よどみの里 第二場

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よどみの里 第二場 

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第二場

   暗闇。

与一  私の生まれた村は早瀬村。よどみの里とも言われておりました。早瀬川という川

   に東の村落と北の村落に分けられております。表向きはとても豊かで平和な村でご

   ざいます。と、申しますのも、豊かなのは北の村落だけで、東の村落は毎年のよう

   に氾濫した川の水で何もかも流されてしまいます。それで東の村に住む者は田畑を

   あきらめ奥瀬山に狩りに行くのです。早瀬村には奥瀬山のほかにもうひとつ石頭山

   という山がございます。石頭山は奥瀬山よりも豊かなのですがこの石頭山では狩り

   は禁止されておるのです。その理由は、石頭山に神がおられるからなのでございま

   す。

   少し離れたところに又左の影が映る。

与一  早瀬村の守り神、名前を碧と申すのですが、七年に一度、村から碧神に嫁を与え

   ねばなりませぬ。生贄です。そうして十年の間、我々は無事に過ごし次の生贄を用

   意するのでございます。嫁の多くは東の村落から選ばれます。貧しい家の者は進ん

   で自らの娘を差し出すのです。そうして七年の間、北の村に移り住み碧神の妻の父

   母として贅沢を尽くすのです。私の姉も七年前に碧神の生贄になりました。父はそ

   れ以来行方知れずとなり母は早瀬川に身を投げました。私は北の村落に入ることも

   せずに朽ち果てた家で生活を続けておりました。そんなある日、父が戻ってきたの

   です。

   又左の影が与一に語りかける。

又左  与一。

与一  私は夢を見ておりました。姉上の夢を。姉上は私に、どうか頼みましたよ。と言

   っておいででした。

又左  与一。

与一  姉上がいるのなら、母上もどこかにと家中を見回しましたが誰もおりません。父

   が残した書物が散らばり、埃に埋もれ朽ちかけているだけでした。

又左  与一。

与一  父上はいったいどこに行ってしまったのか。

又左  与一!

   与一はようやく父の影に気が付く。

与一  父上! 今、お帰りでございますか? いったい今までどこで何を?

又左  口惜しいぞ。

与一  父上?

又左  アレは神などではない。神などではない。

与一  アレとは?

又左  都に住む橘の君なら、あるいは……。

与一  橘の君?

又左  口惜しい……。

   又左、闇の中に消えていく。与一、追うがその場で走り続けるだけ。

与一  父上! お待ちください!

   やがて与一も闇に包まれる。

長七  おい。

   長七の声と共に明かりがつく。そこは与一の家。与一は床に倒れている。

長七  こんなあばら家にいつまでも住み続けてるなんて、お前も物好きだよな。北の村

   に住めば裕福な暮らしが出来るって言うのによ。

与一  夢?

長七  何だよしゃきっとしろよ。山に行くんだろ? 今日の食い物を探さないと。

与一  行きたければ一人で行け。俺はいい。

長七  米でもあるのか?

与一  無い。

長七  おい。

与一  うるさい。

長七  何だよその言い草は、せっかく人が心配してやってるのに。なぁ、北の村に住ん

   で俺たちに食べ物を分けてくれよ。

与一  俺の家族をこんな目にあわせたのに、北の村に行けって言うのか? 俺だけ恥を

   さらして生きてろって言うのか?

長七  恥さらしだって? そんなに重く考えるなよ。碧神様がいなかったらもっと悲惨

   な目に合ってるんだぜ? 東の村の連中だって北で作った米が食えるんだからよ。

与一  俺は食ってない。

長七  何で我慢してんだよ。元々はお前がもらうはずの米だろ?

与一  もうじき終わるさ。次の春が来る頃には新しい生贄をやらなきゃならんしな。

長七  だからそれまでに北の村に家と畑でも貰っておけって言うんだよ。これ以上ひど

   くなったら、お前も餓死するしかないぞ?

与一  お前が心配することじゃない。

長七  なんだよ。水臭えなぁ。俺とお前の仲だろ?

与一  お前、ここを出たらどうだ? 北の村にも行けないんだろ? 東の村には田畑は

   百年かかっても作物なんか出来ない。奥瀬山はもう取る物もない。もう終わりさ。

長七  そうでもないんだな。

与一  何?

長七  今年は随分嫁選びが難儀してるようでさ。北の連中、嫁を連れてきた者に親代わ

   りの贅沢させてくれるんだとよ。

与一  生贄は早瀬の者だけだろ?

長七  そこなんだよ。なぁ、与一、お前って男だよな?

与一  俺が女だったら、お前も嫁になれるな。いっそのこと自分を生贄に差し出したら

   どうだ?

長七  冗談だよ。男の格好とかしてる奴がいたりしてと思ったんだよ。

与一  そんな都合よくそんな人間がいるもんか。この村も北の村もいよいよ終わりさ。

   みんなあの化け物に食い殺されるんだ。

長七  笑えねえな。だから、どうにかして富を得ようぜ。

与一  とっくにそんなもの無くなってんだよ。

   暗転。

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