荊の王子 第七場

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荊の王子 第七場

 

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第七場

   石牢。窓から月明かりが差し込む。

   ダリアが座り込んで泣いている。外から蛙の貴婦人の声が聞こえる。覗き窓から入

   り込む光があると見ているって言うのがわかるか。

 

貴婦人  グワ、まだ変わってないようだね?

 

   ダリア、泣き続ける。

 

貴婦人  グワ、泣くのおよし。泣いたって解決なんかしないんだ。

ダリア  ひどい。騙したのね!

貴婦人  グワ、私は自分に素直に生きているだけよ。どうせお前のことなんか探してる

    人間なんかいないよ。すっぱりとあきらめてカタツムリに変わっていく自分を楽

    しめばいいさ。

ダリア  いや、カタツムリになんかなりたくない!

貴婦人  グワ、あははは。どうだいそんなに閉じ篭って、本当のカタツムリみたいじゃ

    ないかい。

 

   蛙の貴婦人、大笑いをしながら去っていく。

 

ダリア  どうしてこんなことになってしまったのかしら。神様、私は何か悪いことをし

    たのでしょうか? 教えてください。

 

   静寂。フクロウの鳴き声。

   ダリア、窓を見上げる。

 

ダリア  お月様、私の願いを聞いてください。どうかここから出して。私をおうちに帰

    して。

 

   フクロウが窓際に現れる。

 

フクロウ その声は月までは届かないよ。ましてや神様に届くなんてこともない。

ダリア  誰?

フクロウ フクロウさ。苦労だらけのフクロウ。古い馴染みはゴクロウと呼んでくれる。

    お嬢さん、お困りかい?

ダリア  はい。困っています。どうしたらここから出られるか教えてください。

フクロウ ふむ。現実と理想。どちらの話が聞きたい?

ダリア  理想なんてここでは役に立たないと思うから、現実を教えて。

フクロウ 理想は時に救いになる。現実には絶望が付きまとう。それでも現実を聞きたい

    かい?

ダリア  ……はい。

フクロウ よかろう。現実にお前がここから出る方法は2つある。

ダリア  2つもあるの? 希望があるのね!

フクロウ 残念だが、現実には絶望が付きまとうといったはずだよ。

ダリア  1つ目は?

フクロウ お前がカタツムリになること。カタツムリになってしまえば、お前をこの石牢

    に閉じ込めておく必要はなくなる。この野バラの国がお前の新しい牢獄になるの

    だからね。

ダリア  もう1つは?

フクロウ お前が死ねばここから出て行ける。死体には用はないからね。

ダリア  その2つだけ?

フクロウ 現実は残酷なのだ。

ダリア  ……ありがとう。フクロウさん。

フクロウ ゴクロウと呼びたまえ。

ダリア  ありがとう。ゴクロウさん

フクロウ お役に立てたかな?

ダリア  ええ。いつか私を捨てた両親に会えると思っていたけど、それはきっと天国で

    の話なのでしょうね。

フクロウ 天国など存在しない。極めて不確かなものだ。

ダリア  なぜ? 天国に救いを求めてもいけないの?

フクロウ 救いを求めるのはかまわない。けれど、天国を夢見るのは現実と理想をまぜこ

    ぜにするようなものだ。

ダリア  難しいわ。

フクロウ 人の心は難しいものだ。

ダリア  ここには絶望しかないのね。

フクロウ だからこそ理想が気にならないかい?

ダリア  もういいわ。理想なんて期待するだけがっかりも大きいもの。

フクロウ そうか。それでは代わりに昔話をしてあげよう。あるところにバラが大好きな

    お姫様がいた。国中を野バラでいっぱいにし見ているものの心を輝かせるとても

    心優しく美しいお姫様だった。

ダリア  この国の女王様とは大きな違いね。

フクロウ 目で見ているだけでは違うことしかわからないだろう。物事の真実は見えない

    ところに大きく隠されている。

ダリア  どういうこと?

フクロウ おっと、散歩の途中だったんだ。それでは失礼するよ。真夜中の散歩は思考が

    研ぎ澄まされるのでね。もっとも空を飛ぶわけだが……。

ダリア  行ってらっしゃい。ゴクロウさん。また今度続きを聞かせてね。

フクロウ また会おう。ダリア。

 

   フクロウいなくなる。ダリア、涙に暮れる。

 

ダリア  神様、お月様、お父さん、お母さん。どうか私を助けて下さい。

 

   暗転。

 

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