荊の王子 第十八場

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荊の王子 第十八場

 

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第十八場

   野原の城。

   手枷をつけられ跪く野バラの女王。うつむいて打ちひしがれている。その後ろには

   王子が本を抱えて立っている。

 

イバラ  父上! イバラ、ただいま戻りました!

 

   野原の王様が現れる。跪いている女王に歩み寄ろうとするが、思い改めて威厳ある

   態度で野バラの女王を見下ろす。

 

野原の王 良くぞ戻ったイバラよ。ご苦労であった。

イバラ  は。

野原の王 ここにいるのは野バラの女王であるな?

イバラ  はい。

野原の王 それが野バラの女王の魔法の本か? どれ、貸してみよ。

イバラ  いけません。これは読んだ者に呪いをかける恐ろしい本なのです。

野原の王 なに? ではなぜそなたは平気なのだ?

イバラ  それにはいろいろ理由があるのです。まずは野バラの女王を。

野原の王 そうか。そうであったな。

 

   野原の王、野バラの女王を見下ろす。

 

野原の王 王子に呪いをかけ、わしや今は亡き王妃に耐えがたい苦痛を与えた憎むべき敵

    じゃ。なぜこんなことをしたのだ? かつてのそなたはとても優しい心の持ち主

    であったはずじゃ。

女王   能書きはよい。早く殺すがいい。私を殺せばのろいも解けるだろう。

野原の王 ……そうか。王子よ、お前はどうしたい?

イバラ  父上。野バラの女王を殺しても私の呪いは解けませぬ。まずは他のものにかけ

    られた呪いを解かせましょう。

女王   断る!

イバラ  あなたには断ることは出来ぬ。この本がここにある限り。

女王   お前など、早く死んでしまえばよいのだ。こんなことなら本当にお前の命を奪

    う呪いにすればよかった。

イバラ  さあ、みんなの呪いを解いてくれ。

女王   本がなければ無理じゃ。

イバラ  いいえ。私の呪いは複雑だが、他の者の呪いは出来るはず。そう本に書いてあ

    る。のろいをかけたあなたがたった一言唱えるだけでいいのだから。やらねばこ

    こでこの本の秘密を……。

女王   解く! その代わり静かにいたせ。

 

   女王、祈るように拳を握り、小声で何かを呟く。

 

女王   もう解けたはずじゃ。さあ、本を返せ。お前の呪いも解いてやろう。

野原の王 うむ。本を渡すのだ。

イバラ  いいえ。残念ですが、そういう約束はしておりません。

女王   まったく憎らしい奴だ!

野原の王 それで、この後はどうするのじゃ?

イバラ  他のものの呪いが解けた事を確認いたします。

 

   フクロウが人間の姿で現れる。

 

フクロウ 王子様。確かに呪いは解けております。ご安心下さい。

イバラ  ゴクロウさん。ありがとう。

野原の王 どなたじゃな?

フクロウ 野バラの国の学者クロウと申します。知人は皆、ゴクロウと呼びます。

野原の王 ゴクロウ殿か。王子が世話になったようじゃな。

フクロウ いいえ、私は何もしておりません。

野原の王 王子よ。他の者の呪いも解けた。後はお前の呪いを解くだけじゃ。野バラの女

    王に本を返し呪いを解かせよう。

イバラ  とんでもない。本を返せば野バラの女王は我らに呪いをかけるでしょう。私の

    呪いを解くには皆知っての通り、「真実の愛」を伝えねばなりません。

野原の王 ふむ。しかし、偽りであればお前は死んでしまう。

女王   死んでしまえばよい。

野原の王 女王よ、そのような悲しいことを言うでない!

イバラ  その言葉の前に人を待ちたいと思います。

野原の王 おお、お前の最愛のものだな?

 

   王子はうなずき軽く笑う。

   そこへ人間に戻ったダリアと真っ白狼がかけてくる。

 

ダリア  イバラ!

真っ白狼 イバラ!

イバラ  早かったね二人とも。

真っ白狼 パパとママが背中に乗せてくれたんだ!

ダリア  すごく早くて、もう息を吸うのが大変だったわ。

真っ白狼 本当はここまで来てお礼を言いたかったって言ってたんだけど、なんだか悪い

    奴を追い出すんだって戻って行っちゃったんだ。

野原の王 これがその娘か?

イバラ  はい。

ダリア  何のこと?

イバラ  こっちの話。少し緊張してるな。これからのことを考えると心臓が苦しいや。

ダリア  無理をしないでね。

イバラ  ありがとう。

野原の王 では、王子よ。

イバラ  はい。シロ、これを持ってて。

真っ白狼 わん。

 

   王子、本を真っ白狼に渡す。それからダリアに向き直る。

 

イバラ  ダリア。

ダリア  はい。

イバラ  お願いがあるんだ。いいかな?

ダリア  あのことならいいわ。私、人間に戻れたから。

イバラ  ありがとう。それと後で話がある。聞いてくれるかい?

ダリア  真面目な話?

イバラ  うん。

ダリア  いいわ。

イバラ  ありがとう。

 

   王子、ダリアから離れる。

 

野原の王 王子? 何を? どうしたのじゃ?

イバラ  父上。なぜ野バラの女王は私の心臓に荊を巻かせたのでしょうか?

野原の王 それはワシが憎かったからじゃ。

女王   その通りじゃ! さあ、私を殺せ!

イバラ  野バラの女王がそんな呪いをかけたのは、父上が憎かったのではありません。

女王   嘘じゃ!

イバラ  子に呪いがかけられれば、父上に会うことが出来ると考えたのです。

野原の王 どういうことじゃ?

フクロウ それは後ほど私が説明いたしましょう。

イバラ  野バラの女王はどうしても父上と会いたかった。会って話がしたかったのです。

女王   おおおぅ……。(耳を塞ごうとうずくまるが手枷のために塞げない)

イバラ  そして、父上の許しを請う姿を見て少しでも慰めを得ようとした。呪いはその

    後にすぐ解く気でいたのです。

野原の王 なんと……?

イバラ  けれど父上は来なかった。

野原の王 妃が体調を崩し、その側を離れることが出来なかったのだ。

イバラ  野バラの女王は出した矛を収めることができずに、父上は母上を失い引きこも

    ってしまわれた。そうして話はますますこじれていくばかりだったのです。

野原の王 それでは一体どういうことなのだ?

イバラ  真実の愛とは一体なんでしょうか? 親を思うこの心。子を思う親の心。家族

    を思う心。国を思う心。民を思う心。恋人を思う心。友を思う心。そのどれかな

    のか? いいえ、どれも真実の愛でありその中の一つを選んだとしても間違いに

    はならないのです。

野原の王 それでは答えなどないではないか。

イバラ  だから思い悩み苦しんできたのです。

野原の王 だが、答えは必ずあると。まさか、ないというのが答えなのか? どれも嘘だ

    と言いたいのか?

女王   あなたにはお似合いの答えではないか。私の心を踏みにじったあなたの愛の姿

    だ。

野原の王 それが答えだと言うのか。なんと言う残酷な答えを用意していたのだ。

女王   わかったのならもう殺しておくれ。それで満足するだろう?

野原の王 誰か剣を持て。

イバラ  いいえ。それも答えではありません。

野原の王 ではなんなのだ? 真実の愛とは一体なんなのだ。

 

イバラ  真実の愛とは、野バラの女王の父上を愛する心なのです。これを父上の前で告

    げることこそが呪いを解く唯一の方法。野バラの女王は、野原の王を今もなお愛

    し続けていたのです。

女王   おお、なんと言うことだ。なんと言うことだ!

野原の王 そうであったのか。

フクロウ 答えを知ってしまえば実に簡単なものだったのです。ある意味ナゾナゾのよう

    なもので、呪いをかけた本人が答えを決めることが出来るのだから当然と言えば

    当然。それでも皆が複雑に考えてしまったために野バラの女王様も出した手を引

    っ込めることが出来ずに今まで意地を張り通していたのです。

野原の王 それで、呪いは解かれたのか?

 

   イバラ、心臓を押さえる。

 

イバラ  そういえば胸がとても軽くなったような気がいたします。

ダリア  良かったわねイバラ。

野原の王 それにしてもなぜお前は無事なのだ? その魔法の本を見た者には呪いがかけ

    られるのであろう?

イバラ  ご説明しましょう。ダリア。

ダリア  はい。

イバラ  君は「真実の愛」を知ってしまったから、凍り付いてしまったんだろう?

ダリア  ええ。本を見た途端、誰にも言ってはならぬと心臓を誰かに押さえ込まれてし

    まったの。

野原の王 それはわかった。だからなぜ、お前は無事だったのじゃ。

イバラ  本には見たものの心臓を凍りつかせる呪いがかけられていました。ですが、呪

    いは同じところに重ねてかけることができないのです。私は皆も知っての通り心

    臓にイバラが撒きついています。だから無事だったのです。野バラの女王様、そ

    うですね?

女王   そうじゃな。お前だけが私の秘密を他人にしゃべることが出来た。思わぬ落と

    し穴じゃった。いや、……最初から、こうなることを期待していたのかもしれぬ。

    許しておくれ。私はもう国を捨ててどこかに行こう。もうここにはいられぬ。

イバラ  いいえ。許すわけには行きません。シロ、本を。

真っ白狼 わん。

 

   真っ白狼、王子に本を渡す。

 

女王   何をする気じゃ。

 

   王子、本を火にくべてしまう。舞台上で燃やせない場合(暖炉やかがり火などのセ

   ットがないなど)は切り裂き「燃やせ」と侍女に命令する。

 

女王   あああ! 私の本が! なんと言うひどいことを。

イバラ  父上。私から一つお願いがございます。

野原の王 なんじゃ?

イバラ  ここにいる野バラの女王を父上の新しい妃にお迎え下さい。

女王   何を!

野原の王 なんと!

イバラ  実は、野バラの女王は悪い本に操られ悪いことをしていただけなのです。その

    本を今焼いてしまった以上、野バラの女王にもう罪はありません。全てはあの本

    がやったこと。その本がなくなれば女王は悪いこともすることはもうないでしょ

    う。そうですよね? ゴクロウさん。

ゴクロウ はい。野バラの女王様は悪い魔法使いに砕かれた心を利用されていただけなの

    です。元はと言えば野原の王様にお妃様を引き合わせたのもあの魔法の本の持ち

    主の悪い魔法使いの仕業でした。

野原の王 その悪い魔法使いはどこに?

ゴクロウ 今頃は野バラの中で居眠りをしていることでしょう。いや、今頃真っ白狼に追

    い掛け回されているかもしれませんね。

イバラ  父上。お願いでございます。野バラの女王の気持ちを受け取ってあげてくださ

    い。

野原の王 王子。お前はなんと心優しいのだ。……わかった。お前の頼み、聞き届けよう。

 

   野原の王、イバラから手枷の鍵を受け取り跪き女王の手枷を外す。

 

女王   王様。

野原の王 今まですまなかった。わしを許してくれ。

 

    イバラ、女王が立ち上がるのを支える。

 

イバラ  父上をよろしく頼みます。

女王   王子様、ありがとう。

 

    イバラ、ダリアの前で跪きその手を取る。

 

イバラ  ダリア。

ダリア  はい。

イバラ  私と一緒に来ないかい?

ダリア  どこに行くの?

イバラ  世界さ。この広い世界を一緒に旅しよう!

ダリア  私、足が遅いけどそれでもいいの? まぁ、カタツムリほどじゃないけど。本

    当にいいの?

イバラ  ああ、もちろんさ。

ダリア  じゃあ、答えはイエスよ。

 

   イバラ、立ち上がりダリアの手を引いて下手に走る。

 

野原の王 王子よ、どこに行くのじゃ! これから宴を開くのだぞ!

イバラ  父上と新しい母上の邪魔をしては迷惑でございましょう。イバラはこれから真

    っ白狼を見に森へ参ります! シロ! 行こう!

真っ白狼 わん!

 

   王子とダリア、真っ白狼下手に走り去る。

 

野原の王 それでは皆のもの、これより宴の始まりじゃ!

 

   そのままエンディングへ。

 

エンディング

   侍女C、走りこんでくる。

 

侍女C  では、このあたしが喜びの歌を歌いましょう! おっめでとぅー! おめでっ

    とぅー!

侍女AB 歌うな!!

 

   侍女ABが取り押さえに飛んでくる。

   暴れる侍女Cを引きずりながら侍女ABが去っていく。一堂、笑いながらそれを見

   送る。

 

   暗転。

 

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