荊の王子 第十六場

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荊の王子 第十六場

 

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第十六場

   森。

   蛙の貴婦人が石のようになってる。その足元には本が落ちている。

   王子たちがやって来る。王子はダリアを降ろすと地面に座り込む。

 

ダリア  いたわ。何をしてるのかしら?

 

   ダリア、ここぞとばかりに蛙の貴婦人をいじりまくる。しかし、蛙の貴婦人は微動

   だにしない。

 

ダリア  死んでるのかしら? なんだか冷たいわ。

真っ白狼 本ってこれ?

イバラ  何が書いてある?

真っ白狼 僕、真っ白狼だから字は読めないよ。

イバラ  もしかしたら、

ダリア  じゃあ、私が。

イバラ  あ、待って!

 

   ダリア、本を拾い上げて開かれた読む。

 

ダリア  え! そんな!! そうだったの?!

 

   そう言った途端、ダリアは凍りつき本がその手から落ちる。

 

真っ白狼 どうしたの?

イバラ  やっぱり、そういうことか。

真っ白狼 どういうこと?

 

   王子、本まで這って行く。

 

真っ白狼 ダメだよ! イバラまで死んじゃうよ!

イバラ  大丈夫。それに二人とも死んでるんじゃないんだ。

真っ白狼 どういうこと?

イバラ  それを説明してあげるよ。たぶん僕だけがこの本を見ても大丈夫なはず。

 

   王子が本を拾い上げた瞬間、女王が走りこんでくる。

 

女王   本を返しなさい!

 

   王子は本を開く。

 

女王   やめよ! 恐ろしいことになるぞ! そやつらと同じように呪いで心臓が凍り

    つくぞ!

 

   王子はゆっくりと立ち上がりページに眼を落とす。そして目を見開いて止まる。

 

女王   ……本を返せ。私の本を返せ。

 

   女王、王子に近づいていく。

 

真っ白狼 イバラ!

イバラ  そうだったのか。もうすでに心臓を呪われている私には、同じ心臓を呪う呪い

    は効果がない。そういうことですね?

 

   女王、驚き足を止める。

 

女王   やめよ。読むな。読むのではない!

イバラ  真実の愛とはこういうことだったのですね。女王、やはりあなたは!

女王   ああああー!

 

   女王、卒倒する。

 

真っ白狼 一体どうしちゃったの?

イバラ  私は、野原の城に帰る。ダリアの呪いが解けたら、野原の城に来るように伝え

    てくれないか?

真っ白狼 どうして? 何で帰っちゃうの? ここにいてよ。

イバラ  城に帰るのは、そこで真実の愛を告げるためさ。頼んだよ。

 

   フクロウがやって来る。

 

フクロウ 王子様。

イバラ  ゴクロウさん。頼む。

フクロウ かしこまりました。

真っ白狼 イバラ! 行かないでよ!

イバラ  大丈夫。パパもママも帰ってくるよ。女王を殺さずに呪いを解いてもらうんだ。

真っ白狼 でも、そうしたら人間と会えなくなっちゃう。

 

   王子と真っ白狼、見つめあう。フクロウが真っ白狼の肩を叩く。

 

フクロウ 真っ白狼の坊や。何事にも例外はあるものだ。

真っ白狼 何で、僕の名前を知ってるの?

フクロウ それはね。坊やは名前じゃないのさ。さあ、王子様。行きましょう。

イバラ  シロ、また会おう。

 

   フクロウ、女王を担ぎ上げる。

   蛙の貴婦人とダリア、真っ白狼を残し王子とフクロウが去っていく。

 

真っ白狼 イバラー!

 

   暗転。

 

フクロウ あるところにバラが大好きなお姫様がおりました。国中を野バラでいっぱいに

    し見ているものの心を輝かせるとても心優しく美しいお姫様でした。人々は美し

    い野バラに包まれたこの国のことを野バラの国と呼び心からこの国とお姫様を愛

    しました。けれど愛する者がいれば憎む者もいるのがこの世の中。野バラの国は

    いつしか悪い魔法使いに憎まれていたのです。

居眠り猫 俺は野バラなど大嫌いだ。あれを見ていると胸の奥がムカムカしてくる。そう

    だ。全部枯らしてやろう。いや、この国を俺のものにして何もかも枯らしてしま

    おう。そうだ。それがいい。

フクロウ 悪い魔法使いは花を長持ちさせる方法を教えると国中を歩き回りました。冬の

    間は花が見られないことを悲しく思っていたお姫様はその話を聞いて悪い魔法使

    いをそうとは知らずにお城に招き入れたのでした。さらに悪いことにお姫様は

    近々となりの野原の国へ婚約をしに行くことを知られてしまったのです。

居眠り猫 お姫様。冬に花を咲かせるためにはいろいろと準備が必要です。どうでしょう

    か。お姫様がとなりの国に行っている間に私がすべて整えておきましょう。お任

    せくださいますように。

フクロウ そうしてお姫様がとなりの国に行っている間に野バラの国をのっとってしまっ

    たのでした。

居眠り猫 ははは! だが、これだけでは面白くない。あの笑い顔も声も見て聞いている

    だけで吐き気がする。2度と笑えぬように心を引き裂いてやろう!

フクロウ そう言って野原の国へ行き町でさらった娘に魔法をかけ、王様にほれ薬を飲ま

    せ結婚させてしまったのでした。

フクロウ 心を砕かれたお姫様は帰る場所も失い悲嘆に暮れておりました。そこへ悪い魔

    法使いがやって来ていうのです。

居眠り猫 すべては野原の国の王様のせいなのです。野原の国の王様が野バラの国を奪う

    ためにやったことなのです。

フクロウ お姫様はそれを信じてしまいました。

女王   あぁ、何もかも失ってしまった。痛い。心が痛い。まるでバラの棘が刺さって

    いるかのようだ。

居眠り猫 あなた様だけがどうしてそんなに苦しむのでしょうか? そんなのは不公平す

    ぎます。この痛みを野原の王様にも味合わせましょう。

女王   それは出来ないわ。

居眠り猫 どうしてです? あの王はあなたを裏切り名もない娘と結婚してしまったでは

    ないですか。

女王   何か深い事情があってのこと。私はあの人を信じています。

居眠り猫 では、確かめに行きましょう。実際に会って聞いてみましょう。

女王   そうね。きっと理由を話してくださることでしょう。

フクロウ けれど悪い魔法使いの魔法は根深く、野原の王は再び野バラのお姫様を深く傷

    つけるのでした。

野原の王 私は真実の愛を見つけたのだ。この愛無しでは生きられぬ。

女王   何が真実の愛だ! この胸は張り裂けた。抜けないバラの棘が私の心臓に突き

    刺さったのだ。口惜しい。きっと貴様らの子に呪いをかけてやる! その子が真

    実の愛を見つけぬ限りお前らの国はおしまいだ!

居眠り猫 お姫様。この本に呪いの言葉をお書きなさい。そうすれば、あなたの思いのま

    まに呪いをかけることができるでしょう。

フクロウ お姫様は言われるがまま、心のままに呪いの言葉を書き記しました。すると、

    しばらくして野原の国に呪われた王子が生まれたことを知ったのです。

女王   なんと言う恐ろしいこと! 私がこんなことをしてしまったのか! すぐに解

    いてやらねば。

居眠り猫 いけません。その呪いを解いてしまえばあなたと王様の繋がりはなくなってし

    まうのですぞ? 城もない。家族もいない。民もいない。あなたには何もない。

    そうやってそのまま死んでいくのですか? 誰からも忘れられて? この本に書

    かれた真実の愛がある限りあなたもまた王様の心にい続けることが出来るのです

    ぞ。

女王   お前の言葉は恐ろしい。だが、真実なのだろう。……わかった。生きて憎まれ

    続けよう。そうじゃ、決して呪いが解かれぬようにもう一つ呪いをかけたい。本

    を貸しておくれ。

居眠り猫 ほう。また呪いを? 一体どんな?

女王   この本のこのページを見た者の心臓が凍り付いてしまうように。そうすればず

    っと覚えておいていられよう。

居眠り猫 お書きなさい。お書きなさい。

女王   それからもう一つ。

居眠り猫 なに? 本を返せ。

女王   お前がもう誰も呪えぬように、悪いことを考えたら眠くなるように呪いをかけ

    よう。それから誰も呪えぬように人の言葉を奪うとしよう。永遠にそうなるよう

    に。例えこの本が燃やされても! 最後にお前をいつでも見張っていられるよう

    にお前を猫に変えてやろう。

居眠り猫 にゃむ。

フクロウ こうしてお姫様は野バラの女王として生きて行くこととなったのです。

 

   暗転。

 

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