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一人舞台 ●「大根役者」
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●「大根役者」
白い服を着た巻菱が背中をもたれさせてくつろいでいる。突如、客席に話しかける。
巻菱 俺が何をやっているかわかります？
風呂に入っているようなマイムをする。
巻菱 まぁ、こんな格好ですからわかんないとは思うんですけどね。
お湯をすくって顔をこするしぐさ。
巻菱 風呂に入ってるんですよ。え？ って思うでしょ。だけどね考えても見てくださ
いよ。俺がここで全裸で風呂に入ってたら、幕があいた瞬間にみんなドン引きなわ
けですよ。一部需要があったら俺がドン引きなんですけどね。
深いため息。
巻菱 何でこんなことになったかって言いますとね。うちの演出家がこんなことを言い
出したんですよ。「舞台で風呂に入ってくれ。もちろん裸だ。裸には意味があるんだ」
って。意味がわからないでしょ？ そんなに男の裸が見たいなら銭湯にでも行けよ
って思ったんですけどね。そこはもう必然性がありません。って言ってやったんで
すよ。そしたらあの野郎、「裸にならないで風呂に入っている演技が出来るんだった
らやってみろ、この大根役者が！」って言ったんですよ。
巻菱 俺もう頭に来ましてね。じゃあ、舞台の上にユニットバスを作ってみろ！ そう
したら脱いでやるわボケ！ って言い返したんですよ。そうしたら「お前の裸にそ
んな予算がかけられるか！ 自分の演技力がないことをいいことに無茶を言うなこ
の大根役者が！」って。
巻菱 流石に2度も言われると怒りも反転しちゃうね。俺はもう何がなんだかわかんな
くなって、大根だって一生懸命生きてるんだ！ 何が悪い！ って叫んじゃったわ
けよ。でも、そうでしょ？ でもね、大根って本当はすごい奴なんだよ。だってさ、
干して漬ければタクアンでしょ。おろして大根おろしになったら秋刀魚に合うし、
おそばにも合うし、ハンバーグにだって合うし、すごいでしょ？ 煮物だって、お
でんだってあの染みた大根が無ければ威力半減ですよ？
巻菱 そう思ったら、俺は急に大根役者って言葉が褒め言葉に聞こえちまってさ。あ、
この演出家は俺のことが好きなんだな。俺のことをきちんと大根として扱ってくれ
てるんだな。って思ったんだよね。だから最近になって入ってきた前島って奴がい
るんだけど、こいつが本当に演出家に取り入るのが上手くて、まるでおでんにやっ
てきたトマトなんだよね。お前は今まで通り洋食メインでやってろよ！ って言い
たくなるわけよ。そうだよ、あのトマトみたいな奴の顔を見ると、あいつ以上に顔
を真っ赤にして怒り出したくなるわけさ。俺は一生懸命に耐え忍んで今のポジショ
ンを確保したんだぜ！ まぁ、次の舞台がおでんの派閥争いの話なんだけど俺は上
手くやっていけると思ったね。
巻菱 あー、いい湯だなぁ。（体を見て）大分染みてきたな。
暗転。
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