットさんの宿に火をつけて大勢の人を殺さなきゃいけないの?

アン    そんなの分からないわ。私にだってそんなことする理由なんてない!

メアリ   あんたは憎かったのよ。ゴネットさんがアニスを売ったせいでお婆さんが捕

     まった。だから憎かったのよ。そうなんでしょ?

アン    いいえ。

メアリ   魔女のおばあさんを誰も助けなかったことで、この村の人間を恨んでいたの

     よ。どうして、今まで助けてやったのに、助けてくれないんだってね。

アン    いいえ。

メアリ   嘘つき! ほんの少しでも憎しみがなかったとでも言うの? 本当は憎かっ

     たんでしょう? 新しく来た神様が幸せを奪っていくと思ったんでしょう?

アン    いいえ、いいえ!

メアリ   嘘を言うな! どうして自分だけがこんな目にあうんだって、私の手を振り

     払ったのは誰だ!

アン    ……思ったわ。初めは村のみんなを憎んだわ。でも、

メアリ   ほら。やっぱりみんなが憎いんじゃないの。それで、この村に復讐をしてや

     ろうと思ったんでしょ。

アン    私は魔女じゃない!

ゴネット  だったら魔女じゃないっていう証明をしろ!

アン    神様に祈りを捧げられるわ! 慈悲深き神に感謝します。我らの罪をお許し

     ください。慈悲深き神に感謝します。慈悲深き神に感謝します。

メアリ   そんなのアニスを見て覚えたんでしょう? 覚えていれば言い逃れできるか

     らって。何の証明にもならないわ。

アン    私は魔女じゃない。

ベン    じゃあ、魔女じゃないことを証明しろ!

アン    そんなのどうしたらいいのよ。

メアリ   出来ないんでしょ? だって、あなたは魔女の孫だもの。魔女に決まってる

     わ。

アン    ああ、悪魔がいるわ。この村には悪魔がいるわ。

村人C   なんだって? 悪魔だって? なんて恐ろしい! やっぱりこの子は魔女だ

     ったんだよ!

アン    どうしてそっとしておいてくれなかったの! 私やおばあちゃんがどんな悪

     いことをしたのよ! あなた達を助けてきたじゃないの! あなた達を助けた

     ことが悪いことだったのね。あなたたち悪魔を助けたから罰が当たったのよ!

メアリ   お前は魔女だ! お前が悪魔だ!

ゴネット  悪魔だ!

ベン    悪魔だ!

村人C   悪魔だ!

メアリ   火をつけろ! 魔女を焼き殺せ!

ゴネット  悪魔だ!

ベン    悪魔だ!

村人C   悪魔だ!

アン    メアリ、悪魔はあなたよ。

メアリ   うるさい! だまれ魔女め!

   火が上がる。燃え盛る炎。

アン    悪魔はあなたよ!

   アンゼリカの明かりが消え、メアリに明かりがつく。

メアリ   はははははは! 魔女は死んだわ! これでハロルドは私のものよ!

   メアリ、周りを見ておびえだす。

メアリ   なによ。何でそんな目であたしを見るのよ。やめてよ。私は悪魔じゃないわ。

ゴネット  ……それをどう証明する。

メアリ   神様に祈りを捧げられるわ!

ベン    そんなこと証明にはならない。

村人C   ちょっと待って、さっきもそう言ったわ。

ゴネット  こいつだ! 悪魔はこいつに乗り移ったぞ!

村人たち  捕まえろ! 焼き殺せ! 焼き殺せ!

メアリ   悪魔はお前達だ! お前たち全員が悪魔だ!

   真っ赤に染まる村。黒い影がゆっくりと炎のようにうごめく。

   やがて、全員が地面に倒れこみ暗転。

■第十七場■

   上手に審問官。下手にハロルド。

   明るくなるとハロルドが手かせをつけて椅子に座らされている。

審問官   それで全部か?

ハロルド  はい。やがて村中で殺し合いが始まって、私は怖くなって逃げてきました。

審問官   そうか、

   少しの沈黙。

審問官   でも安心するがいい。この審問会ももう終わる。

ハロルド  先生は無事だったのですか?

審問官   いや、彼は死んだ。彼も悪魔になったのだ。あの村の人間は皆な。

ハロルド  ……そんな。でも、では、すべて終わったのですね。全て……、

審問官   そうだ。君が最後の1人だ。

   高らかに槌が打たれ、舞台は真っ暗になる。

   そして、幕。