ユーカリ温泉殺人事件 第三場

****************************************

ユーカリ温泉殺人事件 第三場

****************************************

第三場

   木耳の間。福呂、浦見、響子の三人が座っている。

響子  待機ですって。

福呂  手柄を取られると思って、私を追い出すとは。連中もこの私の実力に気がついて

   いるらしい。

響子  単純に邪魔だからですよ。

福呂  やけに棘があるな。

響子  ありませんよ。世間一般の常識を言っただけです。

福呂  まぁいい。今のうちにいくつか確認しておこう。

響子  何をですか?

福呂  事件のあらましについてだ。それから……。

浦見  それから?

福呂  お前は何でここにいるんだ?

浦見  すみません。

響子  まぁ、幽霊ですからどこにいてもいいんじゃないですか?

浦見  ありがとうございます。

福呂  自分の体について検死解剖にでも付き合ってくればいいだろうが。

浦見  そんなの気持ちが悪くて嫌ですよ。それに、

響子  それに?

福呂  もういい。犯人を特定するために昨日のことを思い出そうじゃないか。

響子  なぜですか?

福呂  事件の鍵が隠されているからだ。

響子  へー。

福呂  やる気がないなぁ。

響子  あたしはもう関係ないので。

福呂  じゃあ、こっちの幽霊助手に期待しよう。

浦見  はい。

福呂  我々がここに来たのが昨日のお昼頃だった。

   暗転。

   明転。

   何も変わっていない。

福呂  あれえ?

響子  どうしたんですか?

福呂  ここはあれだろ? 回想に入っていくパターンだろ? 登場人物が全員怪しげな

   雰囲気で私が犯人ですって言うのを匂わせていく物語の肝じゃないのか?

響子  へー。

浦見  そうなんですか。私そういうの全然わからなくて。

福呂  なぜ、回想に入らないんだ。

響子  そりゃあねえ。

福呂  なんだ? なんか知っているのか?

   ゆかりが入ってくる。

ゆかり お客様。(浦見に気がつく)あなたまだいたの?

浦見  ごめん。

ゆかり もうさっさと成仏してくれないと困るのよねぇ。幽霊旅館だなんて言われたら、

   うちはやっていけなくなるのがわからないの?

浦見  わかってるさ。わかってるけど。

響子  奥さん。いえ、女将さん。ご主人だって死にたくて死んだわけじゃ……。

ゆかり いいえ、言わせて貰います。うちのお父さんが強引に薦めたせいでこの人と一緒

   になったけど私、あなたなんて本当は好きじゃなかったのよ。本当なら板前修業に

   来ていた……。

福呂  キター!

響子  なんですか?

福呂  真犯人情報だよ。その板前修業に来ていた男が女将と結婚するはずだった。だが、

   このうすらとんかちの被害者が何か策謀めいたことをして女将の父親に取り入った

   んだ。そうして彼女はこいつと結婚することになった。一方で板前修業に来ていた

   男はこんなことが許されるはずがないと復讐の機会を狙っていたのだ。

響子  よくもまぁ、そんなことを思いつきますね。

浦見  そうなのか?

ゆかり 違うわよ。

福呂  え?

ゆかり 本当なら板前修業に来ていた親戚の純兄さんが私の代わりにここを継ぐはずだっ

   たの。それが、純兄さんバイクの転倒事故で腕を骨折してから料理も出来なくなっ

   てしまってすっかり腐ってしまってね。それ以来行方知れずになってしまったのよ。

福呂  純兄さんが今になってこの旅館を取り戻そうと……。

響子  ないない。

ゆかり 私、再婚するわよ。

浦見  え?

ゆかり もっと頼れる人と一緒になります。だから、それだけはしっかりと理解してあの

   世に行ってくださいね。

浦見  ……わかった。

響子  ちょ、ちょっと。ご主人、それでいいんですか?

浦見  ゆかりが決めたことならそれがいいんだ。

福呂  ははは、なんだかこのまま悪霊になったりしてな。

響子  笑い事じゃねえだろ!

福呂  すみません。

ゆかり 早く成仏しなさい。他の方に迷惑よ。

響子  ご主人が成仏できないのは女将さんのせいじゃないんですか?

ゆかり そんなわけないでしょ! そうなの? あなた!

浦見  はい! 違うよ。君のせいじゃない。

ゆかり ほら。

響子  そうやって押さえつけるからご主人は萎縮するんです。もっと伸び伸びさせてあ

   げなきゃ。

ゆかり 幽霊なんだからどこにでも行けばいいのよ。

福呂  ダメだ。

響子  福呂さん。

福呂  彼は私の助手だ。

響子  ちょっとだけ見直しそうになった自分が馬鹿でした。黙ってろこのクズ。

福呂  ひどい。

ゆかり 主人のことはあなたより私のほうがよくわかってるんです。

響子  いいえ。近くにいすぎて見えなくなっているだけです。

浦見  二人ともやめてくださいよ。

ゆかり・響子 元はと言えばお前のせいだ!

浦見  すみません。

   部屋の電話が鳴る。福呂が取る。

福呂  はい? 犯人が捕まった? 警察の方がもう待機しなくていいって?

   受話器を置く福呂。何か思案している。

響子  どうしました?

ゆかり 犯人が捕まったんですか?

福呂  ええ。ふもとで血に汚れた服装で金の入っていたバッグを持っていた不審な若者

   を捕まえたそうです。

響子  じゃあ、事件解決ですね。

ゆかり そう。そうですか。

浦見  お騒がせしました。

福呂  いや、まだ終わっていない。

3人  え?

福呂  これは一度安心させて実は犯人が別にいるパターンなんだ。なかなかやるな。

響子  この人、あれなんでもう放っておいた方がいいですよ。

ゆかり そうね。

響子  ご主人をどう成仏させるかを考えましょう。

福呂  そんなの探偵ドラマじゃない!

響子  うるせえんだよ! 探偵探偵って、お前、探偵の免許も持ってねえだろうが!

浦見  探偵って免許があるんですか?

響子  こういうダメ探偵が詐欺とか悪事を働くんで免許が出来たそうですよ。

福呂  私はそんなことしないぞ!

響子  給与の不払いはするけどな。

福呂  遅れているだけだ。

響子  ご主人は何か奥さんに言いたいことはないんですか?

浦見  え?

福呂  強引に戻したな。

響子  多分、それがあるから気になって成仏できないんだと思うんです。

浦見  言いたいこと……。

ゆかり 何もないわよね?

浦見  え?

ゆかり 無いわよね!

浦見  はい。

響子  それがいけないんです。もっとご主人の言葉に耳を傾けて。

ゆかり 今更そんなことして何の意味があるのよ。

響子  ご主人を成仏させるためです。

ゆかり 必要ないわよ。放って置けば勝手に成仏するでしょ。

浦見  ゆかり……。

ゆかり ただ、この旅館では出て欲しくないだけよ。母屋の私の部屋に出るなら出なさい

   よ。

響子  女将さん。

福呂  ツンデレか?

響子  黙れ。埋めるぞ。

福呂  黙る!

浦見  ゆかり、聞いてくれ。

ゆかり 嫌よ!

浦見  僕は君の夫になれてとても幸せだった。

ゆかり 聞きたくないわ!

響子  女将さん。聞いてあげてください。ご主人の最後の言葉ですよ。普通ならこんな

   言葉聴けずにお別れなんですから……。

ゆかり 益男さん。

浦見  お義父さんはこの旅館にユーカリという名前をつけたのは、お義母さんがコアラ

   が好きだったのと君の名前がゆかりだったからだって。

福呂  安易だな。

響子  グーとパーどっちがいい?

福呂  どっちも嫌だ。

浦見  悲しいことも沢山あったから、君はそれに負けないように歯を食いしばって頑張

   ってきたね。これからも頑張るんだろう。こんな手間のかかる何も出来ない僕が君

   の夫になれたなんて本当に夢みたいだった。これからも君を支えていきたかった。

   本当にすまないと思っている。

ゆかり 益男さん。ダメよ。成仏なんかしたら……。

浦見  僕は君を心から愛している。それだけは覚えておいてくれ。誰かいい人が見つか

   っても。

ゆかり 嫌よ。あなた以上の人なんかいないわ。私がどんなひどいことを言ってもあなた

   はきちんと受け止めてくれたのに、他の人じゃぶつかってしまうだけだもの。私に

   は、あなたが必要なの。行かないで……。

   浦見の体が光に包まれる。

浦見  僕はしあわせ者だったなぁ。

   浦見を照らす光が強くなり白くなっていく。

福呂  ハッピョックシュンジェヘ!(ふざけたくしゃみ)

響子  えええええ? ここでくしゃみ?

   浦見を照らしていた光が消える。

浦見  あれ?

ゆかり あら?

響子  ええ?

福呂  なんか涙をこらえてたら、鼻が……。あれ? 成仏は?

浦見  すみません。

ゆかり あなた!

響子  何がなんだかわからないわ。

福呂  もう1回仕切りなおす?

浦見  なんかそのくしゃみが気になってしまって、そっちに気を取られたら……。

ゆかり 本当にダメな人ね。

浦見  ごめん。

ゆかり いいわ。幽霊が出る旅館なんて日本を探してもここだけでしょ。これからはそれ

   を売りにしていくわ。忙しくするわよ!

浦見  うん。

福呂  ダメだよ! 成仏が出来ないなら、彼は私の助手だ。

響子  福呂さん。

福呂  なんだ?

響子  本気でぶっ飛ばします。

福呂  あれ? 決定?

響子  はい。

   暗転。

   明かりがつくと、響子が手帳を開いて立っている。

響子  その後、ユーカリ温泉は「座敷オヤジ」が出る温泉宿として大繁盛することにな

   った。殺人事件と探偵は切っても切れない関係だが、探偵がいるところで必ず難事

   件が起こることもありえないのだ。「事実は小説より奇なり」けれどそんな現実ばか

   りでは物語は常に革新的アイデアを要求されることになり本質を見失っていくだろ

   う。物語は物語以上でも物語以下でもない。私たちはそれを見て聞いて自分の人生

   の糧にする。悲しい現実を少しでも笑えるように努力するのがこれからの私の仕事

   なのだ。

福呂  助手、行くぞ!

響子  うるせー! 黙って待ってろ! これは事件を一つも解決できなかったダメ探偵

   の助手の手記である。

   響子、手帳を閉じる。そして、幕。

この脚本の印刷は↓から。

ユーカリ温泉殺人事件