フェイムルの移動図書館(2013) 第八場

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フェイムル移動図書館(2013) 第八場

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   ◆マタタビ山のふもと(暗転幕前)

   再びマタタビ山のふもと。

   マチョードが子猫たちを整列させて号令をかける。

マチョード 番号!

子猫A   チュウ。

子猫B   チュウ。

子猫C   チュウ。

子猫D   ショウ。僕は小さいからね。中じゃなくて小なの。

マチョード あーっはっはっは!

   マチョードはお腹を抱えて笑い転げて子猫たちをいじめて楽しんでいる。

   そこへ兄妹とメルテルが戻ってくる。

マイオ   タマネギ取って来たよ!

リト    かなり目にしみたわよ。

メルテル  まあ、僕がいなきゃ無理だったけどね。

   マチョードは3人を見て首をかしげる

マチョード それはあたしのタマネギじゃないかい。マタタビ山から抜いてきちまったの

     かい? 誰だい、お前たちは?

マイオ   こいつの兄です。

リト    これの妹です。

メルテル  本です。

マイオ   あなたは?

マチョード 四人姉妹の魔女の長女マチョードさ。

マイオ   魔女の長女で魔長女だって。

リト    変な名前ね。

マチョード マチョード! あんた私をバカにしたね? 雑巾にして破れるまでこき使っ

     てやろうかしら。

メルテル  お前が北の魔女か! ここは僕に任せてくれ! 僕が相手だ。覚悟しろ!

マチョード うるさい奴、そこで丸くなってな! えい!

   メルテル、魔法にかけられ手足を抱えて丸くなり地面に転がされてしまう。

メルテル  ごろごろごろ。

マイオ   長女の弱みは何だっけ?

リト    たしか犬よ。犬が嫌いだって。

マイオ   こんなところに犬なんていないよ。

子猫A   猫ならいるチュウ。

子猫B   猫ならいるチュウ。

子猫C   猫ならいるチュウ。

子猫D   猫ならいるショウ。

リト    そうよ! 声を聞いたら魔法を忘れちゃうって言ってたわ。

マイオ   そうか。

マチョード 何をこそこそ話してるんだい! それ、雑巾に……。

   マチョードは杖を振りかざして兄妹に魔法をかけようとする。

マイオ   ようし(犬の鳴きマネ)。

子猫A   犬だチュウ。

子猫B   犬だチュウ。

子猫C   犬だチュウ。

子猫D   犬だショウ。

マチョード 犬だって? 寒気がする。でもね、先に見つけちまえばこっちのもんだ。な

     んたって私には四つの目があるんだからね!

リト    いけない! 見られたら大変だわ!

   リト、金のタマネギを見る。

リト    これだわ! しみるけどちょっとのガマンよ!

   リト、険しい顔で金のタマネギをマチョードにぶつける。

マチョード あぁ、目がしみる! 見えない! 犬が来る! 見えない! 嫌ぁ! 嫌

     ぁ! 怖い! 犬は嫌!

   その場にへたり込むマチョード。顔を伏せてうずくまってしまう。

リト    さあ、東の魔女さんの目を返して。

マチョード 犬を、犬を向こうにやって頂戴。そうしたらなんでもあげるわよ。

リト    目を返すほうが先よ。

マチョード 犬なんて見たくもないよ。

マイオ   困ったワン。

リト    わかったわ。でも嘘をついたらすぐに犬が来るわよ。

マチョード わかった。わかったわよ。タマネギも向こうにやって頂戴。

リト    いいわよ。

   リトは金のタマネギを見ないようにして遠くへ追いやる。

   マチョードは顔を上げて目にハンカチを当てながら辺りを見回す。

   犬がいないことがわかると、大威張り。

マチョード 犬はいないね? さぁ、お前たちを雑巾にして……、

   リトが子猫たちに合図を送る。すると、子猫たちは犬の鳴き声を真似する。

子猫A   ワンだチュウ。

子猫B   ワンだチュウ。

子猫C   ワンだチュウ。

子猫D   ワンだショウ。

マチョード いやああああ、変な犬!

   再びマチョードは頭を抱えて丸くなってしまいます。

リト    約束は守りなさい!

マチョード わかったわ。好きにとればいいわ。アデリンの目はこの手の中よ。

   マチョードは手をだす。それに無造作に触ろうとするマイオ、リトがあわてて声を

   かける。

リト    お兄ちゃん! 羽根、羽根!

マイオ   あぁ、そうか。

   マイオは羽を取り出してマチョードの顔を羽根でなぞる。マチョードの手が開き目

   玉が二つ転がり落ちる。同じようにマチョードもその場に倒れこむ。

   すると子猫とメルテルにかけられていた魔法が解ける。

子猫A   魔女が死んだ!

子猫B   魔女が死んだ!

子猫C   魔女が死んだ!

子猫D   魔女が死んだ!

マイオ   どうしようか、これ。

   マイオは欲望を吸った羽根を持ってうろうろする。

リト    本に挟まないと。

マイオ   本なんて持ってないよ!

   兄妹、メルテルを見る。

メルテル  え?

リト    お願い!

メルテル  ええ?

マイオ   頼む!

メルテル  えええ?

兄妹    さすが役に立つ本だね!

メルテル  任せてくれ!

   マイオ、メルテルに羽根を渡す。今度は落ちているアデリンの目玉をつまむ。

マイオ   目玉なんて気味が悪いや。

リト    ほんとね。

メルテル  残るは鼻と口だね。

マチョード お待ち!

   マチョードがよろよろと起き上がると、猫たちパニックに陥る。

子猫A   魔女が生き返った!

子猫B   魔女が生き返った!

子猫C   魔女が生き返った!

子猫D   魔女が生き返った!

マチョード うるさいわね!

子猫たち  キャー。

マチョード お待ちなさい。

リト    なあに?

マチョード その目には、欲望が詰まっているのよ。

マイオ   知ってるよ。だから羽根で吸い取ったんじゃないか。

マチョード 羽根? それをどうするつもり?

マイオ   東の魔女に返すんだ。

マチョード 何だって? 妹は元に戻ったのかい?

リト    前がどんなだったかは知らないわ。

マイオ   顔がなかったから元には戻ってないよね。

メルテル  アデリン様は、この兄妹の手助けをしています。この姉妹もアデリン様のお

     手伝いをしています。

マチョード 妹は、それをどうするって? こんな変な見張りまでつけて。

メルテル  変なとは何だ。

マイオ   姉と妹たちが欲望に取り付かれたから、それを取り返してくれって。

マチョード 欲望! そうさ、私も欲望に負けた。最初は妹アデリンを助けようとしてい

     たんだけどね。気がつけばここで猫たちをいじめていたわ。

リト    じゃあ、謝りなさいよ。

子猫たち  え?

   急なことで驚く子猫たち。

   落ち着かない様子でみんなで仲間の背中に隠れようとクルクル回り続ける。

マチョード そうだね。欲望のせいとは言え、お前たち、今までひどいことをしてすまな

     かったね。

   子猫たちまだ怖くて近づけないままでいる。

マチョード 私はしばらくここに残って、ここを元通りにするよ。

子猫たち  本当?

マイオ   それがいいね。

リト    うん。嘘をついたら、犬の鳴きマネをしてあげればいいわ。

マチョード それは勘弁して頂戴。嘘でも背筋に悪寒が走るわ。

子猫A   もう行っちゃうの?

子猫BC  もう行っちゃうの?

子猫D   行っちゃうの?

リト    うん。急がないとお母さんが大変なの。

子猫たち  またね。

マチョード 私もここを元通りにしたら、妹のところに行くわ。

リト    東の魔女のところに?

マチョード ああ、そうさ。そうだ。目をそのまま持っていくなんて気味が悪いだろう? 

     この袋に入れてお行き。

   マチョードは懐から袋を取り出す。マイオはそれを受け取ると目玉を中に放り込む。

マチョード 次女のミヒナはお酒が大好きだから、お酒の沢山集まる町にいるだろうね。

     末の妹はちょっと変わり者だから私には見当も付かないわ。

リト    お酒の沢山集まる町。

メルテル  僕、知ってるよ。そこはね沢山の物や人が集まる偉人の町だ。

マイオ   偉人の町? なんだそりゃ。

メルテル  偉い人間になりたくてみんながやって来るのさ。

リト    どうしてお酒も沢山集まるの?

メルテル  偉い人になるには沢山の人と知り合わなければならないだろう? 沢山の人

     が知り合って仲良くなるにはお酒が一番だからさ。

マチョード ま、酔っ払って喧嘩もするけどね。偉人の町なら川を下っていくと早いね。

マイオ   またあいつに会うのか。

リト    舟を漕ぐのって疲れるのよ。

メルテル  歩くと三日以上かかるよ。

マイオ   仕方が無いか。

マチョード あいつって誰だい?

リト    確か名前は、羊のセロンとか言ったわね。

マイオ   船頭をしてるんだって。

マチョード あんな浅い川、歩いて渡れるだろうに。

兄妹    え?

マチョード 見ればわかるだろうに。まぁ、雨が降った次の日は水かさが増えてしまうか

     ら無理だけどね。

リト    真っ黒で底なんか見えなかったわ。

メルテル  そうさ。歩いて渡ったら真っ黒で誰が誰だかわからなくなる。

マチョード 真っ黒?

マイオ   墨みたいに。

マチョード 墨? まさかね。

リト    何か知っているの?

マチョード 川の上流に墨を作っている村があるんだよ。これがまた良い墨でね。にじみ

     にくくて色あせないっていう最高の出来なのさ。

マイオ   へぇ。

リト    詳しいのね。

メルテル  いいなぁ。そんな墨で書かれてみたかったなぁ。

マチョード 知ってるっていうか。まあ、ちょっとね。

マイオ   何かやったの?

マチョード 冗談じゃない。あれは私たちが作ってくれてやったんだ。いくら欲望に操ら

     れててもそんなことはしないよ。

リト    だから一体どういうことよ。

マチョード 上質の墨を作るには煤を膠と練って作るもんだ。それはもう大変な作業さ。

     その村は人が少ない上に年寄りばかりでね。可哀想だと思って墨壷をやったの

     さ。魔法の墨壷をね。

マイオ   魔法の墨壷?

メルテル  魔法ばっかり。

マチョード けっして墨が枯れる事の無い墨壷で、傾ければ世界中が墨で飲み込まれちま

     うってほどのものさ。だとすると、川に入らなくて正解だったよ。ひょっとし

     たら、溺れていたかも知れないからね。

リト    墨の川とその墨壷が関係あるってこと?

マチョード 誰かが墨壷を川に捨てたんだろうね。雨が降る前に引き上げた方がいいね。

マイオ   僕らは行かないよ! 急いでるんだから。

リト    そうよ。早くしないとお母さんが黒い熱病で死んでしまうわ。

メルテル  僕はどうでもいいんだけどね。

兄妹    ちょっと黙ってて。

メルテル  はい。

マチョード 誰もあんたたちに行かせるなんて言ってないじゃないの。ただ、偉人の町に

     入るにはそれなりの贈り物を持っていないと入れないって言う話だよ。墨壷を

     村に返してあげれば、贈り物用の墨をくれるかもしれない。そうしてからの方

     が時間がかからないかもしれないよ。

リト    それはそうかもね。

マイオ   だけど真っ黒の水の中でどうやって物を探すのさ。

   マチョードは糸を取り出してマイオに渡す。

マチョード これを使うといい。

マイオ   糸?

マチョード そう糸。これで墨壷を釣りなさい。

リト    針もないのに釣れないわ。

マチョード 魚釣りじゃあるまいし、針なんていらないわ。

リト    どうして?

マチョード 墨壷が針を咥えると思ってるのかい? 餌を食べるとでも?

マイオ   言われてみればそうだなぁ。

メルテル  僕は気づいてたけどね。

マチョード 糸の端っこをしっかりと握って、墨壷のことを考えるんだ。そうすれば墨壷

     を引き上げることが出来る。

マイオ   見たことないのに出来るかな?

リト    でもすごく広いのよ。見つかるかしら?

マチョード 上流の黒くない水を探しなさい。そこが多分一番近いだろうからね。

マイオ   分かった。ありがとう。

リト    じゃあね。バイバイ。

   子猫と魔女に見送られて去っていく一行。

   兄妹たちが見えなくなってしまうとマチョードが子猫たちに向かって笑う。

マチョード さあ、誰をネズミにしてやろうかしら?

子猫たち  キャー。

   子猫たち震え上がる。それを見てマチョードはからからと大笑いをする。

マチョード あははは。冗談よ。

   子猫たち顔を見合わせて、

子猫たち  せーの、ワン!

   今度はマチョードは震え上がる。

   笑い声を上げる子猫たちに向かってマチョードは、大きな声で怒鳴り散らす。

マチョード 今度やったら、本当にネズミに変えちまうからね!

子猫たち  キャー。

   子猫たちはまたも震え上がる。

マチョード さあ、お前たちのお父さんとお母さんをしゃきっとさせに行こうかね。

   暗転。

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